ソマリアはアフリカのライオン

 20年以上内戦が続き、国際社会から「無政府状態」「テロの温床」などと指摘されるソマリア。従業員たちは、祖国についてどんな想いを抱いているのか?ケニアでの避難生活も10年、20年となり、「もう、こんな国、私の祖国じゃない!」と突き放したくなると思う人もいるかもしれない。

 しかし、現実は全く逆で、皆「ソマリアはアフリカのライオン」と豪語するほど、祖国を誇りに思っている。ソマリアの国旗は、白い星の形で、地政学上重要だったソマリアをイギリス、イタリア、フランス、エチオピアが分断し、それらの土地をいつの日か統一したいという国民の想いが込められている。

 私は、レンガ不足で作業ができない日を選び、従業員たちを集め、「なぜ、『ソマリアはアフリカのライオン』と呼ばれるのですか?」と尋ねた。従業員たちが誇りに思うことについて知ることで、信頼関係構築に役立てると思ったし、大学院で難民の民族意識がどういう物語で形成されているかについて研究した手前、学問的興味もあった。

 ノア(男性、35歳)は「アフリカで唯一、独立を保ったエチオピアを、ソマリアは1977年の戦争で負かしました。以来、ソマリアは、アフリカのライオンと呼ばれるようになりました」という。(実際、専門書ではソマリアは敗退したと記されている)

 主任のアデンは「アフリカの独立戦争の際、ソマリアは他国を支援しました。ウガンダ、南アフリカ、マラウイなどです」と答えた。

 ファラは「ソマリアは他のアフリカ諸国に比べ、発展していました。商売が巧く、道路も整備され、大きな港や空港があって貿易の主要地だった。南アフリカやアメリカにも多くのソマリア人が住んでいますが、そこの国民が道路で物乞いをしていても、ソマリア人は1人もそんなことをしていません」と続けた。

 ハナムは「ソマリア人は信頼関係が強く、何の担保もなしにお金を親戚や友人から借りて、商売を始めることができるのですよ。ダダーブだって、元々何もないところだったのに、今では、大きな規模の市場で出来上がった」と言った。

 ファラが「欧米諸国に渡ったソマリア人は、そこで稼いだお金をお酒やタバコに使うのではなく、すべて、祖国に残る同胞たちのために送ります」と胸を張った。

 そしたら、突然、レゲ(37歳、女性)が顔を布で隠した。「今となっては、すべて過去の栄光です。今は、皆、離れ離れに暮らさなくてはいけなくなった」と目に涙を浮かべながら話し始めた。レゲは1991年に内戦が勃発した際に祖国を離れ、そこに残った母親と離れ離れになり、昨年ソマリアを襲った飢饉で、母親がダダーブに逃れ、20年ぶりの再会を果たしたのだった。

 隣に座っているハナムも涙を流し始めた。従業員の涙を初めて見た私はどうしていいかわからず「聞いてはいけないことを聞いてしまったのなら謝ります」と言うことしかできなかった。普段、従業員たちが抑えている感情を垣間見ることで、胸が痛くなった。ファラが駆け寄り、レゲを宥めたが、泣き止むことができず、工場の外へ出て行ってしまった。

 本来、「アフリカのライオン」と豪語したい祖国が、国際社会から「無政府状態」と命名され、理想と現実との乖離に、従業員たちはどうしようもない無力感に襲われているようだった。

 私は、そこで、次の質問に移った。従業員たちは、「アフリカのライオン」であるソマリアで、なぜ20年以上内戦が続いているのか?一番の原因はどこにあると認識しているのか?
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プロフィール

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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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