スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

周りがどう思うかでなく、家族にとって何が大事か考えろ


主夫会メンバーのスコットランド人、グレム(50歳)がアゼルバイジャンでの6年間の「主夫生活」を終え、家族と帰国することになった。

グレムは地元の大学在学中に隣の席に座ったスーザン(49)と恋に落ち、卒業後に結婚。グレムは、地元の銀行に就職し、首席で卒業したスーザンは大学院で経営学を学び、石油大手のエクソンモーバイル社に入社した。

その後、グレムは15年働いた後、証券会社に転職し、3年後には市役所でコンサルタント業務に就いた。スーザンは、5年後に大学の講師になり、長男出産と同時に、フレックスタイムができるエクソンモーバイル社に舞い戻った。そして3年後、BPから誘いを受け、再び転職した。

2007年、スーザンにアゼルバイジャン駐在のオファーがきた。父親の仕事の関係で10歳までインドで過ごしたが、それ以来、海外暮らしをしたことがなかったスーザンは、新しい環境で仕事をしてみたいと思っていた。が、グレムが乗り気になるかどうか不安だった。グレムはそれまで一度も海外に住んだことがなく、アゼルバイジャンに行けば、おそらく仕事に就くのは難しい。年老いた母親の世話もある。

しかし、グレムは「いいね!」とあっけなく了承した。「海外で生活できる機会なんてそうあるもんじゃない。海外で暮らしたことがない自分は、何か新しい刺激を欲しかった。当時、2人の子どもが3歳と9歳で、まだ新しい環境に移れる柔軟性があると思った。2人が思春期に入って、成人するまで待ったら、私たちの体が老いて動かなくなるからね。この機会を失ったら、もう二度と来ないと思った」と振り返る。

「アゼルバイジャンに行ったら、仕事ができると思った?」と私が尋ねると「石油関連会社で働いたり、英語を教えるなどの経験があれば仕事は見つけられると聞いたけど、私にはそれがなかった。就労ビザ取得も難しいと聞いていた。だから、私が仕事ができるチャンスはとても小さいことはわかっていた。でも、考えてみたんだ。『私が仕事を見つける必要性って、どこにあるのだろう?』ってね。

まず、スーザンが安定した稼ぎがあるから、経済的に私が働く必要性はない。それに、私は、仕事は嫌いじゃないが、そこまでキャリアを生きがいに思ったことはない。20年以上働き、少しくらい仕事以外の人生を楽しんでみたいという思いもあった。『男だから働かなくてはいけない』っていう伝統的な価値観を大事にする人もいるけど、私は『家族にとって一番大事なものは何か?』を第一に考えた。スーザンは、大学卒業してからずっと私より高い給料をもらっていた。そこで、私が『男だから』という理由で、彼女のキャリアをストップさせたら、私も気まずいし、彼女も気まずくなるだろ?お互いの関係にとって良くないじゃないか。だから、『私にとって何がベストか?』ではなく、『2人にとって何がベストか?』を常に考えた。

私たち2人だけじゃなく、アゼルバイジャンに行けば、駐在手当が付いて、貯蓄が増えるから、子どもたちの将来の教育費を貯めることができる。未知の世界への不安もあったけど、『家族4人のうち誰か一人でも気に入らなかったら、戻ってくればいい』という前向きな気持ちで向かった」と話す。

アゼルバイジャンに着いて、すぐ、子どもたちは友達ができた。BPの社員が多く住む住宅街の一戸建てが割り当てられ、近所には同僚の子どもたちがたくさん暮らしていた。住宅街の中に、BPが作ったすべて英語で教える学校があり、通学も楽だった。

スーザンはすぐ仕事にのめり込んだ。人事部の部長として、様々な国出身の同僚と新しい人事管理システム作りに携わった。

そしてグレムは「スーザンと子どもたちが楽しく暮らせるということが自分にとっては一番」と言い、スーザンの同僚の妻たちと写真教室に通ったり、音楽クイズ大会に出場したり、テニスをしたりして時間を過ごした。朝は子どもたちの朝ご飯を用意し、サンドイッチやパスタなどの弁当を持たせる。昼はスポーツセンターで汗を流し、主夫会メンバーとコーヒーを飲み、夜は夕ご飯の支度をし、夕食後は子どもの宿題を手伝った。

そして、もう一つ、グレムには大きな役割が与えられた。家族旅行の企画、運営だ。スーザンには年間40日の有給休暇と、アゼルバイジャンには18の祝日があるため、年に3、4回は家族で海外旅行に行った。6年の滞在の間に、メキシコ、フランス、トルコ、イタリア、オマーン、シンガポール、タイ、インド、オーストラリア、南アフリカ、ウクライナ、ブルガリアに出かけた。「行き先の選定から、ホテルや飛行機の予約まで、全部、グレムがやってくれた」とスーザンは言う。「スコットランドにいたら、年間有給休暇は28日だけで、手当も出ないから、こんなに海外旅行に行く事はできない」とグレム。

最初の契約は3年だったが、それを4年に、さらに6年に延長を重ねた。グレムは「家族が皆幸せそうだったから、スコットランドへ戻る理由が見つからなかった」と言う。「ブランクが長くなれば長くなるほど、再就職が難しくなるとは考えなかった?」と尋ねても「繰り返しになるけど、自分にとってはキャリアが第一じゃないんだ。スーザンが仕事を辞めたいというなら別だけど、彼女がバリバリ働いているうちは、家族が飢えることはない。私が仕事をしたければ、ブランクが何年あっても、何かしら見つかると思う」と楽観的だ。

「専業主夫になって得るものはあった?」と尋ねると、「娘は私の事が大好きなんだ」と満面の笑みを見せて話した。「エイミー(9歳)は母親よりも、私と多くの時間を過ごしている。3歳でここに来てから、私ができるだけ彼女のそばにいるように心がけたからね。学校で困ったことがあったらすぐに駆けつけた」と言う。スーザンも「エイミーは本当にグレムが大好きでね。近所の人たちから『またあの2人一緒にいるよ』なんて羨ましがられるくらい、仲良しなのよ」と、少し嫉妬気味に話した。

グレムは「主夫会のジョンとも6年の付き合いになるけど、私たち2人には驚くほど共通点がないんだ。彼はスポーツ嫌いで、真面目な話が好き。私はその逆。だけど、『主夫』という共通項で仲良くなった。ジョンだけじゃなく、スコットランドでは出会うことができない多くの外国人と仲良くなり、家族の様な関係になれたのも良かった」と言う。スーザンも「グレムは、アゼルバイジャンに来て、すごい社交的になった。スコットランドにいた時は、パーティに行くといっても『何話したらいいかわからない』とか行って、あまり乗り気じゃなかったけど、ここではそういうことはなくなった。突然、近所の人が家にワインを持って立ち寄ってきたりするのをとても楽しんでいたわ」と言う。

「スコットランドでは、毎日、忙しかった。仕事があって、家事があって、育児があって、週末は子どもの部活の送迎があって、毎日、『次はこれ、その次はあれ』と頭がぐるぐる回転していた。でも、ここに来て、本当にゆったりできた。何も急ぐ必要はなかった。スコットランドでは隣人の名前も知らないことがあるけど、ここは、皆知り合いで助け合う。スローライフで、人と人との繋がりの大切さを学んだよ」とグレムは言う。


私が「専業主夫であることで、周りから変な目で見られたことはなかった?」と尋ねると「そういう風に考える人もいたかもしれないけど、他が自分をどう思っているかなんて気にしないよ。一番大事なのは、自分たちにとって何が一番大事なのか考えることじゃないかな」とグレム。スーザンも「2人の子どもたちも、グレムの様に、周りの目を気にするのではなく、家族にとって何がベストか考えられる様になってほしい」と話す。

グレムは「スコットランドにも『地位』とか『昇進』とか気にする人は多いよ。でも、自分は、そういうのに対して鈍感というか、固執したことがない。私は未だに自分が心の底からやりたいと思う仕事に出会った事がない。だから、仕事に生きがいを持てる人が羨ましい。でもね、自分に仕事がなくても、それで家族が幸せでいられるなら、それが私にとっての幸せだと思う。そう、アゼルバイジャンに来て強く実感したよ」と言う。

結婚して30年になるが、これまで2人が離れ離れになった最長期間はスーザンが出張で出かけた2週間だという。年間100日前後しか顔を合わせなかった私たち夫婦とは対称的だ。

アゼルバイジャンのBP支社は約4000人の社員を抱える。その内、アゼル人以外の外国人は350人で、女性は20人にも満たない。スーザンは「石油会社は理系職が多いから、男性が多いのは当たり前だけど、それでも女性が1割以下になるのは、専業主夫として女性に付いて行く男性が少ないのも一つの要因だと思う」とスーザンは言う。

私が「自分の夫が専業主夫ということで、アゼル人からは驚かれた?」とスーザンに尋ねると「驚かれるどころか、羨ましがられたわ。BPでは多くのアゼル人女性も働いていて、そのほとんどが夫よりも給料が高いのに、家事、育児は100パーセント彼女たちがやっている。だから、すごい大変そう。私は、グレムのおかげで仕事に集中できるから本当に恵まれているわ」と鼻高々だ。

グレムとスーザンの話は、私の心に大きく響くものがあった。これまで、「私は男女平等主義」と言う多くの日本人(男性)に会ってきたが、彼らの言っていることがどうしても偽善的に聞こえてしまう。「俺はね、妻が好きなようにどんどん働いてほしいと思っているよ」と言いながら、家事、育児はほとんど女性に任せきりの人。「サッチャー(元英首相)は、よく女性の権利向上の象徴だって言われるけど、結局のところ、彼女は『男性の役』を演じた女性なんだよ」と何が言いたいのかよくわからないことを言う人。いつも「ああ、この人、俺とは違うな」と心の中でつぶやいていた。でも、グレムとスーザンの話は、針灸師に凝っている部分に針を刺されたときの様な「あ、それそれ!」という爽快感があった。

グレム一家がアゼルを旅経つ前日の6月15日、私は一家と、スポーツセンターのプールで一緒に遊んだ。グレムの身長は168センチで、スーザンより10センチ以上低く、一緒に歩くとスーザンの存在感が圧倒的に勝る。「グレムは運転嫌いだから、普段は私が運転するの」とスーザン。娘のエイミーは、グレムの右腕にピッタリとくっついている。日光浴が好きなスーザンは日向で同僚と寝そべり、日陰が好きなグレムは少し離れたところで寝そべった。子どもたちはそれぞれの友達と水遊びをしている。

午後5時ごろ、私が荷物をまとめて帰ろうとすると、グレムも「俺もそろそろ」と立ち上がった。スーザンは「もうちょっとここにいる」と友人とプール際で水に足を入れながら話し続けた。エイミーは「パパが行くなら私も」と、私たちは3人でプールを出た。

スポーツセンター前で、私は「じゃあ、これでお別れだね。今度スコットランドに遊びに行くよ」と手を差し出すと、グレムも右手を差し出し「うん。メールでもくれよ」と答えた。エイミーと手をつないで歩くグレムを見て、私に子どもができたら、あれくらい懐かれる父親になりたいと心から思った。

スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。