移住する理由が、お金でも家族でもキャリアでもなければ何なのか?


メンバーが3人となった主夫会。存続の危機に立たされたと思ったら、なんと、新メンバーが現れた!しかも、これまでの主夫とは一味も二味も違う。

ドイツ人のハラルド(52歳)は話し好きのお調子者。165センチの身長で、髪の毛がなく、トルコ移民かと思うほど、顔のほりが深い。英語は日常会話はほぼ支障がないが、少し専門的な話になると「うーん、ちょっと辞書使うから待ってて」と少したどたどしい。

私が主夫会に入った時は、「先輩」たちに少し遠慮して聞き手に徹していたが、ハラルドは最初からずっと会話の中心にいる。知らない動物やスポーツが話題に上ったら、iPadですぐ調べ、「この動物の分布地図だ!北米に多いな」と、さっきまで知らなかったくせに、得意げに見せびらかす。

「なんでアゼルバイジャンに来たの?」といつもの質問をすると、「妻が理学療法士で、この国は理学療法の分野が遅れているから、来たんだ。私は、ドイツでの仕事を辞めて、こちらでは翻訳のバイトをしている」と言う。

「理学療法の分野が遅れている国なんていくらでもあるだろうに、なぜアゼルバイジャンなの?」と尋ねると、「妻がドイツで経営していたクリニックに、脳性小児まひの子どもが来たんだ。アゼルバイジャンの子どもで母親が『私の国ではこの子を治してくれる療法士がいないのです。助けてください』と言ってきた。妻は、その子どもが理学療法の治療を全く受けていなかったことにショックを受け、アゼルバイジャン行きを決めたんだ」

私は、思わず胸が熱くなった。他の主夫会メンバーの様に、国連やBPみたいな受け入れ団体があったわけでもない。「子どもを助けたい」という一心で、はるばる移住してきたという。私はハラルドに「彼女に会わせてくれないか」と早速、お願いし、次の日、二人の家を訪れた。

妻のゼリア(53歳)は、ハラルドと違い、背が高く、金髪で、英語が巧かった。ただ、話好きという点は、共通していた。「私、質問されるの好きだから、何でも聞いて」と言う。

ハラルド_convert_20130925211058


私が、「アゼルに来ることに決めたのは、ドイツで、アゼル人の脳性小児まひの子どもに出会ったからだというのは本当ですか?」と確認すると、ゼリアは「え??違うわよ」と言う。

私:あれ?ハラルドからはそう聞いていたのですが、、。それでは、なぜ、アゼルに来たのですが?

ゼ:「スピリチュアルティーチャー」に導かれたのよ。

私:スピリチュアルティーチャー??占い師みたいなものですか?

ゼ:、、。何て説明したらいいのかしら。私には、そういうお導きをしてくれる「お方」がいるの。8年前くらいに、ずっと同じ場所で同じ仕事をし続けていることに嫌気がさして、「私の理学療法士としての経験や技術が役に立つ場所が、この世界にはありますか?」とそのお方に尋ねたの。そしたらね、そのお方が「アゼルバイジャンという国がある。そこの首都、バクーに行けば、あなたを必要としている人がたくさんいるでしょう」と答えてくれたの。それで決めたのよ。

おいおいおいおい、、。全く予想していない方向に話が進んでいないか?脳性小児マヒの子どもを見て、移住を決心した妻はどこにいるんだ?

その導いた「お方」の名前はアグニーさんという男性。ゼリアは写真立てに入ったアグニーさんの顔写真を見せてくれた。50歳くらいで、ちょっと白髪がかかって、どこにでもいそうなおじさん。「新興宗教」という表現が正しいのかどうかわからないが、とにかく、お祈りをする団体で、世界に150の支部があるという(本当かな?)。ゼリアは10年前から入っており、様々な「訓練」を受け、すでに「指導者」の資格まで持っているという。

「どうやったら『指導者』になれるのですか?」と尋ねると「特別な訓練を受けるのよ」という。「その訓練は誰でも受けれるのですか?」と尋ねると「基礎の訓練をすべて受けた後ならね。ただし、受講費が150万円かかるけど」。「150万円!!高いですね」と言うと「一流企業の幹部になる訓練だってそれくらいするでしょ」とゼリア。

ゼリアが入信することになったきっかけは、一人娘(25歳)だった。「結婚」という形は取らずに16年間同居していた男性との間に生まれた子ども。その男性と別居(日本でいう離婚)する時、13歳だった娘が幻聴に悩まされ、「悪魔がいる」「天使が飛んでいる」などと独り言を言い始めた。

精神病院に連れて行こうか考え始めた時、友人がアグニーさんを紹介してくれた。「娘さんの現実を受け入れないあなたがいけない。『悪魔』や『天使』から目を背けてはいけない。娘さんが言っていることをよく聞いてあげなさい」などとアドバイスを受けた。それから、娘と対話ができるようになり、アグニーさんの訓練を受け始めた。依頼、「天からのお声」が聞こえたり「天使」が見えるようになった。

「明日の夜、町のバーに行けば、特別な人に出会う」。

2005年のある日、寝床についたゼリアはこんな声を聞いた。次の日、バーに行ってみると、そこでビールを飲んでいたのがハラルドだった。「この人が私の運命の人なんだ」。二人はすぐに意気投合した。

ゼリアは「話しておかなければいけないことがある」と改まった。

「私はあなたの事が好きで、ずっと一緒にいたいと思う。でも、私はアゼルバイジャンという国に近々、移り住まなければならない」

ハラルドは驚いた。「わかった」と答えはしたが、彼女がどこまで本気なのかはわからなかった。

ゼリアが精神世界に傾倒していることに、少しの違和感を抱きつつも、お金や地位でなく、自分の信念に基づいて行動する彼女の姿は、それまで出会った女性にはないもので、惹かれるものがあった。

2008年、2010年とゼリアは2回、アゼルバイジャンを旅行し、移住の準備を着々と進めていた。 最初は半信半疑だったハラルドも、彼女の意志と真剣に向き合わざるを得なくなった。

18歳で父を亡くしたハラルドは、ずっと近くで暮らしてきた88歳の母親から離れたくなかった。40代までは短期契約の仕事を転々としていたが、ゼリアと会ったころに初めて正社員の座を掴んだ。それらをすべて投げ出して、未開の地に行けるだろうか?再就職をするには厳しい年齢だ。しかも、他の主夫と決定的に異なるのは、アゼルで安定した収入が保証されていないことだ。不安ばかりが募った。

ゼリアに、「私たちの住んでいるところは良いところだ。君にも僕にも良い仕事がある。ここで一緒に暮らし続けないか?」と何度か話したが、ゼリアの決心は、ハラルドの頭で考えうる「論理」の域を超えていた。

ゼリアは、家や家具をすべて売り、16年間経営を続けた個人クリニックを閉めた。毎月70万円の給料は0になった。ハラルドには「付いて行くのか、行かないのか」という選択しか与えられなかった。ゼリアが出した唯一の譲歩案は「もし私が失敗したら、今度は私があなたに付いて行くわ」だった。

2011年1月、ゼリアはアゼルバイジャンに一人で旅立った。

ハラルドが移住の話をすると母親に泣かれた。3人いる兄たちからは「頼むから行かないでくれ」と請願された。(私がハラルドの兄でも同じことを言うだろうけど、、、)。同僚からは「そんな夢物語で仕事を辞めるなんて馬鹿だ」と貶された。

ゼリアと一緒になってから5年以上が経っていた。こんなに長い間誰かを好きになったことなかった。ゼリアの前に好きだった女性は、美しかったが、外見ばかり気にする人で、バーに行けば、他の男性の気を惹こうと必死だった。「ゼリアと会うまで表面的な人間関係しか作れなかった。彼女を失ったら、私は一生独りかもしれない」。

「まず、どんな国なのか見てみよう」。同年8月、アゼルバイジャンを初めて短期で訪れた。交通ルールを無視した運転。渋滞。小汚い道路。町を歩けば周囲から外国人ということでジロジロ見られた。外国で暮らした事のなかったハラルドにとってはすべてが新鮮だった。

「冒険してみるかな」。8年働いた会社を辞め、5ヶ月後、ハラルドは片道チケットでバクー国際空港へ降り立った。

新生活は苦難の連続だ。ゼリアが最初に働き始めた病院では、患者が集まらず、すぐ辞め、個人クリニック設立の準備を始めた。

その間の生活費を稼ぐため、ゼリアは外交官やBP社員などを顧客にマッサージをし、ハラルドはアゼル文化を紹介する出版社の翻訳バイトをした。

ハラルドが残して来たドイツのアパートとアゼルバイジャンの家の家賃だけで月15万円がかかる。 さらに、アゼル人の協力者を探し、営業許可証、就労許可取得など、ありとあらゆる事務手続きに莫大な時間と費用(賄賂)がかかった。ハラルドは3ヶ月の観光ビザしか取れず、毎回、ドイツに飛ばなければならなかった。 しかも、エイズ予防のため、ビザ申請時は毎回血液検査があり、移民局から囚人のように扱われた。(ちなみに私もスージンもこんな検査受けた事がない)

貯金はすぐに底をついた。「こんな国、来るんじゃなかった!もう帰ろう!」とハラルドは何度か説得にあたったが、「お願い。もう少しでクリニックが開業できるの。そしたら収入が入るから」とゼリアはお願いした。

ハラルドは兄から、ゼリアは姉から借金をし、クリニックの開業にようやく目途がついた。 私は「アグリーさんからの導きが大切なのはわかりますが、借金までしてやらなければならないことなのでしょうか?」とゼリアに尋ねた。
ゼリアは「私みたいな幼児専門の理学療法士というのは、ドイツでも珍しいの。この国では皆無よ。ここの人たちは『理学療法』がマッサージとか電気治療だと思っているけど、私のアプローチは全然違うの。例えば、生後間もない赤ちゃんが腰の動きに問題があったとする。そしたら、私は赤ちゃんの体のどの部分を押すと、どこの体の部分が動いて、それが『リハビリ』になるのか教えるの。そうすれば、この赤ちゃんは、自分の力で体を正常に戻すことができる。マッサージとか電気治療は一方的にやってあげるだけでしょ。だから、私がこの国でクリニックを開くのには大きな意味があると思うの」と言う。

ようやく来月、アパートの一室を借りてできたゼリアの個人クリニック「ドイツーアゼルバイジャン リハビリテーション センター」が開業する。(もっと良い名前ないのかなー)

お金のためでも、地位のためでも、家族のためでも、キャリアのためでもない。アグニーさんからのお告げから始まった二人の冒険は、これからどうなっていくのか。こうご期待!

一番の心配は、ゼリアの布教活動がアゼル当局の取り締まりを受けることだな、、。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR