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武装した若者、工場訪れる (最終章)

地元住民との対話後、私は、これからの方針を決めるために、工場Aをとりまく、いくつかの要因を紙に書いた。

1.従業員の安全が脅かされている。
2.地元住民は統率がとれておらず、彼らと交渉したところで、従業員の安全は保障されない。

上の二つだけでも、すでに、工場継続は困難だ。

さらに、追い打ちをかけるような通達が本部から届いた。「資金不足で、七輪生産数を、月1000個から、500個に減らしてくれ」と言う。これは、今回の事件とは全く関連がなく、最近の物価の高騰によるものだった。ケニアの通貨であるシリングが高騰し、昨年10月に4ドルで購入できた七輪の外部を囲う鉄枠が、6ドルになっていた。それにより、全体の費用が跳ね上がり、コスト削減を強いられる事になったのだ。

生産を半分に減らすということは、要するに、二つある工場のうち、一つを停止させるということだ。幸か不幸か、ライフラインの財政難と、地元住民との対立が同じタイミングで起こっていた。

私は、本部に、これらの要因を説明した上で、8月から工場Aを全面停止することを提案し、了承された。実際は、すでに停止されているのだが、従業員にとってライフラインの給料は生命線であり、突然、解雇するのではなく、7月末まで給料を支払い、それ以降は一時解雇という形をとることにした。

問題は、これを従業員にどう伝えるかだ。2007年から働いてきた者にとっては、いきなり収入源を失うわけで、大きなショックだろう。しかも、ほとんどの従業員は文字の読み書きができないため、他の就職口を見つけるのは簡単ではない。昔、ドラマか映画で、廃業寸前の会社の社長が「申し訳ない」と従業員に頭を下げるシーンを見た事があるが、まさか、自分がそんなことをするとは夢にも思わなかった。怒鳴られたりするのだろうか?

 7月12日、治安悪化のため、工場ではなく、国連事務所の一室を借りて、従業員とミーティングをした。複雑な思いを抱きながら、私は、いつもの様に、1人1人と握手をした。皆が座ったことを確認し、できるだけ穏やかな表情で、1人1人の目を見ながら話し始めた。

「私たちは先週、地元住民の代表たちと話し合いました。ライフラインの活動について簡単に説明し、6月初旬から工場で起こった事を時系列で確認し合った後、向こう側の要望を聞きました。要望は、従業員の半分を、地元出身者にするというものでした。また、工場に鍵がかけられた件で、代表者たちは一度、『もう、工場には手を出さない』と言ったにもかかわらず、鍵をかけた者に対し、何も行動を取ることはありませんでした。それについて尋ねても、彼らは質問をはぐらかすばかりで、真剣に、皆さんの安全について考えているとは思えませんでした。

ですから、皆さんの安全が保障されないこと、また、彼らの要望が非現実的なものである事を考え、ライフラインとしては、工場を一時閉鎖することに決めました。皆さんの給料は今月末まで支払われますが、それ以降は、一時解雇という形になります。今後、地元住民側が結束し、本気でライフラインの活動を支えて行く姿勢を見せる事があり、現実的な交渉ができた時、工場を再び開けることにしたいと思います。

皆さんには、大変、申し訳ない結果となってしまいました。これは、すべて、私の監督者としての力量不足です。皆さんは、とても一生懸命仕事をしてくれた。それなのに、こんな結果になってしまい、残念です」

従業員たちは、表情を変えることなく、真剣に私の話に聞き入っていた。感情を表に出すこともなく、それでいて、そこまで落ち込んでいる様子もなかった。

「何か質問はありませんか?」

と、私が尋ねると、リーダー格のバレが手を挙げ「工場が再開できるよう、色々やっていただき、感謝しています。地元住民に雇用の機会を与えることは難しいのでしょうか?」と尋ねてきた。アシスタントのファラが、「向こうの要望は9人を雇用しろというもので、それは到底できません」と私に代わって、ソマリア語で答えてくれた。

他の従業員は何も話すことはなかった。ショックで言葉を失っているのか、私の言っている事を理解したからなのか、わからなかった。「地元住民ともっと真剣に話し合え!」などの罵声を浴びせられると予想していたのに、完全に肩すかしを食らった。

卑怯かもしれないが、私は、資金不足の事については彼らに話さなかった。責任をすべて地元住民に押し付けることで、従業員のライフラインに対する不満を抑えるという目的だが、実際、資金不足とは関係なく、従業員の安全を守ることができないのは事実だった。

私は「皆さん、来月から収入源を失うわけですが、大丈夫でしょうか?」と尋ねてみると、「私たちには神様がついています。すべては神様の導きなのですから、大丈夫です」という答えが返ってきた。さすが、信心深いイスラム教徒だ。現実を受け止める力がある。しかし、だったら、これまで「給料挙げろ!」と文句を言ってきたのは何だったのか?「あなたたちの今の給料も神の導きなのです」と答えてあげれば良かった、、、。

私は、「今日、この通達をすることで、皆さんから怒られると思っていたのですが、そんなことはないようで、安心しました」と言った。

副主任のドウボウは「そんな事を言われるのは、私たちとは心外です。私たちは、工場長から言われた事に忠実に従うだけです」と言う。私は「とにかく、一日でも早く工場が再開できるよう、善処します。地元住民たちも、本心は、私たちが閉鎖するのを望んでいないはずです。だから、私たちが本当に閉鎖したのを見て、態度を軟化する可能性もあります」と伝えた。

ミーティングは30分という短さで終わった。 終止、雰囲気は険悪になることはなく、 私が「給料は支払えませんが、工場に残ったレンガを一個10シリングで売ってもらうのはいいですよ」などと冗談を言っても、従業員たちはいつもの様にケラケラ笑えるだけの余裕があった。女性従業員たちが笑顔で「それでは失礼します」と私に手を振り、いつも文句が多いハサンは「ヨーコー」と握手を求めてきた。

アシスタントで通訳をしてくれたファラは「今回の件で、従業員は工場長に非がないことはよくわかっています。それに、自分たち自身、危険な目に遭っているわけだから、工場長の説明はより説得力があったのでしょう」と分析した。

それにしても、ラホの件で全面ストライキがあったり、賃上げ要求など、これまで「強情」なイメージだった従業員たちが、ここまで素直に聞き入れてくれるとは思わなかった。工場長になって1年以上になるが、まだまだ、従業員たちの知らない部分があるのだと、改めて思い知らされた。

結果的に、ナイフを持った若者たちの願い通り、工場は閉鎖されてしまい、敗北感は否めない。しかし、長期的に考えた時、私たちが閉鎖することで、地元住民と難民とが、ライフラインの活動が本当に必要なのかどうか考え、何かしらの行動を起こしてくれるのではないかと、ひそかに期待もしている。
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プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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