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従業員たちからの評価



私が築き上げたシステムが継続できるよう、12月8日、従業員4人を招いて、私が工場長になってからの評価を尋ねた。4人は全員女性。男性従業員の前では、話しづらくなるのではないかと配慮した。

私:昨年6月に私が工場長に就任する前と今でライフラインが、どういう風に変わったと思いますか?
アミナ:組織の知名度が違います。以前は、ライフラインの身分証明書を提示して、別の団体の事務所に入ろうとしても、入れてくれなかったりしましたが、今はそういうことはなくなりました。

ハナム:同感です。七輪の質が向上したし、新しく世界食糧計画とのプロジェクトも始まり、知名度が上がりました。以前は、近所や親戚の人が、私が援助機関のスタッフとはみなしていませんでしたが、今は、一目置かれるようになりました。

後、工場長と一般の従業員とのコミュニケーションがしやすくなりました。以前は、すべて主任を通して意思疎通が行われたので、ある意味、主任が情報をすべて独占する形になっていました。それにより、従業員同士のトラブルも減りました。次の工場長が、どんな人かとても気になります。同じシステムを引き継いでくれるとよいのですが。

私:従業員同士のトラブルが減ったのはなぜでしょう?

ハナム:工場長が来て、就業規則が作られたからです。皆、規則があるから、どんな事をしたら罰せられるのか、誰にどんな権利があるのか明確になりました。それまでは、主任の機嫌を損ねたら、罰せられると思っていたので、皆、日々、怖がっていたのです。誰も、主任に対して楯突こうとは思いませんでした。解雇されるのだけは嫌でしたから。出勤簿に「遅刻」マークを付けられても、それが何を意味しているのか、なぜ付けられているのかさえ、私たちには理解できませんでした。だから、主任と私たちとの間で、常に不信感がありました。

 でも、今は、主任の他に、モウリドがいて、さらに、工場長とも直接話すことができる。様々な意思疎通のルートができたので、安心できます。

マリヤン: 七輪に鉄の枠がはめられて、寿命が伸びたのも大きいです。以前、七輪が数週間で壊れる様な代物でしたから、私たちは「土の七輪を作る人たち(Mud Stove People))と揶揄されていました。誰も、ライフラインという言葉は知らなかった。

私:皆さんは、数週間で壊れる七輪のために、なぜ、ライフラインがお金を投資していると考えていたのですか?

ハナム:マンデレオ(別の団体が作る七輪で数年の寿命があり、難民から親しまれている)が配布されるまでの期間、代わりの代物として配っているという感覚でした。受益者の人たちも、皆、マンデレオが欲しいというので、「私たちの七輪を受け取れば、マンデレオがもらえますよ」と説明し、やっと受け取ってもらえる様な状態でした。

アミナ:ある受益者からは、「この土の七輪を作っているのは君たちか?君たちは、これを作るためにいくらもらっているのだ?だったら、私の家に来て、掃除、洗濯をやってくれないか。その方が、よっぽど有益な人件費の使い方だよ」と馬鹿にされたこともあるくらいです。

ハナム:でも、今は、鉄の枠が設置されたおかげで、「お願いだから、七輪を配ってください」と請願しに来る人が絶えなくなりました。

私: 皆さん自身が、この期間、変わったと感じますか?

アミナ:工場長が研修を通して、環境や七輪についての知識をくれたので、自分に自信が付きました。

マリヤン:私も自信が付きました。以前は、ただ、七輪を作って、お金を稼いでいる労働者でしたが、今は、自分が専門家になった気分です。私たちの作っている七輪が森林を保全し、その森林が放出する酸素を私たちが吸い、吐き出す二酸化炭素を森林が吸うプロセスなんて全く知りませんでした。以前は、七輪は、ただ、私たちが料理する時に、鍋を固定するためのものだと思っていました。まさか、環境を保全するものだなんて思っていませんでした。
後、七輪が森林保全に役立つことから、難民とケニア人との関係を改善するという役目も知りませんでした。それまで、キャンプ周辺に住むケニア人は、難民の事をただ嫌っているだけだと思っていましたが、私たちが彼らの土地で森林を伐採しているからだということに、気付かされました。

アミナ: 私は1991年からここに住んでいますが、私みたいに、文字の読み書きもできない人を雇ってくれる団体があるなんて信じられませんでした。ライフラインのおかげで、今は、家の近くの店も「ツケ」で買い物ができるようになりました。本当に感謝しています。

私: 工場長として、色々、厳しい面もあったと思うけど、それについてはどうですか?

ハナム: はい。最初は、本当に厳しいと思いました。遅刻や無断欠勤が多ければ、容赦なく、減給処分にされていましたから。皆、「大変な工場長がきたなあ」と思っていました。でも、時間が経つにつれて、工場長がなぜ厳しくしているのか理解できるようになりました。工場長は、私たち1人1人を平等に扱おうとしているだけだった。主任も従業員も、差別なく、1人1人を平等に扱うためには、就業規則を厳格に運用すること以外に、ないのだと。それによって、私たち従業員も、何をすれば良いのか、何をすれば罰せられるかも理解できるから、逆に組織を信頼できるようになりました。今は、誰が減給処分を受けても、文句を言う人はいませんよ。皆、なぜ減給にされているのか理解できているからです。

アミナ: 以前は、主任の気分次第で、私たちは罰せられていました。遅刻してきたら「もう、家に帰れ!」と怒鳴られて、家に帰り、次の日に来たら、「なんで、仕事をさぼるんだ!」とまた、怒鳴られました。今は、もう、そういうことがなくなりました。主任も私も、自分たちの権利を知っているからです。

私: 私との一番の思い出は何ですか?

ハナム:冗談を言い合うところです。普通の外国人の上司は、現場を視察に来るだけで、一般の従業員と会話したりしませんよね。でも、工場長は、「ハナムー。家族は何人いるの?」なんて、色々聞いてきました。それで、私があくびをしたら、「ハナムは減給処分だ!」なんて、突然叫び出して、、、、(笑)。思い出すたびに笑っていますよ。(口を手で押さえながら、笑いをこらえる)。もう一年くらい、一緒にいてほしかった。

マリヤン:なぜ、工場長を辞めるのですか?私たちが、工場長に何か嫌な事でもしたのかと心配になります。

私:拉致や殺人事件が頻繁に怒るこの過酷な生活環境に、もう1年私がいる理由があるとすれば、それは、皆さんたちとの人間関係だけです。皆さんと一緒にいる時間は、本当に楽しかった。でも、私もそろそろ、自分の家族との時間も大切にしなければいけないと思う様になったのです。

ハナム:ありがとうございます。私たちは、工場長が私たちのことを好きな以上に、工場長が好きですよ。離れても、たまには電話とかしてくださいよ。

私:そうだね。多分、数ヶ月はナイロビにいると思うから、来る機会があったら、連絡をください。それより、ハナムは、夫とはうまくいっているの?

ハナム:いえ、前の夫は、あれから、3人目の妻と結婚し、突然、全員の妻を捨てて、どこかへ行ってしまいました。その後、私は新しい夫と結婚したのですが、その夫も、2人目の妻と結婚しようとしたので、離婚しました。一夫多妻は、私には無理そうです。

などと、世間話に移り、ミーティングは終了。私の前だから、あまりネガティブなことは言いにくいだろうが、従業員たちが、概ね、私が行った改革に理解を示してくれたことは嬉しかった。彼女たちの評価をしっかり引き継ぎ書に記し、このシステムが維持/発展されることを願うばかりだ。
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プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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