武装した若者、工場訪れる (その4)

工場閉鎖期間中、私は他の援助機関で働く友人たちに様々な忠告をもらった。とても興味深かったのが、アフリカ出身の人と、欧米出身の人で、全く異なる見解をしていることだった。

まず、欧米出身の人たちの忠告。

「武器を持って威嚇して来る相手に妥協する必要なんてない。ここで、妥協すれば、彼らは、味を占めて他の援助機関も脅すだろう。すべての援助機関が協力して、活動を全面停止してでも、武器を振りかざす地元住民の要求に屈するわけにはいかない。警察、ケニア政府を巻き込んで、武器を持って威嚇してきた人間に罰が与えられるよう、取り組むべきだ」

中には、「テロリストと話し合う必要なんてない」とまで言う人までいた。

次に、アフリカ出身の人たちの忠告。

「欧米と違い、ダダーブでは、警察も政府もうまく機能しない。そういう所で生まれ育ってきた若者たちに、論理など通用しないから、彼らは、あなたたちに不満あれば、どんなことをしてでも、活動の邪魔をし続けるだろう。確かに暴力行為は非難されるべきだが、だからと言って、話し合いをしなければ、あなたたちは活動ができなくなる。彼らの要求を聞いて、飲める部分は飲んであげる。彼らを雇用して、勤務態度が悪ければ解雇すればいい。重要なのは、彼らの話を聞いてあげ、チャンスを与えてあげること」

私は、当初は欧米側の意見だった。妻と離れ離れになり、厳しい環境で2年以上、ダダーブの住民のために身を捧げてきた。感謝をしてもらいたいとは言わないが、まさか、ナイフを持ってこられるなど、夢にも思わず、そんな輩たちの要求などに耳を傾けられる寛容性など、持ち合わせていなかった。もう工場など投げ捨てて、ダダーブを去りたい衝動にまでかられ、友人たちから「機嫌悪そうだけど大丈夫?」と心配されるくらい、落ち込んでいた。

しかし、私が最初に、工場にやってきたファフィ開発委員会のメンバーと 話した時、「何か要求したいなら書面でお願いします」と言ってきたことにメンバーが怒ったように、ここでは、私が当たり前だと思っていた話し合いの仕方が通用しないのではと思い始めていた。モウリドも「『郷に入れば郷に従え』と言う様に、この辺で活動する援助機関はどこも、地元住民の意見をできるだけ聞き入れ、妥協を重ねた上でやっています」と柔軟に対応することを私に薦めた。

突然、「工場を閉めろ」と言ってきたり、ナイフで脅してくるだの、私にとってはありえない対応も、この世界では、そんなに珍しいことではないのかもしれない。脅されはしたが、けが人はいないわけだし、地元の若者も、私には想像できない厳しい生活を強いられてきたのかもしれないなどと思いを馳せる内、自分は、どんどん、柔軟路線に引き込まれていった。

そんな事を考えている時、アヤレから電話があった。「明日、工場再開することで地元住民代表と合意しました!地区の議員やファフィ開発委員会のメンバーや長老が、明日、工場で従業員に謝罪するということです」

私は、突然の朗報に驚いた。どうやって、アヤレは説得したのだろうか。アヤレの仕事への情熱が、地元住民に伝わったのだろうか。本当に、工場は再開できるのだろうか。現場に出向く事ができない自分は、アヤレの言っている事に、いまいち実感性を持つことができず、次の日のアヤレからの報告を待つ事にした。
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プロフィール

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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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