難民から馬鹿にされていた従業員たち

 3月10日、工場Bで、私が工場長に就任してからの10ヶ月間を、従業員たちに振り返ってもらい、驚きの事実を知った。

 従業員のアミナ(女性、30代)は「以前は、私たちが七厘を配っても、質が良くないから、難民たちから感謝されず、逆に馬鹿にされていた」と言う。私は「なぜ、七厘を無料で配布しているのに、馬鹿にされるのですか?」と尋ねた。そしたら、「当時の七厘は、鉄で囲われてなかったから、数週間で壊れるものが多かった。ある時は、配布する際に、七厘を手で持ち上げたら、そのまま壊れてしまうものまでありました。それを見た難民たちは『こんなものを作るのに、いくらの資金を無駄に使っているのか?』と私たちをからかいました」と話すのだ。

 私は、昨年11月に、すべての七厘に鉄の囲いを取り付けた。確かに、ダダーブ周辺には七厘に適した土がなく、それまでのモデルは、配布した2週間後に難民の住宅に行くと、すでに壊れているものがあったりした。それでも、難民がしっかり七厘を修理する知識があれば、数ヶ月は保つと前任者から聞いていたし、何もないよりはましなのだから、感謝はされていると思っていた。しかし、難民たちから「土カマドNGO」などと、ライフラインが揶揄されていたとは知らかった。自分たちが誇りを持てない物を、どうやって、「意欲的に仕事をしましょう」と言えるのか?

 私は「それについて、前工場長には話した事があるの?」と尋ねたが、「いえ。前の工場長とは、今みたいな定例ミーティングもなかったし、前の工場長は主任とばかり話をしていたので、私たちが直接何かを申し立てる雰囲気がありませんでした」という。主任とは、昨年8月に横領をして首になったハサンのことだ。当時、工場で英語をできるのはハサンだけで、従業員との会話は、すべてハサンを通さなくてはいけなかった。私は、ハサンが、いつも偏った情報を私に上げてくることを察し、毎月、全体ミーティングを開き、そこには第三者の通訳を付けることで、一般従業員が直接情報を上げやすい環境を作った。そこで、「今の七厘は、難民たちから好まれていない。鉄の囲いを作り、丈夫にしてくれませんか?」という要望が従業員から繰り返し出ていた。

 この工場が作られたのが2009年。難民たちから感謝されるモデルに変わるまでに3年の月日がかかった。そこには、「緊急援助」の難しさが垣間見える。「困っている人に物資を!」と急ぐ援助団体とドナー。失業率が高い中、「給料さえもらえればいい」とあきらめる地元出身の従業員。それによって、届きにくくなる「受益者の声」。消費社会で、消費者が好まない商品を作り続ける民間会社はないが、緊急援助の現場では、それが可能になってしまう。

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一体、私たち「ライフライン」はここで2年も3年も何をしてきたのだろうと、考えてしまうのだ。
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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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