降格人事


4月末で、従業員全員との契約が切れることから、5月からの新体制をモウリドと話し合った。工場Aはラホが辞めることで、新しい主任を公募することになり、次の焦点は、工場Bの主任アダンをどうするかだ。

 アダンは、前任のハサンが横領容疑で解雇され、他の従業員たちからの「投票」という異例の形で主任に選ばれた。ハサンからの強権政治に苦い思いを強いられた従業員たちに同情した私は、次の主任を選ぶ権利を与え、少しでも彼らの傷をいやしてやりたかった。

 しかし、その私の同情が、長期的な工場運営に支障をきたすことになった。アダンは、当時、従業員の中で一番英語ができるという理由で周りから推されたが、キャンプ全体で見たら、高等学校を中退しているアダンより教養が高い若者は何千人単位でいた。つまり、公募していたら、アダンよりも適任が見つかった可能性は高かったのだ。

 そして、昨年末、私が危惧していたことが起こった。ソマリアの大学で英語を教えていたファラが工場に入って来たのだ。アダンより教養が高いだけでなく、他の従業員たちへの気配りから、説明会での振る舞い、劇や識字教室など新しいプロジェクトへ向けての準備を率先してやるなど、様々な意味でアダンを圧倒した。アダンの仕事に対する真摯な姿勢も、就業時間後にワークショップに向けて劇の指導をいとわないファラの前ではかすんでしまっていた。

 3月中旬、アダンの説明会を見学したら、私が書いた説明書の順序を全く無視した形で始めたので、「ファラ。代わりにやってくれないか」と、途中で説明者を交代せざるをえなかった。

 「二人の資質にはあまりにも明確な差がある」と、私とモウリドの見解は一致し、ファラとアダンの地位を逆転させる人事を決定した。問題は、それをアダンにどう伝えるかだ。アダンの給料を減らすつもりはなかったが、3ヶ月前に入って来た新参者に、自分で掴んだ地位を取られるというのは、ものすごい屈辱だろう。

 私は、「まず、君の方から彼に伝えて、どんな感触か教えてくれないか?」とモウリドにお願いした。本来なら、私が直接言うべきなのだろうが、言語の問題もあるし、ソマリア人同士なら、納得のいきやすい言い方で伝えることができるのではないかと思った。次の日、モウリドは「アダンは了承しました。ただ、工場長から直接、理由を聞きたいとは言っていましたが」と報告してくれた。

 そして、私は、イースター休暇に入り、高山病で入院し、本来の予定より遅れてダダーブに戻って来た。それにより、新体制に入るにあたってのミーティングを1日でも早くやらねばならず、アダンと二人きりで話し合う時間を取ることができなかった。モウリドも「彼は了承している」と言っているので、私は4月14日、工場Bでの全体ミーティングで5月からの新体制について発表した。「5月からの主任はファラで、副主任はアダンの体制でいきます。人には色々な資質、才能がありますが、この10ヶ月、皆さんの能力を診断した結果、この体制が一番適切だと判断しました。アダン、今まで主任として工場を支えてくれてありがとう。これからは副主任という新しい地位で、ファラを支えてください」と言った。アダンは、強ばった表情だったが、特に取り乱すこともなく頷いた。

 しかし、全体ミーティング後、アダンは「工場長と話しをさせてください」と言ってきた。

ア:私は、長年ライフラインで働き、主任としても精一杯やったつもりだ。それなのに、何の事前通知もなく、主任から降ろされるなんて心外です。本来なら、発表される前に、私に通知され、理由について説明されるべきだったのではないでしょうか?

私:通知はモウリドの方からあったでしょ?

ア:ありましたが、理由について説明がありませんでした。

私:私が、あなたより、ファラの方が主任に適していると判断しました。

ア:そうですか、、、。適したと判断した理由は何ですか? 

私:彼の方が、監督能力があると思いました。

ア:それでは、私に、監督能力がないということですか?

私:これは、白か黒かの議論じゃない。色々な面を総合的に考えて判断した結果です。

ア:私に何か不足しているのなら、話してくれたらよかったじゃないですか!工場長は、私に何も言わず、突然、新しく入っていた人と交代しようとしている。工場長が私なら、どう感じますか?

私:私は、これまで、あなたに何も指導してこなかったかな?あなたがどうすれば主任としてもっと適格になれるか、ことあるごとに話してきたつもりです。そして、今回、それらについて列挙しないのは、あなたの面子を守るためです。私は、あなたにこれまで色々話してきたのだから、なぜ、こういった決断に至ったのか察してくれると思った。でも、もし、もう一度、私の口から、あなたが不足している点を言ってほしいのなら、言います。
  まず、正確な情報をレポートに記載する能力です。昨年11月、七厘が配られた数を記載する月間報告書と、七厘を受け取った人のサインの数が全く一致していませんでした。私は、それについて深刻に注意しました。
  次に、他の従業員に対する接し方です。あなたの指導方法に不満を抱いた従業員が文句を言い、あなたはそれに対し感情的になり、その従業員に「喧嘩なら、工場じゃなく、外でやってやるよ!」と言いました。これは、15人の従業員を監督する人の言葉の使い方じゃないと、私は、その時、あなたに指導しました。
   最後に、説明会の仕切り方です。私は、七厘についての説明方法を書いた紙を昨年9月にあなたに配布し、数回、実践練習を通して、指導してきました。そして、3月にあなたの説明会を見てショックでした。説明会後半で話すべき事柄を、あなたは一番最初に話し始めた。一体、私が用意した説明書をどこまで目を通してくれていたのか、疑問に感じました。

ア:誰だって、間違いは犯すでしょう。説明会だって、すべて完璧にやれる人間なんていません。従業員に対する接し方だって、暴言を吐いたのは一回だけです。ファラがソマリアの大学で講師をしてたくさんお金を稼いでいる時、私は難民キャンプで厳しい生活に耐えてきた。昨年末、ケニア警察が工場を取り締まりに来た時も、私が先頭に立って、他の従業員を守った。私がこれまで工場のためにしていたことは一体何だったのか?

私:あなたがこれまでしてくれた事については感謝しています。

ア:分かりました。でも、もうこれ以上、新しい従業員を連れて来て、私を降格させるのは辞めてください。

何も返答することができなかった。その場その場でベストの判断をしていかなければいけないのだから、そんな約束はできなかった。結局、5月になったら、彼が主任として工場に貢献したことを讃える賞状を用意するということで、解決した。

 アダンは、1996年にソマリアから逃れてきた。キャンプで荷物運びをやってわずかな賃金を稼ぎ、キャンプ内にある塾で英語を学び、援助団体で働くことがずっと夢だったと言う。より良い賃金を求め、親戚を頼って、100キロ離れたガリッサで畑作業に従事したが、在留許可がないため、警察から何度も賄賂を要求され、2年でダダーブへ戻った。援助団体で働く夢をあきらめず、各事務所を尋ね歩いた。ライフライン工場にも頻繁に顔を出し、 私の前任者に熱意が伝わり、2009年に従業員となった。

 現在35歳独身。結婚することが社会的義務とされるソマリ社会の規範に反し、ダダーブにはアダンの様な未婚男性が多い。現金収入がなく、結婚する際に貢ぐ結納を揃えることができないためだ。

 そんな、苦労人だからこそ、今回の降格人事は胸が痛かった。私が、最初から、従業員に同情なんてかけず、主任のポストを公募で募集していたら、こんなことにはなっていなかったかもしれない。40人の従業員を束ねる難しさを改めて思い知らされた。
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プロフィール

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Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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