人生最悪のクリスマス

もうすぐクリスマス。この日になると、どうしても、2010年の人生最悪のクリスマスを思い出してしまう。

当時、私はケニア、スージンは日本にいた。スージンはすでに日本での仕事を辞め、2011年2月からケニアの国連事務所で働く前の準備期間中だった。私は、年末年始に3週間の休みを取り、アフリカと日本の中間地点となる中東で合流して、シリア、ヨルダン、イスラエルを旅する計画を立てた。

スージンは、12月23日にすでに現地入りし、25日夜に、シリアの首都、ダマスカス空港で私を出迎える予定だった。私は、ケニアの首都ナイロビを24日夜に出て、トルコのイスタンブールを経由して、ダマスカス空港へ到着した。

今「シリア」と聞くと、内戦のイメージがあるが、当時はとても平和だった。

 私は入国審査ゲートでパスポートを提示し、「ビザを申請したい」とお願いした。日本人の場合、シリア入国の際は、空港でビザが申請できるとのことだったため、私は事前にビザを取得していなかった。

審査官は私のパスポートを見ながら、「職業は何か?」と聞いた。当時、私は、ケニアの国連事務所で働いていたため、自信を持って「国連です!」と身分証を示した。日本の感覚だと「NGO」とか「NPO」とかより、「国連」の方が信頼できそうな感じがあるため、私は何の躊躇もしなかった。まさか、この一言が、その後、とてつもなく大きな問題に発展するなんて予想しなかった。

その男性審査官は、私の国連の身分証を手に取り、数秒間見つめた後、「ちょっとこっちへ」と手招きした。

私が連れて行かれたのは、審査ゲートから数十メートル離れた小部屋。私の胴体より大きい禁煙マークのシールがドアに貼られているにも関わらず、部屋の中にいる男性3人は、ぷかぷかとタバコを吹かしていた。大きな机が一つあり、そこに男性が一人座り、隅にある待ち合い客用の長椅子に二人座っている。3人とも制服姿だが、デスクにいる男性の制服の方が、よりきらびやかとしているため、彼が一番偉い人なのかなと想像する。

私は、国連で働く人が入国するなんて滅多にないから、何かの事実確認をしたいのだろうと勝手に想像し、促されるがままに、机前にある椅子に座った。

審査官はゆったりとして口調で語りかけた。入国審査官とは思えないほどの片言英語だ。

審:フロムウェアトゥウェアー?(どこからどこへ行こうとしているのか?)
私:ナイロビからダマスカスです。
審:ホワイ、カム、ヒア?(なぜここに来たのか?)
私:観光です。

たどたどしい英語での質問は数分続いた。そして、私の国連の身分証を示しながら、「ウァット、ミーニング、オブ、ディス?」(これの意味は何?)と、「Refugee」という文字を差しながら、尋ねた。(私が働いていた機関名が、「United Nations High Commissioner for Refugees」のため)

私は、「難民」というのを、英語が話せない人にどうすれば伝わるか考えた。私は仕方なく、全身を使って、「バッバッバ!」と銃声の音を口で真似、両腕でマシンガンを打つ仕種をした後、後ろを振り返りながら走る「難民」を演じた。審査官は「オーー」と言いながら、頷き、私は意思疎通ができたことを素直に喜んだ。

そして、審査官は、私に「モーメント、プリーズ」(少し待って)と言い、固定電話をダイアルし始めた。

アラビア語で何やら話しているが、ときたま、「難民」「日本人」などの聞き取れる単語が出て来た。私は、単なる事実確認以上の聞き取りなのではないかと心配し始めていた。

数分後、電話を終えた審査官が私に発した言葉は、想像を絶するものだった。

「ユー、ゴーバック、ケニア」(ケニアに戻れ)

私は、彼の英語力不足による誤解だと思い、「え?」と聞き返した。そしたら、前回よりもさらにゆっくりとした口調で。

「ユー、ゴーバック、ケニア」と言うではないか!

強制送還????

いやいやいや。私は夢を見ているのだ。クリスマスの日に、日本から来た妻が待っている中東の空港で、アフリカから来た私が、妻と会えないまま、強制送還されるなんて、そんなわけないだろ。相当なお金と時間をかけてやってきているのだから。

私は夢から覚めるため、その審査官に質問した。

私:なぜですか?
審:ユーエヌ。ノービザ。ノーグッド。(国連。ビザないとだめ)
私:日本人はビザは空港で取れるのではないのですか?
審:ユー、ユーエヌ。ノー、ノー。
私:なぜですか?なぜ、国連だと駄目なのですか?
審:ユーエヌ、ノービザ、ノー、ノー。

駄目だ。まだ夢から覚めれない。

私:私は、国連ボランティアという身分で、国連職員ではありません!ボランティアです。ボランティア!
審:ノー。ユーハブ、ユーエヌ、アイディー(あなたは国連の身分証がある)

ここで悟った。「難民」という意味を説明する際、あんな過激なジェスチャーにすべきでなかったことを。

とにかく、二つの覆し様のない事実に向き合わなくてはならなかった。まず、国連関係者は事前にビザ申請がない場合、シリアに入国はできないということ。そして、私が国連関係者であるということ。私が考えうる最後の手段は、彼らの感情に訴えることだった。私は、この世で一番不幸な人間になったかの様な悲しい表情を作り、

私:実は、この旅行は妻との新婚旅行なのです。シリアという素晴らしい国で、素晴らしい思い出を作りたかった。優しいシリア人に出会って、美味しいシリア料理を食べたかった。妻は、すでに入国し、到着ゲートで待っています。今、ここで私がアフリカへ戻ったら、妻は一人でどうするのでしょう?お願いです。どうか、今回だけは見逃してください。

私の英語がどこまで通じたのかはわからないが、審査官の表情が少し緩んだ。

審:ユアワイフ、ヒア?(あなたの妻がここにいるのか?)

よし!!彼の感情が揺さぶられた!もう少しで夢から覚められそうだ。

私:そうなのです。妻は、今、到着ゲートで、私が出てくるのを待っています。
審:ハーネイム、プリーズ。(彼女の名前を教えてくれ)

私は、スージンのフルネームを書き、審査官は、それをパソコンに打ち込んだ。私は画面を覗き込み、「12月24日、ヒョン、スージン、入国」の文字を読み取った。

私:ほら!2日前にシリアに入っているでしょう?今ここで、私がアフリカへ返されたら、彼女は一人ぼっちになってしまいます。私たちの新婚旅行も台無しです。

審:オーケー。モーメントプリーズ。(わかった。ちょっと待って)

審査官は、再び、電話をダイアルし始めた。何の根拠もないけど、さっき、話した相手ともう一度やりとりしているのだろうと想像した。「ハーネームーン」という単語も時たま聞き取れることから、審査官が私のために上司を説得しようとしくれていることがわかった。

数分後、審査官は電話を終え、私の目を見つめながら話した。

「ソーリー。ゴーバック。ケニア」

あああーー!!!!もう夢じゃない。これは現実だ。私は強制送還される。パスポートは審査官の手にあり、私は完全に、首輪をかけられた犬状態。「国家」というものに睨まれたら、一個人の無力さを思い知らされる。

審査官がトルコ航空の男性従業員を呼び、「次のイスタンブール行きは4時間後の午前5時半発です。片道料金は350ドル(約3万5000円)。現金ですか、クレジットカードで支払いますか?」と事務手続きに入り始めた。

私は、「イスタンブールからナイロビまではどうするのですか?」と尋ねると、「あなたは、ナイロビではなく、イスタンブールへ戻されます。原則、強制送還先は、あなたが最後に降り立った国になります」と説明する。

そうか。イスタンブールで約9時間の乗り換え時間があったため、私は、空港から出て、市内観光をしたのだった。それにより、私は、ケニアからではなく、トルコから来たことになったため、幸い、送還先がトルコになったというわけだ。

そしたら、審査官が、何やら、私に話しかけようとしている。「テレフォーン!」と受話器を持ちながら言っている。私は「え?私に電話?」と尋ね、審査官は頷いた。私は「もしもし?」と言うと、「ヨーコー!!!どうしたの!!」というスージンの声が聞こえた。私は妻の声が聞けたことが嬉しくてたまらず、「スージン!!」と思わず、叫んでしまった。

私は、できるだけ冷静にスージンに指示を出した。

「私は、午前5時半の飛行機でイスタンブールに返される。スージンは、今すぐ、ホテルに行き、荷物を取り、同じ飛行機に乗ってくれ。チケットはまだあるはずだ」

スージンは、「ええ?どういうこと?」と言い、私は「とにかく、説明は後でするから、今は、急いでホテルに戻って荷物を取ってきて」と言った。

スージンは何となくだが、事態を悟ったようで、「わかった」と言い、電話を切った。

私は、クレジットカードで航空券を買い、パスポートは取り上げられたまま、「時間まで、ここでお待ち下さい」と入国審査場近くのベンチに座らされた。

寒い。時間は午前2時。私はボケーとベンチに座り続けた。

午前4時ごろ、「ヨーコー!」と言いながら、歩いてくるスージンの姿が見えた!「スージン!!」。

スージンは、「いくら待ってもヨーコーが出て来ないから、心配になって、トルコ航空に確認しに行ったら、『彼なら、ケニアに返されるよ』って言われて、それで涙が出て来て、通話ができるよう、アレンジしてもらったの」と事の経過を話した。

私の方も事情を説明し、午前4時半、私のパスポートを持った、トルコ航空の人が迎えに来た。無論、パスポートはまだ渡されない。

そしたら、厚い化粧をした白人女性2人が泣きながら、連れられて来た。ヒョウ柄のコートにハイヒール。そして、大きな胸。「モルドバ(東欧の国)から来たのですが、シリアに入れてもらえなかった」と片言英語で話す。外見からしてそっち系の商売なのかなと想像したが、勿論、そんな事は聞けない。とにかく、二人ともわんわん泣いている。モルドバは東欧でも最貧国の一つ。シリアへ入り、そこから、さらに賃金が高い、イスラエル、またはトルコ経由でギリシャあたりを目指していたのかもしれない。航空券を買うために、一生貯めたお金をつぎ込んだのかもしれない。彼女たちに比べたら、私はまだ幸せなんだろうなと、何故か前向きになれた。

出発ゲートへ向けて、泣きじゃくる白人女性2人と、私とスージン、そして、私たちのパスポートを持つ係員の5人で歩く。当然、周りの視線を一気に集める。「あの東洋人の男が人身売買の斡旋屋で、白人二人を売ろうとして失敗したのよ」みたいに見られているのではないか不安になる。

搭乗口が開いてからも、私たちは最後まで飛行機に入れさせてもらえない。全員が入ったところで、私たちは係員に連れられ、機体の最後尾の席に座らされる。パスポートは、乗務員に手渡される。

手錠をかけられた様な気分で、イスタンブールまでの3時間を過ごす。もう7時間以上も何も食べていなかったから、機内食にかぶりつく。モルドバ人はまだ泣いている。

イスタンブールへ着く。機体を出ると、乗務員が、そこで待っている係員に「この人たちです」と伝え、係員にパスポートを渡した。係員は、私たちを入国審査ゲートまで連れて行った。途中、モルドバ人二人は、個室に連れて行かれてしまった。おそらく、ここからモルドバまで乗り継ぎをさせられるのだろう。ほとんど口を交わさなかったけど、よくわからない親近感が湧いてしまい、別れの瞬間、少し胸がズキズキと痛んだ。

入国審査ゲートでは、係員が直接、私のパスポートを審査官に渡し、トルコ語で何やら説明していた。おそらく「強制送還された人たちです」とか言っているのだろう。審査官は、前日に押された「トルコ出国」のスタンプの上に、「無効」というスタンプを押し、私をゲート内へと促した。要するに、記録上、私は、前日からずっとトルコにいるということになったのだ。そんな、無効スタンプがあるなんて初めて知った。

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ゲートを通り抜けた所で、やっと、係員からパスポートをもらい、「それでは」と一言挨拶し、去って行った。私は8時間振りに、自由の身になった。

さあ、どうするか。

私たちの当初の予定では、ダマスカスから陸路で、イスラエルに行き、イスラエルの最大都市、テルアビブからケニアに向けて飛び立つ予定だった。すでにテルアビブからの航空券は買ってあるてめ、「じゃあ、とりあえず、テルアビブまで陸路で行こう」ということになった。しかし、ダマスカス空港で数時間、待たされ、体が冷え込んだからか、精神的疲労からか、熱を出してしまい、2日間、寝込んだ。

イスラエルに行くには、まず陸路で隣国のシリアに入らなければならない。強制退去になっているのだから、普通ならシリアには入れないと思うだろう。しかし、ダマスカス空港の入国管理官と、そこから数百キロ離れたトルコとの国境地点の入国管理官が、統一のデータベースを共有し、私が強制退去されたことを把握できるほど、組織化されているとは思えなかった。

高速バスで10時間かけて国境地点まで行き、シリア側の入国審査官に「職業は?」と聞かれ、「広告代理店に勤めています」と言ったら、予想通り、数分後にビザが出てきた! 要するに、「国連」って言ったのがいけなかったのだ。日本では「国連」って言うと、なんか信頼できそうなイメージがあるけど、シリアとか欧米と敵対する国にとって、国連なんて、アメリカやイギリスの出先機関だと思われているのかもしれない。強制退去処分のおかげで、また視野が広がった。

それにしても、遠くから私に会いにやって来て、空港で待っている妻を残して、アフリカへ強制送還されそうになる恐怖は、もう二度と味わいたくない。

ちなみにシリアはこの3ヶ月後、内戦が勃発。現在も続いている。
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プロフィール

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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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