ソマリアはアフリカのライオン 続く

私は、従業員たちに「アフリカのライオンであるソマリアで、なぜ、20年以上も戦争が続いていると、皆さんは考えているのですか?」と尋ねた。

主任のアブディがすかさず「西洋諸国による介入ですよ。彼らに都合の良いリーダーを支援し、戦争が長く続いた。ソマリアにある武器はほとんど海外から持ち込まれた物だと思います」

ノアは「ソマリアの政情不安で得をする人たちがたくさんいる。例えば、ソマリアには政府がないから、税金がかからない。ソマリアの物は安く輸入することができる。サウジアラビアとかは、ソマリアの家畜を安く買っているのです。2006年に、ソマリアに比較的安定した政権があったのに、それをエチオピア政府は武力で倒してしまった」

私は「外部からの要因も大きいと思いますが、今、ソマリア南部を支配しているイスラム武装組織のアルシャバブのメンバーはソマリア人ではありませんか?」と尋ねた。

ノアは「ソマリア人ですが、彼らは仕事がないから、仕方なく戦っているだけです。アルシャバブの過激的な思想に賛同している人はほとんどいません。組織のメンバーになれば、高い給料がもらえますから。ソマリアに政府があって、若者が仕事に就く事ができれば、誰もアルシャバブに参加しようとは思わない。それに、アルシャバブの資金源だって、海外だと思います」と言う。

私は「国際社会はソマリアにどういった介入をすべきでしょうか?」

ノアは「今の暫定政府に必要なだけの資金を投入し、アルシャバブを倒し、安定した政権が作れるよう支援することです」と返答した。

紛争の原因も外部の人なら、解決するのも、外部の人だと信じきっている。

私は、「ソマリアの歴史や政治の専門書を読んでも、色々な事情が絡み合って複雑です。祖国の紛争について考えることに疲れたりしませんか?」

アブディは「20年前、ソマリアを逃れた時、私は、すぐ祖国へ戻れるのだと思っていた。まさか、このキャンプに20年もいるなんて思わなかった。できることなら、アメリカや他国へ逃れて生活したい。でも、私たちはここから一歩出れば、『不法滞在』となってしまう。自分が難民であることと、私たちは一生向き合っていかなければならないのかと思うと、疲れます」

私は「祖国での紛争は、自分たちの手の届かない、自分たちではどうすることもできないものという風に感じますか?」という私の質問には、皆、深く頷いていた。暫定政府は欧米諸国が、イスラム勢力は、他の国の過激派たちが支援し、従業員たちの目には、外部の人たちが祖国の地で代理戦争をしているという認識でしかなかった。

私は、タイのビルマ(ミャンマー)難民の民族意識について半年間調査したことがある。そこの難民キャンプも20年以上あり、総人口は10万人以上で、規模も期間もダダーブに似ている部分が多々あったが、最大の違いは、難民たちの祖国の紛争に対する想いだ。

ビルマは、政府軍と少数民族の武装勢力との対立が60年以上続き、難民キャンプは少数民族のカレン人が住んでおり、皆、「カレンの自治のために身を捧げよう」と勉学や自助組織での仕事に励む者が多かった。アメリカや欧米に定住する機会があっても、「私はここに残って、同胞のために働く」という若者までいた。

それに対し、ダダーブの難民たちは、誰が敵で、誰が味方なのかよくわからない。自分たちではどうすることもできない部分で紛争が行われているから、何を目標に日々を送っていいのかわからない。肉体的にも精神的にも「宙ぶらりん」状態で、「ダダーブに残って、ソマリアのために身を捧げる」という若者に会った事がないし、誰に聞いても「そんな若者はここにはいない。皆、アメリカに行って、自由の身になることだけしか頭にないよ」という。
 
 私は、従業員たちが、七厘を作ることで、「自分たちにも、何かできることがある」というメッセージを送ろうと努力してきた。でも、実際、それが、ソマリアの紛争解決につながる可能性はきわめて薄い。そんな中、従業員たちに、仕事に対して「やりがい」を感じてもらうためには、どうすればいいのか。難題だな。
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ソマリアはアフリカのライオン

 20年以上内戦が続き、国際社会から「無政府状態」「テロの温床」などと指摘されるソマリア。従業員たちは、祖国についてどんな想いを抱いているのか?ケニアでの避難生活も10年、20年となり、「もう、こんな国、私の祖国じゃない!」と突き放したくなると思う人もいるかもしれない。

 しかし、現実は全く逆で、皆「ソマリアはアフリカのライオン」と豪語するほど、祖国を誇りに思っている。ソマリアの国旗は、白い星の形で、地政学上重要だったソマリアをイギリス、イタリア、フランス、エチオピアが分断し、それらの土地をいつの日か統一したいという国民の想いが込められている。

 私は、レンガ不足で作業ができない日を選び、従業員たちを集め、「なぜ、『ソマリアはアフリカのライオン』と呼ばれるのですか?」と尋ねた。従業員たちが誇りに思うことについて知ることで、信頼関係構築に役立てると思ったし、大学院で難民の民族意識がどういう物語で形成されているかについて研究した手前、学問的興味もあった。

 ノア(男性、35歳)は「アフリカで唯一、独立を保ったエチオピアを、ソマリアは1977年の戦争で負かしました。以来、ソマリアは、アフリカのライオンと呼ばれるようになりました」という。(実際、専門書ではソマリアは敗退したと記されている)

 主任のアデンは「アフリカの独立戦争の際、ソマリアは他国を支援しました。ウガンダ、南アフリカ、マラウイなどです」と答えた。

 ファラは「ソマリアは他のアフリカ諸国に比べ、発展していました。商売が巧く、道路も整備され、大きな港や空港があって貿易の主要地だった。南アフリカやアメリカにも多くのソマリア人が住んでいますが、そこの国民が道路で物乞いをしていても、ソマリア人は1人もそんなことをしていません」と続けた。

 ハナムは「ソマリア人は信頼関係が強く、何の担保もなしにお金を親戚や友人から借りて、商売を始めることができるのですよ。ダダーブだって、元々何もないところだったのに、今では、大きな規模の市場で出来上がった」と言った。

 ファラが「欧米諸国に渡ったソマリア人は、そこで稼いだお金をお酒やタバコに使うのではなく、すべて、祖国に残る同胞たちのために送ります」と胸を張った。

 そしたら、突然、レゲ(37歳、女性)が顔を布で隠した。「今となっては、すべて過去の栄光です。今は、皆、離れ離れに暮らさなくてはいけなくなった」と目に涙を浮かべながら話し始めた。レゲは1991年に内戦が勃発した際に祖国を離れ、そこに残った母親と離れ離れになり、昨年ソマリアを襲った飢饉で、母親がダダーブに逃れ、20年ぶりの再会を果たしたのだった。

 隣に座っているハナムも涙を流し始めた。従業員の涙を初めて見た私はどうしていいかわからず「聞いてはいけないことを聞いてしまったのなら謝ります」と言うことしかできなかった。普段、従業員たちが抑えている感情を垣間見ることで、胸が痛くなった。ファラが駆け寄り、レゲを宥めたが、泣き止むことができず、工場の外へ出て行ってしまった。

 本来、「アフリカのライオン」と豪語したい祖国が、国際社会から「無政府状態」と命名され、理想と現実との乖離に、従業員たちはどうしようもない無力感に襲われているようだった。

 私は、そこで、次の質問に移った。従業員たちは、「アフリカのライオン」であるソマリアで、なぜ20年以上内戦が続いているのか?一番の原因はどこにあると認識しているのか?
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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