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大変だからこそ、やりがいがある


3月31日、二つの工場の従業員全員を集めての第三回合同ワークショップ。いつもの様に、各工場の主任から、過去3ヶ月の活動などについて発表があった。

工場Aの主任、ラホは「他の団体は車があるのに、ライフラインには車がなく、いつもロバで七厘を運ぶのは恥ずかしい。給料が低い。自分たちの敷地がない。七厘の質が低い」など、いつもの様に、様々な要求をしてきた。これでは、経営陣と労組の団体交渉のようだ。

次に、工場Bの主任、アダンは英語で「この3ヶ月間、能力診断テストのため、従業員たちは一生懸命勉強し、知識を蓄えました。また、就業時間後、工場で小さな塾を始め、従業員たちは文字の読み書きや算数を学び始めました。課題は、レンガを焼くオーブンが壊れているため、七厘の生産量が伸びません。七厘の質も良くなく、従業員の数も足りません。これからの抱負は、キャンプ内の学校で環境教育プログラムを始めたいです」と話した。

抱負や達成した事柄が具体的で、ラホの発表よりは良かった。それでも、主任として、一番重要な部分が欠けている。本来、主任の役割は従業員の監督、指導であるのだから、他の従業員のやる気を引き起こす演説を期待していた。しかし、「援助慣れ」からか、支援団体に要求して、自分たちの利益を引き出すことが主任の仕事だと思っているのではないだろうか。

私は、直接的に批判するのを避ける形で、自分の想いを伝えてみた。「要求の一つに、七厘の質の向上がありました。皆さんが、今作っている七厘には、鉄の枠が入り、私が来た頃よりは数段質が上がりましたが、この鉄の枠は、どういう経緯で入手することができるようになったか覚えていますか?」と尋ねた。

そしたら、工場Aのドウボウが「当時の副主任だったアダンが、キャンプの市場で、鉄の枠を作れる職人を探し出し、契約を結びました」と言った。

私は、「そうですね。つまり、従業員自身の手で、七厘の質を上げることも可能ということですよね。だから、工場長の私に要求するだけでなく、自分たちでできることは何か考えることも大事なのではないでしょうか?」と問いかけ、従業員たちの何人かは頷いていた。

 その後は、アシスタントのモウリドの番だ。二人の主任とは、一味も二味も違うスピーチを期待していた。モウリドは、大きな輪になって座る40人の従業員たちの真ん中に立ち、英語で話し始めた。

 「皆さんは、ライフラインに車がないことを『課題』だと言いました。でも、それは、考え方によるのではないでしょうか?私たちは、他の団体と違い、車ではなく、歩いて難民の自宅を訪問する。強い日差しが照りつける中、1キロ、2キロ歩いて辿り着いた時には、疲れ果てている。その時、『なぜ、私たちの団体だけ車がないのか?』と不思議に思うのかもしれない。でも、訪問した家の難民の方が、私たちが来る事で喜んでくれた時、その疲れは吹っ飛ぶのです。それは、私が、難民の方と同じ様に歩き、彼らの生活の大変さを、共有しているからなのだと思います。難しい状況で人を支援しているからこそ、その仕事にやりがいを感じるということはないでしょうか?
私がライフラインに入って5ヶ月が経ちました。この5ヶ月で、私は色々な事を学ばせてもらっています。ライフラインは難民の私たちにも色々な機会を与えてくれます。例えば、私は、お金の管理を任されています。他の団体で、難民にお金の管理を任せるというのは、聞いた事がありません。ここまで、難民の事を信用し、難民の能力を伸ばそうとしている団体は聞いた事がありません。

私たちが作っている七厘は、難民キャンプ内で配布される物資の中で唯一、難民自身の手によって作られたものです。私は、ライフラインで働くことに大きな生きがいを感じています。車も大事ですが、考え方によっては、ポジティブに働くことがあるということを皆さんにわかってほしい」

私は、感動して言葉を失っていた。ダダーブに来てもうすぐ2年が経つが、難民が他の難民を鼓舞する演説を初めて聞いた。これまで私が聞いてきた演説のほとんどは、援助団体に何かを要求するか批判するかのどちらかだった。しかし、モウリドは、他の難民従業員に「違う考え方」があることを悟り、それによって仕事に対する彼らのやる気を引き起こさせようとした。

合同会議
モウリドは将来のソマリアにとってとても重要な存在になるのではいか。そんな期待がこみ上げ、私は、モウリドの上司として、自分の演説をこれより上等な物にしなければならないというプレッシャーを感じた。

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プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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