過去の冷たい自分と向き合う 続編

オクラホマ州は、アメリカのど真ん中に位置し、19世紀にアメリカの先住民族の強制移住先として作られた46番目の州(50州の内)。「オクラホマ」とは、先住民族の言葉で「赤い人」を意味し、州内の先住民族の比率は8パーセントと、全米平均の5倍以上だ。

タルサ空港に着いた私は、 「YOKO」と書かれた紙プレートを手にした高校時代の野球部の友人2人に、出迎えてもらった。そのまま、友人宅に泊めてもらい、次の日の夕方、ジョディの夫、トムが迎えにきてくれた。車は、92年製で、シートベルトは壊れ、座席はホコリまみれ。トムは10年前と変わらず、タバコを吹かし続け、煙が苦手な自分は、窓に鼻を向けた。

午後6時ごろ、ジョディ宅に到着。昔と変わらず、家の中はタバコの臭いが充満しており、リビングルームもベッドルームもホコリまみれで、生活感は希薄だ。ジョディから「泊まる所が必要なら家で泊まってね」と言われていたが、タバコの煙も昼間から酔っぱらう人も苦手な自分は、友人宅を選ばざるをえなかった。

テラスでビールを飲みながら、タバコを吸うジョディは、10年前と変わらない笑顔で、私を迎えてくれた。 茶色だった髪は灰色になり、しわも増え、実際の年齢(53歳)よりも年老いて見えた。連絡をしてこなかった私を責めるどころか、300グラムの大きな牛ステーキを庭の炭火コンロで焼いて、歓迎してくれた。

早速、フランシスのお墓について尋ねると、お墓はないという。彼女が閉所恐怖症だったため、お墓に入るのを拒み、火葬した後、遺骨と灰を、彼女が子供のころ遊んでいた川に流してほしいというのが、本人の希望だったという。しかし、亡くなって8年近くになるにもかかわらず、まだ、遺骨と灰は、ジョディ宅に放置されたままになっていた。

ジョディもトムも、フランシスの命日さえ覚えていなかった。タバコとお酒とインターネット賭博に時間を費やしているようで、ジョディは、フランシスが亡くなって間もなく、飲酒運転で検挙され、免許を剥奪されていた。

「テロ」との戦いなどにより、私がいた頃より、米国のガソリンの料金は3倍以上に膨れ上がり、時給900円の車の修理工で生計を立てるジョディ夫婦の生活を逼迫していた。クレジットカードも携帯電話もなく、その日の生計を立てるのがやっとで、フランシスの遺骨などについて考える精神的余裕など、なさそうだった。

私は、ジョディに「明日、私がレンタカーをするから、一緒に、フランシスの遺骨を流しに行きませんか?」と尋ねた。ジョディは頷き、トムは、仕事を休む事ができないからと断った。おそらく、これが、私ができる最後の親孝行だと思った。

フランシスが遊んでいたという川は、タルサから車で約1時間。5人兄弟の末っ子だったフランシスは、親に毎年の夏休みに、この川周辺でキャンプをし、水遊びをしていたという。16歳で、海軍兵士と結婚し、ジョディを生んだ。数年で離婚し、看護師で生計を立てながら、一人娘を育てた。40代で勤務中に肩を痛め、仕事ができなくなり、以来、生活保護で暮らした。

私は、今更ではあるが、ジョディに色々、フランシスについて聞いてみた。

私:フランシスは、なぜ、私を受け入れてくれたの?身体障害を抱えて、生活は楽ではなかったと思うけど。
ジョ:叔父の家にフィンランド人の留学生が来ていたでしょ?それで、叔父から紹介があったの。受け入れ先に決まった家族の家が火事になって、行く場所を失った可哀想な日本人の少年がいるって。それで、ママが引き取ることになった。身体障害があっても、ママにできないことは、私たちが助ければ大丈夫だと思った。
私:私は、色々、問題を起こしたけど、フランシスは特に何も愚痴はこぼしていなかった?
ジョ:ママはあなたのこと、本当の息子だと思っていた。だから、問題なんてなかったのよ。ただ、一つ、ママが心配していたのは、あなたの高校の授業中の「居眠り」。ひょっとして、何かの病気なのではないかと、心配していたわ。

私は、思わず苦笑した。日本の高校でも基本的に居眠りをしていた私は、アメリカに来て、授業が理解できず、居眠り癖がさらにレベルアップ。30人規模のクラスで寝るのは当たり前だが、時にはマンツーマンレッスン(留学生のための補修英語講座)でも、頻繁に眠り、先生を泣かせたこともあった。

実は、この眠り癖のために強制帰国される寸前まできていた。オクラホマに来る前にフィラデルフィアで実地された1ヶ月間の英語講習中で、10分休憩時間中に、教室のど真ん中のフロアで横たわって寝ていたら、誰も起こしてくれず、結局、授業が終わるまでその状態だった。それで、東京の本部に「授業中に、教室のフロアで寝るのは日本の文化なのか? 」という問い合わせが学校から入り、私は事情聴取を受けた。「ちょっと、体調が悪かった」と弁明したが、「体調が悪い奴が、夜中遅くまで麻雀できるのか?」と怒られた。どうやら、ルームメートが、私が語学留学で来ていた日本人大学生たちと毎晩、麻雀をやっていたことを、学校に告げ口していたらしいのだ。「これ以上、何かあったら、帰国してもらう!」と言われ、仕方なく、授業態度改善を強いられた。

普通なら怒るところを、逆に私の健康の心配をしていたというのが、いかにもフランシスらしい。

フランシスが遊んでいたという川は、ダムが近くにあり、キャンプ場になっていた。ダムから流れ出す水流に、ジョディと一緒に、灰と遺骨を流した。フランシスは、「私をこの川に流さなかったら、呪いにくるわよ」と生前、ジョディに言っていたという。

決して楽ではない人生を歩んだフランシスにとっての、数少ない幸せな思い出だったのだろう。粉々になった遺骨と灰は、水流と共に、私たちの届かない遠い彼方へ行ってしまった。ジョディは「バーイ、ママ!」と叫び、私は、心の中で、「あなたがいなかったら、今の自分はありませんでした。ありがとうございました」とつぶやいた。
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よく書いたね

過去の冷たい自分と向き合う、よく描いたね。えらい!
なかなかできないことだ。
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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