5年間工場を支えた主任との寂しい別れ

4月にライフラインでの仕事を辞めた工場Aの前主任のラホは、私に、「辞める理由については辞表にすべて書くつもりです」と言っていた(4月4日付け記事「主任からの意外の申し出」参照)。私はその辞表を首を長くして待っていた。 そしたら、ある日、携帯メッセージが入ってきた。

「私は、ライフラインでの仕事を辞めようと思います。私はこの5年間、工場運営に身を捧げてきました。つきましては、私の娘を工場で雇っていただくことは可能でしょうか?さらに、今月の給料を支払っていただけないでしょうか?よろしくお願いします」

辞める理由については、全く書かれておらず、私が工場長就任して最も頭を抱えた問題であったラホの縁故主義が、ここでも貫かれていることに、正直、辟易とさせられた。すでに、彼女の妹、甥、いとこの3人が工場に雇われており、これまで、何度も、縁故主義の根絶を話してきたつもりだった。それが、ラホに最後まで伝わらなかったということは、私たちは同じ所で働く運命になかったのではないかとさえ思わされた。

私は、縁故主義を根っこから嫌っているわけではない。実際、自営業の自分の父も、私の兄に、会社を継ごうとしており、それに対し、特に違和感はない。私の父と、ラホの違いは、父は自分の力で会社を建てたのに対し、ラホは、外部からの寄付金で運営されている工場の主任に任命されたということだ。その工場設立に何の努力もしなかった人が、好き勝手に家族を雇用するなら、ライフラインのモットーである「自立支援」とは全く逆の効果を生むだけだ。
 
 さらに給料についてだが、彼女は4月3日をもって、工場を去った。その時点で彼女の有給休暇は1日しか残っていなかった。つまり、彼女の4月の給料は4日分しかもらえないはずなのに、一ヶ月分丸々の給料を要求しているのだ。しかも、契約書には辞める一月前までに通知する義務が課せられているが、彼女は通達した次の日から来なくなった。

私は、「工場で今、新しい従業員は探しておりません。給料も、契約書通りの分しか支払うことはできません。これまで、ありがとうございました。」とだけ返答した。

4月中旬、工場Aでの全体ミーティングで、「なぜ、ラホは工場に来ないのですか?何か、工場長とラホの間で問題があったのなら、私たちが仲介しますけど?」と、従業員から聞かれた。私は、ラホが同僚たちに、何も説明していないということに驚いた。従業員たちは、「ラホは、『工場長が私に工場へ来るようお願いするなら、工場に戻ってくる』と言っていた」と私に伝えた。つまり、ラホは、私が彼女に工場にとどまるようお願いしたことなど一切、従業員たちには話さず、まるで、彼女が辞めることで、従業員たちが私に対する不信感を募らせることを期待していたかのようだ。

私が、それまでのいきさつを詳細に説明すると、従業員たちは逆に驚いていた。

毎月、主任には月初めに、その月の電話代として500シリングを配布するのだが、ラホは4月に3日間しか働かなかったため、電話代を戻すようにお願いしたが、「もう使った」と言われた。

さらに、身分証の返却を求めたが、なかなか応じず、5月中旬になってようやく、私の手元に戻ってきた。

ライフラインがダダーブで活動を始めた2007年から主任としてずっと働いてきたラホが、こういった寂しい形で辞めることになった最大の理由は、私とラホの性格の違いというより、私と私の前任者の運営方針に大きな隔たりがあったということだと思う。本来なら、功労者として大きなパーティでも催したいところだが、残念ながら、ラホの私もそういう気分にはなれなかった。彼女と再会する日は、果たしてくるのだろうか。
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お疲れ様です

ラホさんのような人、たくさんいますね。
以前働いていた会社でも、同僚から、いきなり、”日本企業、トヨタで家の嫁を働かせたいから、とりつくらってくれないか?”などです。

なぜ、私がそんなことを、しなくちゃならん?日本人を使って、利用して、コネが欲しいだけやろ?ろくに仕事もできないのに?、と言いたかった~~~。

適当に、流しましたが。


お金もそうですね、かなり、ルーズです。
びっくりするくらい。

これも、以前の会社の同僚から言われました。
”クリスマスに家族で祝うお金がないから、5000Ksh貸してほしい。”
”娘の学校の学費を明後日までに支払わないと、学校に行かせてやれなくなる・・・・・14,000Ksh、かしてくれ。”

私、信用して、貸してあげました。
子供が学校に行けなくなって、教育のチャンスをなくすのは、かわいそうなので・・・・・・・
助けてあげれるのならば。。。。。と。
かなり遅れて、お金は、こちらから何度か催促して、返金してもらいましたが。
クリスマスの人も、貸してあげました、次の給料入った時に、返してもらえました。

でもね、あまりにも、簡単に、お金を貸して、と言いすぎですよね。
年下の女性に、聞いてくる、そのプライドは、ど~~~なっている?他にもっと、聞ける身内くらいいてるやろ???って。

ほんとうに、色んなトラブル発生しますね。

ラホさんの変わりに、もっと素敵な雇用がみつかるといいですね☆
頑張ってくださいね。

No title

いつも、ありがとうございます。新しい主任は、前からの知り合いなので、かなり改善されています。また、詳しく報告できたらと思います。でも、本当、外国人に対しては、「物くれ、金くれ」的な感じですよね。
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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