10年で人口が2倍になった国での家探し

家探しは主夫にとって、とても大事な仕事である。

ジュネーブでは当初、私が単身で乗り込んだため、仕事の合間を縫って、家探しをしなければならず、それはそれは大変だった。妊娠した妻がリラックスできる家を探さなければならない。

まずは信頼できる不動産を探す。援助業界は狭く、シリア難民支援の拠点となっているヨルダンには、国連などで働く知り合いが何人かおり、紹介してもらった業者に電話をした。

流暢な英語を話すバイダルという男性が電話に出て、「それでは明日朝、ホテルまでお迎えにいき、何軒かお見せしますね」と言う。

私は、「アブドゥーン地区の2LDK。バスタブ付きで景色の良いところ」という条件を伝えると、「ミスター、ヨーコー。私たちは外交官や国連職員を何人も相手に仕事させておりますが、アンマンには良い景色の部屋なんてありませんよ。ま、とにかく、明日お話しましょう」と言う。アンマンはもともと九つの丘の上にできた都市で、急勾配な坂が多い。丘の上に立つマンションは数多くあるはずなのに、、、、。

次の朝、私が(男性だからか)働いていると勘違いしたバイダルは国連事務所へ私を迎えに行き、現地から「すいません。勘違いしておりました」とホテルに30分遅れで到着。すぐさま私を車に乗せ、できたてホヤホヤの4階建てマンションに連れて行った。「ここに入ればあなたが、最初の入居者ですよ!家具はすべて新品です!」と言う。

アンマンの西に位置するアブドゥーン地区は、大使館やショッピングセンター、ホテルがある密集するエリアだ。スージンの職場も4月からこちらに移る予定だ。2LDKで悪くないなと思いながら、「それでは次を見せてください」と言い、連れて行かれた場所は、同じ建物内の、全く同じ型の部屋。少し家具が違うだけだ。「じゃあ、次行こう」とお願いすると、隣の建物の、また、ほとんど同じ型の部屋が出てきた。おかしい、、、。なぜ、全く同じタイプの部屋を三つも連続で私に見せるのか。しかも、最後の部屋は、まだ塗装中なのか、壁に白いペンキ汁が入ったバケツが置いてあった。「私は明日にでも入居したいのだから、完璧に準備された部屋だけを見せて欲しい」とバイダルにお願いする。

あともうひとつ。どの部屋にもバスタブがなかった。これについては「アンマンはバスタブがあるアパートはほとんどありません。あったとしても10年前とかに建てられた古いアパートだけです」と言う。景色もない。バスタブもない。見せるアパートは同じ部屋ばかり、、、。

私が「庭かテラスがある部屋とかないのかな」と聞くと、バイダルはようやく、その建物から数キロはなれたところへ車で連れて行ってくれた。そこは地上階にある2LDKの部屋で、100平方メートルはある地上テラスがあった。各部屋をのぞき、バスルームを見ると、なんと、そこにはバスタブがあった!バイダルに、「バスタブあるけど?なんで、ここを先に見せてくれなかったの?」と尋ねると、少し間をおいて、「実は、この物件は来週にはアメリカ人夫妻が入居したいと言っていたのです。なので、私としてはあまり見せたくなかったのですが、ミスター、ヨーコーが特別に提供しても良いと思いまして、、、」。

俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよ。すでに入居者が決まっているアパートを別の人に見せる不動産がどこにいる。バイダルは、明らかに故意にこの物件を「出し惜しみ」していた。

私は「今日はありがとう!妻と相談してまた連絡させてもらうよ」と伝えバイダルと別れた。

次の日、別の知り合いから紹介された不動産に電話をかけた。ナシルという50代の男性は、米国在住が長いパレスチナ人で、英語は完璧。「まず、事務所に行って、物件の写真を見ながら進めていこう」と言う。データベースにある物件一つ一つを写真で見ながら、「これは駄目」「これはキープ」などと私が評価していく。

ナシルは、「写真はないんだが、君にどうしても見せたい物件があるんだ。そこのオーナーとは親しい仲で信頼できる人間だ」と言う。「そこは景色が良くて、バスタブがあるのですか?」と尋ねると、ナシルは「うん。あると思うのだが、、、」とはっきりしない。

データベースから一つ、緑色の丘の写真が写った物件を見つけ、「このアパートも見てみたい」とナシルに伝えた。そしたら「これは地区の外れで、タクシーも拾えません。職場からも遠いしやめたほうがいいです」と言う。顧客が見たいといっているのを拒絶しようとする理由がよくわからず、「とりあえず見せてもらえますか?」と再度お願いし、承諾した。

次の日、さあ、草原が見えるアパートを見に行こうとすると、ナシルは「とりあえず別の物件を2-3件見てからにしませんか?」と言う。彼は、私にどうしても、この物件を見せたくない理由があるらしい。私は「いや、とりあえず、この物件を見せてください。それから考えましょう」と伝えた。

ようやく、その物件があるところへ連れて行ってもらうと、丘の上で、地区の外れに位置しているから車通りも少ない。絶好の景色がある物件ばかりだった。あいにく、見せてもらった物件は景色はいいのだが、テラスがなく、窓が小さかった。私は「この地域で、テラスがあってもう少し窓が大きいところがないかな?」と尋ねたが、ナシルは、「この辺りは、一軒家ばかりで、ミスターヨーコーの予算では住めるところはありませんよ。それより、私のお薦めの物件に行きましょう」と言う。

確かに、辺りは豪邸ばかりで、アパートは少ない。だが、聞き込みをする価値はありそうだと、私はナシルに別れを告げ、一軒、一軒、聞き込みをすることにした。その結果、空いているアパートを3軒も見つけた。しかし、予算オーバーだったり、女性の裸の壁画かあったり、テラスがなかったりと、「これだ!」という物件がない。

なぜ、バイダルにしても、ナシルにしても、顧客優先で仕事をしないのか。彼らは明らかに、私が住みたいところよりも、彼らが住まわせたい所をアピールしてくる。

ヨルダンは過去10年で人口が500万から900万へと倍増。2013年に650万だった人口が、昨年末の調査で950万になった。それに伴う「不動産ブーム」はものすごく、町の至るところで建物の工事があり、多くのアパートには「賃貸」の看板と電話番号がある。家探しのために、国連から渡された不動産リストには20社以上の名前が連なった。

なぜ、こんなにも人口が増えているのか。5年前に始まったシリアの内戦で多くの難民がヨルダンに逃れてきたが、人口調査によれば、シリア国籍の数は120万人。つまり、シリア人は人口増加理由の一端にすぎない。

ここからは私の勝手な推理になるが、難民を大量に受け入れるということは、多くの人が必要になる。国連職員、NGO職員、大使館職員、彼らが住むアパートを作る人、警備する人、彼らが食べるレストランを経営する人。私が3年近く働いたケニアのダダーブも25年前は数百人の村だったが、ソマリアからの難民の流入で、数万のケニア人が職を求めてダダーブへ移った。

そして、紛争の多い中東でも、治安が比較的良いヨルダンはもともと、パレスチナ、イラク、リビア、エジプトから多くの人を受け入れていた。アパートの警備員のほとんどはエジプト人。家政婦はフィリピン人。政情不安で自国で投資できないイラクなどの石油富豪の人気の投資先にもなり、多くの建物が作られていった。

結果、950万人の人口の3人に1人が外国籍。シリアが120万人。エジプトが60万人。パレスチナが60万人。イラクが10万。リビア、イエメンが数万という内訳で、他の国籍も20万近くいる。

大使館や国連職員用に静かな地域が開発され、土地の価格は高騰。同じ間取りのアパートでも、東部地区と西部地区で5-10倍の価格差が生じている。富豪相手の商売に慣れているからなのか、賃貸でも1年分の前払いが条件で、一度に200万以上払わなければならない。さらに不動産には仲介料として、1年分前払い分の5パーセントを払う。前払いが200万なら、仲介料が10万。もし、私がバイダルが最初に見せた物件に決めていたら、バイダルは1時間で10万近くを稼ぐことになるのだ。大卒の平均月収が4万円の国で、1時間に10万も稼げたら、たまらない!

これにより、不動産業者が乱立。西洋で教育を受けた英語ぺらぺらなヨルダン人たちが祖国にもどり、私たち外国人をカモに荒稼ぎしているのだ。

それでは、なぜ、バイダルもナシルも「出し惜しみ」をするのか?最初にベストの物件を見せれば、より確実に仲介料を取れるはずだ。これは、私たち外国人の異国へ移り住むときの「心理」を利用しているのではないか。私はアゼルバイジャンに移り住んだ時、「全くイメージつかない国だから、もしかしたら変なところに住まなければいけないのかな」という心構えで行き、実際、アパートを見せられたら、「結構広いし、職場からも近い」という理由だけで決めた。所用時間たったの2時間。ヨルダンに来る他の外国人も「中東だし、とりあえず安全で快適に住めればいい」と、知り合いに紹介された業者なら大丈夫だろうと思い、すぐ決めてしまう傾向があるのではないか。もし、私みたいに時間をかけて家探しできる「主夫・婦」がいなかったら、なおさら早く家を決めたいだろう。

不動産業者はその心理をうまく利用し、オーナーと個人的関係にある物件、または人が入りにくい物件を優先的に見せることにより、オーナーからもより多くの仲介料をもらおうとしているのではないか。

どうすれば出し惜しみされている物件を、業者に出してもらえるのか?20社ある業者を競争にかけるしかない。国連からもらったリストにある業者一軒一軒に電話し、探している物件の条件を言った後、こう付け加えた。「もうヨルダンに来て3週間(本当は3日)、色々な業者を通して周ったけど、なかなかいい物件がない。それに業者が条件と一致しない物件を見せてくることもあった。私の条件に合う物件があるのなら、それだけを見せて欲しい。でなければ、わざわざ、あなたの貴重な時間を無駄にしたくない」と。

各業者は「それでは少し精査しご連絡します」と言った。

それから1時間後、EDRAJという業者から電話があり、「ミスターヨーコーの条件と一致する物件をお見せします」と言う。それで連れて行ってもらった場所は、まさに、私がナシルに「住みたい」と言った地域!一軒目はテラスがなく、二軒目は予算オーバー。私は「条件と一致しないものを見せられても、あなたの時間の無駄になるだけだよ」と釘を刺し、他の業者と電話でやり取りをし「じゃあ、今日の午後3時にお会いしましょう」と約束を取り付ける。これによって、「この顧客を他の業者に渡してたまるか!」というプレッシャーを与える。

それで、三軒目に連れて行ってもらったのは4階建てマンションの最上階。70平方メートルのテラスから辺り一面が見渡せる。2LDKで、室内も100平方メートルはあり、大きな窓が各部屋にある。家具のセンスも悪くない。賃貸価格は、何と、ナシルが最初に見せてきたテラスなしで窓が小さい物件より4万円も安い!唯一バスタブがないのが欠点だが、水資源が乏しいヨルダンではバスタブがあっても、タンクが小さくて機能しなかったりするらしいので、ここは妥協して「ここで決まり!」と伝えた。

ここなら、スージンと夜にお茶を飲みながら夜景を楽しめる。リラックスできるから、子どもにもいいだろう。

その後、バイダルから何度か不在着信があった。「アンマンには景色の良いアパートなんてない」か。主夫をなめるなよ。
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プロフィール

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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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