俺って実は結構すごい?

俺って実はすごい人間なんじゃないかと思うことがたまにある。

先日、突然財布がなくなった。一泊二日のスキー旅行中で。行き道のガソリンスタンドで財布を取り出したのが最後、スキー場に到着したらなくなっていた。

クレジットカードをすべて中断させるのは電話だけですむが、一番面倒なのは運転免許証。

ジュネーブの運輸局は平日昼間しか空いておらず、職場からバスで30分ほどかかる。しかも、紛失したのが12月22日で運輸局は24日から休業になるため、23日に行くしかなかった。

上司に事情を話し、職場を抜け出す了承を得る。そして、運輸局に電話をし、必要書類を確認。パスポートと現金50フラン(約6000円)が必要と言われる。「お金はカードでも支払えますか?」と尋ね、「大丈夫です」と言われる。財布を盗まれたわけだから、現金がない。妻のカードを借りるしかなかった。

しかし、こういう時に限って、なぜか妻も銀行口座カードを紛失中だった。だから妻も私に渡せるカードは限られていた。

うちの職場は職員が出張する際の日当の支払いを、クレジットカード振り込みでやっている。だから出張経験がある職員はみな、別途、カードが支給され、妻はその出張カードを手渡した。私は、「スージン出張一回しか行ってないよね?50フランも入っているかな?」と確認する。妻は不安そうに「そうね。じゃあ、こちらのカード使って」と言い、プリペード式のクレジットカードを手渡した。スイスの銀行は慎重なのか、私たちみたいに信用のない人には一般のクレジットカードは支給せず、プリペード式、つまり、自分の口座から手動でクレジットカードに移した額しか使えないカードを支給している。(日本にはあるのだろうか?)

いざ、私は午後2時ごろ運輸局へ向かった。失敗はゆるされない。もし、免許再発行されなかったら年末年始は運転ができなくなる。

午後2時半、運輸局へ着き、窓口で手続きを済ませ、「それではそちらの椅子でお待ち下さい」と言われる。十数分後、「クロイワ!」と呼ばれ、窓口へ行く。「それでは50フランお願いします」と言われ、私は、スージンから預かったカードを取り出す。そしたら、メガネをかけた白人の担当者は「オーノー!」と言う。「カードはマエストロしか受け付けないんだ」と言うではないか!スージンからもらったカードはマスターカードだった。そんなこと電話した時は一言も言っていなかった。スイス人ってどこまで適当なんだ!

私は「マエストロもマスターも同じカードじゃないですか。お願いしますよ」と言っても、無理。財布から10フラン札を取り出し、おじさんに「これじゃだめ?」と尋ねても、もちろんダメ。ああー、どうしよーー。仕事を抜け出してきているのに、また職場に戻って、ここまでやってくるなんてありえない。

額に冷や汗をかく私に、おじさんは「この建物を出て左にまっすぐ数分行けば、ATMマシーンがあるから、そこで現金を降ろしてきなさい。あなたの免許はここに保管しておいてあげるから」と私の新しい免許証を見せながら行った。プリペード式クレジットカードは現金を降ろすこともできる。

私は早速、おじさんに言われたままに歩いた。しかし、初めて来る地域でなかなか見つからない。20分ほどしてようやく、郵便局横にATMを見つけた。そこにカードを入れ、スージンから教えてもらった暗証番号を入れ、降ろす金額を「100フラン」に設定した。そしたら画面に「20フラン何とか何とか」とフランス語で表記されてきた。私は、「20フラン紙幣しかないが、それでもいいか」という質問だと思い、イエスボタンを押した。そしたら、出て来た金額は20フラン紙幣一枚のみ!!!なんだこりゃ!と思った瞬間、画面に信じられない表示が。「残額8フラン」。スーーージーーーン!!!お前のプレペードには28フランしか入っていないのかーーー!!もっと入れとけ!!!

私は完全に頭に血が上った。財布をなくしたこと。そのタイミングで、なぜか妻も銀行胡坐カードをなくしたこと。さらに、私が「本当に十分な額が入っているのか?」と口頭で確認したにもかかわらず、与えられたカードに28フランしか入っていなかったこと。

まてよ。確か、私のポケットには硬貨が何枚かあったはずだ。改めて自分の手持ち金額を数えてみよう。10フラン紙幣が一枚。5フランコインが1枚。2フランコインが3枚。1フランコインが1枚。そして、今、降ろした20フラン紙幣を合わせると、42フラン。あ!このカードの残額は確か8フラン!全部合わせると50フランになるじゃないですか!

早速、もう一度カードを入れ、暗証番号を入れ、「8フラン」と画面に引き下ろす金額を設定。そしたら「20フラン何とか何とか」と画面に出て、お金は一フランも出てこない。通りがかりのおばさんに尋ねると、「20フラン以内の額はおろせないということですよ」と言うではないか。私はその親切なおばさんに「なんでですか?8フランあるのだから、8フラン降ろせるようにすべきでしょ!私の8フランがここに入っているんですよ!」と言い寄り、おばさんはそのまま何も言わず、歩き去って行った。間違いなく、「アジア人は気狂い」という印象を与えてしまっただろう。

すでに午後3時。運輸局が午後4時で閉まる。これから職場に戻っても間に合わない。この辺に住んでいる友人はいなかったか?思い当たらない。もう私が考えうる残された道は、二つしかない。一つは新年まで運転を諦める道。そして、もう一つは、、、。恥ずかしくて、ここに文章化することさえ躊躇してしまう。

でも、私はその恥ずかしい道を選ぶことにした。

運輸局に戻り、椅子に腰掛けて名前を呼ばれるのを待つ一般市民約30人の顔を見渡し、品定めを始めた。数秒後、入り口近くの自動販売機で飲み物を買おうとする中年男性に目をつけた。ポケットから硬貨を取り出そうとしている。

私は男性の背後に歩み寄り、「ハロー。英語は話せますか?」と聞き、男性は首を振る。私は、ゆっくりと「アイ、ニード、8フラン。(8フランが必要です)」と硬貨を見せながら男性に話した。男性は理解したようで、自分の手にある硬貨を見て、「2フラン、オーケー?」と尋ねてきた。私は、「オーケー!」と返し、男性から2フラン硬貨を一枚もらった。

残り6フラン。再び、品定めを開始。下手に断られて赤っ恥をかきたくない。お人よしそうで育ちがよさそうな若い白人男性の横に行き、「すいません。50フランが必要なのだけど、今、44フランしかないんだ」と英語で話しかけたら、その男性は財布を取り出し、「これが必要なのかな?」と50フラン紙幣を私に見せた。私は、数十分、ずっと追い求めてきたその紙幣を見て、「イエス!!これです」と言い、何と、男性はその紙幣をそのまま私に手渡したのだ!

私は、「じゃあ、これを受け取ってください」と持っていた44フラン、すべて男性にあげた。硬貨が何枚こガチャガチャ音をたて、「数えてください。全部で44フランありますから」と言い、男性は「いや。君を信じるよ」と笑顔で受け取った。

私は、その50フラン紙幣をそのまま、あのメガネのおじさんに持って行き、「ああ。間に合ったか」と晴れて、免許証を手渡してくれた。

私は、職場への帰り道、達成感に満ち溢れていた。物乞い10分で8フラン。時給に換算すれば、1時間48フラン(6000円)。金に困ったら、物乞いで食べていけるじゃないか!私はどこでも生きていけるんだ!

一ヶ月後、スイス警察から連絡があり、「あなたの財布が見つかりました」という。現金50フラン以外はすべてそのまま残っていた。

俺って本当にすごい人間だ。
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外国人観光客増でタクシー運転手は喜んでいるのか?

先日、帰国した際に東京でタクシーに乗った時、運転手さんと少し会話を楽しんだ。

私:外国人観光客が増えて景気いいんじゃないですか?

運:増えましたね。でも大変なことも多いですよ。

私:どんなことが大変ですか?

運:中国とか韓国の人はまだいいんですよ。片言の日本語で話そうとしてくれるし、行き先の住所とかメモっておいてくれたりするので。でも、欧米の人は、こちらが英語を少し話せるだろうという前提で英語で話しかけてくるのですよ。住所もわからなかったりするから、どこに行くのかわかるまで時間がかかって大変なのです。

私:なるほどー。少しも日本語を話そうとしないのですね。

運:しないですね。日本に来ているのだから少しくらいはしてほしいですけどね。

私:でも行き先さえわかれば、それ以上、コミュニケーションする必要はありませんよね?

運:それがそうでもないのですよ。今だって、お客さんに「このルートでよろしいでしょうか?」とか「目的地と道路の反対側で降ろしてもよろしいでしょうか?」とか尋ねましたよね?こういうことが日本語がわからないとできないのですよ。

私は迷った。運転手さんに私の正直な気持ちを伝えるべきか?いや、伝えたら運転手さんの気分を害するから止めよう。いや、伝えてあげたら、逆に、気持ちを楽にさせてあげることができるかもしれない。いや、、、。と考えているうちに、目的地に着いてしまった。

私は運転手さんに二つのことを伝えたかった。

まず、私はこれまでたくさんの国を旅してきたが、タクシー運転手にその国の言語で話しかけようとしたことは皆無に近いこと。その国に長期滞在し、言語を学んでいたとしたらもちろん、その言語で話しかけたが、基本は英語だ。もちろん、運転手さんが言うように、住所か写真など、運転手さんがわかるような物を持っていくことは心がけていた。

次に、「このルートでよろしいですか?」「道の反対側で降ろしてもよろしいですか?」なんて丁寧に尋ねてくれるタクシー運転手は日本以外に存在しないということ。エクストラの料金がかかる場合に「高速に乗っていいか?」とは聞かれることはあるが、それ以外で、ルートの選択肢を与えられることなんてなかった。

この5分の会話から私が提言できることは二つ。

外国人旅行者に行き先を伝えられるレベルの日本語能力を要求するのは無理。かといって運転手さんに英語研修をするのも無理。なので、簡単な「ハンドブック」を作り、そこにメジャーな観光地の写真と、Kokode Tomete kudasai, ---ni ikitai desu, などの用語集を入れ、各タクシーに設置しておいてはどうだろう?

言語の壁で100パーセントのもてなしができない時は、80パーセントで我慢しよう。どのルートとか、正確な降車場所まで気にする外国人旅行者はあまりいない。「内」と「外」の明確な線があって「外」の人を100パーセントもてなそうとする日本人の心はありがたがられるが、外国人の中には「内」の一員となって気楽な関係を楽しみたい人もいる。旅館の女将にすべてやってもらうより、誰もいない「民泊」が外国人に人気なのは、値段もあるが、日本人の一般的な生活を垣間見れるということも一因としてあるのではないか。

タクシーや宿泊施設など観光産業は、こういう異文化コミュニケーションについての研修とか受ける機会はあるのかな?

国会議員の育児休暇取得

国会議員の育児休暇取得について、フェースブックで少し意見を書いたら、何人かと熱い議論になった。私は取得に賛成なのだが、反対されている方が多くいるようなので、ここで私の考えを反対意見と照らし合わせて整理したい。

反対意見1。「これは高待遇育児休暇。一般の人は給料を減らされて取っている」

答:確かに、一般の育児休業は給料3割減なので、この議員が100パーセント受け取れたら不公平感はある。でも、これまで女性国会議員が出産後休んだ時はこの議論は出なかった。問題は国会議員に育児休暇制度がなかったことで、これから作る制度で給与体系を公平にすればいい。制度がないから、他の国民に保障されている権利をこの議員に与えないことは、そっちの方が不公平だ。後、国会議員の給料が高すぎるという意見もあるが、これまでも高所得者で育児休暇を取ってきた人はいくらでもいるわけで、「国会議員」で「男性」だからその議論を持ち出すのはちょっといただけない。そして、「給料ゼロにして取得している人もいるんだぞ」という意見もあるが、それはその会社が問題であって、それを理由にこの議員の取得を拒否してしまっては、逆にその問題制度を正当化することになる。

反対意見2.労働時間が管理されているサラリーマンに対し、国会議員の仕事の仕方はフレキシブルだから、自分でやりくりして育児に時間を割り当てればいい。

答:「サラリーマン」って幅広いもので、国会議員の様なフレキシブルな勤務体系の人はいくらでもいる。私が新聞記者していたころだって、かなーりフレキシブルだった(部署による)。でも、そういう職種に対して育児休暇取得制限をかけようなんていう議論はなかった。女性の7-8割が育児休暇を取っているということは、おそらく、そういう勤務体系の人も中にはいただろう。一律に与えられる権利に対し、例外を作るというのは、常に大きなリスクを伴うものだ。

反対意見3.国会議員は国民が自分の意見を国政に届ける役割を背負っている。大事な一票を持った存在なのだ。それを、国会の会期中、プライベートを理由に放棄するのはいかがなものだろうか。

答:よく、「国会議員は庶民目線に立ってない」と批判する人がいるが、庶民の私たちが国会議員を聖域化している面もある。駅員さんも八百屋さんも国会議員も警察も、そして専業主婦も主夫も社会にとって大事な役割を背負っている。どの役割がより大事かなんて誰にも決めることはできない。しかも「子育て」は「プライベート」なのか?子育てを専門にしているベビーシッターさん、保育士、そして専業主婦・主夫の人たちに聞いてほしい。「あなたたちの仕事はプライベートなのか?」と。

反対意見4. 格段に恵まれた環境にある人が「世間離れ」した「育休」を取ってもそれは何の応援にもならず、それよりも「保育制度も利用し、公務を果たしながら育児をする」ことのほうが国会議員としての責任を果たすと同時に、一般夫婦の辛さが身にしみて理解できるのではないですか?

答:この議員は一般夫婦の辛さを理解したいから育児休暇を申請しているのではない。国会議員である前に、「父親」としての責任を果たしたいと思っている。反対意見者の議論で完全に抜け落ちているのは、生まれてくる子どもからの視点。この子どもにとって、生後数ヶ月という人生で一番一番大事な時期に、父親と1-2ヶ月間過ごすのということが、どういう意味を持つだろうか?その後の父子の関係にどれだけ影響を与えるのだろうか。私は自分の父親とほとんど会話をせずに成人になった。もし、心を通すことができる同姓の家族が幼少時からいたら、どれだけ心強かっただろう。忘れてほしくないのは、この生まれてくる子どもは、国会議員の家に生まれてくることを選んで生まれてくるわけではない。父親と母親と過ごす権利は、どの家庭の子どもにもあるはずだ。

後、「欧米にすべて見習う必要はない」と、欧米X日本で見る方。大事なのは「自分にとっての理想社会は何か?」で、欧米か伝統ではない。

「それより先にもっとやることがある」と優先順位をつけようとする方。別に、どれが一番いい方法でなくて、一緒に並行してやっていけばいい。

「同僚に育休取られて迷惑だった経験がある」と育児休暇制度自体を批判する方。そしたら、少子化がもっと加速して、日本に人がいなくなって、迷惑をかける相手もいなくなってしまう。

と、いろいろな意見があってとても面白かった。ぜひ、これからも意見交換していきましょう!

誰でも譲れない一線を持っている

 誰でも譲れない一線というものを持っている。その一線を他人が越えたとき腹が立っていてもたってもいられないという一線。家の電気のつけっぱなしだったり、女性蔑視発言だったり、人それぞれの「一線」があると思う。

 私の一線を越える人が、先週現れた。場所はケニアのカクマ難民キャンプ。92年に設立され、現在は南スーダンやソマリアなどの難民18万人が暮らす。

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私は、洪水や地すべりが多発する難民キャンプの防災システムの視察で、キャンプの難民リーダー宅を訪れた。リーダーは30代のソマリア人男性Bさん。彼の自宅で話を聞いていると、突然、揃いの青いポロシャツを着た男女2人が入ってきた。女性は30代、男性は50代ぐらいで、何か調査をしているのか、ノートとペンを手に抱えている。おそらくケニア人。

 女性は入ってくるなり「ちょっとこの地区のリーダーに話を聞きたいのだけど、あなたはリーダー?(私を見ながら)この方とは後どれくらい時間が必要なの?」と切り出した。

 「ちょっと今取り込み中なのですが?」とBさんが答えると、「じゃあ、他のリーダーにつなげてくれないかしら?」と言ってきた。私が苛立ちを隠せず、二人にしかめ面を向けると、何かを察したのか、女性が「私は○○という者で、○○という団体でキャンプの調査をしているのです」と紹介を始めた。

 Bさんに「この二人とは約束があったのですか?」とたずねると、彼は首を振った。私は、二人に「事前に約束もなくやってきておいて、自己紹介もせず、いきなり他のリーダーを呼べとは、ちょっと失礼ではないですか?」と質問を投げかけた。できる限りのソフトな口調で。声を荒げたい気持ちを必死で抑えた。

 女性は苦笑いをしながら「キャンプのリーダーたちには私たちが今週調査を行っていることは伝えてあります。彼が忙しいのなら、他のリーダーでも私たちは構いません」と答えた。二人の団体名は聞いたことがなく、おそらく、カクマに駐在しているのではなく、ナイロビかどこからかやってきているのだろう。

 私は「あなたたちはBさんの個人宅を訪ねてきています。だから、ここで重要なのはまず、Bさんはあなたたちが誰かを知っているのか。そして、この時間にあなたたちが来ることを知っていたのか。キャンプのリーダーたちがどれだけ多忙なのかご存知ですか?」。女性は黙りこみ、Bさんが「他のリーダーに電話しておいたから、ここで待っていてください」と女性に伝え、私たちは別の場所へ移動した。

 Bさんと二人きりになった後、私はBさんに、「ダダーブにいたときも、援助団体がああいう態度で難民に接するのを何度も見てきました。本当に許せない。自分たちが難民よりも上に立っているという感覚がなければ、説明できない行為です」と言い、Bさんは「本当に嫌になります。ああいうことをされると、すべてを投げ出して、ソマリアへ帰ろうかと思うくらいです」とうつむきながら話した。

 キャンプのリーダーは、地区内の数百人の難民の苦情の取りまとめや、政府、援助機関、メディアなどキャンプへ訪問してくる人の対応などに日々追われる。これをすべて無償でやりながら、自分たちの家族を養うため、何かしらの仕事もしなければならない。家族との時間もある。

 そんなリーダーの家に勝手に入り、挨拶もせず、忙しいなら代わりを呼べと言う援助機関関係者が存在するという現実。そして、そういう現実を何度も出くわしてきた自分の経験。そしてその援助機関が近年「難民の自立と能力向上を!」をモットーにしているという大きな矛盾。先日、車上荒らしにあったときよりも、数倍の怒りがこみ上げてくる。

 難民のニーズ把握も、能力向上も、自立支援も、それは、支援する側とされる側が肩を並べているという前提で成り立つもの。その前提が崩れるとき、現在、ヨーロッパへ押し寄せる膨大な難民の数も、日本の難民認定率の低さも、20年以上長期化した難民キャンプがたくさんあるという現実も、自分にはどうでもよくなっていまう。担ぎ手のない御輿をいくらきらびやかにデザインしても、それは誰の目にも留まらない。まず、私たちと難民が一緒に御輿を担がなければならないのだ。

 パリの事件で、また「難民」という単語にネガティブなレッテルを貼ろうとする人が増えている。難民と一緒に御輿を担いでくれる人も増えてくれたらいいのだけど。

特定の人種に対して偏見を抱いている自分と出会う


先日、妻や同僚たち数人と会社帰りにジュネーブ市内のレストランに行き、スイス名物フォンデュを食べ、午後10時ごろ、マイカーをとめた近くの地下駐車場へ向かった。

 地下に降りて、妻が「駐車券かして。支払機で代金払ってくる」と言い、私は車まで向かった。緑色の軽乗用車にたどりつき、リモコンボタンを押してロックを解除。まず、後部座席のドアを開けて、一緒にいた同僚が後部座席に座れるよう、コートやカバンやらを整理し、いざ、運転手席のドアを開けた。

 その瞬間、別世界に放り込まれた。きらびやかな白い小さなガラスが、座席下の黒いカーペット一面に散らばっていた。全く予想外の光景が目に入るとき、時間の流れが止まるということを改めて実感する。

 そのガラスが、運転手席斜め前、サイドミラー手前の小さな枠の窓ガラスの破片だということに気づき、何者かがガラスを割り、ドアを開けたのだということを理解するまでに数秒かかった。

「スージン!!!!!」何度も叫んだ。妻は全く、反応なし。支払機が想像以上に遠くにあるのだろう。「スージン!!!」繰り返し叫びながら、車内に何があって、何がなくなっているのかを目で追う。

 最初に後部座席を開けたときは気づかなかったが、私のイタリア製革カバンと、妻の手提げカバンがなくなっていること。そして、私のカバンの中には、パソコン一台、パスポート二冊(国連と日本のパスポート)があり、妻のカバンには財布とパソコン一台があったということを思い出した。

 妻がようやく、異変に気づいたのか、走って戻ってきた。「オーマイガット」と言い、クレジットカード会社に電話をするため、再び外に出た。地下では携帯の電波が悪い。私はどうしたらいいのかわからず、丁度通りかかった50代くらいのおじさんに歩み寄り、事情を説明した。「まず、警察に連絡ですよね」と言う私に、「まず、駐車場の管理会社に連絡だ」とおじさんは言い、入り口にある緊急連絡用のボタンを押して、フランス語で管理人と話してくれた。駐車場内にはCCTVがある。「警察にまず連絡して。そうすればCCTVで捜査できるらしい」とおじさんは言い、電話番号をくれた。「この時間だと開いている警察署が限られている」と言う。

 私たちは最寄の警察署へ行った。署では、「これは緊急な事件ではないから、明日の朝8時に改めて出直してください」とのこ
と。窓ガラスが割られたまま、その日は家に戻った。

 「なぜ車の中に貴重品を置いたままにしたのか?」と自分たちを責めたり、「どうせもう4年も経ったパソコン。買い替えの時期だった」と慰めたりした。私のパソコンは開ければ、そのままメールに接続できる設定だったため、メールのパスワードをすべて変更した。
 
次の日は朝早くから警察署で被害届を出し、車の保険会社、パスポート申請するために領事館などに出かけた。

 イタリアの革鞄は、7月にイタリアを旅行した時に買ったばかりのもの。4万円しがた。パソコンの中にはたくさんの写真が入っていた。何もバックアップしていなかった。

 駐車場にCCTVがあることに安堵感みたいなのを抱いていたが、落し物を届けにくるおじいちゃんと同等の扱いを警察から受け、単なる車上荒らしのために、警察がどこまで時間を費やしてくれるのか疑問を抱くようになった。CCTVで姿がわかったとしても、その人を見つけるためには、それなりの時間と人力が必要だ。殺人とか強盗とか大きな犯罪が優先されるのではないだろうか。犯人が捕まったとしても、パソコンやカバンが戻ってくるとは思えない。

 数日間、ボケーとする時間さえあれば、事件のことについて考えふけった。そうしているうち、自分の奥底に宿る恐ろしい偏見と向き合わざるをえなくなった。事件から1週間ほどした時、妻に切り出してみた。

私:犯人が窓ガラスを割って、物を盗んでいく光景を想像してみたことある?

妻:ある。

私:何度も?

妻:うん。

私:そこに出てくる犯人って、どんな人?

妻:、、、、。

私:女性?

妻:いや。

私:老人?

妻:いや。

私:若い男性か。

妻:うん。

私:肌の色は?アジア系?黒人?白人?

妻:白人かな。ようこうは?

私:白人だけど、ちょっと肌が濃い感じかな。

妻:私も。黒人ではないけど、真っ白い白人でもない。

私:二人とも同じような犯人像を想像している。本当の犯人は子どもや女性かもしれないのに。日本人か韓国人かもしれないのに。

妻:日本人や韓国人は数的に少ないし、女性の力じゃ無理でしょ。

私:いや、窓ガラス割るだけなら、ちょっとした器具があればいいだけだから、女性でも十分可能だよ。なんでこんな偏った犯人像になってしまうんだろう。

妻:そういう人たちが犯人になるのをテレビや新聞でみたり、夜に道路でたむろしているのを見て、勝手に「危険」と私たちが判断しているのかもね。

難民支援している私たちにも、こんなステレオタイプがあるのだ。今ヨーロッパにたくさん難民が流れている。今の仕事に就いていなかったら、「難民が来たら危険になる」という政治家の言葉に、私も扇動されていたかもしれないと。不公平さというか理不尽さに背筋が凍りつく。
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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