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主夫会が地元メディアの取材を受ける


カープ観戦出張を終え、成田空港から14時間(プラス乗り換え5時間)かけて、10月24日午前3時、バクー国際空港に到着。その日は木曜日だったため、家で3−4時間寝た後、午前9時からの主夫会に参加した。

行ってみると、アゼルの英字雑誌の女性記者が、「主夫会」を取材しにやってきた。記者は、ジョーという30代のイギリス人。やはり、欧米でも「主夫」は珍しいのだ。

アゼルは日本と緯度が同じで、外は結構肌寒くなっているのに、ジョーは黒の短いスカート姿で、ソファに座ると、下着が見えそうで、目のやりどころに困った。黒髪でパーマをかけており、整った顔立ちをしている。

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ジョーは一人一人の名前と連絡先をメモし、カメラマンに顔写真を撮影してもらった後、録音機をテーブルに置き、質問を始めた。

こちら側のメンバーはジョン、ハラルド、ロドニー、私、そしてクリス。クリスは40代でノルウェー出身。ハンガリー人の妻がBPで働き、クリスは パソコンでできる仕事(調査会社のバイトなど)をしながら、たまに主夫会に顔を出している。

ジョー:皆さんは、自分のことを「主夫(ハウスハズバンド)」と名乗りますか?

皆:いえ。使いません。

ジョン:元々、私は自分の肩書で自己紹介することがなかった。私はジョンです、っていつも言っていたので。

ハラルド:皆、こういう状況で何ができるのか考えているのだと思います。

ジョー:皆さんはここに来る以前は仕事があったのですか?

ロドニー:はい。コマーシャル製作をしていました。

ジョー:それで、ここに来るために辞めたわけですね?どうやってそれを決心したのですか?

ロドニー:、、。お金のためです。

皆:笑。

ロドニー:妻にとっても良い機会でしたしね。

ジョー:ヨーコーさんは?

私:ケニアで人道援助の仕事をしていました。で、次の就職先を探す際、妻か私か、よりよい待遇の仕事を見つけた方に、別の方が付いて行くという勝負をしたら、私が負けたのです。

皆:笑。

ジョン:私はイギリスでずっとインターネットで不動産情報を提供するビジネスをやっていました。アゼルに来たのは7年前です。

ハラルド:理学療法士の妻がここで診療所を開くので、私はドイツの仕事を辞め、付いてきました。私は美術史家なので、どこでも仕事はできるので、大丈夫です。

ジョー:ここに来る決断は正しかったと思いますか?

皆:はい。

ハラルド:この主夫会を見つけたので、良かったです。

クリス:ノルウェーでは会うことができない、とても興味深い人にたくさん出会えるので、楽しいです。

ジョー:ここに来た時、驚いたことはありますか?

ハラルド:騒音。交通マナーの悪さ。交通渋滞。

ジョン:7年前は、警察に呼び止められることが多かった。ほとんど毎週の様に。色々な理由で罰金を取られました。

ジョー:働かない生活には慣れましたか?アゼルで、新しい仕事の機会などは見つかりましたか?

ジョン:ここに来る前から自営業で自由にやっていましたので、特に、私の生活に大きな変化はありませんでした。

ジョー:ロドニーさんはどうですか?

ロドニー:そんなに大きな変化はありません。5歳の娘がいるので、その子の世話をしています。

ジョー:でも、彼女は学校に行くでしょ?

ロドニー:はい。学校にいくための準備とかで忙しいです。

ジョー:日々の生活リズムはありますか?

私:リズムを作るのは大切です。リズムがなければ、YouTubeを見て一日が終わってしまう(笑)。

クリス:子どもがいたら、それで、一定のリズムが作られてしまいます。学校で何かあったら、それに行かなければなりません。

ジョー:ヨーコーさんは子どもはいないですよね?どんな生活リズムがあるのですか?

私:朝ご飯作って、妻を見送った後、韓国語クラスに行って、昼ご飯作って、韓国語の宿題かブログの執筆をするか。それができない場合は、YouTubeを見続けます(笑)。

皆:YouTube好きだなー(笑)!

ジョー:主夫になって、家事とか育児とか、女性が昔ながらに果たしてきた役割を担うようになりましたか?

ジョン:私の場合は全く変わりない。イギリスにいる頃も、料理するのは私だった。私の妻は、人生で5回くらい料理したことあるけど、どれもひどくまずかった。これは雑誌には書かないでほしいけどね(笑)。

クリス:ここでは家政婦さんがいるから楽ですね。ここに来る前は、私が料理して、妻が掃除をしていましたが、ここでは掃除をしてもらえますからね。私が好きな時に料理をするくらいですね。

ロドニー:すでに妻が料理してあるものを電子レンジで温める仕事はしています。ショッピングはたまにします。
 
クリス:ノルウェーでは共働きで、家族の時間があまりなかった。でも、ここでは、妻だけが働き、家政婦がいるから、家事のことは心配しなくていい。私は自分の好きな時間に仕事をすればいい。だから、家族の時間が大幅に増えた。
ジョー:この主夫会はどうやって始まったのですか?

ジョン:7年前に、妻とカフェに行った時、私と同じ境遇の人が二人いたので、定期的に会うようになりました。

ジョー:アゼルに来て、嬉しい発見はありましたか?

私:最初来た時、週末は妻との時間にしたいので、平日の昼間に会える仲間を探しました。それで、アゼルの生活情報が書かれたガイドブックを読み、毎週金曜日の朝にお茶会が開かれていることを知り、幹事に電話をしました。そしたら、「あなたは男性ですか?この会は女性ばかりなのですが、大丈夫ですか?」などと心配され、行ってみたら、本当に女性ばかりでした。それで、その幹事がこの主夫会と私をつなげてくれました。

ジョー:他の皆さんは、こういった女性の会の活動に参加したことはありますか?

皆:、、、、。特にありません。

ジョン:ハンズが一度行ったことがあったと思う。

ジョー:ワイフが家族の稼ぎ頭になっていることについてはどう感じていますか?

私以外の全員:ノープロブレム!

私:日本では驚かれることがあります。つい先週、日本で兄から「今、お前はスージンに食わせてもらっているのか?」と言われました。私は、「新しい時代を切り開いているのです」と言っています。

ハラルド:私たちはただ、家族にとって何が一番かを考えてやっているだけで、問題は社会が私たちをどう思うかだと思います。

ジョー:社会があなたをどう思うかについて心配したことはありますか?

ハラルド:ありません。社会の中には、肩書や収入で人を判断する人がいることは知っていますが、私はそういう人たちのことを気にしている暇はありません。

クリス:自分にどれだけ自信があるかでしょう。自分のやっていることに自信を持てれば、社会が自分たちをどう思うかなんて二の次になるのではないでしょうか。

ジョン:私は、他の人がどれだけ稼いでいるとか肩書とか気にしません。そういうのを気にする人がいることは知っていますが、その人たちは私の友人ではありません。

私:私は今32歳。妻がこれからここで3−4年働けば、36歳。4年間、ブランクがあって、再就職する時はどうなるのだろうという不安はあります。

ジョン:精神病院に入院してたと言えばいいじゃないか (笑)。

皆:笑。

クリス:私も、妻のここでの契約が終われば46歳。10年間のブランクがあることになる。ノルウェーに戻ってどんな仕事ができるのかわからない。でも、家族にとって何が一番大事なのか考えたら、それはそんな大きな問題じゃない。妻の収入だけでも家族は食べていけるわけだから、私が再就職しなくちゃいけない必然性はないのだから。

ジョン:ここで一つ学んだことは、人生はいつでもやり直せるし、どんなきっかけがあって、どんな方向に進むかわからないということ。ここでは、色々な人が新しいビジネスを立ち上げては、成功や失敗を繰り返している。そういうのを見てたら、人のキャリアって、長期的計画がなくてもやっていけるのではないかと思えるようになった。私も、これまで、何か特別なキャリアがあったわけではないから、イギリスに戻っても、何か売り込めるわけじゃない。でも、おそらく、私ができることが何かしらあるんじゃないかなーと漠然と思っている。

ジョー:アゼルでの生活が終わったら、もう一度、主夫の生活はしたい?

クリス:主夫はもちろんやりたい。妻が大企業で働いている限り、収入は安定しているし、家族との時間が確保できるから。

ロドニー:米国へ戻ったら、前の仕事に戻るか、他の仕事をするのか、その時と場所の状況を考えて、色々考えなくてはならない。

ジョー:インタビューはこれで終わりです。ありがとうございました。

ジョーとカメラマンの女性は去り、ロドニーが「皆何を飲む?」とオーダーを取り、カプチーノ4杯と水をレジで支払い、いつもの雑談を始めた。(持ち回りで支払いを受け持っている)

クリスと会うのは今回が3回目だったが、主夫歴10年とは知らなかった。「アゼルを出た後も主夫を続けるか?」の質問に「もちろん」と即答できたのは彼だけだった。おそらく、ジョンもハラルドもロドニーも、アゼルでの生活を終えたら、仕事をしたいと思っているだろう。私自身、主夫歴10ヶ月になるが、これをいつまでも続けたいとは、どうしても思えない。

主夫歴8ヶ月のロドニーは、クリスの様にスラスラ質問に答えられなかった。例えば、「生活リズム」の質問で、毎日2時間フリスビーの練習をしていることを話さなかった。アゼルに来た当初、ロドニーは私に「友達もできないし、アゼルに来た選択は間違っていたのでは?」とか話していたが、ジョーの「ここへ来る決断は正しかったのか?」の質問には沈黙を保った。

ハラルドはやはり、妻が新興宗教の敬虔な信者で、それが理由でアゼルに来たことは言わなかった。それ言ってくれたら、この取材ももっと面白くなっただろうに、、、。
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カープ旅終了

カープ、巨人に3連敗。私のカープ巡礼の旅はあっけなく終了。

巨人との第2戦は、カープの絶対的エース、前田が、滅多にホームランを打たない巨人の寺内という選手に3ラン本塁打を浴びた。さらに、巨人のルーキー投手相手に3−0で完封負け。

カープ最終1


第3戦は、1点を先制するも、巨人に着実に加点され、3ー1で負け。選手の層の厚さといい、チャンスでの勝負強さといい、点差以上に、力と違いを見せつけられた。

カープ最終2


甲子園で2試合、ドームで3試合、観戦し、色々なカープファンに出会った。

広島とは縁もゆかりもないのに、前田健太と同い年で「カープが勝つと、なんか嬉しい」とドームへ応援に来た女性2人組。「いつからカープファンなの?」「どの選手が好きなの?」「年間、何試合くらい観に行くの?」とこちらから色々質問し、答えてはくれるが、向こうからの質問は結局、一度もなく、「なんだ、この変な親父」とか、思われたかも、、、。

福岡から飛行機でドームへ駆けつけ、スーツケースで一席分、余計にぶん捕るおっさん。近くに座った女性が「ヤクルトファンなんだけど、巨人が負けるところを見たくて来た」と言うと、「じゃあ、これ着なよ」と自分が着ていたカープユニフォームを女性に差し出した。そしたら、隣に座った山口出身のおっさんが、「俺なんか、パンツまで赤いんだぜ!」とズボンを下し、セクハラ騒動に発展。

広島の呉出身で、菊池選手の名前入りのタオルを買い、菊池が打席に立つと「このタオル2100円だったんだぞ!」と応援しているのか、ヤジを飛ばしているのかわからない60歳の親父。しかも、カープに点が入ると、周りの人全員に抱きつく酔っぱらい。

カープ最終3


本来なら21日まで試合が続く予定なのに、3連敗したため、18日でシリーズは終了。3試合分のチケットを払い戻し、私は、そのまま新潟の実家へ戻った。最終の新幹線で帰り、午後11時半ごろ着くと、しっかり、家の客間に布団がしかれていた。布団に潜り込むと、カープの敗北で受けたショックが少し癒された。お母さん、ありがとう。

23日にアゼルバイジャンへ発つ。

私がカープで一番な好きな選手

 さあ、東京ドームで巨人とのファイナルステージが始まりました!

 巨人第一戦1


 妻のスージンは仕事があるので、先にアゼルバイジャンに帰り、私は飛行機を再予約して、日本に居残った。

 東京ドームでの6試合はすべてチケット2枚買ったので、各試合とも知り合いを誘った。

 16日の試合に付き合ってくれたのは、15歳の時、一緒に米国に留学した旧友のFくん。野球観戦は人生で2度目といい、私がカープで一番有名な前田健太投手のTシャツを貸すと、Fくんは「この選手って、まだ現役なの?」とカープファンに聞かれたら殴られそうな質問をぶつけてくる。

巨人第一戦3


 そんなプロ野球を知らないFくんも、巨人のスタメンの名前を見ながら、「阿部、坂本、村田、高橋由伸は聞いたことあるなー」と言う。この一コマだけでも、広島がどれだけ不利な戦いを強いられているのかがわかる。

 そして、今日の広島の先発は、私がカープの選手で一番好きな大竹投手。

巨人第一戦2

 2001年にカープに入団した。当初、粘り強い投球をするのだが、なぜか、大竹が投げる時に限って野手がエラーを頻繁にし、勝ち星に恵まれなかった。あまりにもエラーが重なると、大竹はマウンド上で空を見上げたり、目をつぶって俯いたりと、野手の前で落胆を露にした。私はそれを見て「自分勝手な奴だなー」と思っていた。

 私も中学時代、三塁手でよくエラーをした。それで、投手がロジンを地面に投げつけたりして落胆を露にすると、重圧がかかり、さらにエラーをし、悪循環だったのだ。

 2008年、メジャーリーグで活躍する黒田がカープを去った直後、大竹はエースを任された。しかし、2010年、キャンプで投げ込みすぎてケガ。2年間、ほとんど登板機会がなくなる。

 しかし、2012年、大竹は復活した。そこには、新しい「大竹」がいた。味方がエラーしても、お尻を叩いて励ました。7回1失点でマウンドを降り、中継ぎ投手が打ち込まれ、勝ち星がなくなっても、ベンチでその中継ぎ投手の横に座り、励ました。(その投手はタオルで顔を隠していた)

 同じ年、カープの絶対的エースとなった前田健太が、4点リードのまま、8回でマウンドを降り、9回に中継ぎ投手が逆転を許した時、「一つ勝つことが、自分にとってどれだけ難しいことかわかってほしい」と試合後に自己中心的な発言をした。

 しかし、その数日後、大竹が同様の経験をした際、「自分がもっとしっかり抑えていたら、周りを楽にできた」という思いやり溢れる言葉を残すのを見て、前田健太も変わる。

 今年5月、前田が先発した試合、セカンドの菊池がエラーを三つもした。前田は菊池のお尻を叩き続け、「楽にさせてあげられなくて悪かった」と試合後コメント。以来、菊池のエラーは減り、持ち前のスピードでプロ野球の補殺記録を塗り替え、カープ躍進の立役者となった。

 今日の試合も、2回にサードの小窪がエラー。いつもの様に、大竹は小窪のお尻をグラブでポンと叩いた。無死一塁だったが、大竹は、高橋、坂本を連続三振、ロペスをセカンドゴロに打ち取った。そこには、「小窪のためにも、ここはなんとしても抑えてやる」という大竹の思いやりが感じられた。

 試合は、3対2で惜しくも破れた。最後はカープが2死1、2塁と一打同点のチャンスを作り、菊池がショート内野安打を放ったが、2塁走者の赤松の走塁ミスで、試合終了。

 おそらく、大竹は、試合後、赤松のお尻をポンと叩いただろう。大竹の精神がチーム全体に広がり、「赤松のためにも、次は絶対勝つぞ」となることを願いたい。そして今日の先発は、折しも前田健太だ!

カープ勝利

 「ビジター席以外でカープ応援するのは危ない」と阪神ファンの友人から言われた。

 甲子園にはレフトスタンドの上段に「ビジター専用席」が設けられ、そこでの阪神の応援は厳禁。しかし、そこの席を取ることはできず、私は友人らと5人で一般のレフト指定席だった。

 阪神ファンに囲まれてカープを応援するのは嫌だなーと、恐る恐る赤いTシャツで行ってみると、そこは赤い色で埋め尽くされていた!

カープ5


阪神はカープにとって、特別な相手。金本と新井という、カープの4番打者をお金で買い取り、優勝争いを続けていたチーム。今日の先発オーダーも、西岡、福留、新井、そして藤井と、4人も他球団からお金で買い取った選手が並んだ。(うち、二人は元メジャーリーガー)

 対するカープは外国人以外、ほとんど生え抜き。(厳密には木村とか赤松とか他球団から来た選手はいるけど、お金で買い取ったわけではなく、「交換トレード」で来た)

 そんな、お金持ちチームに対し、カープは8対1で勝ちました!!

カープ4

 エースのマエケンが投打に活躍。二年目の菊池が3安打。広島出身の岩本が3ラン。もう涙涙の大勝利!!点が入るたびに周りのカープファンたちと握手。香川、名古屋、東京と全国津々浦々から駆けつけたカープファンたちと喜びを分かち合いました。

カープ3

 試合終了しても、カープファンは全く帰る気なし。敵地だということを忘れ、ずっと吠え続けていました。

カープ1

カープ2


今日、勝てば、東京ドーム進出が決まる!すでに、東京ドームの6試合分のチケット買ってしまっているだけに、負けてもらっては困るぜ!頼むよカープ!

私は主夫ではなかった


7−8月に日本に帰った時、「それでもお前は『主夫』なのか?」と色々な人から言われ、自信喪失した。

まず、私の家に、週一回、家政婦さんが来て、掃除と洗濯をしてくれること。

次に、夕ご飯作りは、午後5時半に帰宅してくる妻と共同でやっているということ。(最も、妻がロシア語を火曜日と木曜日の5時半から学び始めたため、これらの日の夕食作りは私だけになった)

 そして、「弁当作り」といっても、前の日の夕食の残りなどを詰めるだけだということ。

最後に、私が妻より日本に長く滞在したということ。「ええ?『主夫』なのに、一緒に帰って、身の世話をしてあげなくて大丈夫なの?」ってな感じで。

長姉には「要するに、朝ご飯作り。買い物。夜ご飯は共同。やっていることはそれだけ?」と言われた。

うーん。私は「主夫」という言葉を誤解していたのかもしれない。定義は千差万別というのはわかるし、私だって、72歳の男性が「主夫」を名乗って、新聞に「男性も私みたいに台所に立とう」とか投稿しているのを見ると、「定年退職したら、そりゃ、料理くらいするだろ」と皮肉ってしまう。

私は、家族のために、自分のキャリアを諦め、アゼルバイジャンという、就職活動が困難で、英語があまり通じず、知り合いが一人もいない国へ身を投じた時点で、「俺って結構、家族想いな『主夫』じゃない?」って思っていた。

自分は英語が多少できるから、「主夫会」に出たり、他の外国出身の友人を作る方法があるが、もし、私が英語を話せなかったことを想像すると、背筋が凍り付く。アゼルには日本人が2−30人しかおらず、大部分は働いているため、日本語しかできない場合、平日昼間は、ほとんど家に「監禁状態」になる可能性が高い。(もちろん、町を散歩とかはできるけど、、)

英国レセプション
(英国大使館レセプションに妻と出席した時。各国の大使らが参列する場で英語が話せなかったら、かなりしんどいだろうなー)


新聞記者とか工場長とか、それなりの肩書を捨てて、監禁状態になるリスクを背負って、愛する妻に付いて行く「主夫」。そのうえ、できる限りの家事もやっていて、「俺って、結構、凄くない?」、という感覚だった。

しかし、日本でいう「主夫/婦」はちょっと違った。まず、相手(多くの場合は男性)が転勤などで場所を移動する場合、キャリアと妥協して、一緒に付いて行くのは「あたりまえ」の行為で、それだけで「主夫/婦」の称号は得られない。

キャリアと妥協した上で、さらに、ご飯作り、掃除/洗濯、皿洗い、買い物と付きっきりで相手の面倒を見なくてはいけないようだ。

そんなの無理!

1回3000円で家政婦雇える経済的余裕があるなら雇いたいし、自分の将来のキャリアのためにも、限られた方法の中で、韓国語勉強やブログ執筆にできるだけの時間を費やしたい。

私が「主夫」でないなら、アゼルバイジャンで働く妻/夫に付き添っている女性/男性の多くは「主夫/婦」にはなりえない。フリスビーを毎日投げ続けるロドニーは、家政婦が週5日来るし、運転手が買い物をしてくれる。

夫がEU代表部(ヨーロッパ連合の大使館みたいなもの)で働くオランダ人のゲルマ(40代)は、「私は料理が好きじゃないから、あまりしないの」といつも言っている。基本は外食で、家で食べる時は、サラダとか簡単な物を作るだけという。(もちろん家政婦付き)

それでは、私やロドニーやゲルマの肩書は何なのか?個人的には肩書なんて必要ない、と思っている。ただ、元新聞記者として、好奇心がくすぐられるだけだ。

記者は事件原稿を書く際、容疑者や被害者の名前、年齢、職業、住居、まで記さなければならず、「新潟県警は、黒岩揺光容疑者(32)=主夫、南魚沼市=を22日、窃盗の容疑で逮捕した」みたいになる。

「無職」?でも、家族のために、仕事したくても、就労ビザが降りにくい国に身を投じているのに、ゲルマやロドニーが失業者扱いされるのはなんかムカツク。

英語だと、「Trailing Spouse」(付いて行く配偶者)という言葉があるけど、「肩書」とはちょっと違うな。

何か新しい言葉ないかな。「付き人」だけだと、なんか、専門性がないみたいだから、「付き添い専門家」とかどうだろう?

ストーカーに間違われそうだな、、、。

8年振りの学生生活

バクー国立大学というアゼルバイジャン最古の大学(1919年設立)が、私の自宅から徒歩10分の所にある。そこで、なんと、アゼルで初めて、一般人が参加できる「特別韓国語講座」が始まった。

 講義は1日1時間半で、週4日。学費は月1万円(学生は4000円)。これまでずっとマンツーマンで韓国語を勉強してきたが、アゼルの学生と一緒に学ぶのも面白いと思い、9月30日、講義初日に参加した。

講義は上級、中級、初級の3クラスに別れる。「図書館」を韓国語で「トウソウクアン」と言うように、韓国語は日本人にとって学びやすい。だから、私は、アゼル人の韓国語レベルがどれくらいなのか想像がつかず、とりあえず上級クラスに入ってみた。

実に8年振りのキャンパスライフ。うきうき気分で午前9時45分ごろ家を出た。アゼル語で書かれた講義室の場所をメモし、それを、その辺にいる学生に見せながら、講義室を探した。大学生でも英語を話せる人は少なく、ほとんどジェスチャーでの会話になる。

キャンパスには大きな8階建ての「コの字」型ビルを中心に、フットサル場などがある。

バクー国立大

韓国語講座は6階の601号室。ビルに入った途端、警備員に呼び止められ、アゼル語かロシア語かわからない言葉で話しかけれる。東アジア系の学生などほぼ皆無だから、周りからジロジロ見られる。「アイディー?」と身分証を求められた。

6階までエレベーターで行こうとするが、5人入ったら満杯になるような小さいもので、前でたくさんの学生が待っていたため、仕方なく階段を上った。踊り場では、数人の男子学生がタバコを吸っている。

ようやく、601号室に入ると、50歳くらいの眼鏡をかけた東洋系の男性と、男子学生4人がいた。「アンニョンハセヨ」と挨拶をすると、眼鏡の男性が「ああ。ヨーコーさんですね。話は聞いていますよ」と笑顔で言う。韓国人でチョ先生といい、アゼルに来てからすでに7年が経つという。

学生たちに「ヨーコーと申します。日本から来ました」と紹介する。学生たちは「アンニョンハセヨ」「韓国語を勉強します」を繰り返すだけ。これが上級なのか?と不安になったが、私が席につくと、学生たちは皆、外へ出てしまい、私とチョ先生だけになった。

チョ先生は「彼らは初級クラスの学生です。上級クラスは初めてやるので、学生が少ないのです。おそらく、後、一人来ると思いますが」と言う。つまり、ほとんどマンツーマンで週6時間授業を受け、月1万円ということか?韓国だと、個人レッスンは一時間2−3000円はするから、長お得だ。

約5分して、男子生徒が一人入って来た。「遅れてすいません」と流暢な韓国語を話す。黒い手提げ鞄に茶色の襟付きシャツと、同じ色のズボン。私を見るなり「初めまして。タレーです」と握手を求めて来た。「何歳ですか?」と私に尋ね、「32歳」と言うと、「じゃあ、ヒョンですね!」と返す。 「ヒョン」は韓国語で「お兄さん」。男性が年上の仲の良い男性を呼ぶ時に使う。だから、韓国ではまず年齢を聞かなければならない。

バクー国立大5

21歳のタレーは韓国語を勉強して3年。(彼は「2年」と言うが、先生は「3年」と言う)タレーは英語ができないため、私と彼を結ぶ唯一の言語が韓国語である。当初、日本語を勉強したいと思い、授業登録したら、間違えて韓国語だったという。「その時は韓国という国があることさえ知らなかった。東アジアは日本と中国だけだと思っていました」と苦笑い。

しかし、アゼルバイジャンにはサムソン、SKなど、多くの韓国企業が進出しており、韓国語を習得して、そういった会社で働くことを夢見るようになった。(ここの学生は皆、石油会社に限らず、給料が高い外資系で働きたがる)アゼル在住の韓国人は日本人の10倍近くで約200人。企業や大使館職員だけでなく、宣教師が数十人規模で住んでいる。無論、イスラムが主流のアゼルバイジャンで宣教師のビザは下りないため、韓国語教師や留学生を装って、布教活動をしている。(実はチョ先生も宣教師)

毎週日曜日にキリストの礼拝がある韓国文化センター長のソンギドン牧師(50代)はアゼルに住んで20年。日本人で一番長く滞在している方でも、2−3年だから、数でも質でも韓国が日本を圧倒していることになる。

タレーは、毎日、同じ茶色いシャツとズボンで現れる。語彙、聞き取りなど韓国語能力は私よりはるか上で、授業でわからない単語が出てくると、ノートに書いて「ヒョン、こう書くのですよ」と教えてくれる。ただ、アゼルの教育制度が暗記中心のせいか、「今、住んでいる所の便利な点、不便利な点を説明しなさい」「あなたの国で外国人が多く住んでいる場所はどんな所ですか?」などの、長文出題が苦手だ。

タレーは、どんな長文出題でも必ず「私は21歳です」という文章から書き始める。「年齢については聞かれていないから、書かなくていいのだよ」と先生が言っても、何故か、「私は21歳です」と書いてしまう。

授業が終わるのが11時50分。タレーは「ヒョン、一緒にお茶でもしましょう」と言う。大学のカフェテリアに行くと、鶏肉と杏をカレー風味に炒めた物や、トルコ料理店でよく見る「ケバブ」という、ひき肉をソーセージの形にして焼き上げたものが、パンやライスと一緒に並んでいる。

バクー国立大3


私は、鶏肉とライスを頼んだ。全部で350円。高い!これでは日本の大学の食堂と変わらないじゃないか。アゼルの国民一人当たりの年間所得は約100万円で日本の4分の1。しかし、この数字は、多くのアゼル市民には当てはまらない。

バクー国立大2

例えば、タレーの父親は短期大学で講師をしているが月2万7000円。母親が病院の看護師で月1万6000円、それぞれ稼いでいる。つまり、石油で潤った一握りの富裕層が平均所得値を押し上げているのだ。もし、タレーが毎日、この学食で食べたら、月7000円となり、家計に大きな負担となる。 昼時にも関わらず、タレーが「昼飯でも行きましょう」と私に言わなかった理由がこれでわかった。

私は鶏肉とライスを食べながら、タレーに「昼ご飯はどうするの?」と尋ねると、「適当にやります」と言った。タレーの友人3人と一緒に座り、彼の韓国語による通訳で、友人らと会話をした。「ウクライナやロシアに留学したい」などと話す。

バクー国立大4


15分後、タレーは鞄の中から紙に包まれたサンドウィッチを取り出した。他の友人が350円(プラス、コーラも)払って食べている中、サンドウィッチを取り出すのが恥ずかしかったのだろうか。

私は「あの友達たちは、どうやって毎日350円も払っているの?」とタレーに尋ねた。「親が金持ちなのだと思います」と言う。

タレーは奨学金で大学に入り、「私の祖父母は貧乏で苦労したから、私は、月10万円は稼げるようになりたい」と言う。「韓国に留学して、韓国語をマスターすれば、ここにある韓国企業に通訳として雇ってもらえる。通訳の日給は1万2000円です」と語気を強める。

10月20日に受ける韓国語能力試験中級を、彼も受験予定。50点以上取ると「3級」、70点以上で「4級」になる。彼は、前回のテストで65点を取り、3級はクリア。「4級になれば、韓国の大学に留学する資格を得ることができるんです」と目を輝かせた。

「試験は何が一番難しいの?」と尋ねると、タレーは「作文」と即答。試験では「尊敬する人」「自分の長所」「一番の思い出」などをテーマに作文を手書きで書かなければならない。

タレーは「ヒョン、昨日、練習問題を一つやってみたのだけど、何かアドバイスくれないか?」とノートを開いた。

テーマは「今一番自分が買いたいもの」。

タレーの答え。

「私は21歳です。私が一番買いたいものは、、、(続く)」

うーん。こりゃ、先が思いやられるな、、、。

わざわざ日本まで行ってチケットが取れなかったらどうするのか?

見事、広島カープが16年振りに3位以内を確定させ、初めてクライマックスシリーズ(以下、CS)に行くことになった!やったーー!!

私は、10月9日午後7時にアゼルバイジャンをトルコ航空で出発し、イスタンブールで乗り換えて、10日午後6時に関空に到着。

CSは、トーナメント方式で12日から甲子園で始まる(予定)。2戦先勝方式で、広島が阪神に勝てば、次に16日から4戦先勝方式で東京ドームで巨人と激突する。これに勝てば、10月28日からの日本シリーズでパリーグの勝者と4戦先勝で対戦する。私は、広島が負けた時点で、アゼルバイジャンへ戻るため、最短で1週間、最長で1ヶ月の日本滞在となる。
 
当初、広島が負けて、私が日本に行かないことを願っていた妻のスージンは、腹を固め「私も日本に行く」と言い出した。職場に休暇申請を出し、同じ飛行機で出発することに。
 
 問題はチケットだ。日本までの往復航空券二人分でざっと30万円。こんな高い金払って、テレビ観戦なんてことになったら、私は世界一の間抜け者として、妻から一生見下されるだろう。

カープファンにとったら初めてのCSだから、チケット取得は相当困難が予想される。3位以内が決定された後のカープの試合をYouTubeで観ると、神宮球場や東京ドームなど、本拠地でなくても、球場の半分は真っ赤に染まっている。

毎日の様に、CSのチケット販売要項が出てくるのをチェックしていたら、阪神のファンクラブ会員のみ9月27日から先行抽選販売が始まるとの情報をゲット。一般販売は10月9日からで、アゼルを出る前にチケットを取得したい私は、フェースブックで「阪神ファンクラブの方いませんか」と書き込みをした。

そしたら、1分後、ウズベキスタン(中央アジア)にいる大阪出身の友人が「何人かファンクラブの人知っています」との連絡が。事情を話したら、「知人が抽選に参加してくれるとのことです」とのこと!

私は大船に乗った気分になった。

次は東京ドーム。無論、カープが阪神に負けたら東京ドームには行かないわけだが、10月14日に阪神との試合が終わってから、チケットを予約してたら、間に合わない。

東京ドームのホームペッジをチェックしたら、9月27日から先行抽選販売が受け付けられ、甲子園と違って、チケット販売専門のサイトに登録(無料)さえすれば、誰でも抽選に参加できるという。

東京ドームは10月16日から21日まで、全部で6試合。一人で応援するのは寂しいから、各試合チケットを2枚予約した。チケットは安くても2000円。ちょっと高いのだと4000円くらいする。6試合×2人分で、もし、すべて当選したら、最大で5−6万円が自動的に引き落とされることになる。「16年に1度のことなんだから!」とやけくそでクリックを続けた。

3日後、抽選の結果をドキドキ待っていたら、「当選しました!」というメールが30分おきに6通届いた。なんと、6試合、すべて当選!広島にいるカープファンの友人に連絡したら、その人は落選したというから、私は相当、運が良かったのだ。

しかし、6試合とも一緒に観に行ってくれる友人なんているだろうか?そんな暇で物好きな人間は思い浮かばない。妻に「ねえ、東京ドームまで一緒に行こうよー」とわがままを言っても「私には仕事があるのよ!」と言われ、「これは俺にとっても大事な仕事なんだよ!」と、またいつもの喧嘩が始まった。

しかたなく、東京在住の友人何人かにメールで「東京ドームチケット2枚6試合分あるから、どの試合でもいいので、一緒にどうですか?ただし、カープが阪神に勝ったらという条件つきです」というややこしいメールを送ったら、

「今、アフリカに出張中で20日に戻るから、21日の試合ならいいよ」

「俺が阪神ファンだと知っていてそんな誘いをしているのか!」(すんまへん)

「6試合の中で一番盛り上がる試合はどれか教えてくれ」(そんなん知るか)

などなど、おもしろい返事がたくさん来て、結局、6試合、すべて一緒に観戦してくれる方が見つかった。

私が海外に出たのが1995年。カープが最後に3位以内になったのが1997年。カープは私という精神的支柱を失って、長いトンネルに入ってしまったのだとずっと思っていた。(いや、今でも思っている)

そして、先週、「前田智徳」というカープの超スター選手が引退を表明。前田が、カープに入団した時、 私は8歳で、その年にカープファンになった。

24年応援し続けた前田が引退し、カープが初めてクライマックスに行く特別な年が、私が「主夫」で、人生で一番自由に動き回れる年と重なったのも、変な運命を感じる。これが、去年や一昨年だったら、観戦に行けたとしても、2−3試合が限度で、すぐ仕事に戻らなければならなかっただろう。

実は10月20日、アゼルバイジャンで年に2回しかない韓国語能力試験中級を受験することになっていて、今、毎日その勉強をしている。カープが阪神に負けたら、何とか、20日までにアゼルに戻れるが、阪神に勝ったら、受験はあきらめなければならない。つまり、「試験勉強」=「カープが阪神に負けることを想定」であり、勉強に全然集中できないのだ、、、。
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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