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組織に属さなくなって一番困ること

組織に属さなくなって一番困ることは何か?

暇になること?

キャリアがストップすること?

周りから「ひも」「無職」「宙ぶらりん」「ニート」などと冷淡に見られること?

いろいろ困ることはあるが、私にとって一番困ることは「人から批判されることが少なくなること」です。

組織に属している限り、ほとんどの場合、批判してくれる上司や同僚がいる。特に毎日新聞では、たくさん怒ってもらった。その時は「なにくそ!」と思うこともあるが、後から冷静に考えると、それらはとてもありがたい忠告で、私の成長の糧になった。怒る人は怒りたくて怒っているわけではない。私が将来、会社の役に立つ人材になるにはどうすればよいか、親身になって考えてくれるからこそ。それが、組織に属さなくなると、そこまで私の事を真剣に考えてくれる人はいなくなるから、心の中で「黒岩、何やってんだ」と思っても、なかなか口に出してはくれないだろう。フェースブックやブログには「ライク」や「拍手」のボタンはあっても、「よくない」「だめ」のボタンはない。

しかし、私の前回のブログに、口を出してくれる貴重な友人がいた!この友人「K」さんからのコメントをここに貼付けさせてもらう。


4つの点については強く同感します。
でもどうしても気になったことがあるので、書かせて下さい。長々とすみません。一番大事なのは、2番目です。

1)まず、見本記事は事実と異なるので、残念ながら見本にはならないのでは…と思います。「あくまで例題として」と設定しないと書きにくいその側面にこそ、この問題を伝えることや、理解を得ることの難しさの本質があるのではないでしょうか。アイヌの例もよく分かりません、ね!?

2)自分の都合ではなく、他人のことを配慮するのが難民認定や受け入れることの要点だと思います。そうであるにも関わらず、日本人が困ることもある「かも」しれないから今助ける必要がある(見返りを期待する)、難民も「役に立つ」ことがある、という論法で説明するのは、国家の都合で不認定をするのと同根ではないでしょうか。日本人中心的という意味で、不安に思っている人の心配は解消されず、むしろ排除を助長することも懸念されます。

3)日本から出ることなど想像もしていない大多数の人に「日本から避難する」喩え話は、空想の世界でしかなく、想像することもできないでしょう。

4)難民の定義が厳格ってどういうことかでしょうか。定義は定義としてあるものと一般的には理解されています。国際条約を批准することと、それを運用することは別の話である、ということがポイントではないでしょうか。

重要なのは「役に立つ・立たない」という基準で判断しないこと、政府側の見解を紹介しつつも、それの何が問題なのかをきっちりと説明することではないでしょうか。

揚げ足とりみたいなコメントもあろうかと思います。たいへん失礼しました。

書面ではいろいろ誤解を招くこともあるので、私はこういう書き込みはまったくしないことにしているのですが、発信力のある黒岩さんへの期待を込めてコメントしました。

分かりやすく伝えるには、どうすればいいのか、ということを私もよく考えます。日本のことと結びつけながら、というのはそうかもしれませんが、わかりやすいことは単純化することではないように思います。限られた文章では、一つの「気づき」としての入り口をつくることなのかなと思います。



 数百人が読むフェースブック上で実名でこういうコメントを書くのは、それなりの勇気がいることだ。それは、Kさんが私と同様にこの問題に関して悩み、色々活動してきた証拠である。同年代のKさんとは8年前に出会った。大阪のある勉強会で私が、タイの難民について書いた修士論文を発表し、それを聞きにきてくれたのがKさんだった。その時も、私がビルマの少数民族について「○○族」と表現したことに「○○族と言うと、時代が遅れた人たちみたいなイメージがあるから、○○人や○○民族と言うべきです」などと、ストレートに批判して頂いた。それ以来、私は「○○族」という表現は避けてきている。

 さて、Kさんのコメントへの返答だ。
 
 一番大事だという2番目の点。まず、「役にたつ」の部分は、あくまで認定された後の話で、Kさんが、認定前の議論だと読み取ってしまったのなら、それは、私の表現不足だった。

 「見返り」の部分に関しては、本当にKさんのおっしゃる通りで、ぐうの音も出ない。
  
 結局、私はKさんの様な立派な姿勢で難民支援に臨んでいないということだ。私は学生時代から「日本はもっとたくさん難民を受け入れるべき」と言ってきた。その気持ちがとてもナイーブだと気付いたのは2001年、オランダ留学中に、大学の寮でスペイン人3人との共同生活を強いられた時だった。 彼らの生活習慣は全く異なり、午前3時でも友人を招いて家で大騒ぎ。普段でさえ、夜眠れないことがたまにある私の生活リズムは一瞬で破壊されてしまった。何度言っても、「週末くらい騒ぎたいだろ!」と全く改善されず、黙らせるために、私が野球のボールを壁に投げつけて、乱闘寸前までになった。

 この時、気付いた。日本政府に「難民を受け入れろ」と言うのは、外国人と話したことがない、日本の津々浦々で暮らす人たちに「言語と習慣が異なる人と隣り合わせに暮らしてください」と言うことと同等なことなのだと。

 それでは、ソマリア難民50人を、日本で受け入れ、四国の○村で住んでもらうことになったと仮定しよう。そこの住民にどうやって説得するか?

1。 「日本政府は、難民条約に加盟し、私たちは、母国で脅威にさらされ、どこに行く場所もない難民を保護する義務があるのです」と、「他人への配慮」だけを言った場合。

2。「1」に付け加えて、「それに、私たちも、災害があったら他国から助けてもらってきたし、これからも、世話になる可能性がある。世界は相互依存の関係だ」と、自分たちの「見返り」を入れる場合。

 私には、どうしても、二番目の方が説得力があるように思えてしまう。一番目だけを言ったら「他の市町村で受けれてくれないのか?」と言う意見が出てきてしまうのではないか?それは、私が自己中心的な人間だからだろう。常に他人のことを第一に優先に考えることができない。どこかで、自分の生活を守りたいという思いがある。難民条約は「他人への配慮」が第一原則でも、それを現場で伝えるとなると、どうしても私は「自己中心的」な部分に配慮してしまうのだ。

 Kさんの1番目のコメントに関しては、私は「見本記事」だなんて最初から思っていなかったし、読者に自由に判断してもらいたかっただけなので、Kさんがそういう意見だということで、とても参考になった。「見本」って、「これが正しい!」みたいなニュアンスが含まれている様な気がするので、、、。

 3番目については、その人それぞれの感覚の問題なので、あまり深入りはしない。少なくとも私は、福島の原発事故の際、自分が日本に居なかったことがとても幸運に思えた。そして、私があの近くに住んでいたら、原発と隣り合わせに暮らすことに恐怖を感じるだろうから津々浦々に原発がある日本から脱出したいと考えただろう。

 4番目については、私の日本語能力不足。「厳格な解釈」と記すべきだった。

というわけで、Kさんのおかげで、色々考える事ができた。本当にありがとう。どうか、これからも、よろしくお願いします。褒められることが大好きな私だが、人からの批判には謙虚でいるよう心がけている。妻には「心がけるだけじゃなくて、実践して!」と言われるだろうが、、、、、。
 
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プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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