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初めての一人旅 その1ーー戦争と地方活性化ーー


仙台での防災会議が終わり、休暇で韓国に行った。

韓国語が多少できる程度になって以来、初めての韓国。これまでの旅行は、英語を話せる現地人との交流に限られてきたが、今回は、すべての現地人と話せる初めての一人旅。

韓国のどこに行くか。

観光地でもなく、都市でもない、誰も行かなそうな田舎の町に行きたい。Googleマップでソウルから2−3時間で行けるところを探してみた。そしたら、北東約100キロの北朝鮮との国境沿いに、「フワチョン」(화천)という町が目に留まった。単純に、新潟の実家のように、山に囲まれ、大きな川沿いにあるという理由で。Wikipediaによると、人口2万人。私の実家がある旧大和町の人口が1万5000人だから、似た規模だ。フワチョンの周辺には韓国軍の大きな基地もあり、軍人が2−3万人いるという。

町民と軍人の数が同じ、、、。北朝鮮から9キロという距離で、韓国の田舎で暮らす人はどういう生活を送っているのだろう。興味が湧いてきた。

ソウルからバスで約2時間半でフワチョンに着いた。まず、入った食堂のおばさんに、妻から紹介された、韓国の伝統家屋のペンションの電話番号を伝える。

私に携帯電話がないことを伝えると、おばさんが自分の携帯で電話してくれた。「このペンションは一泊1万5000円ですって!駄目よ。こんな高いところわ」とおばさんは言う。

確かに高い。

私は、そのまま食堂を出て、町を歩いてみることにした。平屋の食堂や八百屋、薬屋など数十軒が立ち並ぶアーケードを抜けると、体長15メートルはありそうな釣りをしている熊の模型が川沿いに現れた。フワチョンは釣り祭りが有名で、1月になると大勢の観光客でにぎわうという。

その模型の近くに「カフェABLE」という洒落たガラス張りの喫茶店があった。パンチパーマの30歳くらいの男性店員がレジに座り、Wi-Fiが使えることを確認し、テーブルに座る。

カプチーノが一杯550円。ソウル並みの値段だ。昨年5月にオープンしたばかりだという。しかも、この喫茶店、食事は取り扱っておらず、コーヒーとケーキだけを出す。私の旧大和町で、飲み物とケーキだけで経営が成り立つ喫茶店は少ない(ていうか、知らない)。高級ペンションといい、このカフェといい、謎が多い町である。

チーズケーキとレモン茶を頼み、パソコンで宿探しをする。妻が紹介してくれたペンションは他にもう1軒あり、男性店員に見せると、電話してくれた。素泊まり一泊8500円ということ。高いな。でも、韓国の伝統家屋があるというし、こんな田舎で、そんな高級ペンションの経営が成り立つ理由を知りたいと思い、予約をお願いした。
歩いて20分でペンションがあるという。川沿いがサイクリングコースになっていて、そこを歩く。

10分ほど歩いたら、前方に数百人の軍人に出くわした。幅5メートルほどあるサイクリングコースの両端に列をなして座り込んでいる。タバコを吸ったり、チョコレートを食べたりしている。休憩中か。真ん中2メートルほどが空いているため、通り抜けることはできなくもない。しかし、軍服にヘルメット、大きなライフル銃を抱える軍人たちの間を通り抜けてもいいものだろうか。サイクリングコースを出て、車道を歩くこともできたが、それも危ない。

korea army


一番手前に居座る年配の軍人に「ここ歩いてもいいですか?」と聞くと、「はい、いいですよ」と笑顔で答えてくれたため、おそるおそる、軍人たちの間を歩くことに。

裸足になって足を休めるものもいれば、私をじろじろ見渡すものもいる。両端から足を延ばされると、私の歩くスペースがなくなると思ったのか「足をどかせ!」と一人が号令すると「はい!」と他の軍人たちが返事をし、一斉に座り方を変える。

ほとんどが20歳前後に見える。韓国では2年間の徴兵制度が男性全員に課せられ、大多数が大学在学中に徴兵される。紛争地帯近くの難民キャンプで働いてきた私も、数百丁のライフル銃に囲まれるのは初めてのこと。

軍人の訓練が一般市民とこんな近くで実施されているということに驚き、いまだに65年前の朝鮮戦争は「休戦状態」であって、正式には終わっていないということを肌で感じた。

200メートルほどはあっただろうか、軍人たちの間を通り過ぎた後、左手にペンションが見えてきた。

眼鏡をかけた中太りの青年が出てきて、「あなたが日本人のお客さんですか?」と声かけてきた。2階建ての部屋は、1階に台所とトイレ、シャワーがあり、2階にベットとテレビ、ソファーがある。ベランダからは山と川が見渡せ、1階の玄関の前にはテラスがあって、バーベキューセットとテーブルがある。

traditional house korea

pension view


その青年は27歳。1時間半離れた町で生まれ育ち、父親が今でも、そこで銀行員をしているという。4年前、専業主婦だった母が単身で故郷のフワチョンに移り住み、このペンションを建てた。父は週末ごとにフワチョンに来る「週末夫婦」だという。

青年は大学卒業と同時に、母の新しいビジネスを手伝うため、フワチョンにやってきた。韓国の伝統芸術を大学で専攻した一つ年下の妹もフワチョンに移住し、6月に、ペンション内に茶房をオープンする。メニューには韓国の伝統茶道で作る十数類のお茶と茶菓子が並ぶという。

ペンションは週末はほとんど満杯。私が泊まった日は、火曜日でお客は私だけだったが、次の日は二組、その次は四組が来るという。

川沿いには、多くのペンションやレストランが立ち並ぶ。確かに山と川はきれいだが、それだけでこれだけの数のペンションや民宿の経営が成り立つとは到底思えない。素泊まりペンションだから、「夕ご飯は近くで食べれますか?」と尋ねると、「隣にオーガニックな鶏の店がありますが、一番安いメニューで3800円」という。高!そもそも、お客が一人で来ることが想定されてないため、2−3人分のメニューなのだろうが、それでも高い。

「ペンションには、どんな人が泊まりにくるのですか?」と尋ねたら、「ほとんどが軍人の家族たちです。年に1度か2度、離ればなれに暮らす息子に会いに来るんです」と言う。

なるほどーー。2万人の軍人のうち、大多数は徴用兵。彼らが、基地を出れるのは、年間30日の休暇中のみ(土日も出れない)。彼らが半日かけて実家まで戻るよりも、家族が基地近くまで来る方が、より長い時間家族と過ごせる。そして、「久しぶりの休暇だ。好きなもの食べなさい」と家族から言われた20歳前後の息子たちのニーズを満たすレストランが数多くでき、一杯550円のカプチーノも、都会暮らしに慣れた若者たちが、僻地での徴兵生活から一服するためにあるのだろう。

単純に2万人の家族が年に2回、息子に会いに来ると計算したら、1日平均108家族がフワチョンを訪れる計算になる。それに、軍人の恋人や友人を入れたら、その数はさらに増える。ものすごい経済効果だ。戦争による、地方の経済活性化か。なんか皮肉な構図である。(続く)
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「避難者」か、それとも『避難民」か?

仙台防災会議まで残りわずか。4年前の津波で、避難所の運営などで協力しあった被災者の姿が世界のメディアで取り上げられたことは記憶に新しい。そのことを文章にしていたら、ある単語をタイプする際、妙に居心地が悪くなった。

その単語とは英語で「Displaced Persons」。災害や紛争で家を失い、避難した人たちのことを指す。UNHCRでは、避難先が国内の場合「国内避難民」と言い、国外へ出た場合「難民」と言う。(厳密に言うと、自然災害の場合は「難民」にはならない)

津波で被災した人の避難先はほとんど国内だから、「避難民」である。しかし、「津波の後、避難民が助け合った姿が世界の注目を浴びた」と日本語にすると、どうも、しっくりこない。

なぜだ?試しに、辞書で「Displaced persons」と引くと、やっぱり「避難民」と出る。

でも、やっぱり『避難民』と書けない。普段、慣れているはずの単語が、日本国内で適用することができない。なぜだ?ああ、もどかしい!

仕方ないから、日本の新聞ではどんな表記が使われているのか、調べてみた。そしたら、「避難者」とある。「避難者」だと、どこか短期的に避難しているようにも聞こえなくもないが、「避難民」よりは、なぜかしっくりくる。

外国の人を「避難民」と記すのに躊躇しない私が、日本人の場合は、躊躇してしまう。

試しに、某全国新聞のウェブサイトで「福島」「シリア」と「避難民」「避難者」をそれぞれペアで検索してみた。


結果を見て、私は言葉を失った。

「シリア」と「避難民」を組み合わせた記事は188件検索された一方、「シリア」と「避難者」は18件。

「福島」と「避難民」は39件だったのに対し、「福島」と「避難者」はなんと637件もの記事が検索された。

シリア内戦は、福島の原発事故の約2ヶ月前に始まった。つまり、シリアの避難民も、福島の避難者も、約4年間の避難生活を強いられているという意味では、同じ「避難者」である。

なぜ、こうなるのか?私が考えうる答えは一つ。「○○民」という言葉には、どこか蔑視なニュアンスがある。Googleで「避難民」と検索すると、福島の避難者がどれだけ賠償金をもらっているかなどの批判記事が多く出てくるのに対し、「避難者」と検索すると、復興庁のページなど、より中立的なものが多くなる。

外国のことなら「○○族」と平気で表記できても、沖縄の人を「琉球族」とは表記できないのに似ているのではないか。

日本は現在、23万人の国内避難民を抱えている。先進国でこれだけの国内避難民を抱えている国は他にない(はずだ)。

4年前の津波と原発事故は、世界で紛争や災害から家を追われた5000万人の「避難者」と、日本が大きな共感の輪で結ばれる絶好の機会だった。

 その絶好の機会が、私たちの中に潜在する「○○民」に対する蔑視意識によって失われたのだとしたら、とても残念である。

共働きって、面倒くさい

共働きに比べ、片方が家を守り、片方がお金を稼ぐというのは、 とても役割分担が明確だ。妻が働き始めたため、「今日の買い物はあなた」「明日の皿洗いは私」「ゴミ捨てるのはあなた」とか、毎回毎回、役割分担しなくてはならなくなり、これはこれで、結構めんどくさい。妻が、木曜、金曜夜は大学院の授業があるから、木金の料理は必然と私の担当になり、朝ご飯は基本私。月火水の夕ご飯は妻がやり、担当でなくても、お互いを自然とサポートし合う形にしようとしている。

家事以上に大変なのが、「財布」だ。これまでは、どちらか片方しか稼いでいなかったから、「二人のお金」という意識が強かった。私が主夫の時、日本に帰省した歳、「スージンのお金で帰省しているの?」と家族や友人に聞かれ、「私たちのお金です!」と答えたものだ。

しかし、今はどちらも稼いでいる。しかも、ほとんど同額だ。共通口座を作るべきか。お互いの口座を保ちつつ、共同の固定出費を振り分けるかで悩んだ。

銀行でもう一つの口座を作るのが面倒くさいという理由で、とりあえず、別々の口座を保ち、私が家賃を、妻が食費などの他の固定費を支払うということにした。

しかし、ケチな私は、どうしてもこの振り分けが平等かどうかを考え続けてしまう。家賃は、私の給料の4割を占める。食費や光熱費などが、そこまでかかるだろうか、という疑問があった。

さらに、私が家賃だけを支払うなんていうのは、現実的に無理ということも判明した。例えば、私が買い物に行く際は、妻のカードで支払うなんていうのはできない。日本の食材店で10キロの米やなんやら買えば、それだけで1万円くらいしてしまう。さらに、運転は私の役割だから、ガソリン代だって私の支払いになる場合がある。後、妻は現金を持ち歩かないタイプで、二人で外食する時、カードが使えない所だと、私が支払わなければならない。

そんなことが続き、私は、昨日、妻に「家賃は、私が払ったら、次の月は、スージンが払うローテションにしない?」と打診した。妻は、少し黙り、「じゃあ、食費とかはどうするの?」とたずね、「とりあえず、今回は私、次回はあなた、みたいな感じでやればいいんじゃない」と伝えた。

妻:だったら、共通口座にしたほうが楽じゃない?

私:でも、そうすると、お互いのお金の使い方に干渉するようにならないかな?

妻:干渉じゃなくて、お互いの出費について透明にするのは当たり前でしょ。私たちのお金なんだから。

私:でも、お互い、稼いでいるわけで、少しくらい、個々で自由に使えるスペースは残しておいた方がよくないかな。

妻:私たちのお金なんだから、私たちが自由に使う。お互いのことを尊重すればそれでいいことじゃない。

私:例えば、私がちょっとカジノに行きたかったら、それにスージンは干渉しない?

妻:カジノはだめ。それは譲れない。

私:だから、お互いの価値観があるから、干渉しないなんてことはありえないわけでしょ。(そもそも、お酒を飲まない私が、一年に2−3回カジノに行って、計数万負けたとしても、お酒を飲む男性よりも年間の娯楽出費が少ないのは目に見えている)

妻:固定費だけじゃなく、私たちの将来の貯蓄とかはどうするの?

私:別口座があるから、お互いの貯金がいくらかわからないというわけではないでしょ。今回、スージンの大学院の学費は、まず、私のスイスの口座から払い、その後、スージンはアゼルバイジャンの口座からお金を引き出して、私に返したよね。それは、「私たちのお金」と100パーセント言い切れないことを証明していないかな。

妻:あれは、ヨーコーがうるさく言うからお金を返したんでしょ。

私:でも、大学院に行くと決めた時、私に「これくらいかかるからね」という相談もなかった。それは、スージンの中で、「今、私にはこれくらい貯蓄があるから払えるな」と思ったからじゃないの?共通口座にしたら、こういうのも一つ一つ干渉の対象になりうるよね。

妻:大学院がいくらかかるかくらいわかるでしょ?

私:あと、私が主夫の時、スマートフォンを買う時、スージンは私に「どんな理由があって、これを私が払わなければならないの?」って、私に聞いたよね?

妻:そんな風に言ったかな?

私:言った!よく覚えている。それに、今のパソコンはもう3年使っているから、買い替えたいと言っても、スージンは「まだ使えるでしょ」って言うよね。

妻:今のパソコンがまだ使えるなら、買い替える理由はないでしょ。

私:だからさ、とりあえず、別口座でやってみよう。家賃は一月ごとのローテションで、大きな買い物とかは、「前私だったから、次あなた」みたいな感じでいいでしょ。何か問題が生じるようだったら、その都度話し合っていこう。

妻:もう、あなたとこういう議論すると、頭が痛くなって、戦闘不能になる。ああ、疲れる。

ということになった。

その晩、ちょっとした参加費12ユーロの夕食会があった。スージンは、「あ!現金が今ない!」と言う。私は、「ほらみなさい。こういうことがあるから、家賃は私、残りはあなた、という風にはいかないでしょ?」と言った。妻は「もう、あなた、一人で行ったら?私お金がなくて行けないから!」

共働きって、結構面倒くさい、、、。
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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