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従業員による初めてのボイコットー総括編ー


2月1日にラホとの対立から端を発した、従業員たちによる初めてのストライキ。2月7日に仕事が再開されるまでの6日間は、とても長く感じられた。難民キャンプという非日常的環境で、全く異なる文化、宗教、そして生い立ちの従業員たちを監督するという難しさを改めて思い知らされた。

ストライキの背景にあったのは、 従業員たちが 「工場長から信頼されていない」と感じたことだった 。確かに、私は、最初から彼らを信頼してあげることができなかった。就任当初、新しい副主任を雇ったのも、毎回、生産されたレンガの数を細かく数えたのも、ソマリア人と仲の悪いエチオピア人を副主任に昇格させたのも、自分が工場に訪れる正確な日時を従業員に伝えなかったのも、すべて、彼らのことが信頼できなかったから。彼らに対する私の不信感は、他でもない彼らが一番感じていたはずだ。なぜ、私は彼らを信頼できなかったのか?それは、就任最初の一ヶ月で2度騙され、別の工場で主任から横領されたことだけが理由じゃない。

私は、いつのまにか、キャンプで暗黙の了解となっている「難民を信頼してはいけない」という雰囲気に呑まれていた。他の団体では、難民従業員がお金の管理を任される事はないし、昨年、国連で働いた時、キャンプの実態調査のために難民従業員に社有パソコンを預けたら「それは間違っている」と同僚から言われた。私が治安悪化で工場に行けなくなった時、「従業員は毎日寝ているのではないの?」と何人の友人からからかわれた事か。「難民」という枠に属するだけで、周囲の目線がこれだけ変わるということに、最初はショックを感じていた。でも、いつの間にか自分もその目線の持ち主の1人になっていたのかもしれない。

「新しくキャンプに来た外国人の援助関係者と知ると、平気で嘘を付いてくる難民がいるから気をつけろ」と何度言われた事か。それによって、私は『立派な工場長』とは、難民たちから騙されない工場長だと、自然と思うようになっていた。彼らが私に言う事に対して、首尾一貫性と論理性を求め、つじつまが合わない事があれば、とことん追求し、「この工場長は騙せない」と従業員に思わせたかった。

しかし、今振り返ると、60年以上戦争がない日本で生まれ、親の金で大学院まで行かせてもらった自分が、20年以上内戦が続くソマリアで生まれ、小学校さえ行けなかった従業員たちに、同等の論理的思考レベルを求めるのは、あまりにも酷すぎた。

 


新聞記者時代、取材先からクレームを付けられた事を上司に報告した時、「どうせ、お前が何か相手の気に障ることを言ったのではないか?」と頭ごなしに言われ、「せめて、どんな事情があったのか聞いてくれても良かったのではないですか?」とその日の夜に長々と上司にメールを打ったのを覚えている。(その後、上司は私に「気分を害して悪かった」と謝ってくれ、逆にこちらが恐縮し「感情的なメールですいませんでした」と謝った)上司から信頼されないことがどれだけ辛いことか自分では分かっていたはずだった。でも、その日常的感覚が、難民キャンプという場所では麻痺してしまっていた。

「私たち援助関係者が彼らを信頼してやらなかったら、誰が信頼してやるのか?」いつか、こう、ブログで書いた事があった。その時は、まるで、自分だけは他の人と違うような傲慢さがあった。どうすれば、彼らと本当の信頼関係が築けるのか。工場長に就任してもう8ヶ月たつが、答えは全く見えない。
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seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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