日本に馴染めない日本人

5月1日ブログ「101位から4位の国へ」の続きです。まだ読んでない人はここをクリック

男女平等を推進する母親に育てられ、9年間、欧米で教育を受けた私は、「女性は家で家事をするべし」と半数の人が考える日本の男女観に馴染めず、人間関係のトラブルが相次いだ。


毎日新聞入社前、私は、大阪のビルマ難民支援団体の勉強会に招かれ、タイのビルマ難民について書いた自分の修士論文を発表した。団体関係者15人ほどが集まり、そこに、神戸在住の友人Uさんが聞きに来てくれた。Uさんとは、1999年、大学時代に韓国のハンセン病患者が昔、隔離された村でのボランティア活動で出会い、私がタイに住んでいた時に遊びに来てくれるなど、それなりの親交があった。

発表会の後、宿泊先であるUさんの家に一緒に向かう途中、Uさんは勉強会を主催した団体の代表を務める女性(40代)について話し始めた。

あの代表の人って、毎年2回、タイの難民キャンプまで視察に行くのだって?旦那さん、大変やろなー」。

人の話を聞くのは苦手な方だが、特定の事柄に関する発言は、一語一句が明確に聞こえてしまう。当然のことながら、Uさんに対する、私の尋問が始まった。


私:別に、彼女がやりたいことなのだから、それでいいじゃん。

U:でもさあ、別に、ボランティアやりたいなら、住んでいる地域でもできること色々あるでしょ。PTAでもいいしさ。

私:なんで、タイじゃいけないの?

U:自分の結婚した人が、毎年2回、タイへ行って家を空けるより、より近くにいてくれた方がいいじゃない。

私:なんで?

U:全くの未知の世界に行かれるより、自分の生活圏内にいてくれたほうが、安心するやん。

私:別に、その人が選んだ道に、他がとやかく言う必要はないでしょ。それに、新しい世界へ踏み込めば、家庭にも新しい空気が入るかもしれない。要するに、結婚相手には家に居てもらいたいということ?

U:そういうわけではないけど、子どもはきっちり育てたいやろ。

私:でも、相手が常に家に居なくては子育てができないわけじゃないでしょ。

U:ずっと保育所に預けるの?でも、そしたら、子どもと親が接する時間がなくなるやん。

私:男が家に居て子どもを育てたっていいでしょ。

U:え?俺の家は、お母さんに育ててもらったから、そういう発想ないわー。
 

その後、お互い感情的になって、どんなやりとりがあったのか覚えていない。


Uさんとは、それ以降も連絡は保ち続けてはいるが、これを契機に頻度はめっきり減ってしまった。

 まだある。


毎日新聞時代に仲良くなった同期の男性記者G。「読書会をやって、社会の事をもっと勉強し、良い記事書けるようになろうぜ」と入社3年目の時、Gともう一人の同期と妻(スージン)の4人で、四国の道後温泉の民宿で泊まり込み勉強会を開いた。

私たちは、当時話題になった「ワーキングプア」という本を読み、話し合った。私が、女性が男性よりも、非正規労働をしている割合が高いことについて書かれていたことを挙げ、 「これは、男性が育児や家事をしないから、女性にしわ寄せがいっているのでは?」と問いかけた。

すると、そのGは「育児や家事なんてのは、あくまで個人のチョイスでやっていることなんだから、仕方ないだろ」と言ってきた。普段、人懐っこい笑顔で、くだらない冗談を言って周りを和ますGの表情が一気に強ばった。

私:仕方ないだろって、特定の人たちがより弱い立場にあるのだから、何かできないものかな。

G:じゃあ、どうするんだよ?

私:男と女が、家事や育児を分担すれば、少しは変わるのではないかな。

G:お前、そんなこと言って、これから、本社上がって、バリバリキャリア積んでいけると思っているのか?(新聞記者は、まず地方支局から入り、数年後に本社に上がるシステム)俺は、はっきり言って、そんなことできねえ。子どものころから、母親に育てられてきたから、自分の子どもも、母親が育てた方がいいと思う。

 Gの話を聞きながら、毎日新聞の新人研修で、別の同期Sが、記者歴20年以上の本社デスク4人に「記者の仕事は忙しいと思うのですが、どうやって家族との時間を調節してきたのですか?」と質問をしたのを思いだした。26歳で入社したSは長男が生まれたばかりだった。私たち新人記者と対面に座った4人のデスクはしばらく沈黙し、数秒後、1人が「まごころだよ、まごころ」とだけ答えた。Sが「まごころって、どういうことですか?」と聞き返したが、それ以上、返答はなかった。

その後、全地方支局を統括する地方部長(記者歴25年)が、「S君が、家族との時間についてデスクに聞いていたけど、ああいう地位になった人たちっていうのは、それ相応の犠牲をしているということをわかってくれよな」と話した。私は、それを「出世したければ、家族とか甘ったるいこと言ってるんじゃねえ」と勝手に解釈し、「もし、家族を大切にしたければ、出世を諦めるか、会社を辞めるかのどちらかだな」と自分に言い聞かせた。


民宿の勉強会は、いつのまにか、勝ち負けモードの怒鳴りあう会に、変わった。Gは「お前の言っていることは、土井たかこと同じじゃねえか!」「そんな、オランダが好きなら、オランダ行けよ!」と怒鳴り、私は「産むのは女性にしかできないけど、育てるのは男性にだってできるだろ」「今どうこうじゃなく、どんな理想社会を目指すべきか話し合いたいんだよ!」などと、大きな声を出しているうち、木造の安民宿に声が響き渡り、女将が、「大丈夫ですか?」と心配して、部屋をのぞきにくるほどだった。

結局、Gが「まあ、お前が何を言おうと、俺の考えが今変わるわけじゃないから」と話を切り上げた。その後、みんなでカニを食べに出かけ、次の日は海岸で野球をするなど、盛りだくさんの勉強会だったが、自分の中にある「モヤモヤ感」は、消えることはなかった。Gとは、毎日新聞を退社した後も連絡を取り続けたが、ここ2年くらいは連絡を取っていない。

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プロフィール

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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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