何でも言い合える夫婦がいいか、気を使い合う夫婦がいいか

スージンが特別休暇に入って(要するに仕事を辞めて)から5ヶ月。生まれて初めての組織に属さない生活は楽しみと不安が交錯するもので、昨年、同じ境遇だった私にはよくわかる。スージンは「来年からは仕事を再開したい」と言いながら、友人には「そこまで一生懸命、就職活動しているわけではない」と言う。本当に2ヶ月後から仕事を再開したいなら、四六時中、就職活動をしなければならないのに、なかなか本腰を入れられないようだ。

ジュネーブには国際機関が25、非政府機関が180あり、計3万8000人が働いている。だから、国際協力関連の就職口ならたくさんありそうだが、ジュネーブの住民の多くは私たちの様に、転勤族のため、夫婦で赴任する場合、スージンの様に、仕事を探す配偶者が数千、数万人単位でいることになる。だから、競争が高く、一つの空席に数百人の応募があるという。

どこかの統計で、国際機関で新しいポストを獲得した人の6割が「上司の引き」だったというデータがあった。つまり、人的ネットワークがものをいう世界。就職したければ、できるだけ多くの人に会い、ネットワークを広げなければならない。他の配偶者と違い、スージンの場合、私が働いているUNHCRで3年働いていたわけでから、本部に知り合いが何人かいる。そういった知り合いと食事やお茶をしながら、知り合いの知り合いを作っていかなければならない。

事務所は家から徒歩10分の距離だが、スージンはこの5ヶ月、数えるほどしか、本部に顔を出していない。私は、「どんな理由作ってもいいから、一人でも多くの人に会ったほうがいい」と言うのだが、私についてきたせいで無職になったわけだから、スージンには「あなたに指図されたくない」という思いがある。

さらに、韓国の有名大学、延世大学を卒業し、4カ国語を話し、私が4度受験した国連試験にも一発合格し、エリート街道を突っ走ってきたスージンが、周りから「就職口探してます」と思われるのが嫌な気分も痛いほどわかる。

そんな中、私は本部内で知り合いを作っては、スージンの履歴書を送り、お願いしてきた。時には、トイレで用を足している局次長に妻が仕事を探している話をしたこともあった。「スリランカに3ヶ月短期で行ってみないか?」という話もあったが、それでは、アゼルバイジャンの仕事を辞めた意味がなくなるということで、スージンは断った。

 当の本人がそこまで頑張っていない就職活動を、私が代わりに頑張るという、奇妙な構図が続く中、「事件」は起きた。

ある日、日本人の先輩職員Tさんと防災関連の講演会に行く話をしたら、「Tさんの部署から出た空席は、もう埋まったのかどうか聞いて」とスージンは言った。私は指示通り、Tさんに聞き、「よくわからない」という答えだった。

その夜、家に帰ってから、「TさんはP4だから、よくわからないみたいだよ」とスージンに伝えた。(「P4」というのは、国連で使われる職員ランク。専門職がP1—P5、幹部職がD1—D2とあり、P4は、日本でいう係長から課長クラス)

そしたら、「P4だからわからないというのはおかしいでしょ。空席の種類によっては、D1よりも、P4の方が知っているときだってあると思う」とスージンは主張し、数回のやりとりがあった。

そこで、私の日々、積もりに積もった「イライラ」が頂点に達した。

私:あのさ、一応、これでも、スージンのために頑張ってやっているわけだから、細かい部分で論破しようとせず、まず、私がTさんに尋ねたということを感謝できないかな?

ス:でも、話に不可解な点があったら尋ねるのは当たり前でしょ。

私:P4がD1よりも、空席情報があるかないかって、別に重要なことじゃないでしょ。Tさんが、私たちが求めている情報を持っていないということが重要なんだから。

ス:でも、私がそれについて尋ねたおかげで、私が尋ねたかった内容すべてを、ヨーコーが尋ねていなかったことがわかったでしょ。

私:でもさ、スージンが尋ねたい内容100パーセント、私が尋ねていなかったら、スージンが直接、Tさんに尋ねたらいいじゃん。(スージンとTさんは、すでに3−4回、会っている)

ス:でも、ヨーコーの方がTさんと仲がいいでしょ。

私:それに、私が尋ねた内容について正確に知りたいなら、「Tさんに何て、言ったのか教えて?」って言えばいいじゃん。別に、私の言った内容を論破しなくても、得たい情報は得られるよね。

ス:私たち夫婦なんだから、疑問に感じたこと、そのままストレートに尋ね合えた方がいいじゃない。いつも神経使うの疲れるし。

私:夫婦だからこそ、気を使わなければいけないときってあるでしょ。例えば、私が大事な試験で落ちた時、「あまり一生懸命勉強してなかった」と思っていても、それを口には出さないでしょ?それは、夫婦だからこそ、気を使わなきゃいけないからじゃない。

ス:例が極端すぎるよ。今のはそういうのとは違うでしょ。

私:スージンは、あまり、私のプライドとか面子とか、そういうのあまり気にしてくれないよね。何か論理的に疑問があれば、とことんそれを追求してくる。例えば、6人の友人と話をしていて、6人全員、私の意見に反対したとする。そしたら、スージンが、その友人たちと同意見でも、それは口に出さず、私の味方でいてほしい。私の面子を守ってほしい。

ス:でも、今は他に誰もいないでしょ?

私:他にだれもいなくても、スージンがいるでしょ。妻の前だからこそ、面子を潰されたくない。

ス:夫婦なんだから、そんな面子とか気にしなくていいじゃない。言いたいこと、聞きたいこと、ストレートにやりたいわ。それが、私たち夫婦の良いところだと思ってる。
私:自分も昨年は主夫だったから、「お前のせいで職なくなったんだから、あなたにとやかく言われたくない」という気持ち、よくわかる。だから、私はスージンがあまり一生懸命、就活できてないなあ、と思いつつも、できるだけその部分は刺激しないよう、自分なりに同僚や上司に機会を見つけては、話をしてきた。その部分について、スージンからあまり感謝された覚えがない。昨日、スージンにお願いされたことを、忘れずに今日、実行しただけでも、それなりの功績じゃない?それなのに、どうでもいい内容についてスージンが論破しようとしてきた。確かに、D1よりもP4の方が人材募集について情報がある場合もある。でも、それは、すでにスージンが事実として知っていることでしょ?私と議論する必要はないでしょ?人間誰でも、非論理的なことを無意識に言ってしまうことってある。その度に、いちいち突っ込まれたくない。もちろん、それがとても大事な内容なら突っ込まなければいけないけど、今回のはそうじゃないよね?スージンが本当に得たい情報は、全く別の部分の話だよね?だったら、細かい部分で論争をしかけるのではなく、相手の気持ちをもっと配慮した話し方ができないかな?

ス:私はあなたについてきたために、無職になったのよ。(涙ぐむ)それで、これから先のこと考えると、どうなるんだろーって不安になって、、、。アゼルバイジャンでの仕事を辞める決断だって、すごい難しいものだった。それで、私があなたに感謝しなければいけないの?

私:俺だって、スージンに仕事を辞めさせるのつらかったし、アゼルバイジャンに行くとき、自分が無職になるの不安だった。それはお互いさまでしょ。二人で話し合って、これがベストだっていう決断をしたのでしょ。

と、話は堂々巡りになり、気がつけば、2時間以上経過していた 。二人とも、頭では「どうでもいいこと」とわかりつつ、この議論は絶対負けちゃいけないという感情が表に出ていた。 最後は、私ができる限り声のトーンを下げて「とにかく、今回は、P4かD1がどちらが情報を持っているかというのは、どうでもいい内容だから、次からはそういう細かい部分で議論しないようにしよう」と言い、立ち上がり、議論を打ち切った。

スージンも立ち上がり、机に座って、何やらパソコン作業を始めた。どうでもいい内容で2時間以上を費やしたという事実が体に重くのしかかった。50平米のアパートが、妙に狭く感じ、「ちょっとジョギングしてくる」と着替えてレマン湖沿いのベンチで頭を冷やした。今年のジュネーブの秋は、例年より暖かく、夜の気温も10度前後だ。

1時間後、家に戻ると、スージンはまだ机に座ったままだった。「どこに行ってたの?」と私に尋ね、「お風呂はいるね」と言い、何とか、議論前の平穏モードに切り替えることができた。頭を冷やしにいかなければならないほど、議論が白熱したのは初めてだった。いつもはご飯を食べて仲直りしてきたが、今回はご飯の後だったのがいけなかった、、、。
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プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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