「人道危機」の真っただ中で

 日本の友人から「大丈夫か?」というメールが届いた。「過去60年の間で最悪の干ばつ」のため、ダダーブ難民キャンプにはソマリアから1日平均1000人以上が流入してきている。6月だけで3万人以上。エチオピア、ソマリア、ケニアなどで1000万人以上に影響が出ているという。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2011071402000030.html
 改良釜戸(コンロ)の需要は一気に高まり、連日、工場には、100人以上の難民の方たちがコンロを求めてやってくる。その辺にある木の枝と布で組み立てた「仮住居」に水も食糧も十分に与えられないまま、住みつく難民たち。難民登録するために国連の事務所を訪れた子供が空腹で倒れたケースまであったという。
 
ほんの数キロしか離れていないダダーブの国連の敷地に住む私。友人の「大丈夫か?」という質問に、少々戸惑いを感じる。工場で作られるコンロの数は限られている。だから、難民の人口が急激に増えたところで、仕事の忙しさは変わらない。そして、周りの人が栄養失調で倒れても、私は国連の敷地内という「別世界」で暮らしているため、生活に困ることはない。水も食糧も電気も家もすべて揃っている。今日は、エアコンを付けながら、ナイロビから仕入れたサバの缶詰と大根を、醤油と酒で煮て、夕ご飯にした。たったの数キロしか離れていないのに、全く別世界の人間が暮らしている。助ける側の人間が、助けられる側の人間と、あまりにもかけ離れて贅沢な暮しをしているということに、違和感を抱きつつも、「私が自分の財産をすべて捨てて彼らのように暮らしたところで何の解決にもならない」と勝手に自己完結してしまっている自分がいる。

大学院時代にタイの難民キャンプで活動する国連職員が、ものすごい豪邸に暮らしていることに違和感を覚えたが、ダダーブという行動制限が極端にかけられる場所で生活していると、休暇に高級リゾートホテルに泊まったり、カジノで気分転換くらいしないと、精神的に持たないと肌で実感した。
 
「家族を殺された」「明日食べるものさえない」という難民の方たちの叫び声は、10年前に初めて旧ユーゴスラビアで聞いたころに比べたら、そこまで胸に響くものでなくなってしまっている。ダダーブにいる難民38万人全員の話に胸を痛ませて、ノイローゼにかかるよりはましだと、頭ではわかりつつも、何かしっくりこない。

 今日も工場でコンロを配布する従業員に、支援の重複を避けるために、「必ず、その難民がすでにコンロをもらっていないか確認するように」と、指示している。目の前で、コンロを請願する難民の目には、とても冷たい人間に映っているかもしれない。
 
 20歳の時、コソボの国内避難民キャンプを訪れて、セルビア人の年老いた女性と手を握った感触は今でも私の右の掌に染みついている。肉の骨がベットの周りに散らばり、寝たきりのその女性は、私に笑顔で何かを語りかけていた。彼女はおそらく「この中国人何しに来た?」と思っていただろうが、私は、「何かしなきゃ」という若者特有の使命感にとらわれた。

 あれから10年が経過し、人道危機の真っただ中にいるのに、あの時抱いた使命感は、まだあるのだろうか?
 
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プロフィール

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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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