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自粛ムードに屈しない子どもになってほしいー熊本地震と自粛ムード

ウェムへ

熊本地震で日本全体にイベントやテレビ番組中止の自粛ムードが広がっているよ。自粛すべきかしないべきか、ネットで交わされる熱い議論を見て、ウェムには自粛ムードに屈しない子どもになってほしいと強く願う。

そもそも、議論は自粛すべきか否かではないと思う。問われるべきはどんな「自粛」が適当か。ほとんどの人が、被災者の葬式でポップソングを歌わない「自粛」は適当だと思うけど、熊本地震をうけて、プロ野球の試合をすべて中止にしろという「自粛」はいきすぎだと思うはずだ。

じゃあ、どんな自粛が適当なのか。お父さんは、あくまで当事者の視点に立つべきだと思う。葬式でポップソングを歌ってはいけないのは、参列者の気分を害さないためで、100メートル離れたカラオケボックスならいいと思う。CM、イベント、テレビ番組中止は、いきすぎた自粛だと思う。確かに、被災者の方たちが見たら気分を害す可能性は否定できないけど、少なくとも、被災者にはイベントに出ない、テレビをつけない、CMがない番組を選ぶという「選択」がある。でも、葬式で歌われたら、参列者にそれを聞かないという選択はないよね。

お父さんとかお母さんが働く難民支援の現場では、常にこの「自粛」という言葉と格闘になる。例えば、ソマリアというアフリカの国で干ばつという災害があって何千人、何万人が亡くなった。お父さんが働いていた難民キャンプには毎日1000人の人が助けを求めてやってきていた。そのうちの多くが栄養失調で亡くなり、キャンプの墓場は大きくなるばかりだった。

そんな大災害が起きている中、支援者であるお父さんは、国連やNGO職員が暮らすキャンプ内にあるテニスコートで、毎日1時間テニスをしていた。その光景をある国のメディアが映像に取ろうとした。「大飢饉の最中、支援者テニスに没頭」という大見出しで報じたかったのだろう。

お父さんがいたダダーブというところは、治安が悪くて、家族同伴は許されない。塀に囲まれたキャンプ内で日中の大半を過ごさねばならなかった。気温40度。毎日仕事に追われ、精神的に疲れてダダーブを去る支援者も何人かいた。そんな過酷な状況で、何かしら運動をしないと、お父さん自身も精神的にやられてしまう恐れがあった。そしたら、難民に支援もできなくなる。結果、お父さんがテニスを自粛することで、お父さんも難民も苦しむことになる。

そんな難民キャンプに日本の有名音楽グループがイベントをしに来たことがあったけど、その時、自粛なんて言葉は一切なかったな。熊本の被災者の方たちと同様の苦しみを味わっている人は世界にたくさんいる。日本国内を含めてね。日本では、1日平均して、熊本地震で亡くなった人よりも多くの人が自ら命を絶っているんだ。だからね、テレビのバラエティー番組を見て「うちがこんな不幸なときに騒ぎやがって」と、視聴者の気分を害すリスクは常にあるんだ。

この行き過ぎで、非論理的ともいえる自粛ムードは、長期的にみたら、私たち自身の首を絞めることになりかねない。人道支援に何年か携わって感じたことは、災害時に人を助けるシステムって、まだまだ発展途上で、色々な分野の人がアイデアを出し合って、より良いものを構築していかなくてはならないと思う。でも、売名行為と言われるのが怖くて「熊本地震のためにこんなことやりたい!」って言えない人がいるのだとしたら、システム構築の機会を失うことにもなりかねず、それは日本全体にとってマイナスだよね。

だから、被災者の気分を害さないような自粛は必要だけど、過度な自粛ムードに対しては屈しない、芯の強い人間になってほしいね。
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ウェムの目から見える世界

 ウェムちゃん、昨日は5ヶ月検診で、お母さんと一緒に病院に行って、ウェムの様子を聞いてきたぞ。首の太さ、背骨、おしっこのたまるぼうこう、すべて順調だそうだ!良かった、良かった。ウェムの写真も見せてもらったけど、お父さんに似て鼻が大きいな。お母さんは唇もお父さんに似ているって言っている。お父さん似になるのかな。そしたら、一緒に広島カープ応援しなくちゃいけないな!先生に「何か質問はありますか?」って最後に聞かれて、「ウェムは肉が好きなのか、魚が好きなのか」って聞いたけど、「それは生まれてから本人に聞いてくれ」って言われちゃったよ笑。

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ウェムにこうやって語りかけるようにしたのは、父子の関係構築もそうだけど、もう一つ理由があるんだ。私たちが住んでいる世界って、ものすごーーく大人の都合で周っていて、ウェムみたいな胎児のニーズなんて完全に後回しになっているように思えてね。ウェムに語りかけることで、胎児の目から見た世界を語れる大人になりたいと思ってね。

だってさ、ウェムの同級生の多くは、体を構成する細胞の一部に染色体というものがあるのだけど、それに少し異常が認められただけで、殺されてしまうんだぜ。理由は、そこに異常があると「ダウン症」という病気を患う可能性が高くなるから。そんな病気を持った家族なら不要なんだって。単純な計算しかできないけど、今、世界では1年間に1億3000万人の子が生まれている。お母さんの年齢が高ければ高いほど、染色体異常の可能性は高くなる。仮にお母さんが25歳なら、可能性は476分の1と言われている。
つまり、1年間で約27万人の胎児がダウン症を患う可能性が高いと判断され、判断された場合、9割以上の確率で、親は「中絶」することを選ぶのだって。だから、私たちが暮らす世界というのは、約23万人ものウェムの同級生が生まれてくることさえ許されないんだ。もちろん、世界の多くの地域では染色体異常を察知できるほどの医療技術がないから、実際の数はこれより低いだろうね。でも、これからその技術が広まれば、着実にこの数に近づいていくのではないかな。

親戚にダウン症の子がいる私の友人は「高齢出産がこれから増えれば、ダウン症の子の数も増え、医療費がさらにかかるようになる。そう考えたら、中絶もしかたないのではないか」と言っていた。確かにそれはそうだけど、ウェムたちからしたら、これは完全に大人側の都合でしかないよね。「子どもが不幸な人生を送るくらいなら、中絶してやったほうが胎児のため」と言う親もいるかもしれないけど、勝手に「幸せ」の定義を押し付けられても困るよな。

「中絶」っていう言葉も大人にはとても都合の良い言葉だと思わないか?ウェムからしたら「殺人」以外の何物でもないよな?中絶する親たちは、まず上のウェムの顔写真を見てからやってほしいよな。もう、顔の形も整ってきて、立派な人間以外の何物でもないよな?

後、子どもがお腹の中に宿ったことがわかっても、大抵のお母さんは、そのことを3-4ヶ月秘密にするんだ。ウェムたちからしたら、一刻も早くみんなに知らせて、「タバコは周りで吸わないで」「残業を強いないで」「お酒をすすめないで」と言ってほしいだろ?だって、それがウェムの生死に直結することだし、ウェムはそれを周りに伝える手段がないのだからね。秘密にする理由は、ウェムたち胎児がお腹の中で亡くなったとき(流産というのだけど)、周りに余計な心配をかけないようにしたいのだって。ウェムからしたら、「私たちが死んだ後の心配よりも、どうやったら死なせないのか考えて!」と思うだろ。

いや、実はな。お父さんとお母さんもウェムがお腹の中に誕生したこと、すぐには皆に公開しなかったんだ。自分の兄や姉も秘密にしていたし、勝手に「そういうものだ」って思っていた。でも、ウェムと一緒にいることで、色々考えさせられて、「ああ、もっと早く公開していればなー」って後悔している。実際、お母さんの周りでタバコを吸う人とかいたし、お酒を勧めてくる人もいた。妊娠初期って、つわりがひどくて一番しんどい時期なんだけど、それを周りに秘密にしてなければいけない精神的ストレスもお母さんにはあったと思う。そして、そのストレスがウェムにも負担になっていたと思う。ごめんな。

お母さん、血液検査したら、鉄分が足りないみたいだから、一昨日は無農薬のほうれん草買ってきて、おひたしとベーコンのソテーを作ったよ。今日は、鉄分がたくさんある豆腐のハンバーグだ。ウェムも美味しく食べてくれよ。

あと4ヶ月くらいで対面できるな。楽しみにしているよ。

ウェムへ


これまで「この子」とか「赤ちゃん」とか言ってきたけど、これからは「ウェム」と命名させてもらうね。もう、ウェムは19週目で、これからどんどん五感が発達し、私たちの声も届くようになる。名前があったほうが、話しかけやすいから、生まれる前から名前をつけることにしたよ。

それで、なんで、「ウェム」なのか?これには、深い意味があるんだ。

お父さんが先月まで働いていた国連難民高等弁務官事務所では、年に3-4回、「Workshop on Emergency Management」(緊急援助ワークショップ)という研修が開催される。これは選抜された職員対象の特別研修で、紛争などで大量の難民を瞬時に助けなければいけなくなったとき、緊急に2-3ヶ月派遣できる職員を養成するものなんだ。

お父さんはこの研修に昨年6月に参加した。今でも、中東からヨーロッパに押し寄せる多くの難民が世界のニュースで取り上げられているけど、お父さんはそういう緊急援助の最前線に行ってみたかった。本部のデスクワークだけでは物足りなかったんだね。それに、緊急援助の現場での経験は、国連でのキャリア構築に重要で、派遣場所で活躍が認められれば、次のキャリアステップになる可能性もあるんだ。

研修後は、お父さんは毎日、派遣要請がくるのを待ちわびていた。そしたら11月初め、「クロアチアに行ってもらいたい」というメールが来た。クロアチアは東ヨーロッパにある国で、シリアやアフガニスタンから多くの難民が来ていた。私は飛び上がって「わかりました!」というメールを打ち、すぐさま出発準備にとりかかった。2-3ヶ月間、お母さんと離れ離れになるのは寂しいという気持ちもあったけど、お母さんも「よかったね!」と喜んでくれた。

そしたら次の日、突然、「すみません。派遣は必要なくなりました。クロアチアの事務所の現地職員の配置換えで対応するとのことです」というメールが来たんだ。要するに、お父さんはクロアチアに派遣されなくなった。そのときは凄い落ち込んだな。

その二ヵ月後、私が日本で別の研修を受けているときに、スイスにいるお母さんから電話があった。「妊娠しているみたい」。最初は信じられなかったよ。お父さんとお母さんは3年近く、子どもを授かることを願い続けてきた。病院に検査に行ったりもしたけど、なかなか授かることができなかった。

それで、計算してみたんだ。いつ、私たちはウェムを授かったのだろうってね。そしたら12月初旬だろうということになった。つまり、もし、私が11月にクロアチアに派遣されていたら、1月か2月までお母さんに出会うことはなかっただろうから、ウェムを授かることもできなかった。派遣されることがなくて落ち込んでいたのに、今度は、派遣されなくて心から良かったと思った。神様の導きだったのだろうと。

それで、なんで「ウェム」という名前なのか、まだ説明できていなかったね。お父さんが参加したこの緊急援助研修「Workshop on Emergency Management」は、頭文字をとって「WEM(ウェム)」と呼ばれているんだ。つまり、お父さんがウェムに派遣されなかったおかげで、ウェムが誕生したわけだね。

ウェムが誕生してくれたおかげで、お父さん、180度人生観が変わったよ。それまでは自分の主張を通すことが第一で、相手の感情なんて第二かそれ以下だった。だから、職場でも人間関係に苦労することは多々あった。ウェムに派遣されていたら、今でも国連で働いて、目立とうと必死になっていたかもしれない。でも、今は、組織にも属さず、ウェムが無事に生まれてくるためにはどうすればよいか、お母さんの精神的安定のためにどうすればいいか最優先に考えるようになったね。お母さんができるだけくつろいで生活できるよう、掃除したり料理したり買い物したり、お母さんが好きな食材の入手先を調べたり。お父さんの履歴書に書けることなんて一つもしてないけど、でも、今はそれで十分幸せだよ。

ゆっくりと、お母さんのこと、ウェムのことを考えられるこの時間がとても居心地がいい。自分の人生を振り返ると、オランダの大学院出て、毎日新聞の記者やって、ジュネーブの国連で働いて、本も二冊出して、自分の社会的地位を築こうと必死だったなって思う。でも、ウェムが誕生して、妊娠初期、8人に1人の割合でウェムみたいな胎児が亡くなることを知ったら、社会的地位なんてどうでもよくなったな。

それもこれもウェムが誕生してくれたおかげ。ウェムが頑張って、一番危険な妊娠初期を生き延びてくれたおかげだよ。ありがとう。今は安定期に入ったけど、流産する可能性はまだあるから、お互い頑張ろうな。ウェムの声が聞こえないから、ウェムが何が欲しいのか、こちらが想像するしかないけど、ネット情報によると、できるだけ鉄分の入った料理を準備したり、部屋の清潔感を保ったり、お母さんに優しく話しかけたり、一緒に散歩したりするようにするのがいいらしい。

これからこのブログはすべてウェムへのメッセージにすることにするね。ウェムに話しかけている時間だけ、自分がもっと優しい人間になっていっている気がする。お互いが成長し合える関係にしていこうな。

妊娠したことをいつ公開しますか?

先日、とある食事会で知り合ったヨルダン在住の日本人女性に「妻が妊娠しているのです」と言うと、その女性は妻を見ながら「え??お腹全然出てないじゃないですか!」と驚いた。

私は、「いや、妊婦のお腹が出てくるのは20週目以降ですよ」と言いかけたが、すでに2児の母というその女性にそんなこと言う必要はないはずだ。

あ!そうか。日本と欧米では、妊娠報告の適当とみなされる時期が少し異なる。

日本では妊娠16-20週以降。つまり、知らない人に報告する大半のケースで、妊婦のお腹はすでに大きくなっているのだ。それに対し、欧米では10-12週である。

スイスの産婦人科でも、12週目で大丈夫といわれたので、お腹が全く出てないときからすでに完全公開していた。

この文化というか考え方の違いはとても興味深い。

英語のサイトでは「妊娠報告は安定期まで待つ必要はない!詳しくはここをクリック」というブログが人気を集めているのに対し、日本のは安定期まで待つべきというのが主流である。

日本側の意見は、「流産した場合、それを知らずに『おめでとう!』と言ってくる友人にいらぬ心配をかけ、さらに自分も傷つけることになる」というもの。中には、「周りには結婚できない人、不妊治療中の人もいるから報告する際は気をつけましょう」「ソーシャルメディアでの報告は『自慢』とも受け取れられかねないので注意しましょう」というのもあった。だから、流産の可能性がほとんどなくなる12週目ではなく、「完全に」なくなる16ー20週目以降が主流となる。

で、欧米側の意見は、「妊娠初期は、周りからのサポートが一番必要な時期で、自分の友人に妊婦がいたら、知りたいし、助けてあげたい」「自分にとって一番幸せなことを、大好きな人たちとシェアしたい」「流産した場合、友だちのサポートが欲しいし、友人が流産したら、一人で抱え込ませたくない」というもの。

うーーん。何度読み返しても、自分は欧米系だな。

周りに迷惑をかけたくない。妬まれたくない、という考え方は、どうもしっくりこない。正直、私はとても嫉妬深い人間だ。野球部時代、同じチームのライバルが失策したら心の中で喜んでいたし、記者時代、同期が特ダネ書いたら、「おめでとう」と言えないくらい小さい人間である。でも、少なくとも、私はその過去を後悔している。自分ができないことを友人ができたら「おめでとう」と言える人間を目指しているし、自分の友人もそういう人であってほしいと思う。

実際、ソーシャルメディアでも妊娠報告させてもらったけど、それを「自慢しやがって」と思う人と友だちにはなりたくない。私たちだって2年以上子どもに恵まれなかったから、子どもを授かりたいけど授かれない人の気持ちは少しくらいはわかる。

あと、日本側の意見で、完全に抜け落ちていると思えるのが「胎児の視点」。自分が胎児だったら、妊娠初期が生死をさまよう一番危険な時期で、母親の喜怒哀楽がそのまま生死に関わるわけだから、周りの人にタバコを吸って欲しくないし、母親にお酒を勧めて欲しくないし、大量な仕事を与えて欲しくないし、怒鳴りつけて欲しくない。流産後、つまり自分が死んだ後に、母親が周りからどう思われるかなんて二の次だ。生き延びることが先決である。

そう考えたとき、母親が妊婦だと周りが知っていたほうが、生存率が上がるような気がしてならない。実際、妊娠初期と引越しの時期が重なった私たちは、思い通りに家の整理ができず、大家さんは苛立っていた。「運動着でも買って、丸一日掃除してくれ!」というメールが送られてきたりした。そしたら、その直後、「すまん。スージンが妊娠しているということを今聞いたよ。大変な時期だね。ゆっくりしてください」と態度が一変した。

ただ、日本側の意見もわからなくもない。流産の可能性がある時期に報告し、逆に「流産したらどうしよう」という余計な重圧を自分にかけ、それがストレスになり、流産の可能性が増幅することもなくはなさそう。

幸い、スージンはあっけらかんと、親や近い友人には9週目くらいで伝えていたから、その辺の問題はなさそう。

とにかく、いくら妬まれてもいいし、迷惑だと思われてもいいから、この子が無事に生まれてくることを願うばかりだ。

女がやれば当たり前。男がやれば「かっこいい」

先日、ジュネーブで日本人30人ほどが集まる夕食会があった。

そこで、参加者一人一人が自己紹介。ある40代女性は、10歳くらいの長女を連れて参加し、最近、ご自身の仕事の関係で日本から2人で引っ越してきたと話した。

そして数人後、40代男性が立ち上がり、名前と職場を告げた後、「私には長男がいるのですが、私がスイスに駐在になるということで、息子が日本で家内と残るか、私と一緒にスイスに来るか話し合い、私と一緒に連れてくることに決め、今、2人で暮らしています!」と言った瞬間、「おーーー!」という歓声が参加者から上がった。「それで、良い家政婦さんを探しておりますので、何か情報がありましたら共有ください」と付け加えた。

女性も男性も、全く同じことを言っているのに、ここまで反応が違うことに驚いた。

確かに、男性が単身赴任する場合、子どもは女性側につくケースが多いから、珍しいという意味での歓声だったのだろうが、私が違和感を抱いたのは、歓声よりも、その男性が明らかに歓声を誘うように話していたことだ。まるで、「俺ってすごいぜ!」的な感じで。

まず、この男性がしていることはそこまで凄くない。本当に家族のことを考えるなら、私や他の多くの女性のように仕事を辞め、日本で家族3人一緒にいればよかった。

次に、男性の「俺ってすごいぜ」的な話しぶりが、3年前、アゼルバイジャンで主夫をやりながら、日本各地で「専業主夫は世界を救う」と題して講演していた自分の姿に重なり、顔が赤くなった。多くの女性が普通にやっていることをやっただけなのに、なぜ、自分はそこまで自分のことを凄いと勘違いしていたのだろう。

「イクメン」という単語を私が一度も使わないのも、おそらく同じ違和感からだと思う。

私たち男性が、当たり前のことをしているのに「すごい」と勘違いしていることは、「専業主婦」が凄くないと勘違いしている裏返しでもある。

それは、キャリアバリバリの女性たちが「専業主婦」になることをためらわせるという、悪循環を招きうる。

援助業界は、それこそキャリアバリバリの女性で溢れている。海外の大学院を出て、英語は当たり前。多くは第二外国語までこなす。多くが独身で、その大部分が「結婚したい。家庭もちたい。子どもがほしい」と言いつつ、「じゃあ、専業主婦になりたい?」と聞くと、「いや、それは、、、仕事したいし、、」となる。いやいや、「家事育児」は仕事じゃないのか?矛盾ともとれる論理には、「ここまで高い能力があるのに、普通の女になりさがりたくない」という「勘違い」が見え隠れする。

「子どもがほしい」「結婚したい」なら、男性も女性も、せめて1年くらいは、家事・育児に専念する時間があっていいと思う。性別の差で「凄い」「凄くない」の議論に終始すると、問題の本質からずれてしまうのだ。

それこそ、男女交代で1年ずつ、育児休暇が取れるような社会システムになれば、少なくとも2年間は保育園が不要となり、待機児童問題も少しは緩和するかも。

だから、これからは自分のことは「主夫」と紹介しつつも、(他に適当な肩書きが見つからないから)あまり偉そうにはしないことにしよう。勝ち誇った表情ではなく、軽くスマイルしながら「だって、妻の方が優秀で稼いでいるのだから当たり前でしょ?」と言うことにしよう。

ちなみに、その夕食会で、私はしっかり「国連での仕事を辞めました。ヨルダンに赴任し、9月に出産予定の妻に付いていくためです」と紹介したら、なぜか「おおお」の歓声は起きなかった汗。あまりにも想定外だったのか、私があまりにも偉そうに話していたからなのか、それとも、、笑。

掃除は3K労働じゃない。家族と対話する時間である。

私は長い間、掃除と疎遠の生活を送ってきた。

私の実家は、7人兄弟で両親共働きで、経済的にもそこそこ恵まれていたため、家には毎日3時間、家政婦さんが来ていた。だから私は居間やトイレを掃除したことがなく、たまに自分の部屋を掃除するくらいだった。

掃除と完全に決別したのがアフリカ時代。ケニアの難民キャンプで勤務していたときは、国連に雇われた難民が私たちの部屋を掃除しに毎日来てくれていた。皿洗いさえしなくてよい生活になり、汚れた食器を台所に積み上げ、「どうせ明日掃除してもらえるのだから」と切った爪を床にそのまま置きっぱなしにしたことさえあった。

それでアゼルバイジャンで主夫になった時も、家政婦を週1回雇い、スイスでも月に2回雇った。お金で「3K労働」しなくてすむなら、それにこしたことはないと思っていたし、語学や執筆により時間をかけたいと思った。

そして今回、2度目の主夫生活。当然のことながら、妻は「良い家政婦さん探して」と言う。ここでは1回3000円ほどで雇えるため、経済的には不可能ではない。でも、数ヵ月後に父親となることを考えたとき、果たして、このまま「掃除」という家庭を切り盛りしていく上で欠かせない業務を避け続けていいのだろうかと感じるようになった。

「とりあえず、家政婦は雇わず、自分でできる限りの掃除はやってみたい」と妻に伝えると、「え?あなた掃除できない人間でしょ?今日だって洗面所汚かったし。早く家政婦さん雇って」と繰り返し言う。

完全に見下された気分になり、私は、スーパーで洗面所用、台所用、トイレ用の洗剤をそれぞれ買い(こんな色々な洗剤があるんだなーと思いながら)、スポンジや雑巾、マスクに手袋を揃え、いざ掃除を開始した。

トイレの中をごしごし洗う。洋服ダンスの埃を払う。1週間以上床に置きっぱなしになっていた鞄を整理する。時間をかけて、一つ一つきれいにしていくと、色々気づくことがある。

まず、埃がたまりやすいところは、高い棚の上とか、ベッドの下とか手が届かないにあることが多く、そこを掃除するためには、腕や足を伸ばしたり縮めたりとしなければならず、体がストレッチされるだけでなく、普段使わない筋肉が活性化されていく。幼少時代、家に来ていた家政婦さんが冬でも薄着で「寒くないの?」と尋ねると、「体を動かしているから暖かいんだよ」と言っていたのを思い出す。

次に、単純に家が自分の力で綺麗になるというのは気持ちがいいし、国連の仕事と違って(笑)、120パーセント確実に「成果」が出る(国連信仰者の皆さんすみません)。国連勤務時代なんて、「本当に、この仕事、難民にとって必要なの?」と思いながら仕事することがあったけど、家の掃除はそんな疑いの余地はない。確実に受益者(妻)に喜んでもらえる。これは家事全般に通じますね。

最後に、掃除は隣人を知る良い機会だ。よく、ドラマで、夫の背広に女の香水の臭いに気づく妻のシーンが出てくるが、これに似た論理かもしれない。改めて家全体を整理してみると、食卓の上やベッド横に使用後の鼻紙が散らばっていることがわかり、妻の花粉症の深刻さが伝わってくる(できればゴミ箱に捨てて欲しいという気持ちはあるが笑)。居間のテーブルにずっと置いてある薬が、妊娠中に採取すべきビタミン剤だというのも、この薬をどこに整理すればいいのか考えることで、初めてわかった。これによって、妻が仕事を終えて帰ってくると、それらについて尋ね、妊娠中だから服用できる薬が限られることの辛さに、より思いを馳せることができる。掃除が家族との会話の役割を果たしてくれる。

そして、改めて、自分が父親になることを考えたとき、自分の子にはしっかり掃除ができる子に育ってほしいと思う。それには、自分が掃除を楽しんでやる姿を見せなければいけない。自分の様に語学や執筆などで社会的に認められることに執着せず、掃除という家族との会話を大事にできる子どもになってほしい。

10年で人口が2倍になった国での家探し

家探しは主夫にとって、とても大事な仕事である。

ジュネーブでは当初、私が単身で乗り込んだため、仕事の合間を縫って、家探しをしなければならず、それはそれは大変だった。妊娠した妻がリラックスできる家を探さなければならない。

まずは信頼できる不動産を探す。援助業界は狭く、シリア難民支援の拠点となっているヨルダンには、国連などで働く知り合いが何人かおり、紹介してもらった業者に電話をした。

流暢な英語を話すバイダルという男性が電話に出て、「それでは明日朝、ホテルまでお迎えにいき、何軒かお見せしますね」と言う。

私は、「アブドゥーン地区の2LDK。バスタブ付きで景色の良いところ」という条件を伝えると、「ミスター、ヨーコー。私たちは外交官や国連職員を何人も相手に仕事させておりますが、アンマンには良い景色の部屋なんてありませんよ。ま、とにかく、明日お話しましょう」と言う。アンマンはもともと九つの丘の上にできた都市で、急勾配な坂が多い。丘の上に立つマンションは数多くあるはずなのに、、、、。

次の朝、私が(男性だからか)働いていると勘違いしたバイダルは国連事務所へ私を迎えに行き、現地から「すいません。勘違いしておりました」とホテルに30分遅れで到着。すぐさま私を車に乗せ、できたてホヤホヤの4階建てマンションに連れて行った。「ここに入ればあなたが、最初の入居者ですよ!家具はすべて新品です!」と言う。

アンマンの西に位置するアブドゥーン地区は、大使館やショッピングセンター、ホテルがある密集するエリアだ。スージンの職場も4月からこちらに移る予定だ。2LDKで悪くないなと思いながら、「それでは次を見せてください」と言い、連れて行かれた場所は、同じ建物内の、全く同じ型の部屋。少し家具が違うだけだ。「じゃあ、次行こう」とお願いすると、隣の建物の、また、ほとんど同じ型の部屋が出てきた。おかしい、、、。なぜ、全く同じタイプの部屋を三つも連続で私に見せるのか。しかも、最後の部屋は、まだ塗装中なのか、壁に白いペンキ汁が入ったバケツが置いてあった。「私は明日にでも入居したいのだから、完璧に準備された部屋だけを見せて欲しい」とバイダルにお願いする。

あともうひとつ。どの部屋にもバスタブがなかった。これについては「アンマンはバスタブがあるアパートはほとんどありません。あったとしても10年前とかに建てられた古いアパートだけです」と言う。景色もない。バスタブもない。見せるアパートは同じ部屋ばかり、、、。

私が「庭かテラスがある部屋とかないのかな」と聞くと、バイダルはようやく、その建物から数キロはなれたところへ車で連れて行ってくれた。そこは地上階にある2LDKの部屋で、100平方メートルはある地上テラスがあった。各部屋をのぞき、バスルームを見ると、なんと、そこにはバスタブがあった!バイダルに、「バスタブあるけど?なんで、ここを先に見せてくれなかったの?」と尋ねると、少し間をおいて、「実は、この物件は来週にはアメリカ人夫妻が入居したいと言っていたのです。なので、私としてはあまり見せたくなかったのですが、ミスター、ヨーコーが特別に提供しても良いと思いまして、、、」。

俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよ。すでに入居者が決まっているアパートを別の人に見せる不動産がどこにいる。バイダルは、明らかに故意にこの物件を「出し惜しみ」していた。

私は「今日はありがとう!妻と相談してまた連絡させてもらうよ」と伝えバイダルと別れた。

次の日、別の知り合いから紹介された不動産に電話をかけた。ナシルという50代の男性は、米国在住が長いパレスチナ人で、英語は完璧。「まず、事務所に行って、物件の写真を見ながら進めていこう」と言う。データベースにある物件一つ一つを写真で見ながら、「これは駄目」「これはキープ」などと私が評価していく。

ナシルは、「写真はないんだが、君にどうしても見せたい物件があるんだ。そこのオーナーとは親しい仲で信頼できる人間だ」と言う。「そこは景色が良くて、バスタブがあるのですか?」と尋ねると、ナシルは「うん。あると思うのだが、、、」とはっきりしない。

データベースから一つ、緑色の丘の写真が写った物件を見つけ、「このアパートも見てみたい」とナシルに伝えた。そしたら「これは地区の外れで、タクシーも拾えません。職場からも遠いしやめたほうがいいです」と言う。顧客が見たいといっているのを拒絶しようとする理由がよくわからず、「とりあえず見せてもらえますか?」と再度お願いし、承諾した。

次の日、さあ、草原が見えるアパートを見に行こうとすると、ナシルは「とりあえず別の物件を2-3件見てからにしませんか?」と言う。彼は、私にどうしても、この物件を見せたくない理由があるらしい。私は「いや、とりあえず、この物件を見せてください。それから考えましょう」と伝えた。

ようやく、その物件があるところへ連れて行ってもらうと、丘の上で、地区の外れに位置しているから車通りも少ない。絶好の景色がある物件ばかりだった。あいにく、見せてもらった物件は景色はいいのだが、テラスがなく、窓が小さかった。私は「この地域で、テラスがあってもう少し窓が大きいところがないかな?」と尋ねたが、ナシルは、「この辺りは、一軒家ばかりで、ミスターヨーコーの予算では住めるところはありませんよ。それより、私のお薦めの物件に行きましょう」と言う。

確かに、辺りは豪邸ばかりで、アパートは少ない。だが、聞き込みをする価値はありそうだと、私はナシルに別れを告げ、一軒、一軒、聞き込みをすることにした。その結果、空いているアパートを3軒も見つけた。しかし、予算オーバーだったり、女性の裸の壁画かあったり、テラスがなかったりと、「これだ!」という物件がない。

なぜ、バイダルにしても、ナシルにしても、顧客優先で仕事をしないのか。彼らは明らかに、私が住みたいところよりも、彼らが住まわせたい所をアピールしてくる。

ヨルダンは過去10年で人口が500万から900万へと倍増。2013年に650万だった人口が、昨年末の調査で950万になった。それに伴う「不動産ブーム」はものすごく、町の至るところで建物の工事があり、多くのアパートには「賃貸」の看板と電話番号がある。家探しのために、国連から渡された不動産リストには20社以上の名前が連なった。

なぜ、こんなにも人口が増えているのか。5年前に始まったシリアの内戦で多くの難民がヨルダンに逃れてきたが、人口調査によれば、シリア国籍の数は120万人。つまり、シリア人は人口増加理由の一端にすぎない。

ここからは私の勝手な推理になるが、難民を大量に受け入れるということは、多くの人が必要になる。国連職員、NGO職員、大使館職員、彼らが住むアパートを作る人、警備する人、彼らが食べるレストランを経営する人。私が3年近く働いたケニアのダダーブも25年前は数百人の村だったが、ソマリアからの難民の流入で、数万のケニア人が職を求めてダダーブへ移った。

そして、紛争の多い中東でも、治安が比較的良いヨルダンはもともと、パレスチナ、イラク、リビア、エジプトから多くの人を受け入れていた。アパートの警備員のほとんどはエジプト人。家政婦はフィリピン人。政情不安で自国で投資できないイラクなどの石油富豪の人気の投資先にもなり、多くの建物が作られていった。

結果、950万人の人口の3人に1人が外国籍。シリアが120万人。エジプトが60万人。パレスチナが60万人。イラクが10万。リビア、イエメンが数万という内訳で、他の国籍も20万近くいる。

大使館や国連職員用に静かな地域が開発され、土地の価格は高騰。同じ間取りのアパートでも、東部地区と西部地区で5-10倍の価格差が生じている。富豪相手の商売に慣れているからなのか、賃貸でも1年分の前払いが条件で、一度に200万以上払わなければならない。さらに不動産には仲介料として、1年分前払い分の5パーセントを払う。前払いが200万なら、仲介料が10万。もし、私がバイダルが最初に見せた物件に決めていたら、バイダルは1時間で10万近くを稼ぐことになるのだ。大卒の平均月収が4万円の国で、1時間に10万も稼げたら、たまらない!

これにより、不動産業者が乱立。西洋で教育を受けた英語ぺらぺらなヨルダン人たちが祖国にもどり、私たち外国人をカモに荒稼ぎしているのだ。

それでは、なぜ、バイダルもナシルも「出し惜しみ」をするのか?最初にベストの物件を見せれば、より確実に仲介料を取れるはずだ。これは、私たち外国人の異国へ移り住むときの「心理」を利用しているのではないか。私はアゼルバイジャンに移り住んだ時、「全くイメージつかない国だから、もしかしたら変なところに住まなければいけないのかな」という心構えで行き、実際、アパートを見せられたら、「結構広いし、職場からも近い」という理由だけで決めた。所用時間たったの2時間。ヨルダンに来る他の外国人も「中東だし、とりあえず安全で快適に住めればいい」と、知り合いに紹介された業者なら大丈夫だろうと思い、すぐ決めてしまう傾向があるのではないか。もし、私みたいに時間をかけて家探しできる「主夫・婦」がいなかったら、なおさら早く家を決めたいだろう。

不動産業者はその心理をうまく利用し、オーナーと個人的関係にある物件、または人が入りにくい物件を優先的に見せることにより、オーナーからもより多くの仲介料をもらおうとしているのではないか。

どうすれば出し惜しみされている物件を、業者に出してもらえるのか?20社ある業者を競争にかけるしかない。国連からもらったリストにある業者一軒一軒に電話し、探している物件の条件を言った後、こう付け加えた。「もうヨルダンに来て3週間(本当は3日)、色々な業者を通して周ったけど、なかなかいい物件がない。それに業者が条件と一致しない物件を見せてくることもあった。私の条件に合う物件があるのなら、それだけを見せて欲しい。でなければ、わざわざ、あなたの貴重な時間を無駄にしたくない」と。

各業者は「それでは少し精査しご連絡します」と言った。

それから1時間後、EDRAJという業者から電話があり、「ミスターヨーコーの条件と一致する物件をお見せします」と言う。それで連れて行ってもらった場所は、まさに、私がナシルに「住みたい」と言った地域!一軒目はテラスがなく、二軒目は予算オーバー。私は「条件と一致しないものを見せられても、あなたの時間の無駄になるだけだよ」と釘を刺し、他の業者と電話でやり取りをし「じゃあ、今日の午後3時にお会いしましょう」と約束を取り付ける。これによって、「この顧客を他の業者に渡してたまるか!」というプレッシャーを与える。

それで、三軒目に連れて行ってもらったのは4階建てマンションの最上階。70平方メートルのテラスから辺り一面が見渡せる。2LDKで、室内も100平方メートルはあり、大きな窓が各部屋にある。家具のセンスも悪くない。賃貸価格は、何と、ナシルが最初に見せてきたテラスなしで窓が小さい物件より4万円も安い!唯一バスタブがないのが欠点だが、水資源が乏しいヨルダンではバスタブがあっても、タンクが小さくて機能しなかったりするらしいので、ここは妥協して「ここで決まり!」と伝えた。

ここなら、スージンと夜にお茶を飲みながら夜景を楽しめる。リラックスできるから、子どもにもいいだろう。

その後、バイダルから何度か不在着信があった。「アンマンには景色の良いアパートなんてない」か。主夫をなめるなよ。
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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