工場で働く「生きがい」とは?

 工場長就任して3カ月がたった。工場の生産量は、私の就任前より飛躍的に伸びた。コンロの格部分を構成するレンガの生産量が、一月4000個から6000個に増えた。そして、コンロの数も、二つの工場合計で、一カ月700個から1000個に。従業員の数は変わっていない。アメリカの本部からは「どうやったんだ?」と聞かれたが、うまく、一言で説明できないものがある。

 部下の成果を上げるために、上司に何ができるか。私が思いついた要素は主に4点に絞られる。

1. 遅刻、無断欠勤などに対する罰則を厳格化し、「一生懸命やらないと、首にされる」という危機感を与える。
2. 部下と上司との間の信頼関係を作り、「上司の自慢の部下になろう」という気にさせる。
3. 個々人の成果を数値化し、やればやるほど給料が上がったり、勤務条件が良くなるようにする
4. 自分たちがやっている仕事が他人のため、共同体のために役立っているという自覚を芽生えさせ、仕事に生きがいを感じてもらう。


 これまでの生産量の著しい増加は、「1」と「3」の要素が大きい。就任1カ月目で2人を停職処分にし、2カ月目で1人を解雇したため、従業員の中に、「次は誰だ?」という危機感が生まれた。そして、労働時間を1日6時間から5時間に短縮させる代わりに、一日の生産目標を上げさせた。日本人の感覚から1日5時間労働というのは、それほどきつくないように聞こえるが、ソマリア人にとっては相当の労働量だ。

 他のNGOなど見ていると、難民スタッフの勤務時間は8時から正午の4時間で、それも毎日仕事が与えられるわけではなく、一日ぶらぶらして過ごす日もよくある。昨年、若者の実態調査をやった時、データ入力をやってもらうために30人の難民を短期雇用したが、1日3~4時間の労働が限界で、午後の時間はその辺に寝転がってしまう者もいるほどだった。

 そんなソマリア人にとって、コンロ工場の様な3K職場で、月曜から土曜まで毎日6時間勤務は、「非現実的」だったし、実際、実行されていなかった。午後1時半までが就業時間だが、午前11時ごろには皆、床に座り込んで、12時には帰宅していた。だったら、「たくさんレンガを作って、早めに家に帰りましょう」と勤務時間を「現実的」なものに設定し、工場長が「譲歩」したように装い、一日にレンガを生産する数を200から250に上げるという「譲歩」を従業員たちから引き出した。それに伴って、生産されるコンロの数も一気に増えた。
 
 そして、最近は「2」の要素も出てくるようになった。従業員が麻疹になったらお見舞いに行ったり、お母さんが病気を患ったら差し入れを持っていったりした。また、スタッフとの会話では、言葉の壁はあるものの、うまく、ジョークを取り入れて「お茶目工場長」の一面も見せるよう努力している。例えば、今日は、私たちのNGOがダダーブで4年も活動しているにもかかわらず、知名度がものすごく低いことについてスタッフと話している時、「他のNGOは車があって、そこに名前が書いてあるから認知されるけど、うちのNGOはそれがないのがいけない」という意見がスタッフからあった。ごもっともな意見で、私たちのNGOの様に、コンロを運搬する際、一般の難民が使う「ドンキーカート」と呼ばれるロバの荷台を使うNGOは他にはない。そこで私は、「じゃあ、ロバの体に私たちのNGOの名前を書いた入れ墨を入れましょう!」と提案したら、従業員たちは、げらげら笑っていた。

 しかし、1~3の要素でうまく成功したところで、どれも限界がある。「1」と「2」は、私が工場から居なくなったら、効果が消えるだろうし、「3」だけでは、他で良い労働条件が見つかれば、このNGOから出ていくことになるから、いずれも「持続性」がないのだ。彼らはダダーブで10年、20年と暮らしてきている。私と過ごす時間なんて、その中のほんの一部でしかない。彼らの仕事に対する本気度を上げ、それを私が居なくなった後も、継続してもらうには、「4」を実現するしかない。

 しかし、「かまど工場」なんて、3K職場の典型で、難民キャンプ内でも「理想的職場」とはほど遠いものがある。土の牛の糞を混ぜてレンガを作り、それを組み合わせて、また、粘土を回りに縫って固定していく作業で、体全体が牛の糞臭くなるのだ。実際、停職処分を二人出した後に「救世主」として雇ったアデンは、結局2カ月で辞めてしまった。「すいませんが、高等学校まで行っている私がする仕事ではありません」ときっぱり言った。

 日本でも、小さな下請けをする工場で働く従業員に、仕事に生きがいを感じてもらうのは、ちょっと難しい気がする。

 この3カ月の生産量だけ見たら、立派な工場長なのかもしれないが、それを単なる自己満足に終わらせないためにも、残り9カ月の契約期間で、何とか、従業員たちが工場で働くということに少しの生きがいを感じてもらえるような工夫ができたらと思う。
 
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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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