平日の昼間にお茶をして何が悪い?

ケニア滞在中、「駐在の奥様たちは、平日の昼間からカフェでお茶しているのよー」と、知り合い(会社員)が話していたのを覚えている。仕事もせずにいい暮らしをしている「奥様」の日々を皮肉ったつもりだろう。しかし、今こそ、その知り合いに言いたい。「平日の昼間にお茶して何が悪い?」

アゼルバイジャンに来て、専業主夫とは、時として命がけの仕事になりうるということがよくわかった。2月24日に新天地に到着し、アパートを探し、28日にホテルから新居に身を移した。3月3日午前、朝ご飯にそばを食べようと、麺つゆを作るため、小鍋に昆布と水を入れて、ガスコンロのネジを回した瞬間、「ボン」という音と共に、目の前が真っ白になった。

リビングからスージン(妻)の「キャー!」という悲鳴が聞こえ、「ドンドンドン!」と台所へ向かう彼女の足音が続いた。

鍋は吹き飛び、昆布は床に落ちた。コンロ下にあった棚は崩れ落ちていた。ようやく、ガス栓が爆発したということに気付いた。幸い、私にけがはなかった。ただ、気が動転し、スージンが崩れ落ちたコンロと棚に顔を近づけて検証する間、私は、壁によりかかり、立ち尽くすことしかできなかった。結局、原因はわからぬまま、大家さんに「当分、ガスコンロで料理はできない」とお願いして、電子コンロを買ってもらった。

アゼルバイジャンは治安こそ良いが、まだまだ、インフラは発展途上で、 こういった危険は常に付きまとう。今回は、週末でスージンが家にいたから良かったが、平日に起きていたら、さぞ、孤独だっただろう。そんな時、「台所が爆発してさー」と外でお茶しながら、愚痴を言い合える友人がいたら、どれだけ心強いか。

そんなわけで、3月4日月曜日、アゼルバイジャン主婦/主夫会に初参加した。家から徒歩5分ほどの所にあるカフェで開かれ、参加者は6人で、全員日本人。男性は私のみで、後は、英国、米国、日本大使館と民間会社で働く夫を持つ方たちと、4歳の子ども一人。

地図を二つ持ち歩いているにも関わらず、道に迷った私を、二人がかりで喫茶店の外まで出迎えてくれた。英語やトルコ語など多言語を話し、日本では公務員や小学校の先生だったという。

台所爆発事件には「それは、大変でしたねー」と同情してくれ、「私の家もガスがうまく使えなくて、コンロでお湯を湧かして、シャワーをしている」など、お互いの苦労話をする。

さらに、「箸や米、豚肉の薄切りはどこで買えるか?」という私の質問に、「箸と米ならガストロノミー」「豚肉の薄切りは、(地図を指しながら)市場で買える」などと、教えてくれる。

そして、豆腐、白菜、大根など、スーパーで手に入りにくいものを、郊外で中国人が栽培し、事前に注文すれば、購入できるという。
 
 食生活の次は、週末の過ごし方。どの人ならテニスができるか。野球やソフトボールをしたければ、どこに連絡すればいいのか。また、アゼル在住の外国人向けのニュースレターも頂き、そこには、同国初のスキー場がオープンした情報など、雪国出身の私にはたまらない情報があった。

それは、単なるお茶会ではなく、異国の地で、美味しいものを食べ、充実した週末を過ごすための情報交換の場だったのだ。もし、小さい子どもがいたら、どこの病院/保育所/学校なら安心できるか、どこならベビー用品が買えるかなど、さらに、情報の重要性は増すだろう。

ケニアのダダーブで2年8ヶ月暮らし、食生活の充実が異国の地で仕事をする上で欠かせないことだと痛感した。毎日、ヤギのシチューやキャベツ炒めだけでは、食べる気が失せる。食べなければ、病気になる。病気になれば、仕事ができなくなる。だから、私は、ナイロビの韓国人食材店などから、米、味噌、調味料、冷凍魚などを買い、ダダーブへ持ち運び、毎日の様に料理をした。治安が悪く、行動制限がかけられるダダーブでは、精神的にも追いつめられ、体調を崩し、数ヶ月で帰国する者までいた。そんな日々に「今晩はカレーを食べよう!」という楽しみがあるかないかは、大きな違いだ。

さらに、喫茶店を出た後、Nさんの家に皆で行き、最近、日本へ帰国された方が残していった冷凍ウナギ、銀ダラの奈良漬け、ダシ、カレー粉、料理酒、七味唐辛子などなど、日本食を分けていただいた。「これはどうですか?」と次々と差し出される食品に、「いやあ、悪いですよ」と口で言いながら、腕はしっかり、食品を掴み、もらった紙袋へ突っ込んでいた。

さらに、箸や日本米を売る店に連れて行ってもらい、「大使館や国連関係者は免税される」と言う。しかし、私はまだ証明書が発行されていなかった。が、「『私は外交官』って言えば、大丈夫」と教えてもらい、実際、「アイアム、ディプロマット」とレジで告げると、日本米10キロが、48マナト(約5000円)から38マナト(約4000円)に引かれたのだ!恐るべし、情報力!

おかげで、その晩、ウナギと銀ダラを食べたスージンは上機嫌。それまで体調を崩していたが、次の日からは元気はつらつだった。

平日昼間のお茶会は、異国の地で働く駐在員の生活を下支えしている。ロシア語かアゼル語ができなければ、就職口が限られるアゼルバイジャンで、平日昼間にお茶する以上の仕事があるなら、逆に教えてほしい。

ちなみに、このお茶会。実は、「おとめの会」という名前だったらしいが、「黒岩さんが来たから、名前を変えなくちゃね」と別れ際に提案が。「専業主夫」の出現で、「おとめの会」はその長い歴史に幕を閉じなくてはならなくなった。

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No title

素晴らしい体験だわ。駐妻の世界もいろいろあって大変なのよ。愚痴を言い合える相手がいるかいないかで海外生活もずいぶん違ってくるね。安全圏の日本でのお茶会と違って、そちらでのおしゃべりは情報収集源ともなるのだから、専業主夫、頑張ってね。

No title

ありがとうございます。色々な意味で、人生観が広がっています。
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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