やっぱり現場に戻りたい

UNHCRには「緊急援助ロスター」という、難民が大量発生する地域に瞬時に職員を派遣する制度がある。毎年、3−4回、世界中で働くUNHCR職員に募集をかけ、40人を選抜。選抜されたら、10日間の特別研修を受けた後、招集がかかれば72時間以内に、現場に出動し、2−3ヶ月間そこで働くことになる。

妻は2012年に選抜され、南スーダンに3ヶ月間派遣された。仮説のプレハブ小屋に3人共同で寝泊まりし、毎日ヤギ肉のシチューを食べる生活で、げっそり痩せて帰ってきた。

UNHCRにとって主要活動の一つである緊急援助。そのロスターに選抜されるかどうかは、今後のキャリアを積んでいくうえでも重要な要素だし、すでにダダーブを離れて2年半になり、現場が恋しくなっている自分がいた。

昨年、ロスターに応募しようか妻に相談したら、「私はアゼルバイジャンでの仕事を辞めて、ジュネーブに来たのに、それで3ヶ月もいなくなるなんてありえない」と言われ、断念。

そして、ジュネーブでの共同生活が1年たち、ようやく妻も「行きたいのなら、応募してみたら」と承諾。

次に必要になるのは上司からの承諾。直属の上司だけでなく、上司の上司の上司の上司にあたる、局長からの捺印が必要になる。なにせ、突然3ヶ月消えられるわけだから、その部署にとって欠かせない人材だとしたら、なかなか承諾はしてもらえない。そしたら「部署にとっては痛手だが、君のキャリアにとても重要だ」と上司4人がほぼ口を揃えて承諾。ちょっと複雑な気分(笑)。

応募しても選抜されなければ意味がない。多い時には300人が応募してくるこのロスター制度。選抜の際、優遇されるのは、妻みたいに難民認定作業にとって欠かせない、保護官や認定官などの経験を持つ職員や、緊急援助で重要になる、ロジスティック、人事、総務、広報の部署で働く人たちなど。私みたいに、元記者で七輪工場長という一貫性がないバックグラウンドだと選抜されるのはなかなか難しいのではないかと思われた。
そしたら、予想通り、合格ではなく、「補欠リスト」に入れられた。38人の合格者から辞退者が出た場合、繰り上げ合格になるという。補欠リストには8人も入れられ、そんなにたくさん辞退するかよー、と思いながら、日々の仕事をこなしていたら、2週間後、「研修に参加する準備をして。飛行機のチケットを予約して」という通知が届いた。

研修はノルウェーの「市民防衛隊基地」で開かれた。「市民防衛隊」というのは火災や洪水など自然災害時に市民の命を守るために結成された組織で、武器を持たない自衛隊みたいなもの。

研修にはアフリカ、中東、南米、アジアなどで働くUNHCR職員38人が集まった。パキスタン、イラク、ソマリアなど、現場中の現場で5年、10年、20年と働いてきたベテランもいた。

研修は想像以上にタフなもので、朝8時から夜8時までびっちり講義があり、講義後もグループ別に出された宿題をこなさなければならなかった。10日間の研修のうちの4日間は「キャンプ生活」を想定したもので、大きな運動場に場所を移し、各チームに二つのテントが与えられ、そこで仕事をしながら寝食を共にした。

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中央アフリカ共和国から押し寄せてきた数万人の難民から、5000人を新しいキャンプへ移動する計画を立てる宿題が出され、10人のチームでプランを練った。新しい土地にキャンプを設立する際の交渉術や、国境で難民が祖国へ強制送還させられる場面での軍との交渉方法を学ぶため、実際にノルウェー人の一般市民50人に軍、政府関係者、援助関係者、難民の役をそれぞれ演じてもらい、シミュレーション形式で学んだ。とても実用的な研修とは聞いていたが、まさか、地元市民を動員するような組織性があるものとは想像もしていなかったため、驚いた。

難民に暴力を振るう軍人、おなかがすいたと叫ぶ難民、「国連は何をしにきた!」と叫ぶ地元政府関係者、そんな「緊急事態」で、様々な国籍の職員からなるチームとしてどう迅速に行動できるか。

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瞬時の決断が必要とされる中、イラク、パキスタン、ソマリアなど職員一人一人が自分たちの経験をもとに話し合い、ベストな方法を模索する。そして、シミュレーション後は、講師たちとの反省会。ここをこうすべきだった。ああすべきだった。ダダーブでの2年8ヶ月の記憶がよみがえり、「現場の匂い」が自分の体を包んでいった。

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参加者の国籍の多様性はすさまじい。イラク、アフガン、グルジア、マケドニア、ハンガリー、韓国、日本、フィンランド、米国、ドイツ、ウガンダ、コンゴ、ケニア、ガーナ、モーリタニア、スーダン、エチオピア、イラン、パキスタン、ネパール、インドネシア、タイ、フランス、ロシア、イタリア、ベニン、トルコ。

研修は無事終了。これで、私は、いつでも「招集」がかかる身となった。はたして、招集はいつかかるのか。そしてどこへ派遣されるのか。そして、今度はどんなすばらしい同僚たちとの出会いがあるのか。
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国連の会議は9歳から出席できる

世界を舞台に転勤/出張を繰り返す国連職員を親に持つ子どもは大変だ。親の都合で、仲良くなった友達といつまで一緒にいれるかわからない。次の年はどの国に住んでいるのかさえわからない。肝心の親は出張で不在が多い。

と、いつも知り合いの同僚らの子どもたちに出会うたび、深く同情してきたが、今回、ノルウェーに出張して、国連職員の子どもも悪くないと思えた。

ノルウェーでは、自然災害など、気候変動や環境破壊が原因での緊急事態にどう対応できるかを話し合う国際フォーラムに出席した。フォーラムは、国連とノルウェー政府が主催し、世界約40カ国から政府関係者、国連やNGO、民間会社など100人以上が出席した。そんな長い出席者の一覧に、一人、9歳の女の子が混じっていた。プロフィールには、「イザベル。ジュネーブの小学校4年生。ネパールに3年滞在経験と4年の公衆演説の経験あり。ウェンディーの娘でもある」とある。

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ウェンディーは国連職員でこのフォーラムの元締め。17年間、ハイチ、ネパール、パキスタンなどで仕事をし、4年前からジュネーブで働いている。UNHCRとは関係が深く、私も何度か会議などで一緒になったことがあった。

母と娘の2人暮らしで、普段、出張する時は、イザベルをベビーシッターに預けるが、今回は学校を休ませ、連れてきたという。

フォーラムでは、イザベルがマイクを質問者に手渡したり、資料を配ったり、賞を受賞する団体の紹介をしたり、花束を渡したりした。竜巻や火山噴火の現場を映像で取り続けるジャーナリストが活動を発表した際は、「自分の身はどうやって守っているの?」などと質問し、ものすごい存在感だった。英語とフランス語を操り、今は中国語を学んでいる。

一応、大臣クラスも出席するハイレベルな会議だ。そういうところに9歳の女の子がいて、その子がイベント企画者の娘だとしたら、「公私混同だ!」と言う人が出てきそうである。しかし、全くそういったことはなく、皆、イザベルの発言に笑い、休憩中にイザベルに話しかけ、心を和ませているようだった。

ある新年会とかに出席すると「子どもはお断り」とかいうこともあるのに、この違いは何なのだろう。

色々な文化や国籍が混じる国際機関で働の魅力の一つに、こういった包容力というか柔軟力みたいなものがある。日本では「変人」と思われるような、私の日常的な行為、例えば、突然叫んだりとかゲップとシャックリの間のような音を喉から出したりとかも、国際機関では「たくさんいる変人の一人」として受け入れてもらっているような気がする。

イザベルは大の寿司好きで、私が初日にノルウェーで一番人気の寿司屋に言ったことを伝えると、一緒に行きたいと言う。

私は5席予約し、「他に3人好きな人選んで」と伝えると、予想外にもイザベルは、ウェンディー以外の会議で出会った人を探し始めた。「お母さんとはいつも一緒にいる。せっかくなら、新しく出会った人と行きたい」という。9歳とは思えない自立性。しかし、私とウェンディーは顔見知り程度の関係だ。出会ったばかりの9歳の女の子を保護者なしで連れ出すわけにはいかず、結局、私とイザベル、ウェンディー、そしてマダガスカルの男性と4人で行く事になった。

イザベルはサーモン寿司を17個食べ、もっと注文しようとしたら、さすがにウェンディーにとめられ、すし飯をもらって、それに醤油をかけて空腹を満たしていた。

ウェンディーは今月末に、ジュネーブから南米のパナマに異動する。「イザベルには、1年でジュネーブに戻ってくると伝えているの。あまり不安にさせたくないから。向こうに行って、良い友達ができて『もっといたい』となることを願っている」と、ウェンディーは言う。

将来が楽しみな9歳だ。
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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