無断欠勤2カ月


 「工場長」という名の通り、従業員の管理・指導が仕事の大半を占める。工場は、二つの難民キャンプにそれぞれあり、全部で男女30人(19~60歳)が働いている。ただの工場長でも、緊急人道支援の現場。想定外の事はいくらでもあり、従業員の指導も、様々な事に配慮しながらやらなければならない。

 例えば、先日、4月中旬から二ヶ月間、無断欠勤していた従業員が突然現れた。普通なら、即解雇するケースだろう。しかし、色々なケースが想定されるため、従業員の言い分をしっかり聞いてやらなければならない。

 私の右腕として工場の主任を務めるラホ(‘仮名・女性・35歳)は、「そんな長い間、無断欠勤されて、彼を信用できなくなった。解雇するしかない」と主張。私は、彼に無断欠勤した理由を尋ねても、何も答えようとしない。

 無断欠勤していたのはバシール(仮名・男性)。欠勤するまでの勤務態度は良し。能力も高かったという。もしかしたら、直属の上司のラホの前では、言いにくいこともあるかもしれない。ラホも少し感情的になっているため、一度、落ち着いた場所で1対1で話した方がいいかもしれない。従業員の中で英語が流暢にできるのはラホだけ。だから、彼らと対話しようとしたら、必ずラホを通さなければならない。

 次の日、私は、英語ができる知り合いのソマリア人に通訳をお願いし、バシールの話を聞いてみることにした。

私:4月中旬から、無断欠勤ということだけど、どうしたの?

バ:おばあちゃんの体調が悪くて、看病に行っていました。

私:おばあちゃんはもう大丈夫なのか?

バ:亡くなりました。

私:、、、いつ?

バ:二十日前くらい。

私:どこで?

バ:ガリッサ近くの村です。(ガリッサはダダーブから約90キロ離れた町)

私:なんで、おばあちゃんはそこにいたの?

バ:親戚の家に住んでいました。

私:君は、おばあちゃんの容体が悪くなったことをどうやって知ったの?

バ:おばあちゃんと一緒に住んでいる親戚がキャンプまで来て、教えてくれました。

私:それで、そのままその親戚と一緒におばあちゃんの家まで行ったの?

バ:はい。

私:出発する前に、なぜ、連絡できなかったの?

バ:携帯電話を持っていません。

私:向こうに到着してからでも、誰かの携帯電話を借りて電話できなかった?

バ:誰の番号も頭で覚えていませんでした。だからかけられなかった。

 木の長椅子に座り、背中を壁にもたれ、片足の膝を曲げて、目線を下を向け、バシールは淡々と答えた。私は、彼の話に一貫性があるかどうか、一つ一つ細かく質問することに心がけた。

私:いつ、難民キャンプに戻ってきたの?

バ:一週間前くらい。

私:それで、すぐに出勤することはできなかった?なぜ、昨日になって来たの?

バ:こちらに戻ってきたら、母の容体が急に悪化していました。そして5日前に亡くなったのです。そのショックでしばらく動けませんでした。

 お母さんまで亡くしたとは、、、。

私:お母さんは、なぜ、亡くなったの?どんな病気で?

バ:心筋梗塞。

 キャンプから離れたところに住んでいる祖母が亡くなったという嘘はつけるだろうが、難民キャンプにいるお母さんが亡くなったという嘘はつくことができないだろう。そんなことは、調べればすぐわかるだろうし、近所・親戚に知れ渡るだろうから、他の従業員だって知っていることだ。

 携帯電話がなければ連絡ができないのは、仕方のないことではあるし、ラホの番号をメモって常に携帯するようなきめ細かさを彼に求めるのは、少し無理がある。おそらく、小学校すら行っていないだろうし、文字の読み書きもできないだろう。組織の一人としての責任とか常識とかを話しても、彼には通用しない。だから、彼が本当の事を話しているかどうか、どれだけ私に真摯に向かって話しをしてくれているかを知りたかった。通訳をしている知り合いも、「彼の話し方は信頼できます」と言う。

 そういえば、ラホは、バシールが給料は全く母親にはあげずに、カートと呼ばれる麻薬性がある植物を買うことに給料のすべてをつぎ込んでいると非難していた。実際はどうなのだろうか?

私:給料はお母さんにあげていたの?

バ:5000シリングのうち、2000シリングはお母さん。2000シリングでカートを買って、残りは自分のお小遣いにしていた。

 給料の4割がカートかよーー(汗)。でも、お母さんには全くあげていなかったというわけでもないみたいだ。ということは、ラホが言っていたことは嘘ということになる。自分の部下の名誉に関わる話で、簡単に嘘をついてはいけないところだが。

私:難民キャンプにはいつ来たの?

バ:1992年です。

私:学校は行った?

バ:いや。家族が貧しかったので、子供のころから仕事をしていました。

私:どんな仕事?

バ:近所の人のために水を汲みに行ってお小遣いをもらったりした。少し大きくなってからは、ドンキーカート(ロバに荷台をつけて物を運搬する)でお金を稼ぎました。

私:今回の事は反省している?

バ:はい。みんなに迷惑をかけたと思っています。

私:こういうことが二度と起こらないようにするには、どうしたらいいかな?

バ:、、、、。

「主任の電話番号をメモって常に携帯し、何かあったら報告するように心がける」という答えを期待したが、さすがに、それは無理だったようだ。


私:大事な家族が一度に二人も亡くなったことはとても悲しい。君も大変だったろう。でも、だからと言って、君がしたことがすべて許されるということじゃない。長期欠勤することを、私たちに伝える方法はいくらでもあった。携帯電話がなくても、誰か近所の人に伝言を頼むことはできたでしょう?これは仕事なのだから、責任感を持ってもらわないと。

バ:はい。私のミスでした。

私:本来なら、ラホの言う通り解雇するところだが、今回は事が事なだけに、そういうわけにもいかない。だから、君が本気でまじめに職場に復帰したいというなら、誠意を見せてほしい。7月の1ヶ月間、無給で働いて、ラホが君の仕事ぶりを認めるなら、8月から正式に復帰してもらう。どうかな?

バ:わかりました。

彼は淡々と答えた。何の感情も表に出すことはない。

 しかし、これで事が一件落着したわけではない。ラホは当初、彼を解雇すると言った。彼女の判断を覆したのだから、彼女の主任としての面子も保たなければならない。私はラホを呼んで、二人きりで話した。

私:彼にも色々な事情があったようだ。即解雇とは言わず、もう一度チャンスを与えたらどうかな?

ラ:はい。私もそう提案しようと思っていました。

私:ありがとう。7月、彼の勤務態度が良いか悪いかは、君の判断に任せるから。

ラ:わかりました。

 ラホも納得してくれたようだ。

 自分の判断が甘すぎたのかどうか、少し自信がないが、日本でも母親が死ねば、2カ月とまではいかないが、それなりに配慮はされるだろう。それにしても、工場長就任初期から、バタバタだな。これから1年も果たして体力続いていくのかなあ、、。

 最後に、バシールに「お母さんが亡くなった今でも、カートは買い続けるのか?」と聞いたら、「うん」と照れ笑いをしていた。そこまで、カートというのは、気持ち良いものなのか?キャンプの中を歩くと、カート漬けになって、泥酔している若者に出くわすことがよくある。あまり、カート漬けになって、仕事に支障をきたさなければいいけど、、。そしたら、今度こそ解雇だな。






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プロフィール

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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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