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綱を引く者には報酬を

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ダダーブでの七輪の需要の高まりをうけ、国連世界食料計画(WFP)が2万個の七輪を配布する事業を開始し、ライフラインがパートナーとなり、難民に七輪の使い方の指導などをすることになった。新しい七輪は、「エンバイロフィット」という中国産。メタルでできた頑丈な物で、牛の糞と粘土を混ぜて作るレンガが骨格をなすライフラインの七輪とは、歴然の差がある。ライフラインの七輪の最大の弱点は、ダダーブ周辺に良い粘土がないため、レンガが壊れやすく、寿命が1年と短いということだ。エンバイロフィットは、3年以上は保つという。(ちなみに、日本では、能登半島で良い土が採取でき、最高クラスの七輪ができる)

数ヶ月の間に2万個を配布するという大事業のため、七輪の指導者12人を新しく雇用した。250の応募の中から選ばれただけあり、かなり能力の高い従業員を得ることができた。

新しい従業員と工場長との最初のミーティング。最初に、ライフラインに入る誰もが驚くのが、従業員の勤務態度が点数ではじき出されるという、厳格な制度が取られているということ。遅刻で3点、無断欠勤で5点、無断早退で3点、口頭注意で3点、文書注意で15点。30分以上の遅刻は自動的に無断欠勤となる。一ヶ月で15点以上溜まると、給料の1割が差し引かれ、その代わり、0点で通せば、ボーナスがもらえる。

制度を導入したころは、「そんなの、どの団体もやっていない!」と従業員たちから抵抗があったが、「私とあなたとの間で交わした契約書通りに仕事をしてくれさえすれば、何の問題もないのです。契約書にあなたがサインするということは、私と果たした『約束』を守るということ。皆さんは、約束を守れない人間を雇いたいと思いますか? 私もあなたたちとの約束は守ります。だから、皆さんも守ってほしい」と説得し続け、今では、文句を言う従業員はいなくなった。

案の定、最初の日から、新しく雇われた女性従業員が30分遅刻してきた。私がいつもの様に、問いつめる。

私:どうして遅刻したのですか?
女:いつも、私が使う乗り合いバスが、時間通りに来なかったのです。

私:乗り合いバスは、決まった時間に来ませんよね?(ケニアの乗り合いバスは、車内が満席になってから発車するため、時刻表はない)

女:はい。でも、普段は来るのです。

私:決まった時間に来ない乗り合いバスが遅刻の原因に、なりえるでしょうか?

女:、、、。

私:自宅から工場までは徒歩で何分ですか?

女:20分くらいです。

私:それでは、8時の就業時間に間に合うためには、何時に家を出ればいいでしょう?

女:7時45分。

私:それでは、5分遅刻してしまいますよね?

女:7時半。でも、朝ご飯の支度とかで、その時間に出るのは難しいです。

私:皆、同じ条件で働いてもらっています。あなたたで特別扱いするわけにはいきません。

女:わかりました、、。

 8時2分に出勤しても「遅刻」になる。厳しすぎるという意見もあるかもしれない。しかし、2分が大丈夫なら、3分、5分、10分と、きりがなくなる。しかも、工場Aの様に、主任と特定の従業員が親戚関係にある場合、例外処置を出せば、「特定従業員が優遇されている」という批判が出やすく、監督する立場からすれば、ルールには厳格でいるのが、一番楽なのだ。

結局、この女性従業員は、次の日から来なくなってしまった。

「ライフライン」は、海で溺れている人を助け出す「命綱」の意味。両方が綱を引っ張ってこそ、溺れている人が助かる。つまり、援助をする側も、される側も、自助努力がなければ、「援助」は成り立たないという哲学だ。私は、「皆さんには、色々な能力がある。援助を一方的に与えるだけでは、その能力を引き出すことはできない。皆さんは、アメリカやヨーロッパへの定住を願っていますが、新天地で新しい仕事をする時、最初から30分遅刻するようでは、従業員として認められてもらえない可能性がある。あなたたちの能力が認められないのは、とても悲しい事です」と説明すると、何人かの従業員は頷いてくれる。

彼女を含め、すでに新しい従業員の中から、2人がライフラインを去った。ライフラインの哲学に賛同できないなら、去る者がいても仕方ない。それでも、残って、頑張って綱を引く者には、とことん報酬を与える。

良い例がファラだ。 昨年12月に入ってきたファラは、元々、七輪の指導役として雇ったが、人柄、真摯な勤務態度、コミュニケーション能力とすべてで抜きん出て、5月に工場Bの主任に昇格し、7月には、このプロジェクトの取り仕切り役に任命した。給料は当初の5倍にまでなった。ファラと一緒に会議に出席した国連の友人からは、「彼は会議で堂々と発言していた。工場長みたいだったぞ」と褒められ、私は鼻高々だった。
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プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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