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救世主を求めて

工場長になって実質2週間で、2人が停職、1人が警告、1人が身分証を紛失、そして1人が2カ月無断欠勤。規範意識がないというか、だらけているというか。しかも、この工場、生産性が良くない。3年前は10人だった従業員の数は、現在17人。なのに、製造されている改良釜戸(コンロ)の数は3年前と変わらないのだ。つまり、7人分の人件費が無駄になっている。勤務時間は7時半から13時半なのだが、遅れてくる者もいれば、色々な理由をつけて早退する者もいる。難民キャンプにいるから、日本で暮らすよりは、欠勤しなければいけない理由は多い。病気にかかりやすい。月に2回ある食糧配給を取りに行かなければならない。各家庭に子供が7~10人いるから、冠婚葬祭も多い。それでも、従業員の数に比例して、工場の生産性が上がらないのは、問題だ。
 何が問題なのか?前任者の批判になってしまうが、タンザニア人のJがこのブログを読むことはないので、書かせてもらう。主任のラホは、この工場が開設された当初からいる古株だ。これまで新しい従業員を雇う時、Jはラホにすべて任命権を与えてきた。これによって、従業員はすべてラホの親戚や友人から雇われることになり、従業員同士の慣れ合い感はピークに。1か月前、Jと工場を訪れた時は、ラホが勝手に連れてきた男性が、「インターン」と称して働いていた。おそらく、私たちに相談なしに、彼を新しく雇おうとしていたのだろう。少しくらい遅れたり、早退しても、ラホは叱責しない。次第に、工場の生産性よりも、お互いの職や名誉を守ることが優先されるようになっていった。主任代理のアブラシードが水増しした記録を月間報告書に書いたのだって、おそらく、ラホが指導してこなかったことに最大の責任がある。
 これを打開するには、新しい救世主を工場に迎えるしかない。主任代理として、新しい人を雇い、工場のあり方を抜本的に変えてやる。
 本来なら、人材募集の紙を難民キャンプの提示版に張り出し、書類審査をして、面接するのだが、そんな時間はない。アブラシードが1カ月停職している間に、新しい主任代理を入れなければならない。私は、早速、去年、国連で若者支援担当として働いていた時に、仲良くなった青年組織リーダーのバシール(仮名、31歳男性)に連絡した。「工場に新しい主任代理が必要だ。英語ができて、指導能力があって、仕事を探している人を4~5人リストアップしてくれ」とお願いした。青年組織は、主に、キャンプの高校を卒業し、英語を流暢に話し、NGOなどで働いているエリートたちの集まりだ。今回、工場の主任代理に求められる能力は、英語のコミュニケーション能力。ソマリア語しかできない従業員と私との橋渡し役をしてもらうわけだから、それ相応の英語能力は必須。そして求められる人材像は、正直に工場の様子を私に報告する真摯さ。改良釜戸(コンロ)についての専門知識なんて必要ない。工場に入ってから覚えてもらえばいいことだ。
 7月2日、バシールにリストアップしてもらった4~5人と面接。午前8時半に国連の事務所前で待ち合わせということだったのだが、誰も時間通りに来ない、、、、。8時40分ごろに1人、9時ごろに3人になった。やる気あるのかよーー、と一気に暗い気分になったが、とりあえず、彼らの話を聞いてみることにしよう。誰も適格な人がいなかったら、また探せばいい。
 面接の質問は、ほとんど準備していなかった(汗)。ただ、彼らの専門性というよりも、英語の能力と人柄を見たいだけだったので、わざわざ質問を準備する必要もなかった。

 質問は大きく分けて三つにした。一つ目は、英語の会話能力を見るために、難民キャンプ内で、国連事務所前から、彼らの家までの行き方を説明してもらった。難民キャンプは面積約25平方キロメートル。道の名前も標識もなければ、建物はすべて同じような外見で、しかも迷路のように道が縦横無尽に作られているため、方角について口頭で説明するのは至難の業だ。しかも、一般の就職面接でこんな事聞かれることはないから、皆、不意を突かれた表情で、「何?」と聞き返してくる。
 
  まず1人目。「セクションL-2に行って、そこで聞いてくれればわかります」と答える。私は、「L-2まではどうやって行くのですか?」と尋ねると、「日の出の方向に歩いてください」と言ってきた。わかりずらいなーー(汗)。

 2人目。「キャンプの市場まで行き、そこに一番大きなレストラン『マンダジ』があります。そこの裏に行って歩けばそこです」と言う。市場までの行き方は教えてくれなかったが、レストランを目印に使おうとするところが、プラス。しかも固有名詞が含まれているのも、わかりやすい。

 3人目。「、、、、。ちょっと難しいです。セクション、M-3としかいいようがありません」。終わり。

 と、こんな感じで、かなり苦戦模様。誰1人として、「メインゲートを出て、左に何メートル先の交差点を右、、、」という説明はできなかった。おそらく、難民キャンプの外から来客が来ることは滅多にないだろうし、来たとしても、バス停まで迎えに行くだろうから、家までの行き方を説明したことなんてなかったのだろうな。それだけ閉ざされた世界に生きているということか、、。逆に、親戚、友人が家の場所を知っているということでもあるから、うらやましいことでもある。日本で、自分の家の場所を知っている友人なんて、何人いただろう?私なんて、兄弟の家の行き方さえ知らないのに。
 
 二つ目の質問は、どれだけ正直で真面目な性格かを見るため「人生で犯した最大の過ちについて話してください」と尋ねた。過ちを犯さない人間なんていないわけで、それに対して、どれだけ正直に話せるか。私がいない工場で、何か問題が起こった時に、正直に話してくれる人なのかどうか、ここで見極めたいのだ。

 1人目。「過ちなんて、私は犯したこと、ありません!」ときっぱり。おそらく、過ちについて話したら、マイナスポイントになるとでも思ったのだろう。こういう人は、絶対雇いたくない。

 2人目。「私の人生の最大の過ちは結婚を早まったことです」とのこと。面白い!私が「なんで?」と尋ねたら、「親にお見合い結婚をさせられたのです。高校卒業する1年前で、結婚したせいで、高校を中退しなければなりませんでした」という。
 
 3人目。「警察にこん棒で拷問されたことです」という。うーん(汗)。おそらく、かなり痛かったろうし、彼にとっては相当な経験だったのだろうが、質問の答えになっていない。ちょっと、否定しにくい場面ではあるが、「拷問されたのは、あなたの『過ち』ではないですよね?私は、あなた自身が犯した過ちについて聞いているのですが」と聞き返すと、「ああ。過ちですか。私は、過ちなんて犯してことありません」ときっぱり。

彼の答えを聞いて、自分が少し酷な質問をしていたということに気づかされる。彼の様に、難民キャンプには、自分の出身地や民族、部族が理由で、無差別に暴力を受けたり、家族を失ったり、家から追い出されたりしている人がいる。自分の力ではどうにもならない部分で人生を台無しにされた人たちは、「私たちは悪いことはしていない」と信じることだけが、過酷な環境でも1日1日を送っていく糧になっている。だから、自分に過ちがあるということを認めることは、自分の人生をすべて否定することにつながりかねない。難しいな。

 ちなみに私が、面接でこの質問をされたら何て答えるだろう?さすがに、100パーセント正直にはなれないだろうな。大学時代にカジノ舟で数十万負けたこと?いや、中学時代に初めて付き合っていた女の子に、恥ずかしくて自分から全く電話ができず、1カ月でふられたことか?

 三つめの質問は、現在の危機的な工場の状況を説明し、この状況で、主任代理として何ができるか、という質問だったが、最初の二つの質問で、大体、人選は固まった。結婚を早くしすぎて高校を卒業できなかった彼だ。家の方角についての質問でも、彼が一番まともな答えをしていた。

 次の日、バシールに電話し、彼に朝6時15分に国連事務所前に来るよう伝えた。彼が遅れてこないことを願うのみだ。彼が、工場の救世主となってくれるか否か。また、明日が楽しみだ。
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プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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