8年振りの学生生活

バクー国立大学というアゼルバイジャン最古の大学(1919年設立)が、私の自宅から徒歩10分の所にある。そこで、なんと、アゼルで初めて、一般人が参加できる「特別韓国語講座」が始まった。

 講義は1日1時間半で、週4日。学費は月1万円(学生は4000円)。これまでずっとマンツーマンで韓国語を勉強してきたが、アゼルの学生と一緒に学ぶのも面白いと思い、9月30日、講義初日に参加した。

講義は上級、中級、初級の3クラスに別れる。「図書館」を韓国語で「トウソウクアン」と言うように、韓国語は日本人にとって学びやすい。だから、私は、アゼル人の韓国語レベルがどれくらいなのか想像がつかず、とりあえず上級クラスに入ってみた。

実に8年振りのキャンパスライフ。うきうき気分で午前9時45分ごろ家を出た。アゼル語で書かれた講義室の場所をメモし、それを、その辺にいる学生に見せながら、講義室を探した。大学生でも英語を話せる人は少なく、ほとんどジェスチャーでの会話になる。

キャンパスには大きな8階建ての「コの字」型ビルを中心に、フットサル場などがある。

バクー国立大

韓国語講座は6階の601号室。ビルに入った途端、警備員に呼び止められ、アゼル語かロシア語かわからない言葉で話しかけれる。東アジア系の学生などほぼ皆無だから、周りからジロジロ見られる。「アイディー?」と身分証を求められた。

6階までエレベーターで行こうとするが、5人入ったら満杯になるような小さいもので、前でたくさんの学生が待っていたため、仕方なく階段を上った。踊り場では、数人の男子学生がタバコを吸っている。

ようやく、601号室に入ると、50歳くらいの眼鏡をかけた東洋系の男性と、男子学生4人がいた。「アンニョンハセヨ」と挨拶をすると、眼鏡の男性が「ああ。ヨーコーさんですね。話は聞いていますよ」と笑顔で言う。韓国人でチョ先生といい、アゼルに来てからすでに7年が経つという。

学生たちに「ヨーコーと申します。日本から来ました」と紹介する。学生たちは「アンニョンハセヨ」「韓国語を勉強します」を繰り返すだけ。これが上級なのか?と不安になったが、私が席につくと、学生たちは皆、外へ出てしまい、私とチョ先生だけになった。

チョ先生は「彼らは初級クラスの学生です。上級クラスは初めてやるので、学生が少ないのです。おそらく、後、一人来ると思いますが」と言う。つまり、ほとんどマンツーマンで週6時間授業を受け、月1万円ということか?韓国だと、個人レッスンは一時間2−3000円はするから、長お得だ。

約5分して、男子生徒が一人入って来た。「遅れてすいません」と流暢な韓国語を話す。黒い手提げ鞄に茶色の襟付きシャツと、同じ色のズボン。私を見るなり「初めまして。タレーです」と握手を求めて来た。「何歳ですか?」と私に尋ね、「32歳」と言うと、「じゃあ、ヒョンですね!」と返す。 「ヒョン」は韓国語で「お兄さん」。男性が年上の仲の良い男性を呼ぶ時に使う。だから、韓国ではまず年齢を聞かなければならない。

バクー国立大5

21歳のタレーは韓国語を勉強して3年。(彼は「2年」と言うが、先生は「3年」と言う)タレーは英語ができないため、私と彼を結ぶ唯一の言語が韓国語である。当初、日本語を勉強したいと思い、授業登録したら、間違えて韓国語だったという。「その時は韓国という国があることさえ知らなかった。東アジアは日本と中国だけだと思っていました」と苦笑い。

しかし、アゼルバイジャンにはサムソン、SKなど、多くの韓国企業が進出しており、韓国語を習得して、そういった会社で働くことを夢見るようになった。(ここの学生は皆、石油会社に限らず、給料が高い外資系で働きたがる)アゼル在住の韓国人は日本人の10倍近くで約200人。企業や大使館職員だけでなく、宣教師が数十人規模で住んでいる。無論、イスラムが主流のアゼルバイジャンで宣教師のビザは下りないため、韓国語教師や留学生を装って、布教活動をしている。(実はチョ先生も宣教師)

毎週日曜日にキリストの礼拝がある韓国文化センター長のソンギドン牧師(50代)はアゼルに住んで20年。日本人で一番長く滞在している方でも、2−3年だから、数でも質でも韓国が日本を圧倒していることになる。

タレーは、毎日、同じ茶色いシャツとズボンで現れる。語彙、聞き取りなど韓国語能力は私よりはるか上で、授業でわからない単語が出てくると、ノートに書いて「ヒョン、こう書くのですよ」と教えてくれる。ただ、アゼルの教育制度が暗記中心のせいか、「今、住んでいる所の便利な点、不便利な点を説明しなさい」「あなたの国で外国人が多く住んでいる場所はどんな所ですか?」などの、長文出題が苦手だ。

タレーは、どんな長文出題でも必ず「私は21歳です」という文章から書き始める。「年齢については聞かれていないから、書かなくていいのだよ」と先生が言っても、何故か、「私は21歳です」と書いてしまう。

授業が終わるのが11時50分。タレーは「ヒョン、一緒にお茶でもしましょう」と言う。大学のカフェテリアに行くと、鶏肉と杏をカレー風味に炒めた物や、トルコ料理店でよく見る「ケバブ」という、ひき肉をソーセージの形にして焼き上げたものが、パンやライスと一緒に並んでいる。

バクー国立大3


私は、鶏肉とライスを頼んだ。全部で350円。高い!これでは日本の大学の食堂と変わらないじゃないか。アゼルの国民一人当たりの年間所得は約100万円で日本の4分の1。しかし、この数字は、多くのアゼル市民には当てはまらない。

バクー国立大2

例えば、タレーの父親は短期大学で講師をしているが月2万7000円。母親が病院の看護師で月1万6000円、それぞれ稼いでいる。つまり、石油で潤った一握りの富裕層が平均所得値を押し上げているのだ。もし、タレーが毎日、この学食で食べたら、月7000円となり、家計に大きな負担となる。 昼時にも関わらず、タレーが「昼飯でも行きましょう」と私に言わなかった理由がこれでわかった。

私は鶏肉とライスを食べながら、タレーに「昼ご飯はどうするの?」と尋ねると、「適当にやります」と言った。タレーの友人3人と一緒に座り、彼の韓国語による通訳で、友人らと会話をした。「ウクライナやロシアに留学したい」などと話す。

バクー国立大4


15分後、タレーは鞄の中から紙に包まれたサンドウィッチを取り出した。他の友人が350円(プラス、コーラも)払って食べている中、サンドウィッチを取り出すのが恥ずかしかったのだろうか。

私は「あの友達たちは、どうやって毎日350円も払っているの?」とタレーに尋ねた。「親が金持ちなのだと思います」と言う。

タレーは奨学金で大学に入り、「私の祖父母は貧乏で苦労したから、私は、月10万円は稼げるようになりたい」と言う。「韓国に留学して、韓国語をマスターすれば、ここにある韓国企業に通訳として雇ってもらえる。通訳の日給は1万2000円です」と語気を強める。

10月20日に受ける韓国語能力試験中級を、彼も受験予定。50点以上取ると「3級」、70点以上で「4級」になる。彼は、前回のテストで65点を取り、3級はクリア。「4級になれば、韓国の大学に留学する資格を得ることができるんです」と目を輝かせた。

「試験は何が一番難しいの?」と尋ねると、タレーは「作文」と即答。試験では「尊敬する人」「自分の長所」「一番の思い出」などをテーマに作文を手書きで書かなければならない。

タレーは「ヒョン、昨日、練習問題を一つやってみたのだけど、何かアドバイスくれないか?」とノートを開いた。

テーマは「今一番自分が買いたいもの」。

タレーの答え。

「私は21歳です。私が一番買いたいものは、、、(続く)」

うーん。こりゃ、先が思いやられるな、、、。

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プロフィール

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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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