成果主義への転換

 従業員が30人もいれば、無論、仕事への姿勢に大分個人差が見られる。毎朝、勤務開始時間30分前に出勤し、もくもくと汗を出してコンロを作り続ける者もいれば、無断欠勤を繰り返し、勤務時間途中で横になって勝手に業務を終わらせる者もいる。これだけ差があっても、もらう給料は同じ。工場長として頭が痛いところ。頑張ったらその分の報酬を受けられるシステムを作って、やる気のない従業員に刺激を与えようと、成果主義を導入することにした。
 まず、各従業員に怠慢な行動が見られる度にポイントを付ける。怠慢の度合いによって、付けられるポイントが異なる。

1. 警告文書が出されたら  15点
2. 無断欠勤        5点
3. 無断遅刻        3点
4. 欠勤(主任承認)    2点
5. 早引き(主任承認)   1点

付けられるポイントに応じて給料を差し引いたり、上乗せしたりする。

1.従業員が15点以上取得した場合、給料1割カット
2.従業員が0点で1カ月を終え、日々の勤務態度も真面目な場合、給料の1割分をボーナスとして贈呈する。
3.従業員全員が5点以内で1カ月を終了した場合、全員に給料5パーセントをボーナス
4.従業員が1人でも停職処分を受けたら、従業員全員の給料1割カット
5.工場の生産アップや知名度アップにつながる提案をした場合、給料1割をボーナス

 これを書いたものを工場Aの主任のラホと主任代理のアデンに見せた。おおむね賛成だったが、4番目の「1人でも停職処分を受けたら全員の給料1割カット」には、2人とも大反対だった。アデンは「腐った従業員なんてどこにでもいます。そいつのために、全員の給料を減らすのはどうかと思う」といつもの威勢の良い声でまくしたてる。確かに、日本でもこういう制度は珍しいかもしれない。
 工場Aで2人の従業員を停職処分にした時、工場全体にある「どうにでもなれ」的な雰囲気に2人が「いけにえ」になった感が否めなかった。成果を水増ししたのだって、無断欠勤を繰り返したのだって、工場全体にそういう「やる気のない」雰囲気が作り出されたから。だから、あの2人だけにすべての罪を負わせるのは、少し胸が痛かった。この制度を作ることで、誰も停職処分を受けないよう、全員が注意を払うようになることを期待したつもりだった。
 私がいくら説明しても、アデンは「頭がおかしい従業員が、一生懸命働いている他の従業員に脅迫することだってできるようになる。これは絶対反対です」と譲らなかった。仕方なく、私は折れるしかなかった。「腐った従業員がいても、あきらめず、その従業員が腐らないようにアドバイスすることが、あなたたちの仕事だということは忘れないで」と付け加え、2人とも深く頷いた。
 他の従業員にもこれについて説明し、皆賛成してくれた。

 しかーーし!7月の出席簿に基づき、各従業員に給料を配ったら、「こんな金要らない!」とお金を机に投げつけてくる従業員がいた。無断欠席2回、遅刻2回で15点となり、減給されたシナサンだった。シナサンはそのまま自分の座っていた場所に戻り、私は、お金を投げつけられたことに腹を立て、「はい、給料要らないのね。それでは次の人」と意に介さず給料の配布を続けた。1割カットされた人はシナサンの他に2人。いずれも女性で、2人は渋々給料を受け取った。
 全員配り終わった後、数人の従業員から「今回は許してやってください。減給は来月からにしてはどうでしょうか?」とお決まりの相互扶助精神が出てきた。私は、「お金を机に叩きつける行為に関してはどう思いますか?」と聞き返した。「あれはいけない行為でした。どうか許してやってください」と他の従業員。「その言葉は本人から聞きたいですね」と言うと、シナサンが、私から5メートル離れた座ったままの状態で、ぶっきらぼうに「すいません」と言った。他の従業員は全員シナサンに「ちゃんと謝れ」と促し、シナサンはようやく重い腰を上げ、私の所へ歩み寄り、握手を求めた。「他の人が自分より多く給料をもらっているということに苛立ち、あんな事をしてしまいました。すいません」と言ってきた。私は「このシステムが導入されたことは知っているのでしょう?」と尋ねると、「はい。知っていました」と言う。
 自分が一度了承したシステムなのに、それに対して腹を立て、あんな子供っぽい行為に出るなんて、、、。彼女はもう30歳近くだ。私は落胆を隠すことができず、彼女が握手を求めてきた時も、笑顔で応じることができなかった。先週は従業員を「犬」と呼んだ主任のハサンを叱責したが、シナサンの様な従業員と日々向き合わなければならないハサンも大変だろうと思った。
 私はハサンに「君ならどうする?今回は減給せずに、3人とも通常の額にするか?」と尋ね、ハサンは「私は判断できません」と言ってきた。どうすればいい?ここで折れたら、従業員の思うつぼか。それとも、新しいシステムで最初くらいは見逃してやり、次から本気にさせるか。うーーん。難しい。ハサンに「君が決めてくれ」と言い、ハサンは「それでは、通常の額にしましょう」と言ってきた。私は、差額分のお金を取り出し、明細書を手書きで書き直し、3人に配った。私の表情は終始、強張っていた。
 滅多に感謝の言葉を口にしな従業員たちだが、この時ばかりは全員「マーサンタイ」(ありがとう)と私に言ってきた。
 減給ばかりしたわけではない。勤務開始時間30分前に毎朝来て、手を決して休めることのない工場Bの年長者、ノートには給料1割分をボーナスとして贈呈した。他の従業員は皆拍手で祝った。今回、減給を見送るなら、それと引き換えに、ノートのボーナスも見送るべきだったかな?
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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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