主任からの意外な申し出


4月3日、「総主任」の公募用紙を5枚用意し、工場Aに向かった。主任のラホは、工場Aのトップの地位から事実上外されることに、どういう反応を示すだろうか。私は、内心ドキドキした。

この日は、昨年新しく開かれたキャンプでの七厘についての説明会があった。私は、この説明会を「ラホにやってもらいたい」とモウリドにお願いした。昨年末から、七厘の説明書を新しく書き換え、主任や説明会担当の従業員に配り、説明会の質向上に取り組んできた。昨年11月、ラホの説明会を聞いたのだが、新しい説明書を配る以前の説明会と全く変わっていなかった。私は、ラホにしっかり新しい説明書に沿う形で、やってほしいとお願いした。

それから、何度か、ラホの説明会を見ようと、工場を尋ねても、「今日は気分が悪い」「子供が病気で病院に連れて行く」などと言い、私の前で自分の技量を披露するのを避けてきた。2007年から、ずっと同じ形でやってきた説明会を、突然変えるのは難しいかもしれないが、逃げてばかりではいつまでたっても、成長はない。

今日も、工場に行くと、「今日は、子供が病気なので、病院へ連れて行かなければなりません」と任務を避けた。私は、「ここ数ヶ月、何度もラホの説明会を見ようと試みても、必ず、拒否されてきた。だから、今日はどうしても見させてほしい」とお願いした。「いつか、見る事ができるようにします」と言うが、私は、どうしても納得がいかなかった。なぜなら、私が工場に着く前、モウリドから「ラホは今日の説明会を担当すると言っています」と報告を受けていたからだ。「なぜ、私が来たら、突然、予定を変更するのか?」と尋ねても、彼女はいつもの様に何も言わなかった。

私は「病院は何時で閉まるのか?」と尋ね、ラホは「12時」と答えた。私は、早速、病院を管轄する団体の知り合いに電話を入れ、「病院は13時まで受け付けている」と確約を得た。まだ朝9時だ。説明会は1時間で終わる。私は「じゃあ、説明会が終わったら、すぐ病院へ行けばいい」と言い、彼女を説得させた。

説明会の会場に着いても、ラホの表情は浮かない。いつもの様に、難民たちの到着が遅れ、私たちが待っている間、モウリドに、「『総主任』を採用する件、今、話すのは無理かな?」と尋ねると、「今はやめた方が言いでしょう。」と苦笑い。しかし、5月1日から新体制でやるとしたら、公募はもう始めなければならない。

そしたら、モウリドが、「実は、ラホから、『二人で話がしたい』という申し出を受けています。彼女が、何かしら工場への不満があるようなので、今の時間に話を聞いてみてもいいですか?」と尋ねて来た。私は、頷き、モウリドとラホは、二人で離れた場所へ行き、ソマリア語で何やら話し始めた。私は、ラホがモウリドに何の話があるのか、検討がつかなかった。

先週、私とモウリドで、ラホに「就業時間内は、従業員がしっかり仕事をしているかどうか監督すること。そして、出勤簿に『無断欠勤』の印を付ける場合、それについて、その従業員になぜ、その印が付けられたのか説明できるようにすること」と指示したばかりだが、まさか、そんな細かいことではあるまい。工場で全面ストライキがあって以来、主任と工場長のコミュニケーションを強化しようと、毎月月末、私が気付いた点を一つ一つ紙に書き、それを一緒に読むようにした。私は、それによって、お互いの関係は良好に向かっていると思ったのだが。

約15分後、話し合いが終わったようで、私はモウリドに話を聞きに行った。そもそも、私がここにいるのに、何で、モウリドが、私とラホの通訳係にならなければいけないのか理解できなかった。私に直接話してくれたらいいのに。「何だって?」とモウリドに尋ねると、「ラホは、『ライフラインを辞めるか、主任の職から降りたい』と言っています」とモウリドは答えた。私は、その言葉にしばし呆然となった。この10ヶ月間、私とラホが対立し続けた最大の原因は、ラホが「工場長は私を主任の座から外そうとしている」と感じたことだった。彼女の主任の座に対する執着心、工場を自分の支配下に置こうとする権力欲には、ずっと辟易してきた。

それが、何と、私が彼女を主任の座から外す宣告をする同じ日に、彼女の方から辞退の申し出がくるとは 、夢にも思わなかった。

私:辞退理由は?
モ:彼女は、それについては、言おうとしません。
私:でも、理由なしに、辞めるなんてありえない。
モ:何か彼女に理由があって、それを言えないのだとしたら、その理由が工場長との関係にあるからだと思います。
私:そうか。それについては、彼女は話したくないということだね。
モ:はい。今は、とりあえず、仕事を辞めたいということだけのようです。
私:わかった。とりあえず、私は、彼女から話を聞く努力をしてみるよ。
モ:でも、彼女が辞めることは、工場長にとってはどうなのですか?
私:正直言って、彼女の決意ならそれを尊重したい。でも、彼女の上司として、どんな理由なのかは知りたい。それが、私の成長にもつながるのだから。
モ:おそらく、ストライキをした理由の延長上だと思います。工場長の対応が厳しすぎるというものです。

私:確かに、私はすぐ声を上げるところがあるし、表情も強ばっているから、厳しいととらえられることもあるかもしれない。でも、私の前任者と比べて「厳しい」と言われるのだとしたら、それは、どうかなと思う。私が来る以前、彼らはほとんど「育児放棄状態」だった。就業時間を守るかも、七厘をいくつ作るかも、それを誰にどういう風に配るかも、全く監視されてこなかった。4年働いても、七厘がなぜ配られているのかについて、教えてさえもらえなかった。私は、彼らが、難民キャンプでの生活を終えた時、自律できるには、どうすればいいか真剣に考えてきた。だから、契約書と就業規則を作り、彼らにそれらを説明し、もし、自分たちが約束したことをしないのなら、それに対し、しっかり指導してきた。それは、私が、彼らを育成したいと思ったからだ。

モ:はい。彼女の中では、前任者時代は「普通」で、それを基準にすべてを考えてしまっているのです。前任者時代、彼女の能力が問われることは一度もなかったわけですから。彼女の問題は、工場長のやることをすべてネガティブにとらえてしまうことだと思います。今日だって、工場長は、彼女の能力を向上させるために、彼女の説明会を見たかったけど、彼女からしたら、自分は屠殺場に連れて行かれるヤギのような気分なのでしょう。彼女の失敗を探られ、それに対して罰を与えられることを恐れている。

私:でも、私は、実際、彼女に注意以外の罰則を課したことはない。とりあえず、私からは、彼女に、「何か話があるなら、何でも聞く準備はできているよ」というメッセージを伝えたい。

モ:わかりました。
二人で、ラホがいるところへ行き、少し離れた所に3人で座り込んだ。ラホに笑顔はない。

私:モウリドからラホの気持ちについて聞いたけど、できれば、ラホから直接聞きたいのだけど?

ラ:色々考えた結果、ライフラインを辞めることに決めました。
私:理由を教えてくれないか?
ラ:それについては、辞表にすべてを書くつもりです。今、ここで言う気にはなれません。
私:君はライフラインにとってとても重要な存在だ。その君が辞めるのは、とても大きな損失になる。だから、できたら、何が問題なのかを話し合い、解決したいのだけど。
ラ:もう、固く決心しました。私は、多くの他の難民従業員が団体を辞めていくように、去りたいと思います。
私:私は、これまで工場長なんてしたことがなかったから、すべてが初めての事だった。だから、私の気付かない所で、ラホに色々負担をかけてしまったのかもしれない。だとしたら、謝るし、それについて知りたいと思う。
ラ:理由については、ここでは言えません。
私:他の従業員にはなんて説明するの?
ラ:ただ、『辞めます』と。
私:理由を聞いてくると思うけど。
ラ:理由については、辞表に書くから、それを見てくれと。
私:辞めた後も、ライフラインの活動を支援してくれるのでしょ?
ラ:どういった支援ですか?
私:例えば、近所の人や親戚に、ライフラインについて宣伝するとか?
ラ:私は、ライフラインについて、良い事も悪い事も言うつもりはありません。

私は、彼女の意思が固いことを確認し、これ以上の慰留は無理だと思った。

私:いつ辞めるの?
ラ:明後日。
私:就業規則は、従業員が辞める際は、最低一月前に辞表を提出することを義務づけているのだけど。
ラ:、、、、。それでは、4月末まで働きます。
私:もう、辞める前なら、説明会を担当しても仕方がないね。子供を病院に連れて行くのに、もう帰ったら?

 ラホは黙って、それに応じ、挨拶もなく、その場を去った。再び、モウリドと二人きりになった。

私:驚いたな。まさか、私が主任交代を告げようとした日に、向こうから辞めると言ってくるなんて。
モ:ストライキの時から、辞めることを考えていたようでした。
私:私は、やっぱり、厳しすぎたのかな?
モ:ご自分は、どう思っているのですか?
私:うーん。確かに、細かいことに注意することはあるけど、でも、それが、彼らの能力向上のためだということをわかってもらうよう、努力したつもりなのだけどね。

モ:昨日、工場Bで、工場長は、モニタリングに同行しましたが、同行された従業員のファラは、難民に「ほら。言った通り、私たちの工場長が来てくれただろ!」と難民たちに自慢げに話していました。ファラは工場長が、ファラのためを思って、同行してきてくれていることを感謝していました。でも、それが、ラホの場合、能力向上ではなく、失敗探しになってしまうのです。

私:二つの工場でこんなに違うなんて、なぜだろうか?ファラは、2ヶ月前に雇われたのにたいし、ラホは5年前。その違いがやはり大きいのかな。

一つ、自分の中に引っかかる部分があるとしたら、前任者からの引き継ぎで、「ラホはやりたい放題やっているから、注意しろ」と言われ、私は最初からラホに対してネガティブなイメージを抱き、何か問題がある度に、ラホの責任を追求してきた。しかし、時が経つに連れ、責任をすべてラホに背負わせるのは筋違いで、前任者がラホたちの育成を放棄してきたことにも、原因があるということがわかった。その最初の部分で、ラホの私に対する「厳しい」というイメージが植え付けられ、それが、最後まで払拭することができなかったとしたら、申し訳ない気持ちで一杯だ。

これからの最大の懸案事項は、ラホの辞職を、他の従業員がどう受け止めるかだ。再び、ストライキなんてことになったら、とても面倒だ。モウリドの感触では、ラホがライフラインに良いイメージを持っていないことは明白だが、今までの様に他の従業員を動員する可能性は薄く、静かに身を引くだろうという。

ラホは、私の監督体制に不満を抱いて辞める。私の指導力が足りなかったのかと思うと、残念だ。自分はとても楽観的で、ラホともいつか本当に理解し合える日が来るのではないかと、期待しているところがあった。でも、これにより、ラホとの和解の可能性は永遠になくなった。

私がライフラインに入った当時の主任二人は、これで二人ともライフラインを去ることになる。1人目は横領容疑で解雇され、2人目は工場長に不満を抱き自主退職。

ライフラインに入った時から、ラホの存在が最大の頭痛の種だったはずなのに、実際に、ラホが抜けるとなると、「もっと、自分が彼女を受け止めて上げたら、違う結果になったのではないか」と思ってしまう。だったら、最初から彼女に対してもっと暖かい視線を向けてやれなかったのか。

私は、「総主任」の公募用紙を手に取り、「総主任」の「総」の部分をペンで塗りつぶし、モウリドに手渡した。ラホの上司を探すはずが、一転して、ラホの後任を探さなくていけなくなった。ライフラインは、新たな転換期に入ろうとしていた。
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プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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