戦争とメディア

 国境なき医師団のスペイン人職員2人が誘拐された2日後、ケニア軍がソマリアへ侵攻した。国家の安全を脅かすテロ集団「アルシャバーブ」掃討し「自己防衛」という大義のもとに。「Operation Linda Nchi」(国家防衛作戦)と称された、今回の作戦は、1963年独立以来、ケニア軍が他の国で行う初めての軍事活動となる。ケニア政府もメディアも、何の根拠もなしに、誘拐事件はアルシャバーブの犯行と断定。今年8月にソマリア首都、モガデシオで自爆テロがあり、70人以上が犠牲になった時、アルシャバーブは犯行声明を出した。今回の誘拐が彼らの犯行だったとしたら、犯行声明を出さない理由はあるだろうか?

 ダダーブ周辺の国境地帯には武装した集団はいくらでもいる。私のエチオピア人従業員は8月、自宅で突然、銃を持った二人組に襲われた。発砲されたが運よく命中せず、逃げ延びた。ブログにも書いたが、新しく流入してきた難民が、キャンプへ辿り着く前に武装集団に襲われたケースはいくらでもある。それらがすべてアルシャバーブの犯行だとは到底思えない。

 アルシャバーブの報道官は改めて犯行を否定した上で、「ケニアがソマリアの主権を侵すなら、報復する。ナイロビには高層ビルなど、ターゲットは多い」と話した。ナイロビのショッピングモールの警備が厳重になり、全車両のトランクの検査が始まり、入口には渋滞が起きるようになった。
ケニア政府はソマリア南部の主要都市をいくつか制圧したと宣言し、アルシャバーブも反撃のために戦闘員を動員しているという。

 確かに、今回の事件を含め、欧米人の誘拐事件はこの1カ月半で3件起きた。しかし、それらがアルシャバーブの犯行と裏付けるものは何も示されていない。にも、関わらず、新聞紙面上では、あたかも既成事実の様に、彼らの犯行と書かれている。誘拐された人がすでに、アルシャバーブの基地にいると報道する新聞まである。
 仮に、3件の誘拐事件が彼らの犯行だったとしても、戦争を起こすまでの話なのか?私は大学院時代、ビルマ(ミャンマー)の反政府武装組織が、どういった「物語」で、自分たちの戦闘行為を正当化しているのかを研究した。だから、今回、ケニア政府がどういった「物語」を作っているのかとても興味があったので、毎朝ケニアの新聞を2紙買って熟読した。
 
ケニア政府の議論は主に

1.ケニアでのテロ行為の可能性
2.誘拐による観光業界への打撃
3.海賊による経済への被害
4.国境沿いに仕掛けられた地雷や捕虜となったケニア軍の兵士2人を取り戻す

 などなど。でも、これらはすべて、戦争することで逆効果になることはないのだろうか?2006年、エチオピア(人口の大半はキリスト教徒)がソマリアへ侵攻した際、「キリスト教徒による支配に対し立ち上がろう!」という物語で勢力を拡大したのが、他でもない急進派イスラム勢力「アルシャバーブ」だった。その時、ダダーブ難民キャンプの人口は2倍に増え、ソマリアの治安は一気に悪化した。そして、エチオピアを後方で支援したのが、「イスラム過激派掃討作戦」を世界で展開中だった、ブッシュ米政権。

 昨日の社説では、「これまでケニア軍は他国に侵攻したことがない東アフリカ唯一の国だったが、他の諸国の仲間入りができた」など、市民を煽り立てる文章が目立つ。日本だったら、世論調査で市民の何割が軍事行為を支持するのか報道されるところだろうが、そんなのは皆無。「メディアが政府に寄り添う」ということが、どういうことか、何となく、わかった気がした。

 ソマリア暫定政府を支援する国連機関で働く友人と話しても、今回のケニアの軍事侵攻の大義はよくわからないという。アラブ諸国で起きた政治革命と世界経済の停滞でアルシャバーブが資金難に陥り、今年8月に首都モガデシオから撤退し、弱体化したテロ組織を壊滅することでケニアの国際社会での地位を高めようという説もあるという。

 友人の1人は、スペイン人2人の誘拐事件から2日後にケニア軍が侵攻したことについて、「ケニア政府にしては対応が早すぎる。まるで、前から準備していたようだ」と言う。つまり、侵攻する事は前から決まっており、理由は何でも良かった?

 一応、私も元新聞記者。記者では、戦争や貧困の最前線で生きる人と長期的に関わることが難しく、そこでできた人間関係を通してしか報道てきない現場の事情は数多くあると思い、援助業界に転身した。そして今回の様に、現場の感覚とはかけ離れた報道がなされた場合、現場に長くいる私たちが、情報を率先して発信していく義務があるということを、強く感じる。

 新聞では75人のアルシャバーブ戦闘員が殺されたとか、ヘリコプター事故で5人のケニア軍兵士が亡くなったとか、報道されている。そこで、忘れてほしくないのは、ソマリアは今年、過去60年で最悪の干ばつに見舞われており、すでに8万人が栄養失調で亡くなったと見積もる国連の調査もある。そして今回の戦闘地域は、干ばつ被害が最も大きかった地域だ。戦争勃発により、援助団体も撤退を余儀なくされ、支援されないことで亡くなる「目に見えない犠牲者」が多くいるということも、是非、報道してほしいものだ。
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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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