スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

何をもって「主夫」と言うのか?

妻の事務所の勤務時間はとても奇妙だ。本来は、午前9時から午後6時で、午後1—2時が昼休憩なのだが、昼休憩を取らなければ、午後5時で帰宅できる。このため、皆、早く帰りたいから、昼休憩を取る職員はほとんどおらず、机でサンドウィッチなどを食べながら、ぶっ通しで仕事をするという。(基本、残業はほとんどなく、6時には事務所は空っぽになる)

さらに、事務所周辺には昼ご飯を注文できる適当なレストランがなく、午後5時に帰宅したい妻は毎日、弁当を持っていかなくてはならないのだ。

これは、主夫の私にとってそれなりの心の負担だった。前の日の昼ご飯や夜ご飯を多めに作ることはできても、朝早く起きて、朝ご飯の他に、妻の昼ご飯まで用意するのは辛い。夕ご飯に外食をしたり、多めに作ることができないメニューの時もある。

なにより、本来取れる昼休憩を取らないという選択をしているのは妻なのだから、昼ご飯問題は、妻自身で解決してほしいといつも心の中で思っていた。だから、時をみて「事務所周辺に食堂あったけど?」「昼休み取ったら」などと話しをしてみたが、「ないものはないの!」「昼休み取っている職員なんて一人もいない」と、一蹴された。私としては、妻に一言「弁当は私がやるから気にしないで」と言ってほしかったのだが、残念ながらそれが発せられることはなかった。

そして、7月1日、ついに、お互い日々貯まった鬱憤が爆発した。

6月29—30日と、一泊二日で友人らとキャンプに出かけた私たちはヘトヘトに疲れて帰り、7月1日朝、私は弁当はおろか、朝ご飯さえ作れなかった。妻は出勤前「朝ご飯は?昼ご飯は?」などと私に尋ね、それが私の心の負担をさらに増幅させた。

午後6時、妻帰宅後、いつもの様に2人で夜ご飯の準備に取りかかった。私は「今日、昼ご飯どうしたの?」と尋ねた。妻は「スーパーでパン買って食べた」と返答し、私が「運転手に頼んだら、どこかでサンドウィッチとか買ってきてくれるのじゃないかな?」と言うと「また?なぜ、あなたはいつもそうやって私に昼ご飯をどこかで買わせようとするの?何を説得しようとしているの?」と聞き返してきた。私が「毎日、弁当を用意するのは大変だから」と言うと、妻の声のトーンが一気に上がった。「あなた、毎日、弁当なんて作ってないでしょ!それなのに『大変』とか言わないでほしいわ!」。

私は、妻の変容振りに戸惑った。

私:なぜそんな感情的になっているの?

妻:別に感情的になんてなっていない。あなたこそ。

私:あなたの声のトーンが上がったのわからなかった?

妻:あなたが変なこと言うからよ。

私:何て言った?

妻:毎日、弁当を用意するのは大変。

私:それの何がいけないの?

妻:あなたは、毎日、弁当なんて用意していない。週に1回とかじゃない?

私:毎日、弁当を用意しているかどうかなんて関係ないでしょ。私にとって、毎日、弁当を作るのは難しいという事実は変わらないのだから。

妻:あなたは、何のために私にそれを話したの?

私:弁当を持っていく以外に昼ご飯を食べる選択肢があるかもしれないという提案をしたかった。

妻:なんで、そんなことする必要があるのよ?別に毎日弁当作っているわけでもないのだから、いいじゃない。

私:自分の妻の健康を気遣って提案をしているだけだ。提案をする権利は誰にでもある。

妻:提案に聞こえない。事務所近くで昼ご飯を取らない私を責めている様にしか聞こえない。

私:別に責めてない。ただ、前から言っているように、あなたが昼休みを取って、昼ご飯を事務所周辺で食べてくれたら、こちらの負担は減るのは事実だ。

妻:だから、事務所周辺には食堂がないのよ!

私:でも、あなたの上司はいつもどこに食べにいっているのかな?

妻:本人に聞いてみたら?

私:なんで、そんな感情的になるのか、さっぱり理解できないな。

妻:あなたは毎日弁当を作っているわけじゃないのだから、とやかく言う権利はないの。

私:心理的負担の問題だよ。今日だって、スージンが昼ご飯どうしたのか心配していたし、罪悪感もあった。

妻:そんな心理的負担になるほど、あなたは弁当を作っていないわ。先週だって、ほとんど毎日、私が自分で作った物を持っていっていたと思うわ。

私:それは違う。金曜日、あなたは、私が作った雷豆腐炒めを昼ご飯に食べたはずだ。(ちなみに、この日、妻は弁当箱を家に忘れ、私が事務所まで届けなくてはいけなかった)

妻:それでも週に一回だけでしょ。

私:一応、自分はできる範囲内でスージンのために身を捧げているつもりだ。それでも、限界はある。

妻:「限界」ってどういうこと?

私:あなたの家族と会話ができるようになるために、ハングルの勉強をしている。それに、ブログなどの執筆活動だって、ほとんどお金にはならないけど、自分にとっての大事な「キャリア」なんだ。そういうものを大切にしつつ、スージンのためにできることはやっているつもりだ。

妻:だったら「主夫」なんて言う資格はないわ。夕食だって2人で協力してやっているじゃない。

私:「主夫」の定義なんて色々あるさ。家事は、あなたより私の方が多くやっているのは事実だ。弁当だって、昼ご飯と夜ご飯にできるだけ多くの量を作って、次の日にスージンに持たせるよう心がけている。でも、あなたはそれを感謝するどころか、「『弁当』ではなく、残飯を箱に詰めているだけです」 と私を人前でこき下ろしたりする。そんな事言われたら、弁当作る気になんてなれない。

妻:あなたが人前で「私は主夫です。毎日、妻の弁当作っています」って胸を張ったりするからよ。実際は、毎日弁当作っていないし、週に一回、家政婦に掃除をしてもらって、夕食は妻と2人で作って、「主夫」の仕事、あまりやってないじゃない。

私:「毎日作っている」なんて言った覚えはない。私なりにスージンが昼ご飯を食べれるように頑張ってきたのに、あなたは友人たちの前で「残飯を持っていかせられるだけ」と愚痴を言っていた。もう少し、人前で私に感謝することはできないものだろうか?

妻:「弁当」っていうのは、ご飯、卵焼き、唐揚げとか色々入ったものを言うの。残飯をタッパに詰めたものをいうものじゃないの。

私:それは、人それぞれの定義でしょ。実際、あなたは時々、私が作ったものを昼ご飯に食べているよね?

妻:それはそうだけど。

私:そこにある私の努力になぜ感謝しようとしないの?なぜ、人前で「夜、朝、昼と3回連続同じもの食べさせられることもあります」なんて言ったりするの?あんなこと言われたら、誰だって良い気はしない。

妻:あなたが「自分は主夫です」って自分を紹介するたびに、偽善っぽく聞こえるのが、我慢ならなかった。

私:でもさ、それをわざわざ人前でさらけ出す必要がどこにあるの?2人だけの時に話し合えばいいじゃない。なぜ、人前で私が立派な主夫か、だめ主夫なのか、判断する必要があるの?なぜそこにそこまでこだわらなければならないの?

妻:こだわっているのはあなたよ。もともとあなたが「毎日弁当を作るのは難しい」って言ったから始まったのよ。

私:あなたに一言「事務所での昼ご飯問題は、私が昼休憩を取らないと選択して発生していることだから、あなたは一切心配しないで」と言ってほしかった。その一言で、どれだけこちらの負担が減ることか。

妻:あなたと私だったら、あなたの方が時間を柔軟に使えるわよね?私は朝から夕方まで拘束されるわけだから。それに、夕方、仕事を終えて帰ってきても、私は必ず台所へ行って、夕食作りを手伝っているわ。一般の働く夫より、よっぽど家事をやっているはずよ。

私:一般の働く人は夕方5時半に帰って来れないからね。(私が毎日新聞で働いていた時の様に)あなたが午後11時まで毎日働かなければいけないのなら、毎晩ご飯作るよ。でも、こんなことはどうでもいいんだ。問題は、私があなたのためにしていることが、あなたから感謝されていないと感じていることなんだ。

妻:掃除は家政婦。夕食は2人で分担。家事はほとんど五分五分じゃない。なんで、そんなに感謝されたいの?

私:五分五分じゃない。家探し(今のアパートから新しい家に移ろうという計画がある)。車探し(今月中旬購入予定)。家政婦とのやり取り。水、電気、ガスの支払い。家に問題があった時の大家さんとのやり取り。食料や日用品の買い物。間違いなく、私の方が、あなたより家のことはやっている。それにね、私にとっての「主夫」の定義は、家事をする以上のことが含まれている。私が毎日新聞で働いている時、あなたは私に付いて来ることなく、東京で仕事をし、キャリアを優先した。私は、今、キャリアよりも家族を優先してあなたに付いてきた。家族が一緒に暮らせるように、肩書きをすべて捨てた。私にとっての「主夫」とは、キャリアを諦めた瞬間から始まっている。だから、掃除や料理だけを見て「主夫」かどうか判断するのは間違っている。一応、これでも大手新聞社の記者だったんだ。それが今じゃ、肩書きなしだぜ。自分で選択したことでも、将来、色々不安になることだってある。それでも、プライドは持ち続けたい。自分なりに頑張ってみても、妻から人前で「夜、朝、昼と同じ物を食べさせられるの」なんて貶されたくないんだよ。

気付いたら、妻は顔をタオルで覆っていた。涙を拭っている。時計を見ると、やり取りが始まってから1時間近くが経過していた。切り始めた豚肉を見て、私は「肉が駄目になる前に、とりあえず料理しちゃおう」と、ニンニクを刻み始めた。数分後、妻も黙って、フライパンを取り出した。私が、エビとチンゲンサイの中華スープを作り、スージンがマーボードーフを作った。お互い、何も話さないまま、食卓を囲んだ。食べ始める前、私がスージンに「いただきます」と言うと、妻に笑顔が戻った。「これからは人前でもっとヨウコウを褒めるようにするね」とハングルで言った。人間の感情というのは燃え上がるのも一瞬なら、鎮火するのも一瞬。本当に不思議なものだ。


スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。