ラクダ・ダービー

 ケニアならではのイベントーー「ラクダ・ダービー」が8月20、21日と、ケニア北部の村、マララルで開催された。首都ナイロビから北へ350キロ。遊牧民族が暮らす地帯で、ケニア人、外国人が集まってラクダに騎乗し、レースに挑む。
 友人13人とワゴン車二台でマララルへ向けて19日午後2時に出発。ツアーを企画した旅行会社からは「片道4時間」と聞かされていたから、夕食前には到着すると思っていた。そしたら、午後7時に休憩した村では「これから砂利道で4時間はかかる」と言われた!
 ガタガタ道を時速10~20キロほどで行く。無数の星が空一面に広がる中、体が鞭うち状態になり、中には気持ちが悪くなって吐いてしまう人も。午後10時ごろにはタイヤがパンクし一時停車。完ぺきに旅行会社に騙され、途方に暮れた私は「なんで、ちゃんと地図で調べて時間を計算しなかった!」と妻に八つ当たり。
 深夜0時ごろ、やっと着き、バンガローで就寝。
 20日午前9時に起床。40~50頭のラクダから自分と相性が良さそうなものを選ぶ。馬と違って、飼い主の言うことを聞かないラクダ。飼い主が「座れ!」と鞭で地面をたたいても座ろうとせず、中には、食べた草を胃から吐きだして、飼い主の頭を緑色にしてしまうラクダもいた。
 午前10時、約40頭のラクダに騎乗した素人旅行者たちが一斉にスタート。各ラクダとも飼い主に鞭で叩かれながら走りだすが、なかなか言うことを聞かない。私のラクダは、うまい具合に走り出したが、腰をかけるクッションと、足をかけるサドルの位置がかみ合わず、ものすごい上下の振動で、全身に引き裂かれるような痛みが走る。両手でいくら支え棒をつかんでも、振動に対しては全く無力。飼い主が「走れ走れ!」と言うのに逆らい、「ちょっとストップ!」とお願いすることに。
 ラクダは一旦走ることをやめ、ゆっくり歩行を始めた。すでに先頭のラクダとは百メートルほどの差が出ていた。人一倍競争意識の高い私でも、体に走る痛みが強すぎで、勝ち負けなどはどうでもよくなっていた。とりあえず、適当な騎乗する体位を編み出さなければ、このまま10キロも騎乗を続けることは不可能だった。
 乗馬経験がある私は、昔習ったことを思い出しながら、少し腰を前に出して、両足のサドルを固定させ、ラクダの上下の振動に合わせ、腰を動かすよう心がけた。そしたら、急に体が楽になり、支え棒を握る腕力も少し緩めることができた。
 それから「行け行け!」と私のどなり声で、ラクダはゆっくり走りだし、一頭、また一頭と抜き始めた。私は無我夢中になった。村人たちの声援を後押しに、あたり一面広がる草原を駆け抜けた。結局、それから8人を追い抜き、6位でゴールイン!後半のペースで最初から走ることができたら、間違いなく、優勝争いに参加できたと思うと悔しかった。
 私の友人たちは、騎乗中にラクダに噛まれた者、振り落とされて腕に傷を負った者、ラクダが全く走らず、最初から自分の足で走った者やトラックの荷台に積まれてゴールインした者など、完走さえできなかった人が多かった。9時間かけて来たうえに、ラクダでさらに体を痛めつけられた友人たちは「来年は絶対来ない」と断言。
 私は、負けた悔しさ一杯で、午後のラクダ・トライアスロン(2キロ走り、3キロラクダ、5キロ自転車)にも参加したが、今度はラクダが全く走ってくれず、10人中4位。
 騎乗中の振動の激しさで、参加者のほとんどは、尻の皮が剥けてしまい、レース後からは椅子に座るたびに、しかめ面をするようになってしまった。着用する下着は、ことごとく皮が剥けた部分からの出血で赤くなってしまい、帰りに車もガタガタ道を走るから、尻への刺激は相当だった。恐るべし、ラクダ・レース。折角の週末だったのに、全く休むことができなかった(涙)。来年こそはリベンジだ。
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プロフィール

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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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