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主夫になって初めてわかる妻の気持ち

 4月15日日曜日午後5時ごろ、事件は起きた。妻のスージンと友人宅からの帰り道、自宅から300メートル離れたバス停で降り、ある服屋の前を通りすがった時、私が「ちょっと、服を見たいのだけど」と言うと、スージンは「ちょっと気分が良くないから帰りましょう」と返す。私は「じゃあ、先に行ってて。ちょっと服を見ていくから」と言うと、スージンは立ち止まり、強張った表情で私を睨みつけ「あなたはどこまで自己中心的なのよ」と言う。私は、わけがわからず、「じゃあ、ちょっと服屋に行っているから。家で会おう」と、店の中に入った。

 シャツ1枚で3000円、2枚目買ったら、二つで4000円のセールで、シャツを2枚買い、家に帰った。

 家に入ると、スージンは、「おかえり」も言わず、パソコンをいじっていた。私が歩み寄って、買ったシャツを見せると、「いいね」と初めて表情を緩めた。その後、二人で夕飯作りに取り掛かった。

私は考えた。なぜ、スージンは、私を「自己中心的」と非難したのか?確かに、スージンはアレルギー体質で、この日は特にひどく、ずっと鼻水を出していた。しかし、バスで1時間かかる友人宅まで行けないほどではなかったのだから、自宅寸前まで来ているにもかかわらず、一緒に家まで行かなくてはならない理由がわからなかった。

いつも、スージンが「この店見てみたい」と言えば、私は必ず、その店に一緒に入っていた。だから、スージンが、私が行きたい服屋に一緒に行きたくないこと自体、おかしいと思ったし、体調が悪くてはやく帰りたいなら、1人で服屋に行けばいいと思った。自分にとっては「譲歩」のつもりで「じゃあ、先に帰って」と言ったのに、「一緒に行けなくてごめんね」どころか、「自己中心的」と非難されるとは想定外だった。

いつも、1人で何かやろうとする私と、できるだけ2人で一緒にやりたいスージンとで対立してきた。今回も、スージンの非論理的な「一緒にいたい」という感情によって、私は服屋に行く自由さえ束縛されている感じがした。一体、そこには、スージンのどんな考えがあるのか、知りたかった。

 焼き魚と韓国風味噌チゲを食べながら、私はスージンに切り出してみた。

私:今日は、私が服屋に行こうとしたら怒っていたけど、なんでかな?

ス:もう、話したと思うけど。

私:うん。でも、まだ自分の中では理解ができていないから、もう一度説明してくれるかな?

ス:何度も何度も説明するのも嫌だから、疲れる。

私:それでも、違う人間なのだから、その違いについて分かり合おうと努力しないと。何度言っても伝わらないことってあるでしょ。

ス:何がわからないの?

私:私が1人で服屋に行って、スージンが1人で家に帰って、数分後に家で落ち合うという私の提案が、なぜ「自己中心」なのか理解できない。

ス:あなたはいつも、そうやって頭でしか考えられないからだめなのよ。私が体調悪いことは知っていたでしょ。

私:でも、数分間、私と一緒にいるから体調が良くなるわけでもないでしょ。それに、今日は遠出ができるくらいの体調だったのだから、そこまで悪いとも思えないし。

ス:ほらね、あなたは頭でしかものを考えられない。いつも論理的。いつも、「なぜか?」「なぜか?」と説明を求める。一から百まで説明しなきゃいけないのも辛いの。たまには、こちらが何を言わなくてわかってほしい。それに、こんなささいなことで、いちいち言い合いたくない。もう、いいじゃない、終わったことなのだから。

私:俺たち、まだ一緒に住み始めて数カ月だよ。これから、色々、お互いの違いが見えてくると思う。その時、大事なことは、常に話し合おうとする姿勢だと思う。どんなささいなことでも、話し合う。ため込んでしまうと、ささいなことが積み重なって、とてつもなく大きなものになって爆発してしまうでしょ。だから、こんなささいなことでも、スージンがどう思っているのか聞きたい。


 そもそも、私は、周りの空気に鈍くて太い「鈍太」(どんた)と母親から名付けられようとしていたのだ。「一から百まで説明しなきゃわからない」のを、私だけのせいにされては困る。

ス:言う方も辛いのよ。もう何度も何度も言っているから。あなたは一向に変わる様子がない。

私:人間が変わるのってとても難しいことだよ。スージンだって、私のハングルを伸ばすために「できるだけ、英語や日本語じゃなくてハングルで話して」って私が何度もお願いしても、なかなか変わらないでしょ?それでもお互いをあきらめず、変わろうと思うなら、話し合うこと以外で達成することはできない。

ス:(目に涙をためながら)私は、今日、とても体調が悪かったの、わかるでしょ?

私:体調が悪いのは、もう、ここ数週間のことじゃないか。

ス:でも、今日は特にひどかった。友人の家でも、ティッシュボックスを一つ空にするくらい、鼻水が出ていたでしょ。

私:でも、だからって、家から数百メートルのところから別行動しても、体調に影響はないでしょ。


ス:あなたは、今日、一度も私に「体調どうなの?」と聞かなかった。

 私は、ふと、友人宅で、友人のお父さんが、スージンを心配して薬を持ってきたのを思い出した。私は「いつものアレルギーだし、そんな心配することない」と心の中で思っていた。


ス:帰りのバスでも、あなたはずっと寝ていた。そして、到着すると、服屋に行こうとした。私が、自分の体調が悪いことを言っても、全く意に介する様子がなかった。あなたは、私のことを理解しようと努力してくれないの。

 スージンはすでに涙を数滴垂らし、長袖の裾で一生懸命拭いていた。私は、ようやく、理解できた。なぜ、スージンが自分を「自己中心的」と言ったのか。確かに、相手の体調に関して尋ねる回数は、私よりスージンの方が数倍多い。

私:やっと、理解できたよ。辛い思いをさせて悪かったね。スージンのアレルギーはもうずっと前からのことだから、今日も、いつものことだと勝手に思っていた。スージンは話し合うことに意味がないっていったけど、意味があったでしょ?話し合ったおかげで、ようやく、ジグソーパズルが完成できた。私は私なりにスージンを理解しようと努力しているつもりだから、これからも、辛いと思うけど、話してね。どんなささいなことでもいいから思ったことを。

 スージンは何も言わなかった。私は、席を立ち、茶碗を流し台に持って行った。スージンは、寝室へ行き、いつものように、韓国のバラエティー番組をインターネットで見始めた。

 「あなたに気にかけてもらっている感じがしない」。これは7年前に付き合い始めたことからずっと言われてきたことだった。だったら、なんでスージンが私と結婚したのか今でも疑問なのだが、とにかく、言われ続けてきた。

 そして、私にも自覚症状が少なからずある。「良い大学に行きたい」から始まり「世間をあっといわす記事をかける新聞記者になりたい」「周りから尊敬される難民の専門家になりたい」、前々からキャリア志向が強かった私は、自分の未来を考えるので精一杯で、周りの人への気配りというものができない人間だ。

 付き合い当初、スージンは韓国から親に内緒で日本にわざわざ遊びに来てくれたのに、日本滞在最終日に、私と元彼女が一緒に写っている写真の整理を手伝わされた。スージンは顔を強張らせて、私に「こんなことしたくない」とメッセージを放ったのに、私は「なんで、そんな嫌々なの?自分のことを知ってもらえる良い機会だと思って写真の整理を一緒にしようと思ったのに」と逆切れした。そんな私を、スージンは見捨てることなく、韓国から通い続けた。

 主夫になって、私がスージンのことをどこまで知らなかったのかがわかる。デザートにチョコレートケーキをいくつか買っておいたのだが、全く、ケーキが減らない。「どうしたの?」と聞くと「私がチョコレートケーキ好きじゃないの、知らなかった?」と言われた。私が「今日の夜ごはんはカレー」と言うと、違うものをリクエストしてくるスージン。実は、カレーがそこまで好物じゃなかったということも初めて気づいた。

 隣人を想う心。主夫になって、初めて、自分は、人にとって一番大切なものを養わせてもらっているように思う。


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プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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