腹心の失踪 (その1)

「ファラが行方不明」という最初の一報を受けたのは10月16日。久しぶりの長期休暇で、その日は、妻の韓国の実家を訪れていた。ダダーブの国連事務所で働く友人からのメールで、私は、すぐモウリドとファラに確認のメールを送った。

ファラは、私が不在中、工場長代理として現場を仕切っていた。そして、1ヶ月間の運営資金約80万シリング(80万円)もファラに手渡してあった。だから、ファラが突然消息を絶ったという知らせには、少し胸騒ぎがした。

10月18日、モウリドから「ファラが行方不明」という題名のメールが入った。

 「先週からファラが行方不明です!私のパソコンの調子が悪く、連絡が遅くなり申し訳ありませんでした。ファラは先週土曜日から行方がわかっておりません。数日前にファラの家族からの問い合わせがあり、一緒に行方を探しました。携帯電話は通じません。

組織の運営資金を預けているお店にも連絡しましたが、もう、資金はすべて引き出されているということです。ファラの家族は安否を心配しています。私は、ファラがお金を持ち出して逃走したのだとは思えません。おそらく、何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いと思います。

先週から、新しいプロジェクトが始まり、ファラが忙しそうにしており、あまり密に連絡を取り合っていませんでした。彼は私の9月分の給料(約4万円)も支払っていません。彼が忙しそうにしていたので、給料の支払いを後回しにしていましたし、私も、最近の治安悪化で、あまり大金を家で管理していたくなかったという事情もありました。さらに9月に購入した七輪の鉄枠の支払い約20万シリングも滞っています。」


モウリドのメールの宛先は、私と、私の直属の上司で、団体の事実上のトップであるバヒドも含まれていた。

バヒドは早速、メールに返信し、「ファラの無事を心から願います。どういう体制でお金を管理していたのか、教えてもらえますか?」と私に尋ねてきた。

私はすぐ返信した。「治安悪化で、モウリドもファラも自分の家に大金を管理することを拒みました。私たちの団体は事務所も金庫もないため、どこか安全にお金を管理できる場所を、モウリドとファラの3人で考えた所、ファラが、知り合いがやっているお店なら無料でお金を預かってくれるということだったので、そこに預け、管理はファラに任せることにしました。

もし、ファラがお金を持ち出して逃走したのだとしたら、これは完全に私の責任です。ファラと一緒に仕事をして1年になり、私は彼に全幅の信頼を寄せていました。お金を管理してもらうことに何のためらいもありませんでした。

私は10月22日にダダーブに戻ります。現場でもう少し事実関係を調べてから、報告させてください。

モウリドにいくつか質問です。ファラは他の従業員たちの9月分の給料は支払ったのでしょうか?ファラの妻子はキャンプにまだいるのですか?もしいるのなら、ファラを家族が最後に見たのはいつなのか、など詳細を調べておいてもらえると助かります。

もし、長老や他のリーダーに相談してもいいかもしれません」


モウリドもすぐ返信した。「他の従業員の給料は支払われています。妻子もまだキャンプにいます。ファラを最後に見たのは先週金曜日、10月11日だということです」


私は、少し救われる思いだった。「もし、ファラがお金を持ち出したいのなら、給料を支払う前に失踪することができたはずです。しかし、それをしなかったということは、ファラが何かしらの事件に巻き込まれた可能性が高いのではないか」と返信した。


お金を持ち出して失踪したか、事件に巻き込まれたかで、今後の対応は大きく変わるが、いずれにせよ、最悪の形で腹心を失ったという事には変わりがなく、私は胸が引き裂かれる思いだった。

前者なら、極度の人間不信に陥るだろうし、後者なら、ライフラインの資金管理を任されていたということで事件が引き起こされた可能性が高く、部下の身を危険にさらさせた罪悪感に悩まされるだろう。

後者はファラが生存していない可能性もあるわけだから、本来なら、前者であることを願うべきなのかもしれない。しかし、私は、心の奥底で、後者であることを願っていた。

私は、ダダーブの他の団体が難民従業員にお金の管理を任せていないことにずっと疑問に思っていた。キャンプには5000以上の自営ビジネスが展開されており、それ自体、難民の資金管理能力を示しているのだから、援助機関と難民の信頼関係さえできれば、お金の管理だって任せられるはずだと、ずっと思っていた。そして、ライフラインが難民従業員により多くの責任ある仕事を担ってもらえることを証明すれば、ダダーブの支援体制にも一石を投じ、難民の自立につなげようという目標を抱いていた。

 しかし、ファラがお金を持ち去ったということになれば、私がこれまで積み上げてきた実績も信念も目標もすべてがぶち壊される。私の存在自体が無意味になってしまうような、そんな妄想にさえとらわれた。

ファラは、昨年12月にライフラインに入った。「工場長と従業員が同じ椅子に座って話し合える援助機関なんて他にない」とライフラインでずっと働くことを熱望していた。流暢な英語を話し、就業時間後に他の従業員に読み書きを教えるなど、仕事に忠実で能力が高く、さらに他の従業員との関係も良好だったため、今年5月に主任に昇格。そして今年9月、新しいプロジェクトの取り仕切り役に昇進させると、ブルンジ人の女性従業員が「ファラが工場に来なくなって、本当に寂しい」と話していた。

とにかく、今はファラの無事を願うしかない。これまで何度もモウリドとファラには伝えてきた。「もし、君たちが私を騙す様なことがあったら、もう、私はここで働くことはできなくなるだろう」。その度、2人は「それだけは安心してください」と私の目を直視しながら言ってきた。その言葉を頭の中で何度も呼び覚まし、私はダダーブに戻る日を複雑な心境で待ち構えた。

(ファラの生い立ちに関しては、http://adventurebyyoko.blog3.fc2.com/blog-entry-62.html を参照)
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プロフィール

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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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