仕事納めと思わぬ年賀状


ダダーブを去る前日の十二月二十日、従業員との最後のミーティングがあった。十二月分の給料を支払い、最後のお別れをする、、、予定だったが、もう一つ、大事な仕事ができた。従業員四人に、二〇一三年一月から契約更新をできない旨(要するに解雇)を伝えるという任務だ。ライフライン本部が資金不足を理由に、新年からリストラを指示してきた。それにより、出勤簿や主任の評価などを基に、工場の作業員十六人の中から、イクラン、ハナム、ファイサル、ハオを選び出した。

まさか、お別れの日に解雇通達なんて夢にも思っていなかった。ハナムは、昨年十一月に生まれた息子を「ヨーコー」と名付けるほど、私のことを慕ってくれていた。当初は、一月に工場長になる後任者にやってもらえたらと思っていた。しかし、すでに方針が決まっており、解雇される側からしたら、一日でも早く通達してもらいたいだろう。

私たちが、雇用する側とされる側である以上、どれだけ人間関係が深くても、避けられない痛みは付き物だ。一月に後任者が伝えたとしても、結果は同じだし、四人は「なぜ、工場長が直々に言ってくれなかったのだろう?」と、逆に関係にひびが入るかもしれない。

ミーティングで給料の支払いが終わり、「これまでありがとうございました」と従業員たちに最後のお礼をし、一人一人と握手をした後、「ちょっと、数人の従業員には個別に話があるので、残ってください」と伝えた。残念ながら、四人中三人は、病気などで欠勤しており、唯一、イクランだけが来ていた。

イクランは、十九歳。女性従業員で唯一独身だ。「ライフラインのおかげで結婚資金がたまったので、来年くらいには式ができそうです。式には是非、来てください」と私に話していたのを思い出し、気が重くなった。

私:大事な話があります。
イ:、、、。
私:皆さんの現在の契約は十二月末までです。それで、来年一月からは、資金不足で、四人の契約を更新できない状態になりました。ファイサル、ハオ、ハナム、そして、あなたです。
イ:、、、、。(黙って、私の目をじっと見つめる)

私:資金調達に目途が立てば、真っ先に工場に呼び戻します。なので、とりあえず、ライフラインとの契約は今月で中断ということになります。何か質問はありませんか?

イ:ありません。

私:本当にありませんか?何を聞いても大丈夫ですよ。

イ:特にありません。

私:そうですか。それでは、もう、行っていいですよ。

イクランは立ち上がり、部屋のドアを出る前に、私の方を見て、握りこぶしで右手親指を上げ「ヨーコー、バイバイ!」と白い歯を見せながら去って行った。罵声を浴びせられるどころか、笑顔で対応されるとは想像しておらず、少し拍子抜けした。他の三人には、主任のモゲに伝言をお願いした。

 その後、国連世界食糧計画(WFP)との間で新しく始まった七輪プロジェクト担当従業員四人とのミーティング。この従業員たちは、二〇一二年八月に雇用されたばかりで、工場の作業員と比べ、私との関係は希薄だ。WFPが仕入れた七輪についての説明会と事後調査を担当する者たちで、高等学校卒業者がほとんどで、英語も話せる。

工場の従業員たちには、この日で年内業務終了のため、十二月分の給料全額を支払ったが、このプロジェクトは年末も続くため、全額を払うことができなかった。「とりあえず、半月分、今渡して、残りの半月分を、月末に渡させてもらいます」と伝え、私が、お金を数え始めると、四人は「それは、納得できません」と強い口調で言ってきた。

従:他の援助機関は年末年始に事務所を閉じるため、十二月分の給料をすべて支払っています。なぜ、私たちだけ、半分なのでしょうか?
私:ライフラインが他の援助機関の方針を踏襲しなくてはいけない義務はありません。皆さんは働いた分の代価をもらうことになっています。十二月は、まだ半分しか過ぎていません。だから、ライフラインは半分だけ払うと言っているのです。
従:でも、工場長は明日、ダダーブを去ります。誰が私たちにお金を払うのでしょうか?
私:今まで、私から毎回、直接お金をもらっていましたか?モウリドから手渡された事だってあったでしょう?
従:モウリドはここにいません。(モウリドは休暇中)
私:モウリドがいなくても、フセインがいる。(フセインは、ファラの後任として雇ったソマリア系ケニア人)
従:フセインなんて、知らない人だ。そんなの信頼できない!(上司にあたるフセインがいる前での、この発言にショックを受ける)
私:私たちは就業規則に行動や言動を定められています。規則には、あなたたち従業員は、上司の全うな指示に従う義務が課せられており、あなたたちはそれにサインをした。これまで、給料は、月末か次の月の始めに払ってきた。十二月分の給料を従来通りに払うという私たちの方針は「全う」だと思います。
従:工場長は明日、去るのに何を言っている!今、お金を払え!(Give Us Money, Now!)
私:今、何て言いましたか?
従:、、、、。
私:あなたたちの口の利き方は、とても無礼です。私はあなたたちの上司であって、飼い犬ではないのです。口の利き方には注意してもらえませんか?とにかく、今、半額払うというのも、もうやめにしましょう。月末、十二月三十一日に、全額払いますので、それまでお待ち下さい。
従:誰が払うのですか?
私:フセインです。
従:フセインは信頼できない。モウリドに電話しろ!(Call Moulid Now!)
私:今、何と言いましたか?
従:、、、。
私:もう一度、そのような口の利き方をしたら、すべてを終わりにさせていただきます。
従:あなたの様な工場長が去ってくれて、こちらはとても嬉しいですよ。次の工場長は、あなたよりもベターでしょうから。
私:あなたが喜んでくれるなら、私も嬉しい。

私は、立ち上がり、ミーティングを切り上げた。「お金をよこせ!」と暴言を吐いた女性従業員のハリモは、私と目を合わさず、何やらソマリア語でぶつぶつ言いながら、出て行った。「去ってくれて嬉しい」発言をした、男性従業員のオスマンは、少し罪悪感があったのか、うつむきながらではあるが「よい旅を」と握手してきた。

解雇通達は笑顔で受け入れられ、給料の支払いを変則にするという何でもないようなことで、罵声を浴びてしまった。相手の尊厳など、どうでもいいというような口の利き方には、もう慣れていたはずなのに、こんな別れ方しかできなかった自分が悔しかった。

思えば、工場の従業員たちも最初の頃は小さい事で、私に何度、罵声を浴びせた事か。しかし、就業規則を作り、何度も説明を繰り返しすうち、話し合いはスムーズになった。

おそらく、五ヶ月前に雇わればかりのこの四人とも、それなりの時間を費やせば、こんな終わり方にはならなかったのかもしれない。二十年間、援助機関と信頼関係を作ろうが、作るまいが、無条件で食料、薬、教育などを一律無料で与え続けられた難民たちに、当事者である私たち援助機関が、今更、「私たちの尊厳を傷つけるな」と言うことは、少し理不尽にすら思える。

ダダーブを去って十日後、知らない番号から携帯メッセージがあった。「工場長に去ってほしくありません。戻ってきてくれたら、とても嬉しい。また会える日まで」。英語の綴り間違いだらけのメッセージで、従業員の一人だろうと予想し、その番号にかけ直した。「メッセージをもらったのですが、誰ですか?」と尋ねると、「ファイサル」と返事があった。解雇された四人のうちの一人だ。「元気ですか?挨拶したかっただけです。」(Are you OK? I greet you)と片言英語で、話しかけてきた。

無論、解雇取り消しを求めたかっただけなのかもしれない。それでも、メッセージやファイサルの話し方から、彼が私の尊厳を守ろうとしてくれていることが伝わった。折しもこの日は、日本の元旦。最高の「年賀状」だった。
 
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プロフィール

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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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