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寿司子屋を始める

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お父さん、「寿司小屋」っていうビジネスを始めたよ。やっぱりお母さんの給料だけじゃ不安だからね。

ヨルダンにある国連とかNGOで就職活動しようかとも考えたけど、正直、援助活動に疲れたよ。ケニアの難民キャンプでも、ジュネーブの国連でも、「本当にこの支援って、難民の役に立っているの?」っていうことが多くてね。援助不信に陥った。

なんで、そんな無駄だと思う支援ばかり実施されるのか、色々な理由があると思うのだけど、一番わかりやすいのは、お金が「寄付」でまかなわれているということじゃないかな?国連やNGOの活動資金の多くが、各国政府に義務つけられている分担金や拠出金で賄われている。よくニュースで「日本政府はアフリカで国連が実施する○○事業に○○億を拠出することを決めた」とかあるだろ?

問題は、拠出した後、そのお金がどう使われているかニュースで取り上げられることってものすごく少ない。日本国内で政府が実施する事業に関しては「これは税金の無駄ではないのか?」って議論されるけど、援助機関の事業に関して、そういう議論はほとんど出ないよね。聖域化しちゃっているよね。

だから、自分の力でお金を稼ぐシステムを作って、そのシステムを通して困っている人を助けられたらと思った。それで「寿司小屋」というアイデアが浮かんだんだ。

寿司は、今や世界共通語。お父さんがこれまで住んだ、すべての国で大人気で、ものすごく値段が高い。ヨルダンでも、イカの握り2貫で800円とかする。農家アルバイトの日給が1000円の国では、恐ろしい額だね。

これだけ値段が高くても、寿司レストランは満杯だ。それだけお金持ちの人がこの国にはいて、その人たちが寿司のためならそれだけの額を払っても構わないと思っている。寿司には、もうそれほどのブランド力がついたんだ。

これだけ人気を集める寿司だけど、なぜか、日本人が寿司の作り方を教える料理教室は、まだ見たことがない。なんでだろう?

まず、多くの日本人は、寿司を握ったり巻いたりする経験がない。家で食べるときは手巻き寿司。握りや巻きは「寿司職人」に作ってもらうものというイメージだ。

次に、日本人が抱く、「寿司職人」のイメージ。銀座の有名店だと、10年修行してやっと卵焼きをやらせてもらえるとか、相当な修行をしていないと「職人」として認めてもらえない。

だから、握りや巻きのやり方を知っていても、「いや、私は教室を開催するほどの『職人』ではありません」と多くの日本人は謙遜してしまうのではないかな?もちろん、言語の問題もあるけどね。

私はアメリカのすし屋でバイトしたことがあったから、握りや巻きがどれくらい簡単に作れるのかよくわかっている。もちろん、銀座の料亭と比べられたら困るけど、一般の外国人の方たちは、料亭レベルのものは求めてないと思う。

そういうわけで、江戸時代に子どもたちが読み書きを学び、日本の高い識字率の源となった「寺子屋」からとって、「寿司子屋」
と命名。読み書きの能力が日本全体に広まったように、寿司の作り方が世界全体に広まることを願って。

早速、フェースブックで、ヨルダン在住者のネットワークに寿司教室開催を伝えたら、14人定員が、2日で満杯になった。受講時間が平日昼間で、さらに受講料が1人5000円と割高にも関わらず、キャンセル待ちまで出た。あと、平日昼間働いている人たちからは「夕方か週末にやってくれないか?」という問い合わせが3件きた。

5月4日、第1回教室では、ヨルダン人4人、ペルー人1人、ボリビア人1人が、我が家に来て、寿司飯と太巻きの作り方を学んだ。受講後、ボリビア人の受講者からは、夫が太巻きを堪能している様子を写真で送ってくれた。「本当にありがとう!今度は天ぷら巻きを学びたいわ!」とご満悦の様子だったよ。

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寄付で成り立つ援助は、助けを必要としない人にサービスがいく可能性が大いにある。たとえば、この寿司教室が寄付で賄われ、受講料がゼロだったら、ただ寿司を食べたいとか、日当がほしい人まで受講することになるだろう。(援助機関が実施する研修は、基本、受講者に「日当」が支払われる。アフリカのウガンダだと、高級ホテル泊、朝食、昼飯、プラス7000円)受講料を取れば、本当に学びたい人だけが来る。サービスを本当に必要としている人に、そのサービスが提供できるという、当たり前のことに喜びを感じるほど、お父さんは援助疲れしていたんだ。

ウェム、お父さんがんばるよ!
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プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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