主夫会メンバーが過去最高を記録


一時はメンバーが3人になって存続の危機に危ぶまれた主夫会が、先週木曜日には参加者が9人となり、7年前に立ち上がって以来、最多記録になった!

20131107_103407.jpg


創設メンバーのジョン。今年2月に入った私とロドニー。ジョンと共通の知り合いを通して入ってきたハラルドとマット(59歳米国人)。マットは、ポーランドで8年間、図書館員をしていたが、そこでスイス人外交官と結婚し、今年7月に妻の転勤に寄り添って来た。

元々、数ヶ月に一度足を運んでいたノルウェー人のクリス(46歳)が、「前より自由時間が増えた」と、ほぼ毎週参加するようになった。クリスの妻はハンガリー人で大手石油会社(トータル)で働いている。

さらに、私が、人に会う度に主夫会の宣伝を続けた結果、雑誌の取材を受けたり、外国人向けのニュースレターに「主夫会に興味のある方は、ヨーコーに連絡を!」みたいな広告まで勝手に載せられてしまった。

3週間前に一緒にご飯を食べたドイツ大使館で働く女性が「私の上司の夫も『主夫』だから連絡してみるわ」とつなげてくれ、中国系マレーシア人のサングウィン(62歳)が参加。

そして、私は、自分のアパートのエレベーターの同乗者に「ハウアーユー?」と必ず声をかけるのだが、3週間前に同乗した40代くらいの男性がアメリカ人だということがわかった。それで「アゼルで何をしているのですか?」と尋ねたら、「妻が働いているのです」とうかない顔で言うではないか!!私は、「え!私もです!あなたも『主夫』なのですね?」と声のトーンを上げると、男性の表情が少し和らいだ。

彼の名前はジェシー。なんと、私と同じ14階で、私たちの部屋の隣の隣で暮らしている。今年5月から住んでいたというのに、今まで一度も顔を合わせたことがなかった。早速、先週末、家で熱いお湯が出なくなったので、ジェシーの家でシャワーを浴びさせてもらった。

妻が生物学者で、米国政府のテロ防止プロジェクトの一環として、アゼルを含む旧ソ連諸国で生物兵器の管理、指導をしている。私が主夫会について話すと、「へえ」と言う顔をし、主夫会前日に彼の家に行って「明日来る?」と尋ねたら、「うん。行けるよ」と答えた。物静かで、表情に強弱がないから、乗り気なのか、仕方ないから行くという感じなのか、ちょっと掴めない。

正直、私が主夫会に参加した当初は、「そんなのどうでもいいよ」と思うような内容の話が多く、そんなに楽しむことができなかった。しかし、毎週通い続けるうち、自然と引き込まれていき、いつのまにか毎週木曜日を楽しみにするようになっていった。

何でだろう?そこには、うまく言葉に説明できない「何か」があった。私たちの間には、妻の仕事を理由にアゼルに住んでいるということ以外、何一つ共通項がない。年齢は私の32歳から、60歳前後まで。国籍は、日本、ドイツ、マレーシア、アメリカ、イギリスと多岐に渡る。教養も、ロドニーの高卒から、大学院卒までいる。所得も、自営で理学療法をするハラルドの妻と、大手石油会社で働くロドニーの妻では10倍以上の開きがある。海外経験だって、私やクリスの様に10年以上から、ロドニーみたいに半年の人もいる。

そんな人たちが、毎週木曜日、仲良く肩を並べてコーヒーを飲み、楽しい時間を過ごしている。こんな経験したことがある人は世界でも稀なのではないか?所得一つとっても、自分より10倍以上裕福な人と、毎週会うなんていう人がどれくらいいるのだろう。

先週末、マレーシア人のサングウィンの家に遊びに行った時、「来週の主夫会も来る?」と私が尋ねると、彼は顔をしかめた。「なんかねー。よもやま話をしているだけで、ちょっと退屈なんだよな。色々な能力を持った人たちばかりなのだから、もっと生産的なことをしたらいいのに」と言うのだ。

その瞬間、私の頭の中の電球に「パッ!」と光が灯った。

生、産、性、な、こ、と

これまでの私の人生で、特定の人と定期的に会ってきた場面を振り返ってみた。学校、職場、部活、同じ業界(援助やマスコミ)。何かしらの「生産性」を前提にしてできた人間関係ばかりだった。それによって、競争心が高く、嫉妬深い私は、自分と周りを比べてしまい、常に肩に力が入ってしまっていた。

例えば、今年8月、日本に一時帰国した歳、毎日新聞の元同期たちと会った。「まあ、黒岩じゃあ、会社に残っても本社には上がれなかっただろうな」「いや、○○でも本社に上がったんだから、大丈夫だろ」と、すでに本社に上がった二人が言った。私は「4年前に辞めた奴の人事について話して、そこから何を得ようとしているの?」とちょっとムキになった。

しかし、よく考えてみれば、私自身、元同期に会う度、「○○は今どの部署/支局にいるの?」などと尋ねていた。それを知って、何かを得られるわけでもないのに。

主夫会には生産性が必要ないから、情報伝達ラインとかもない。当初は、メンバー全員から別々に、私の携帯へ「明日九時ね」というメッセージが来たこともあった。2週間前は、ジョンが「明日10時からね」と私に連絡し、9時半ごろ出かける準備をしていたら、ロドニーから「どこにいるんだ?待っているんだけど」と電話が来たりする。ハラルドが連絡先を一人一人に尋ね歩いている隣で、サングウィンとマットが、全く同じことをやっていた。誰も、自分の連絡先を3回書き続けることに文句を言わない。「私が一つにまとめて、みんなにメールするよ」と私が言うと、「ああ、そりゃいいね」と、やっと動きを止めた。誰一人として効率性を問わない。それがたまらなく嬉しいのだ。

私だけでなく、主夫会は、他のメンバーの心の支えになっているようだった。出会った当初、「失業者なんだよ」とうつむき加減で自分のことを話していたロドニー。アゼルの交通マナーの悪さなどについての愚痴ばかりだった。「アゼルに来たのは間違いだと思ったこともあった」と振り返るくらい、新しい生活に馴染めていなかった。9月に、主夫会メンバーで金曜夜に飲み会をした時が、ロドニーにとって、「アゼルでの初めての飲み会」だったという。すでに、アゼルに来て7ヶ月が経っていたにも関わらずにだ。私たち夫婦で3週間前、ロドニー宅に遊びに行った時、「アゼルで初めてのお客さん」と歓迎された。

2週間前には「来週木曜朝の主夫会はうちでやろうぜ!」とロドニーが私たちを家に招き、コーヒーを入れてくれた。その場で「やっと、フリスビーゴルフ場設置の許可が下りたんだ!」と嬉しそうに言い、自宅近くの空き地に建設中だという。「これができれば、地元の子どもとかにフリスビーゴルフを教えられる」と意気込む。「将来は、アメリカに戻って、農場兼フリスビーゴルフ場を経営しながらのんびりと家族と暮らしたいな」と目を輝かせた。そこには、7ヶ月前に見た、肩をポンと叩いたら、そのまま倒れちゃいそうなロドニーの姿はなかった。

先週の主夫会、私はジョンに「今、妻が出張でいないんだ。今週末にでも、また、飲み会できないかな?」と打診。ジョンは「いいね」と応じ、土曜日夜、おっさん7人でメキシコ料理を食べ、バーに夜1時ごろまでいた。今年5月にアゼルに来たジェシーにとって、アゼルで初めての「飲み会」だった。

IMG_7956.jpg

 
 11月12日、私はジョン宅近くに所用があって出かけ、午前10時半ごろ、用事を済ませ、ジョンの家のドアベルを鳴らしてみた。そしたら、右手にマグカップを持ったジョンが出て来て、「おお!お茶でも飲んでくかい?」と家に招き入れてくれ、パートナーで英語教師のジェシカも、丁度休みで家におり、「あら。ヨーコーが来たなら、ジムに行くのやめようかしら」と歓迎してくれた。(結局、ジムに行ったけど、、)お茶を飲んでから、ジョンと二人で1時間くらい、近くの海岸沿いを散歩した。

平日昼間にアポなしで訪れることができる友人なんて、いつ以来だろうか。実は、学生時代からずっと続いていた歯ぎしりが、今年になって止まった。ひどい時は一晩に10回くらい起こされていた妻は、とても喜んでいる。

夫婦一緒に暮らし始めたからだと思っていたが、ひょっとしたらこの主夫会も一つの要因かもしれない。だとしたら、こんな「生産的」なことって、他にないのではないか?
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR