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妊娠時は夫婦仲が良くなる時間

昔の人気ドラマ「101回目のプロポーズ」でヒロインが妊娠したと勘違いした男性主人公が出産費用を稼ぐために、ヒロインに内緒で昼夜働き続けたシーンを見てかっこいいと思った。他にも、男性が仕事中に妻の出産報告を受けて泣くシーンを何度か映画やドラマで見て、妻が子どもを授かった時こそ、男性は一生懸命働くことがかっこいいと思っていた。
   
でも、今は違う。妊娠中の妻と時間を過ごすことは、夫婦関係をさらに強固にする絶好の機会だと思う。

今日はヨルダンで初めての検診。もちろん、私も付き添う。ヨルダン人の女性産婦人科医に会い、16週目に入った赤ちゃんをエコーで見た。赤ちゃんが腕を動かすのを見て、私は胸が熱くなり、自然とスージンの左肩をさすっていた。流暢な英語を話す50代の医師は「とても活発な子ですよ!」と言い、もう私は嬉しくて嬉しくて、この子を24時間身ごもってくれるスージンに感謝の気持ちで一杯になった。

その後、二人で病院近くで昼ごはんを食べ、スージンは事務所に戻り、私は、スーパーに立ち寄って、先日買い忘れた石鹸、次の日の夕食用に魚、スージンのためのオレンジ・りんごなどを買った。家に着くと、鶏肉のミンチを醤油・ミリン・砂糖で漬け、晩御飯のビビンバの下ごしらえ。それから近くのジムで汗を流し、午後5時半ごろ帰宅すると、ユーチューブでプロ野球のハイライトを見ながら、眠気に襲われた。

次の瞬間、「ブーブー」と玄関のブザーの音で目覚めた。玄関に行き「スージン!」と確認しようとするが、返事がない。仕方なくドアを開けると、そこには、鋭い目線を私に向けるスージンが突っ立っていた。

「何をしていたの?私、ここで30分も待っていたのよ。ブザー200回くらい押したのよ!近所の人まで出てきてくれたりして」

私は事態が飲み込めなかった。スージンのリュックサックが開いたまま床に置かれているのを見ると、確かに、そこに長い間座っていたことが想像できた。

私は「え?鍵はどうしたの?」とたずねても、スージンは「あなたが何をやっていたのか聞いているの?」と怒りの絶頂に達している。

「ユーチューブ見ていただけだけど、、」と私は返事をするのがやっと。「家の鍵はどうしたの?」と私が再び尋ねるとスージンは「今日、いつもと違う鞄で出勤したから、、、」とだけ言い、そのままそくそくと寝室に入っていった。

要するに、スージンは鍵を忘れたまま出勤し、帰ってきたとき、たまたま私が昼寝をし、ユーチューブの音で玄関ブザーがかき消されてしまったということか、、。うーーん。確かに、30分家に入れなかったのは辛かっただろうけど、私が謝る話ではないような気もする。私が買い物とかジムとかに出かけている可能性はあるわけで、たまたま私が家にいたことが不幸中の幸いでもわるわけだ。

私は自分の携帯電話を確認したが、不在着信はなし。とりあえず、ビビンバの準備に取りかかった。

料理を終え、寝室のドアを開け、「スージン、ご飯食べないの?」と話しかけると、布団にくるまったまま「うん」と小さな返事。台所へやって来たスージンに「電話はかけられなかったの?」と尋ねると、「充電切れ」と言う。

鍵を忘れたのもスージンなら、携帯の充電をしなかったのもスージン。私が責められる理由は全く見当たらない。

しかし、ここで自分の正当性を主張したら、必ず喧嘩になる。喧嘩になれば、スージンは精神不安になり、それはそのままお腹の子の状態に影響するのだ。それだけは絶対に避けなければならない。何が何でも、この子の安全を確保しなければならない。

スージンは食卓に座るなり、「何、これ?」と私が焼いた目玉焼きを指した。「これあなたが食べて。私、別の作るから」とふてくされた表情で電気コンロに向かった。

あー、ムカつく!こっちが一生懸命やって準備した料理に文句つけやがって。でも、抑えろー。スージンには子どもがいる。

ご飯を食べながら、別の話題で雰囲気を変えようと思い、「今日は事務所から家までタクシーでどれくらいかかった?」と私が尋ねる。スージンは「今、あなたと話すと私が怒るだけだから、話しかけないで」と言う。私は「なぜ怒るの?」と言うと、スージンは立ち上がり、食器を持って、テーブルの端に行き、パソコンを見ながら一人で食べ始めた。

「なぜ怒るの?」と言ったらだめなんだ。それは喧嘩腰なんだ。自分にたまった怒りを沈め、優しく声かけしてあげなければいけない。

ビビンバを食べ終え、皿洗いをした後、私はオレンジを切り、スージンに持っていった。「スーーージーーーンちゃん。オレンジた・べ・る?」と甘えたっぷりの声で肩をさすりながらアプローチ。

「食べない。触らないで」と言いながらも、スージンの表情が若干緩む。

「スージンちゃん、辛かったね。一人で部屋の前で待たなければいけなくて。寒かったでしょ?」

スージンは「この子も怒っていると思うよ」

私は「私が何かいけないことしたのかなー?」

スージン「ドアを何回もノックして、何回もブザー鳴らしても、ドアを開けてもらえなかったら、誰だって怒るでしょ?」

私「でも、それは、スージンが鍵を忘れたということを知らなかったんだから仕方ないでしょ。私が謝ればスージンの気がおさまるの?」

スージン「そう言われるとわかっていたから、あなたと話したくなかったの!」

私「一生懸命、夕食の準備やったのだからさー。そんな怒らないでしょねー」と、できる限りのかわいい声で話しかけていくうち、スージンの表情は和らいでいった。

そしたら、スージンがようやく重い口を開けた。「乗ったタクシーの運転手がとても乱暴な運転をする上に、私にセクハラみたいな事言ってきて、途中で降りたの。それで余計疲れて、アパートに着いたら、ドアも開けられなくて、、、」。ヨルダンのタクシーは300円で市内どこでも行けるくらい安いため、スージンはタクシー通勤している。しかし、運転手がタバコ吸ったり、携帯通話しながら運転するなんて日常茶飯事で、その上、東南アジアからメイドとして出稼ぎにくる女性が多いためか、アジア人女性に対する偏見もある。私は心配になり、「長期レンタカーでもして、私が毎日送り迎えしようかな?スージンが交通事故にでもあって、後で後悔したくないし」と提案。スージンは「今日が運が悪かっただけだと思う、、」と言った。

そんな優しさに溢れたトークをするうち、10分後には、私がソファでスージンの腰をマッサージしてあげるほどまでに関係は修復した。

スージンが妊娠する前だったら、間違いなく、「鍵を忘れたお前が悪い!携帯を充電しなかったお前が悪い!お前に怒る権利はない!」と論理武装していたに違いない。スージンが黙るまで、私は攻撃の手を緩めなかっただろう。自分の正当性を主張することに頭が一杯だったはず。

でも、今は自分の正当性とか論理とかどうでもいい。もっと大事なものが二人の間にあるのだ。子どもはお腹の中で見えないから、余計心配になり、二人で協力しなければという雰囲気が生まれる。少しずつだが、私も相手の立場で物事を考えられるようになっていく。妊娠している時間というのは、夫婦にとって大事な時間なのだ。
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プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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