自分の名前を読めるようになりたい

3月7日、いつもの様に、工場Bに顔を出すと、壁に小さな黒板が立てかかっていた。縦1メートル30センチ、横50センチの黒板に、白いチョークでアルファベットの文字がいくつか書かれていた。私は最初、どうせ、近くの援助団体の事務所から借りてきた物なのだろうと、勝手に想像し、従業員に何も聞かなかった。そしたら、就業時間が終わりに近づいたころ、従業員たちがノートとペンを手に、黒板の周りに座り始めた。

昨年までソマリアの大学で英語を教え、昨年12月からライフラインで働き始めたファラ(1月26日ブログ参照)が黒板の前にたち、「J for Jug, K for King, L for Lion」などと、アルファベットを一つ一つ教え始めた。

主任のアデンに「どういうこと?」と尋ねると、「従業員たちが自分たちで志願して英語とスワヒリ語を学びたいと言い出したのです。就業時間が終わった午後1時から約1時間、毎日、工場に残って勉強するというのです」と説明してくれた。黒板は、女性従業員で一番の働き者のハビボ(仮名、40代)が500シリング(約500円。月給の1割)を出して買い、チョークは知り合いがやっている塾でお裾分けしてもらった。ノートやペンは各従業員が自腹で用意した。授業料は、1人1ヶ月200シリングをファラに払うという。

母国語ですら読み書きができない従業員たちが、ノートに、ヨレヨレのアルファベットを書き綴っているのを見て、私は目が少し潤んだ。ハビボは「子供の頃は、毎日、ソマリアでヤギを引き連れて草原を歩くだけの日々で、学校の存在すら知らなかった。でも、この工場で、契約書や就業規則、七厘についての説明書を工場長が英語とソマリア語、両方を用意してくれ、文字の読み書きができる人に教えてもらっていくうち、自分の名前くらいは読めるようになりたい、私がこの世界に存在していることを、この目で確かめられるようになりたい、って思い始めました」と話す。

私は、「まず、ソマリア語の読み書きから勉強したいとは思わなかったの?」と尋ねると、「英語は工場長と話すため、スワヒリ語は、ブルンジとスーダン出身の同僚と話すため」と言う。「それに、アルファベットが分かれば、ソマリア語を学ぶのも簡単になる」と付け足した。確かに、ソマリア語の文字は英語のアルファベットを使う。

工場長になって10ヶ月。援助に依存しきった難民キャンプで、主任による横領があり、報告書に偽りの記載があり、ストライキがあり、様々な困難にぶつかってきた。それでも、いつの日か、従業員たちが自発的に何か始める日が来るのではないかという期待が自分の背中を押し続けて来た。そして、それが、「工場長と話がしたい」という動機で、従業員たちが、自分たちの限られた資産を捻出し、新しい言語を学ぶという形で訪れ、私は胸に込み上げてくるものを抑えることができなかった。

「本部に、この授業を新しいライフラインの研修制度として認めてもらい、授業料を工面してもらえるよう、提案してみます。もちろん、あなたたちの英語力が上達するという条件付きですよ」と伝えると、従業員たちは拍手喝采で沸いた。生徒が10人いるとし、一ヶ月の全体の授業料は2000シリング(約2000円)。それくらいなら、自分のポケットから出しても構わないと思うくらい、私は、従業員たちに感謝の気持ちで一杯だった。
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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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