子供たちへの知識の伝承

配布されたコンロがしっかり難民に使用されているかどうかのモニタリングのため、キャンプを従業員と一緒に歩いていると、木陰で60代の男性が、ノートに一生懸命、アラビア語で何かを書いていた。一緒にいた従業員のアブラシードは「コーラン(イスラム教の教典)を写しているのです」と言う。
 
今年2月にキャンプに来たという男性は上半身裸。ペンの代わりに、小枝の先っぽに、黒炭を水に溶かしでできた黒い液体を付けて、親戚からもらったというノートに一文字一文字、丁寧に綴っていた。食糧も水も十分でない環境で、こういった作業に励むということは、男性に何かしら強い想いがあるのだと悟った。仕事を忘れて男性の前に座り込んだ。

「なぜ、コーランの本を持っているのに、ノートに写す必要があるのか?」と尋ねると、男性は「これは人から借りたものです」という。かなり分厚い書物をノートに写すというのは相当の労力だ。男性は「一カ月はかかると思います」という。
 
「ソマリアにいる時、コーランはなかったの?」と尋ねると、「勿論、ありました。でも、来る途中で盗賊に荷物をすべて盗られたのです」と言う。
 
他の難民同様、男性は元遊牧民で、干ばつで家畜を失い、畑を売ったお金をバス代にして、持てる荷物を全部車に詰め込んで、ケニアへ越境した。ケニア国境からダダーブ難民キャンプまでは約100キロある。男性が乗ったワゴンは、その途中で4人の武装集団に襲われた。

顔を布で覆った4人は、車から乗員を全員出し、地面にうつ伏せに寝るよう指示した。そして、車の中にあるすべての荷物を取り出し始めた。そこで、男性は「コーランだけは盗らないでください」と請願したが、聞き入れてもらうどころか、武装メンバーの1人が男性の右腕を銃で投打した。
 
そのまま男性たちはキャンプへ向かい、男性はキャンプの病院で治療を受けた。無論、警察に届けたところで、どこの誰かも検討が付かない武装集団の行方など追えるはずがない。

 「キャンプに来て半年。体の調子も良くなったし、生活も少し落ち着いてきたから、コーラン写しを始めた」という男性。私は、「一ヶ月間も一つの書物を手書きで写すという原動力はどこから来るのか?」と尋ねると、「子供たちに知識の伝承するのが、私たち大人の義務ですから」と白い歯を見せて答えた。家族のために、一カ月も手書きで本を写す自分を想像することができなかった。

 突然、パラパラと雨が降って来た。「ああ。これで、今日の作業は中断だ」と男性は、小枝を組み合わせて、ビニールシートを被せて作られた「家」に戻っていった。彼の様な穏やかで思いやりある人間が、20年も紛争の絶えない国から来ているということが信じられなかった。
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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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