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お父さんブロガーになる

ウェムちゃん、

お父さん、ハフィントンポストっていうインターネット新聞のブロガーになったぞ。

新聞記者時代にお世話になった先輩が、このネット新聞に転職され、声をかけてもらった。

フェースブックやツイッターでは約20万人のフォロワーがいる新聞だから、これまでやってきた個人のブログとは読者数の桁が違う。数百人のブロガーを抱えていて、政治家や大学教授、会社経営者などが、色々なテーマで投稿している。

面白いブログなら、数十人、数百人がシェアしてくれることもある。逆に、面白くなければ、「読む価値がない」とか「意味がわからない」とか、容赦なく批判される。書き手からしてみれば、忌憚ない読者の意見が聞ける貴重な機会だ。大部分の読者が知り合いで占められる個人ブログとは、全く別の緊張感がある。

そこで、お父さんは早速、二つの記事を投稿してみた。

一つ目は、国連職員と東京都知事の間にある意外な共通点について。読みたい方はここをクリック

二つ目は、男性育児休暇議論が盛り上がらない意外な理由について。読みたい方はここをクリック

結果、一つ目の記事は、フェースブックで231人がライクをし、54人がシェア、32人がリツイート。さらに、8万7000人のフォロワーを抱える、LINEっていう大きな会社の幹部さんが、リツイートしたのに、13人がリツイート。

二つ目は、64人がライク、12人がシェア。16人がリツイート。いずれにせよ、個人ブログではありえないレベルの反響で、しっかりした媒体で書くと、やっぱり違うな。

個人的には、二つ目の記事の方が好きなんだけど、読者の関心をより引いたのは一つ目の記事だった。都知事問題は旬のネタだったし、国連職員の話があまり表に出ないというのもあっただろうね。

二つ目の記事は、「主夫」とか「男性の育児休暇」っていうのは、ある程度恵まれた環境でないと実現できないから、共感が得にくいのかもしれない。共働きでないと経済的に成り立たない家庭にとっては、主夫なんて贅沢そのもの。男性の育児休暇も、それなりの大きな会社じゃないとできないだろうなーというイメージかもしれないな。

コメントもたくさんあったけど、辛らつなのは見当たらなかった。一安心、、、。お父さん、これからもブロガーとして頑張るよ!

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鈍感力が問われるとき

ウェムちゃん、

お父さんの寿司子屋の活動が、朝日新聞という日本で2番目に大きい新聞で取り上げられたよ。(記事を読みたい方はここをクリック)

寿司子屋教室も明日で4回目。すでに5カ国18人が太巻き作りを学んでいったよ。

寿司教室だけじゃなくて、寿司仕出しサービスも始めた。前日に注文をとって、朝家で作った寿司を、昼間に国連事務所とかに配達しているんだ。メニューは色々あって、ベジタリアン用に、アボガド、ニンジン、キュウリ巻き。スモークサーモン巻き。カニカマ。海老の天ぷらとカニカマを混ぜたのは「YOKOスペシャル」。新しいメニュー開発にも取り組んでいて、マグロとサーモンの刺身を裏まきの上に乗せる、レインボーロールとかね。

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仕出しはこれまで計7回、約60人分の寿司を配達したけど、何人かリピーターが出てきているから心強いね。

もし、寿司子屋プロジェクトがうまくいったら、難民でもいいし、ヨルダン人でもいいけど、このビジネスモデルを、誰かに引き継いで、ヨルダンを去りたいと思うね。寿司を使った職業訓練みたいな感じかな。これこそ日本にしかできない独自支援だよね。

こういう新しいこと始める時、大事なのは「鈍感力」だ。お父さんの名前は「揺光」だけど、「鈍太」(どんた)という名前も候補に挙がっていたんだ。お父さんのお母さんが、周りの雑音に対して鈍く太く、自分の信念を貫く人間になってほしいという願いで。

新しいことを始めようとするとき、必ず、家族や友人の中から「いや、それは○○だから、しないほうがいいんじゃないか」という人が出てくる。場合によっては9割以上の人が、そういうことを言ってくるかもしれない。

今回も、「食中毒になったらどうするのだ?」とか「あなたは本当の寿司職人ではないでしょ」とか「詐欺じゃないか」とか、色々言ってくる人がいる。しかも、なぜか、こういうことを言ってくるのはほとんどが日本人だ。外国人の方の多くは「面白いね!」とか「うまくいくんじゃない!」とかが多い。なぜ、国籍でこうまで違うのかわからないけど、いい意味でも悪い意味でも、日本の方たちは慎重で、おせっかいだね。

こういうときは、「いや、あなたは間違っている!」とか反論するんじゃなくて、「お気遣いいただきありがとうございます」とだけ言えばいい。向こうも悪気があって言ってきているわけじゃないからね。

もちろん、私が作る寿司でお客さんが食中毒になる可能性はゼロじゃない。それは、私が道路を横断して交通事故に絶対あわないと言えないのと同じだ。でも、これまで数年間、私が家で料理したもので、お母さんが病気になったことはない。こちらでは一般のレストランで食べてもお腹をこわすことはある。でも、それでレストランを訴えようなんて人は見たことがない。

ウェムちゃんには、自分がやりたいと思ったことは、素直にやる人間になってほしい。お父さんのお義母さん(妻の母)なんて、「仕出し業なんて、(国連とか新聞社で働いた)ヨウコウの資質に合わない」と言ったそうだ。自分が大学院で何を勉強したとか、どの会社で働いたとか関係ない。ウェムちゃんは、やりたいと思ったことをとことんやってくれ。それでもし失敗したとしても、自分で決めてやったことで失敗した後悔と、周りの空気を読んでやった失敗の後悔とじゃ、同じ後悔でも、その度合いも種類も全然違う。自分で決めてやったことなら、よりスッと自分の体の中で消化できると思うけど、後者の後悔は他人に責任転嫁したい衝動にかられるかもしれない。

「ウェム」は胎名で、まだ本当の名前を決めてないのだけど、「鈍太」っていう名前はどうかな笑。

ソーシャルビジネスじゃなくて、ソーシャル民泊

ウェムちゃん、

「ソーシャル民泊」って知っているか?知らないだろう。お父さんが今、勝手につけたのだからな笑。

大阪の空きアパート2軒買って、今年2月から「民泊」を始めたんだ。(詳しくはここをクリック)

それで、お父さんとお母さんはこの前、このアパートに1週間ほど泊まってみた。そしたら、色々な新しい発見と出会いがあった。

これまでは、「難波から15分」とか「ユニバーサルスタジオから40分」とか、メジャーな観光名所からどれだけ近いのかを売りにしてきたけど、アパートがある大阪府堺市の浅香山っていう所はとても面白いところだと気づいたよ。

浅香山駅は、南海という電車の各駅停車しか停まらない、小さな駅。その近くには、むかーしからある商店街があって、30円のコロッケ屋とか、50円の自動販売機とか、もうなかなかお目にかかれない物がまだ残っている。

シャッターが閉まっている店舗がけっこうある細い通りを歩いていくと、突然、わいわいと活気に満ちたカフェに出くわした。「ここいま」というカフェで、大きなテーブルが二つあって、老若男女が10人ほど隣り合わせに座って、なにやらわいわいやっているんだ。私みたいなよそ者でも歓迎してもらえそうな雰囲気があって、お母さんも「なんか面白そうなカフェだね」と言って、足を踏み入れてみた。

「ああ、どうぞどうぞ」と店員さんに迎え入れてもらい、座る場所がないくらい人が多くて、「ここどうぞ」と若い女性の方に詰めてもらって、座らせてもらった。その女性は、近くの関西大学堺キャンパスに通っている学生さんで、よくこのカフェに来るという。カフェには、白い小さな猫もいた。

その学生さんは、「このカフェは色々な活動をしていて、私もボランティアとして参加することもあるのです」という。「どんな活動されているのですか?」と聞くと、「小川さん!」と学生さんは、店主の方を呼んでくれた。

小川貞子さんという方がエプロン姿で来て、このカフェの成り立ちについて説明してくれた。昨年まで、小川さんは近くの浅香山病院で看護師をしていた。浅香山病院は、精神科医療に特に力を入れていて、小川さんは「長期入院している精神障がいの患者を、地域での生活に繋げたい」と、定年前に希望退職し、患者さんと地域の人が交流できるようにと、このカフェを開いたという。(詳しくはここをクリック)

カフェでは上映会や写真展など色々催し物があり、小川さんたちは、カフェにやってくる1人1人のお客さんに「今度、こんなイベントがあるの。是非いらしてね」と声をかけていた。

それを見て、お父さんは一つのアイデアが浮かんだ。カフェに来てまだ10分そこそこだったけど、この方なら信頼できるという直感もみたいなものがあった。

近くで民泊をしていることを話した後、小川さんに「実は、お客さんが出た後、部屋の清掃をお願いできる人を近くで探しているのです。せっかくなら、仕事がなくて困っている人にお願いしたいのですが?」と言うと、小川さんの表情は一変。「確かに清掃くらいならできる人はいるかも」と言う。これまで、清掃は業者さんにお願いしていたが、結構離れたところから来る分、料金もそれなりに取られていた。

二日後、小川さんにアパートを見てもらい、引き受けてもらうことになった。最初は小川さん自身が清掃をやり、洗濯とか簡単なものを少しずつ、できる人に回していくという。これにより、お父さんの民泊が、外国人観光客の受け入れだけでなく、障がい者の自立にも貢献できる可能性が出てきた。空きアパートが再生され、輪が広がっていく。これこそ「ソーシャル民泊」。

外国人観光客の人も、カフェここいまに立ち寄って、美味しい日替わり定食やコーヒー、ケーキを味わってほしいな。難波やユニバーサルスタジオでは見れない、日本の美しさを体感してほしい。

寿司子屋を始める

ウェムへ

お父さん、「寿司小屋」っていうビジネスを始めたよ。やっぱりお母さんの給料だけじゃ不安だからね。

ヨルダンにある国連とかNGOで就職活動しようかとも考えたけど、正直、援助活動に疲れたよ。ケニアの難民キャンプでも、ジュネーブの国連でも、「本当にこの支援って、難民の役に立っているの?」っていうことが多くてね。援助不信に陥った。

なんで、そんな無駄だと思う支援ばかり実施されるのか、色々な理由があると思うのだけど、一番わかりやすいのは、お金が「寄付」でまかなわれているということじゃないかな?国連やNGOの活動資金の多くが、各国政府に義務つけられている分担金や拠出金で賄われている。よくニュースで「日本政府はアフリカで国連が実施する○○事業に○○億を拠出することを決めた」とかあるだろ?

問題は、拠出した後、そのお金がどう使われているかニュースで取り上げられることってものすごく少ない。日本国内で政府が実施する事業に関しては「これは税金の無駄ではないのか?」って議論されるけど、援助機関の事業に関して、そういう議論はほとんど出ないよね。聖域化しちゃっているよね。

だから、自分の力でお金を稼ぐシステムを作って、そのシステムを通して困っている人を助けられたらと思った。それで「寿司小屋」というアイデアが浮かんだんだ。

寿司は、今や世界共通語。お父さんがこれまで住んだ、すべての国で大人気で、ものすごく値段が高い。ヨルダンでも、イカの握り2貫で800円とかする。農家アルバイトの日給が1000円の国では、恐ろしい額だね。

これだけ値段が高くても、寿司レストランは満杯だ。それだけお金持ちの人がこの国にはいて、その人たちが寿司のためならそれだけの額を払っても構わないと思っている。寿司には、もうそれほどのブランド力がついたんだ。

これだけ人気を集める寿司だけど、なぜか、日本人が寿司の作り方を教える料理教室は、まだ見たことがない。なんでだろう?

まず、多くの日本人は、寿司を握ったり巻いたりする経験がない。家で食べるときは手巻き寿司。握りや巻きは「寿司職人」に作ってもらうものというイメージだ。

次に、日本人が抱く、「寿司職人」のイメージ。銀座の有名店だと、10年修行してやっと卵焼きをやらせてもらえるとか、相当な修行をしていないと「職人」として認めてもらえない。

だから、握りや巻きのやり方を知っていても、「いや、私は教室を開催するほどの『職人』ではありません」と多くの日本人は謙遜してしまうのではないかな?もちろん、言語の問題もあるけどね。

私はアメリカのすし屋でバイトしたことがあったから、握りや巻きがどれくらい簡単に作れるのかよくわかっている。もちろん、銀座の料亭と比べられたら困るけど、一般の外国人の方たちは、料亭レベルのものは求めてないと思う。

そういうわけで、江戸時代に子どもたちが読み書きを学び、日本の高い識字率の源となった「寺子屋」からとって、「寿司子屋」
と命名。読み書きの能力が日本全体に広まったように、寿司の作り方が世界全体に広まることを願って。

早速、フェースブックで、ヨルダン在住者のネットワークに寿司教室開催を伝えたら、14人定員が、2日で満杯になった。受講時間が平日昼間で、さらに受講料が1人5000円と割高にも関わらず、キャンセル待ちまで出た。あと、平日昼間働いている人たちからは「夕方か週末にやってくれないか?」という問い合わせが3件きた。

5月4日、第1回教室では、ヨルダン人4人、ペルー人1人、ボリビア人1人が、我が家に来て、寿司飯と太巻きの作り方を学んだ。受講後、ボリビア人の受講者からは、夫が太巻きを堪能している様子を写真で送ってくれた。「本当にありがとう!今度は天ぷら巻きを学びたいわ!」とご満悦の様子だったよ。

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寄付で成り立つ援助は、助けを必要としない人にサービスがいく可能性が大いにある。たとえば、この寿司教室が寄付で賄われ、受講料がゼロだったら、ただ寿司を食べたいとか、日当がほしい人まで受講することになるだろう。(援助機関が実施する研修は、基本、受講者に「日当」が支払われる。アフリカのウガンダだと、高級ホテル泊、朝食、昼飯、プラス7000円)受講料を取れば、本当に学びたい人だけが来る。サービスを本当に必要としている人に、そのサービスが提供できるという、当たり前のことに喜びを感じるほど、お父さんは援助疲れしていたんだ。

ウェム、お父さんがんばるよ!

自粛ムードに屈しない子どもになってほしいー熊本地震と自粛ムード

ウェムへ

熊本地震で日本全体にイベントやテレビ番組中止の自粛ムードが広がっているよ。自粛すべきかしないべきか、ネットで交わされる熱い議論を見て、ウェムには自粛ムードに屈しない子どもになってほしいと強く願う。

そもそも、議論は自粛すべきか否かではないと思う。問われるべきはどんな「自粛」が適当か。ほとんどの人が、被災者の葬式でポップソングを歌わない「自粛」は適当だと思うけど、熊本地震をうけて、プロ野球の試合をすべて中止にしろという「自粛」はいきすぎだと思うはずだ。

じゃあ、どんな自粛が適当なのか。お父さんは、あくまで当事者の視点に立つべきだと思う。葬式でポップソングを歌ってはいけないのは、参列者の気分を害さないためで、100メートル離れたカラオケボックスならいいと思う。CM、イベント、テレビ番組中止は、いきすぎた自粛だと思う。確かに、被災者の方たちが見たら気分を害す可能性は否定できないけど、少なくとも、被災者にはイベントに出ない、テレビをつけない、CMがない番組を選ぶという「選択」がある。でも、葬式で歌われたら、参列者にそれを聞かないという選択はないよね。

お父さんとかお母さんが働く難民支援の現場では、常にこの「自粛」という言葉と格闘になる。例えば、ソマリアというアフリカの国で干ばつという災害があって何千人、何万人が亡くなった。お父さんが働いていた難民キャンプには毎日1000人の人が助けを求めてやってきていた。そのうちの多くが栄養失調で亡くなり、キャンプの墓場は大きくなるばかりだった。

そんな大災害が起きている中、支援者であるお父さんは、国連やNGO職員が暮らすキャンプ内にあるテニスコートで、毎日1時間テニスをしていた。その光景をある国のメディアが映像に取ろうとした。「大飢饉の最中、支援者テニスに没頭」という大見出しで報じたかったのだろう。

お父さんがいたダダーブというところは、治安が悪くて、家族同伴は許されない。塀に囲まれたキャンプ内で日中の大半を過ごさねばならなかった。気温40度。毎日仕事に追われ、精神的に疲れてダダーブを去る支援者も何人かいた。そんな過酷な状況で、何かしら運動をしないと、お父さん自身も精神的にやられてしまう恐れがあった。そしたら、難民に支援もできなくなる。結果、お父さんがテニスを自粛することで、お父さんも難民も苦しむことになる。

そんな難民キャンプに日本の有名音楽グループがイベントをしに来たことがあったけど、その時、自粛なんて言葉は一切なかったな。熊本の被災者の方たちと同様の苦しみを味わっている人は世界にたくさんいる。日本国内を含めてね。日本では、1日平均して、熊本地震で亡くなった人よりも多くの人が自ら命を絶っているんだ。だからね、テレビのバラエティー番組を見て「うちがこんな不幸なときに騒ぎやがって」と、視聴者の気分を害すリスクは常にあるんだ。

この行き過ぎで、非論理的ともいえる自粛ムードは、長期的にみたら、私たち自身の首を絞めることになりかねない。人道支援に何年か携わって感じたことは、災害時に人を助けるシステムって、まだまだ発展途上で、色々な分野の人がアイデアを出し合って、より良いものを構築していかなくてはならないと思う。でも、売名行為と言われるのが怖くて「熊本地震のためにこんなことやりたい!」って言えない人がいるのだとしたら、システム構築の機会を失うことにもなりかねず、それは日本全体にとってマイナスだよね。

だから、被災者の気分を害さないような自粛は必要だけど、過度な自粛ムードに対しては屈しない、芯の強い人間になってほしいね。
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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