やっぱり日本に馴染めない日本人

今年2月、ナイロビを旅立つ前、私たち夫婦のお別れ会をやった際、参加者約30人の9割以上が日本人だった。一方、3週間前、新居披露パーティーをやった際は40人集まり、出席者の国籍の数は20を超え、南極以外の6大陸すべてを網羅した。その中に日本人はたったの2人。ケニアからアゼルへ移り、私の友人層が一気に国際化した。

新居祝い

新居祝い2
(パーティー終了後も何人か居残ってくれた)

在留邦人の数がケニアが600人、アゼルが30人だから、日本人の友人が減るのは当たり前と言えば当たり前だ。でも、なんか、それだけじゃない様な気がしてならない。

主夫になってもうすぐ1年。私が「主夫」であることに、色々な国の人が色々な反応をしてきた。改めて、それらの反応を振り返ると、主に、下の四つの種類に分けられる。

1.賞賛。

私の「ハウスハズバンド」と書かれた名刺を見て「おもしれー」と喜んでくれる人。家の冷蔵庫に名刺を張る友人までいた。国際機関で働く日本人女性からは「救われる思いです」というメールを頂いた。本当は世界の色々な現場で働いてキャリアを積みたいが、その思いを夫に伝えることができないという。

2.「あなたは主夫じゃない」と評価したがる人

「ようこうさん、もっと家事やった方がいいんじゃない」(30代独身女性)

「え?じゃあ、主夫って言っても、朝ご飯作りと買い物だけってこと?」(長姉と三姉)

「私なんか、今日の朝も洗濯してきましたよ」(20代独身男性)

私が週に一度家政婦を雇い、掃除、洗濯をしていないこと。講演や韓国語の勉強、そして広島カープ応援のために、妻を一人残して、日本やカンボジアに行ったこと。夕食作りを妻に手伝っていることなどから、「あなたは主夫じゃない」とよく言われる。

3.「どうやって食べているのか?」と探りたがる人

「今、スージンに食わしてもらってんのか?」(三兄)

「印税生活ですか?」(50代日本人男性)

仕事探しているなんて一言も言っていないのに、「仕事は何か見つかりましたか?」(60代日本人男性)

4.完全否定、もしくは見下す人。

私の韓国語の先生(40代男性独身)は、「私は主夫です」と書いた文章を見て、『主夫』という部分を消し、「家事をしている」と書き直した。先生は「あなたは難民キャンプで働いていたでしょう」「本も出しているでしょう」と私が主夫であることを完全否定しようとした。8月にあった浜松での講演では、男性参加者に「あなたは男のロマンはないのか?難民キャンプへ戻って働いたらどうか?」と尋ねられた。そして、3週間前、妻の同僚たちとのパーティーに参加した時は、アゼル人男性から「男が女に養ってもらう事は日本では大丈夫なのですか?」と言われ、「アゼルでは絶対だめですよ」と駄目人間扱いされた。

で、この4種類の反応の主を国籍/性別で分けると、さらに面白い。

まず、賞賛の反応をするのは、欧米人(男女全般)か、日本人女性。

評価をしたがる人は、日本人、韓国人の男女全般。

どうやって食べているのか探りたがる人は、日本人男性かアゼル人男性。

否定したがる人は、日本人男性、韓国人男性か、もしくはアゼル人全般。

まず、賞賛するのは私が定期的に遊ぶ友人たちで、新居祝いに来てくれた人たち。主に3グループあり、私の寿司教室に来たイギリス人男性が招待してくれたホームパーティで知り合った、BPで働く30代前後の若者グループ。アメリカ、コロンビア、マレーシア、ベネズエラなど、9人くらいの多国籍グループで、今週だけで3回会う予定になっている。次に、スージンの同僚のパキスタン人女性のグループ。カナダやルーマニアなど、6人ほどの多国籍グループで月に1、2回会う。そして、毎週木曜に会う主夫会のメンバーたち。無論、これも多国籍だ。

新居祝い3
(BPで働く友人たちと私たち夫婦)

次に、2、3、4番。

つい先週も、韓国人の友人と食事をした時も、「え?家政婦来ているの?それじゃ、主夫じゃないじゃない」と言われたばかり。「主婦/主夫」に課せられる社会的義務の度合いが、欧米などと比べ、韓国や日本はものすごく強いということだろうか。

周りの評価に対して鈍感でいれればいいのだけど、自分の肩書に関して、ごちゃごちゃ言う人と、ごちゃごちゃ言わない人と、どちらと一緒に時間を過ごしたいかと聞かれたら、後者に決まっている。 そもそも、「弁護士」「先生」「大工」などの肩書で自分を紹介する人に「あなたは先生でない」なんて、面等向かって言う人は少ないだろう。それが「主婦/主夫」になると、全く違う対応になるのが興味深い。

あと、一人暮らしの男性が、「私も家事やってます」と言うのは、言いたいことがよくわからないし、少しアンフェアだとも感じる。一人暮らしということは、食べたい時に、自分の好きな方法で、好きな物を食べられるということだ。食べないという選択肢もあれば、3日連続でカレーを食べることだってできる。しかし、2人以上の世帯で暮らしている場合の「家事」というのは、『用意しない』という選択肢は基本ない。必ず、特定の時間に朝ご飯、夜ご飯を用意し、そのための買い物をし、「相手」を失望させない程度の物を用意しなければいけないという重圧が生じる。だから、一人暮らしの「家事」と、二人暮らし以上の「家事」は同等で扱うべきじゃないと思う。

なぜ「ヨーコーが主夫って言っているから主夫でいい」という風にはならないのか?一度、テレビ局の人に「なぜ、『主夫』という肩書にこだわっているのか?」と聞かれたことがある。確かに、本を出しているから、『フリーライター』でもおかしくはないかもしれない。でも、今、自分がご飯を食べていけるのは、私が物書きをしているからではなく、妻に寄り添っているからだ。私の物書きだけの収入に頼るのだとしたら、今頃、夫婦で路上生活になっているかもしれない。

負けず嫌いの私は、私が主夫でないと評価したがる人に、必ず、尋ねる質問がある。

「じゃあ、あなたなら、自分の配偶者が、アゼルバイジャンで仕事を見つけたら、今の仕事を辞めて、付いて行けますか?」

ほとんどの場合(特に男性)、この瞬間、「しーーーん」という気まずい雰囲気が流れる。絶句というやつだ。

アゼルで働く日本人男性は単身赴任者が多い。それだけ、家族のために、自分のキャリアと妥協し、友人に別れを告げ、言葉が通じない国に移り住むというのは、難しいことなのだ。

主夫会のメンバー、ロドニーなんて、毎日、ベビーシッターと家政婦と運転手が家に来るから、ほとんど家事はしていない。 それでも、私はロドニーを心から尊敬している。人生42年目にして、初めての海外生活。10年以上付き合いのある親友たちに別れを告げ、アゼルに来た当初は、とても寂しそうだった。

必死に自分でできることは何か考えた末、好きなフリスビーゴルフをアゼルに広めようと、アメリカから機材を郵送し、自宅近くの空き地に、アゼルでは初めてとなる「フリスビーゴルフ場」を作った。もし、ロドニーに「お前は妻に食わせてもらっているのだから、もっと家事やれ」という社会的義務が課せられたら、精神的に追いつめられ、ニュージョンの様に米国へ戻らなくてはならなかったかもしれない。

確かに、「主婦/主夫」の定義は曖昧極まりない。でも、だからこそ、厳格な定義を相手に押し付けるのではなく、色々な「主婦/主夫象」が認められればいいのになあ。
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君は私の子どもだ。

日本に住みにくい、というのは、私もずうっとそうだった。「欧米に行けばこのままの私で通用するぞ、と思い続けてきた。57歳の時に初めて私は、君と長女が住んでいたアメリカに行った。その時、アメリカ人にそのことを伝えたら、彼らはこういった。「あなたは私たち以上にアメリカ人です」というのは、思ったことは何でもそのままいうからです。
しかし私は日本で暮らし続けてきて、今、「思ったことをどうのように言ったら伝わるのか」少し学習してきたように思います。
揺光は、日本を出て、自分の力で、自分の生活する場所を見つけて、たくさんのお友達に支えられながら、君らしい生活ができている。
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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