腹心の失踪 (その8)

ファラから私に送られた最後のメールは、10月2日。

「今日、従業員の給料を払いましたが、コーレが別の援助機関でも働いていることが発覚しました。その機関に電話し、確認が取れました。これまで従業員と真摯に向き合ってきた工場長に、私も真摯に報告させていただきます」

休暇中だった私は、このメールを、日本で開いた。休暇から戻った後に対処できる問題だと判断し、返答はしなかった。

この日を境に、ファラの電話が通じなくなり、従業員の前に姿を見せることも少なくなった。お金を持ち出して逃げる人間が書く様なメールとは到底思えず、私は、これをファラから私に託された最後の任務と受け取り、コーレを呼び出した。

すでに援助機関を二股していたという事と、ファラに対して暴言を吐いたという事実は確認されており、そのまま解雇処分にすることもできた。だが、コーレにしか知らないファラの事情があるかもしれないという期待から、2人きりで話し合うことにした。

コーレへの解雇通知を準備し、約7キロ離れたキャンプから、国連事務所まで1人で来たコーレを、敷地内のレストランへ連れ、お茶を2人分注文した。

私: もうすでに一度話し合った件だけど、改めて事情を聞きたい。お願いだから、すべてを正直に話してほしい。君が嘘をついていると、こちらが判断した時点で、話し合いは辞めにする。

コ: わかりました。

私: いつからいつまで、別の援助機関に在籍していたのか?

コ: 8月から9月末までです。もうその機関には退職願は出しました。

私: なぜ、そんなことをしたのか?

コ: すいませんでした。

私: それで、10月1日の給料日の日、君とファラの間でどんなやり取りがあったのか教えてほしい。

コ: その日、私は、ファラの指示通りに、キャンプの市場に行き、ファラが来るのを待ちました。時間通りに来なかったので、ファラに電話をしました。でも、私の携帯電話にはもうお金がなかったので、友人の携帯電話からかけました。「今日、給料支払ってくれるのですか?」と尋ねると、ファラは「もうすぐ来る」とだけ返事をしました。そしたら、私の家族から電話があり、「祖母が病気だから病院に連れて行ってほしい」という要請がありました。ファラに再び電話して、早退の許可を求めたのですが、却下されました。ファラが到着すると、ファラは、私が他人に彼の電話番号を教えたことを怒っていました。私は謝って、ファラと和解したのです。

先日、ドウボウらと話した時と、全く、異なる話になっている。ドウボウは、携帯電話を貸した友人が、ドウボウを装って、ファラと話し、暴言を吐いたと言っていた。そして、ドウボウらの前で、ファラが、かかってきた電話番号にかけ直し、「あなたはコーレの友人か?」と尋ねたら、「友人だ」と答えていたという。

ドウボウは2009年からライフラインで働き、私が工場長就任直後、報告書に間違った記載をして停職処分を受けた。その後、勤務態度が一変。今年4月には副主任に昇格し、工場が閉鎖に追い込まれたため、新しく始まるプロジェクト担当に横滑りさせたのだ。今年7月からしか知らないコーレとは、私の信頼度が全く異なる。さらに、ドウボウの供述は、もう1人の従業員バーレのものとも一致している。

私:この前、話していたことと違いますね。

コ:この前は、私がソマリア語で話し、通訳をしていたのがバーレだったから、うまく通訳されていなかったのかもしれません。

私:その携帯電話をあなたに貸した友人と、ファラは会話はしていないのですね?

コ:していません。私だけです。

私:わかりました。

私は、解雇通知書を彼に差し出した。

コ:これは何ですか?

私:見ればわかるでしょ。

コ:なんで、私が解雇されるのですか?もうその援助機関は辞めたと言っているでしょう。

私:それは関係ありません。あなたは、毎朝8時から午後5時まで働くと書かれたライフラインとの雇用契約を破ったのです。さらに、上司に暴言を吐いた疑いもかけられている。ライフラインの身分証明書を返却してください。

コ:嫌です。まだ、10月分の給料ももらっていない。

私:ファラはあなたを停職処分にしたのではないのですか?私が休暇から戻って来てから、正式な処分を決めると、あなたに伝えたはずです。それなら、こちらに給料を支払う義務はない。

コ:私は10月に働かされています。七輪の配布の時に現場に行くようファラから指示されています。

私:わかりました。それについては、こちらで検討させてください。とりあえず、あなたは解雇されたわけですから、身分証明書を返してください。

コ:こんな通知書、受け取る事はできません!(通知書を私に差し戻す)

私:コーレ。あなたが今、どこにいるのかわかっていますか?警察と警備員がたくさん常駐している国連の敷地内です。私は、あなたの身分証明書を取り戻すために、彼らの助けを求めるようなことはしたくない。

コ:私は、どこにでも行って、自分の潔白を証明することができます!

もう、コーレは、ブレーキが壊れたレーシングカーの様な、錯乱状態になっていた。私は、仕方なく、立ち上がり、国連敷地の入り口ゲートまで、コーレと一緒に歩いた。念のため、コーレを数メートル先に歩かせ、彼が私に危害を加えようとした時の場合に備えた。

ゲートに近づいた所で、私は、コーレを追い越して、警備員に事情を話した。警備員は、コーレに身分証明書を返すよう、要求したが、案の定、コーレは拒絶した。「私を逮捕したいならすればいい!私を殴りたいのなら殴ればいい!」と、彼なりの意思表示をしていた。

警備員は警察を呼び、拳銃を持った警察官の説得にも、コーレは応じなかった。私は、終始、コーレから数メートルの距離を保ち、傍観者を装った。100パーセント勝ち目のない勝負に必死で挑もうとするコーレに同情し、警察官がコーレに手荒いことをしないか、少しハラハラもした。

「警備員室で話し合いませんか?」と私に、警備員が尋ねて来たので、私は、コーレと一緒に、警備員室に入った。

幹部は、私に「身分証明書を取り返すだけでいいのですか?それ以外に、彼が返却すべきものはないのですか?」と確認し、コーレの説得に入った.

コーレは「私は10月働いたのに、給料をもらえないと言われた」「50万シリング奪って逃げた上司から、不当な告発を受けている」などと、声を荒げながら話した。私は、「その件と、この件とは全く関係がない」と、初めて沈黙を破った。

幹部は、「とりあえず、10月の給料を支払うかどうか、検討していただき、その検討期間中、私たちが彼の身分証を預かるということでいいかな?」と妥協案を提示。私は、身分証をコーレが悪用することを防ぐのが唯一の目的だったため、「それでいいです」と頷き、コーレも、首に巻いていた身分証を取り外し、幹部に渡した。「私に連絡なしに、この身分証を彼に渡さないでくださいよ!」と必死に念を押していた。

私は、警備員たちと握手をして退出。コーレはそのままそこに居残り、おそらく、私に対する愚痴を警備員にこぼすのだろう。

数日後、モウリドと対応を相談し、10月にファラから仕事を任されているのなら、給料は支払うべきと判断。 しかし、支払った後は、あのコーレの強気の態度が一転し、「ボス。お願いです。許してください」という携帯メッセージや電話が、何度もかかかってきた。

私が、無視していると、コーレから「実は、イフティン(仮名)も、ライフラインで働きながら、別の援助機関で働いていたのです」という密告文が送られてきた。

その援助機関に確認したら、確かに、イフティンが在籍していた時期があったという。やれやれ。一難去って、また一難か。「解雇されてたまるか」というコーレの執念が、一瞬にして、「自分だけ解雇されてたまるか」という執念に変わってしまうことが、滑稽だった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR