海外での主夫生活を満喫する法則とは

主夫会メンバーで一番、「主夫」を満喫しているのがノルウェー人のクリス(45歳)。ハンガリー人の妻のジタ(41歳)がノルウェーに本部をおく石油会社「スタットオイル(Statoil))で働いている。

先日、地元の雑誌に主夫会が取材を受けた際、「アゼルでの生活を終えた後も、『主夫』になりたいか?」との質問に、唯一、クリスだけが「もちろん!」と即答できた。クリスは、すでに、トルコで3年、シンガポールで3年、そして、アゼルで3年と、海外での主夫歴9年の大ベテラン。

クリスは政治学で修士号を取り、ノルウェー語、英語、スペイン語を操り、現在、ロシア語を学んでいる。買い物する時でさえ、本を持ち歩く読書家であり、100カ国近く旅したこともある旅行家でもある。さらに、アルコール中毒研究所や人事コンサル会社勤務、大学講師、小説の翻訳、さらに国立博物館のボランティアガイドまで、幅広い業種をこなした経験がある。

 若い頃から旅が好きで、19歳の時、バイトで貯めた100万円で、4ヶ月、アメリカ、オーストラリア、フィジーなどを友人と旅行した。

大学1年の時にスペインへ半年、そして大学3年の時にデンマークへ1年留学。大学院在学中にもスペインへ留学し、ある日、食堂で、「隣に座っていい?」と話しかけてきたのがジタだった。ハンガリーの大学からの交換留学生だったジタも旅行好きで、二人はすぐ打ち解けた。

エストニアの政治制度について修士論文を書くため、1年間、エストニアに留学した。そこにいたノルウェー人の友人から頼まれ、大学でノルウェー語を教えた。

その後、それまで遠距離になっていたジタと一緒になるため、ハンガリーで1年、論文の執筆作業に取りかかった。そして、1年後、ジタがハンガリーの大学を卒業し、二人は、ハンガリーに残るか、ノルウェーに行くか、離れ離れになるか、大きな選択をしなければならなかった。


 ハンガリーに残れば、クリスの就職口が限られ、ノルウェーに行けば、ジタの就職口が限られる。しかし、ハンガリーでは、育児休暇も時間外労働の制度も整っておらず、ジタの女性の友人たちは、育児かキャリアかの二者択一を迫られていた。生活水準が高く、社会保障制度が整っているノルウェーの方が、安定した暮らしができる可能性が高かった。

 ジターはノルウェーに移り住むことに決め、二人は、ジタの在留許可を取るため、婚姻届を出した。しかし、まだ修士論文を終えてなかったクリスと、大学卒業したばかりのジタはお金がなく、クリスの実家で暮らさなければならなかった。(成人したら親と離れて暮らすのが当たり前のノルウェーではとても珍しいこと)クリスは、母親が園長を努める幼稚園でバイトをし、ジタはノルウェー語を学びながら、就職口を探した。「いつまでこんな生活が続くのだろう?」と不安が募った。

 ある日、クリスの父親が海外出張に行く時に乗った飛行機で、隣の席に座ったのがスタットオイルの職員だった。父親が、ハンガリーから来た義娘が仕事を探している話をしたら、「じゃあ、うちでインターンでもしてみたらどうか?」と打診された。

ジタは、無給インターンとして働き始めた。偶然とは恐ろしいもので、当時、たまたま、スタットオイルは、ハンガリー政府と新しいプロジェクトを始めようとしていたところだった。「交渉チームに、ハンガリー語がわかる職員がいたら助かる」と言われ、3ヶ月後に正規職員になった。

スタットオイルは首都オスロから南西へ400キロ離れたスタバンガーという都市にあった。クリスの就職希望先は官公庁で、すべてオスロにあった。いくつかの省庁からは面接にも呼ばれていたが、ジタの就職先が決まった瞬間、クリスは、オスロでの就職活動を辞め、スタバンガー限定での就職活動に切り替えた。日本で言えば、国土交通省のキャリア職員になろうとしていた人が、仙台で就職活動をするようなものである。「クリスはオスロで、ジタはスタバンガーで離れて暮らすという選択肢はなかったのか?」と尋ねると、「ジタは、私のために、母国ハンガリーを去るという決断をしてくれた。そんなジタを独ぼっちにするなんてできない。私がオスロでの就職活動を辞めるなんて、ジタがした犠牲に比べたら、ちっぽけなものさ」と言う。

スタバンガーには、クリスが働きたいと思える就職口があまりなく、数ヶ月間、バイトをしながら就職活動をし、政府系のアルコール/薬物研究所の研究員として働くことになった。

2001年、長男、ダニエルが生まれ、ジタは育児休暇を取った。ノルウェーの育児休暇制度は、8ヶ月なら給料100パーセント、1年間なら8割、1年半なら6割と選べ、父親も最低数ヶ月取ることが義務づけられている。ジタは1年取得し、ハンガリーの実家へ戻った。

これが日本なら、間違いなく、クリスはノルウェーに単身で残る所だが、ところがどっこい。

クリスは勤め先に「妻とハンガリーに行くことにしました」と伝える。「家族が一緒にいるのが一番。今の会社を辞めても、別の就職口を見つける自信があった」と言う。私が「家族が一緒が一番なら、ハンガリーへ行かず、ノルウェーで3人で過ごすこともできたのでは?」と尋ねると、「育児休暇は彼女にとって母国で過ごせる貴重な機会だ」とジタへの配慮を強調する。結局、クリスの職場は、クリスの給料を3割減にし、在宅勤務に切り替え、家族3人でハンガリーで過ごした。


2002年、育児休暇を終えたジタは会社からトルコ駐在を打診された。クリスの研究所は、「1年以上の在宅勤務は認められない」と言った。研究所に戻れば、課長に昇進する話も出ていたが、クリスは迷わず、研究所を辞め、イスタンブールで「主夫」になる道を選んだ。「私たちは二人とも海外で生活することを夢見ていた」とサッパリ。

 まず、海外駐在員は、自国で勤務するよりも、手当がたくさんつくため、給料が倍増する。これで、クリスが経済的に働かなければならない理由はなくなった。次に、旅行好きなクリスにとって、歴史遺産だらけのトルコはとても魅力的な所だった。

トルコでは、ダニエルを幼稚園に入れるまでは、毎日、面倒を見た。子育てクラブにも毎週顔を出し、他国出身の母親たちと情報交換をした。日本の会社では考えられないことだが、スタットオイルは、海外駐在する社員の配偶者のキャリア支援策として、毎年130万円を上限に、「研修補助」を支給する。「夫や妻のために外国へ付いて行けば、履歴書にブランクができる可能性が高い。その負担を軽減するためだよ」とクリスは説明する。 ダニエルが幼稚園に入ったら、クリスはノルウェーの大学の通信教育で経済学を受講したいと会社に申請し、認められた。

さらに、ノルウェーの出版社で働く大学時代の友人が「翻訳のバイトをしないか?」とクリスを誘ってきた。英語の歴史小説をノルウェー語に訳す仕事で、計5冊を翻訳した。週に1度は、ガイドブックを片手にイスタブール市内の歴史的名所を訪れた。

2005年、次男、ベネデクが生まれ、再び、ジタは1年の育児休暇を取り、家族4人でハンガリーで過ごした。

2006年、ジタがノルウェーの本部勤務になり、クリスは、人事コンサル会社で働く大学時代の友人から「一緒にやらないか」と誘われた。大手企業の病気休暇制度作りに関わり、職員の福利厚生を保ちつつ、経費を削減する方法を編み出し、顧客の会社に、研修を実施した。

2008年、ジタがシンガポール駐在となり、コンサル会社を辞めた。歴史や文化が大好きなクリスは、現地の国立博物館でボランティアガイドになるための育成コースを受講し、ガイドになった。また、ノルウェーの別のコンサル会社から、在宅でできる資料作成のバイトもした。

2010年、ジタがアゼルバイジャン駐在になる。アゼルでは、ノルウェー大使に挨拶した際、ノルウェー語を教えていたことを伝えると、アゼルの国立大学でスカンジナビア文化を教える学士課程の創設を手伝ってくれと頼まれた。シンポジウム開催や、スカンジナビアとアゼルバイジャンの関係についての本の執筆にも携わった。また、ノルウェーの知人を通して、在宅でできる、コンサル会社の資料分析バイトもいくつかこなした。

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私:海外での「主夫生活」を満喫するコツは?

クリス:まず、「なぜ、この国に家族で来たのか?」について、しっかりした夫婦の共通認識があること。それぞれ異なる人生観や趣味、考え方を持つ個人が複数で同じ屋根の下で暮らすなら、必ず、双方、何かしらの「妥協」が必要になる。それがハンガリーとノルウェーという異なる国の出身同士だったらその「妥協」はさらに大きくなる。

それを理解した上で、じゃあ、お互いが不公平を感じないよう、どうやって妥協し合っていけるか話し合う。私たちの場合、まず、ジタが、ノルウェーに移住することで大きな妥協をしてくれた。そして、数ヶ月で大手企業に就職した時点で、私は、自分のキャリアよりもジタのキャリアを優先すると決め、妥協した。育児休暇中はハンガリーで過ごしたのもそのためだ。

次に「しっかりとした計画を立てること」。無計画な1日というのは、驚くほどあっという間に過ぎてしまい、無力感が漂い始めると、主夫生活は息苦しいものになる。だから、私は翻訳やコンサルのバイト、経済学の勉強など、締め切り日を設定し、計画を立てるようにした。もちろん、空いた時間に、観光などを入れてね。

私:地元の雑誌から取材を受けた時、「もう一度、主夫をやるか?」との問いに、即答できたのはクリスだけだった。

クリス:海外駐在中は、手当がつくし、家政婦はいるし、ジタの休みも多いから、自分の時間も、家族との時間もたっぷりある。旅行もできる。私に在宅でできる仕事を紹介してくれる友人はノルウェーにたくさんいるから、暇になる心配もない。何の不満もないね。

私:でも、私が国連試験に合格し、ジュネーブに行くべきか、主夫のままでいるべきか相談した時、クリスは「私だったら、ジュネーブに行くだろう」と言った。主夫が最高なら、「主夫のままで」と言うのではないか。

クリス:国連で働くなんて、なかなかないチャンスだし、ヨーコーがジュネーブに行くことで、スージンが被る「妥協」がそこまで大きくないような気がしたからね(スージンは国連から「無給特別休暇」取得が認められ、国連職員のまま、ジュネーブで生活できることになった)。それに、私はいつでもどこでもお金を稼げる自信があるし、ノルウェーに家もあるから、「主夫」のままでいれるけど、ヨーコーはまだ若いから、そういったネットワークも資産もないだろ?もし、病気とか事故で、スージンの収入に頼れなくなったら、厳しくなるんじゃないか。

私:クリスの一番凄い所は、何でも楽しそうにやっているところ。どうすれば、そんなに、何でも楽しめるの?

クリス:自分がどういう業務なら楽しめるかわかっているから、楽しめないとい思う仕事はしない。部下の監督は楽しめないから、最初の職場で昇進の話を持ち出された時は、こちらから断った。私の楽しめる業務というのは、新しいプロジェクトを自分でデザインし、実行し、それが何かしら社会に良い影響を与えるのを実感できること。研究者でも、大学講師でも、コンサル会社でも、ある特定のプロジェクトを自分の裁量で遂行するという点では似ているから、楽しめたのだと思う。

私:でも、仕事って楽しいことばかりじゃないでしょ。

クリス:もちろん。アゼルの大学でシンポジウム開催を手伝ったことがあったけど、アゼルの人たちって3日前より先の計画って立てられない人たちだから、本当に大変だった。ノルウェーだったら、1ヶ月前に決まっていることでも、こちらでは1日前とかだったりする。そういう時は、自分が人類学者になったと思って、「なぜ、この人たちはこういう考え方をするのだろう?」って、考えるんだ。そうすると自分の知的好奇心がくすぐられる。話を聞いていくうち、アゼルでは、20年前に戦争もあったし、政治体制も独裁に近いから、物事が計画通りに進むということがあまりないらしい。だから、前もって計画するのは時間の無駄なんだ。1日とか2日前でも、彼らが本気になると、できちゃうから不思議だよね。良い意味で柔軟性があるというのか、、。

私:クリスの主夫生活を支えているのは「どこにいても仕事ができる」という自信で、その根底にあるのは、ノルウェーにいる友人たちとの深い繋がりだと思うのだけど、海外生活が長いのに、どうやって母国の友人と繋がりを保っているの?

クリス:ものは考えようだよ。同じ町で長年ずっと暮らしている旧友同士が何年も会わないなんてことはざらだよ。会うには「きっかけ」が必要だからね。私みたいに海外で生活していると、「今ノルウェーに戻っているから会おう」という「きっかけ」が簡単に作れる。だから、ノルウェーに戻る度に自宅でパーティーを開催して、友人との繋がりを大切にしているんだ。

私:あと、驚くのが、海外での主夫生活をノルウェー社会全体が支えようとしていること。状況に応じて在宅勤務に切り替えてくれたり、大学が通信教育制度を実施していたり、会社が配偶者対象に「研修補助」を出したり。他にはどんな制度があるの?

クリス:海外駐在する社員に家族がいる場合といない場合とで、待遇に差が出る。まず、子どもがいる場合は一戸建ての家が与えられるが、子どもがいない場合はアパート。配偶者がいる場合は、運転手が付けられるが、単身の場合は、運転手なし。あと、研修補助とは別に、赴任地の現地語を学びたい場合、授業料が全額補助される。おかげで今、ロシア語を無料で学ばせてもらっているよ。

私:なぜ、そこまで制度が充実しているの?

クリス:家族生活がしっかりあってこそ、仕事も能率よくこなせるという考え方がある。そして、ノルウェーでは一生、同じ会社で働き続けるという人は少ない。だから会社側も、良い人材を引き抜き、居残ってもらうために、福利厚生をしっかりしなくてはいけない。

私:海外に駐在している日本のある友人が、日本にいる妻の出産に立ち合うために休暇を申請したら上司に断られた。

クリス:え??そんなことがあったら、社員全員、別の会社へ動くだろうね。
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日本にいる妻の出産に立ち合うために休暇を申請したら上司に断られた。
とはびっくりだね。本当にノルウェーは世界一進んでいるね。
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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