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女がやれば当たり前。男がやれば「かっこいい」

先日、ジュネーブで日本人30人ほどが集まる夕食会があった。

そこで、参加者一人一人が自己紹介。ある40代女性は、10歳くらいの長女を連れて参加し、最近、ご自身の仕事の関係で日本から2人で引っ越してきたと話した。

そして数人後、40代男性が立ち上がり、名前と職場を告げた後、「私には長男がいるのですが、私がスイスに駐在になるということで、息子が日本で家内と残るか、私と一緒にスイスに来るか話し合い、私と一緒に連れてくることに決め、今、2人で暮らしています!」と言った瞬間、「おーーー!」という歓声が参加者から上がった。「それで、良い家政婦さんを探しておりますので、何か情報がありましたら共有ください」と付け加えた。

女性も男性も、全く同じことを言っているのに、ここまで反応が違うことに驚いた。

確かに、男性が単身赴任する場合、子どもは女性側につくケースが多いから、珍しいという意味での歓声だったのだろうが、私が違和感を抱いたのは、歓声よりも、その男性が明らかに歓声を誘うように話していたことだ。まるで、「俺ってすごいぜ!」的な感じで。

まず、この男性がしていることはそこまで凄くない。本当に家族のことを考えるなら、私や他の多くの女性のように仕事を辞め、日本で家族3人一緒にいればよかった。

次に、男性の「俺ってすごいぜ」的な話しぶりが、3年前、アゼルバイジャンで主夫をやりながら、日本各地で「専業主夫は世界を救う」と題して講演していた自分の姿に重なり、顔が赤くなった。多くの女性が普通にやっていることをやっただけなのに、なぜ、自分はそこまで自分のことを凄いと勘違いしていたのだろう。

「イクメン」という単語を私が一度も使わないのも、おそらく同じ違和感からだと思う。

私たち男性が、当たり前のことをしているのに「すごい」と勘違いしていることは、「専業主婦」が凄くないと勘違いしている裏返しでもある。

それは、キャリアバリバリの女性たちが「専業主婦」になることをためらわせるという、悪循環を招きうる。

援助業界は、それこそキャリアバリバリの女性で溢れている。海外の大学院を出て、英語は当たり前。多くは第二外国語までこなす。多くが独身で、その大部分が「結婚したい。家庭もちたい。子どもがほしい」と言いつつ、「じゃあ、専業主婦になりたい?」と聞くと、「いや、それは、、、仕事したいし、、」となる。いやいや、「家事育児」は仕事じゃないのか?矛盾ともとれる論理には、「ここまで高い能力があるのに、普通の女になりさがりたくない」という「勘違い」が見え隠れする。

「子どもがほしい」「結婚したい」なら、男性も女性も、せめて1年くらいは、家事・育児に専念する時間があっていいと思う。性別の差で「凄い」「凄くない」の議論に終始すると、問題の本質からずれてしまうのだ。

それこそ、男女交代で1年ずつ、育児休暇が取れるような社会システムになれば、少なくとも2年間は保育園が不要となり、待機児童問題も少しは緩和するかも。

だから、これからは自分のことは「主夫」と紹介しつつも、(他に適当な肩書きが見つからないから)あまり偉そうにはしないことにしよう。勝ち誇った表情ではなく、軽くスマイルしながら「だって、妻の方が優秀で稼いでいるのだから当たり前でしょ?」と言うことにしよう。

ちなみに、その夕食会で、私はしっかり「国連での仕事を辞めました。ヨルダンに赴任し、9月に出産予定の妻に付いていくためです」と紹介したら、なぜか「おおお」の歓声は起きなかった汗。あまりにも想定外だったのか、私があまりにも偉そうに話していたからなのか、それとも、、笑。

掃除は3K労働じゃない。家族と対話する時間である。

私は長い間、掃除と疎遠の生活を送ってきた。

私の実家は、7人兄弟で両親共働きで、経済的にもそこそこ恵まれていたため、家には毎日3時間、家政婦さんが来ていた。だから私は居間やトイレを掃除したことがなく、たまに自分の部屋を掃除するくらいだった。

掃除と完全に決別したのがアフリカ時代。ケニアの難民キャンプで勤務していたときは、国連に雇われた難民が私たちの部屋を掃除しに毎日来てくれていた。皿洗いさえしなくてよい生活になり、汚れた食器を台所に積み上げ、「どうせ明日掃除してもらえるのだから」と切った爪を床にそのまま置きっぱなしにしたことさえあった。

それでアゼルバイジャンで主夫になった時も、家政婦を週1回雇い、スイスでも月に2回雇った。お金で「3K労働」しなくてすむなら、それにこしたことはないと思っていたし、語学や執筆により時間をかけたいと思った。

そして今回、2度目の主夫生活。当然のことながら、妻は「良い家政婦さん探して」と言う。ここでは1回3000円ほどで雇えるため、経済的には不可能ではない。でも、数ヵ月後に父親となることを考えたとき、果たして、このまま「掃除」という家庭を切り盛りしていく上で欠かせない業務を避け続けていいのだろうかと感じるようになった。

「とりあえず、家政婦は雇わず、自分でできる限りの掃除はやってみたい」と妻に伝えると、「え?あなた掃除できない人間でしょ?今日だって洗面所汚かったし。早く家政婦さん雇って」と繰り返し言う。

完全に見下された気分になり、私は、スーパーで洗面所用、台所用、トイレ用の洗剤をそれぞれ買い(こんな色々な洗剤があるんだなーと思いながら)、スポンジや雑巾、マスクに手袋を揃え、いざ掃除を開始した。

トイレの中をごしごし洗う。洋服ダンスの埃を払う。1週間以上床に置きっぱなしになっていた鞄を整理する。時間をかけて、一つ一つきれいにしていくと、色々気づくことがある。

まず、埃がたまりやすいところは、高い棚の上とか、ベッドの下とか手が届かないにあることが多く、そこを掃除するためには、腕や足を伸ばしたり縮めたりとしなければならず、体がストレッチされるだけでなく、普段使わない筋肉が活性化されていく。幼少時代、家に来ていた家政婦さんが冬でも薄着で「寒くないの?」と尋ねると、「体を動かしているから暖かいんだよ」と言っていたのを思い出す。

次に、単純に家が自分の力で綺麗になるというのは気持ちがいいし、国連の仕事と違って(笑)、120パーセント確実に「成果」が出る(国連信仰者の皆さんすみません)。国連勤務時代なんて、「本当に、この仕事、難民にとって必要なの?」と思いながら仕事することがあったけど、家の掃除はそんな疑いの余地はない。確実に受益者(妻)に喜んでもらえる。これは家事全般に通じますね。

最後に、掃除は隣人を知る良い機会だ。よく、ドラマで、夫の背広に女の香水の臭いに気づく妻のシーンが出てくるが、これに似た論理かもしれない。改めて家全体を整理してみると、食卓の上やベッド横に使用後の鼻紙が散らばっていることがわかり、妻の花粉症の深刻さが伝わってくる(できればゴミ箱に捨てて欲しいという気持ちはあるが笑)。居間のテーブルにずっと置いてある薬が、妊娠中に採取すべきビタミン剤だというのも、この薬をどこに整理すればいいのか考えることで、初めてわかった。これによって、妻が仕事を終えて帰ってくると、それらについて尋ね、妊娠中だから服用できる薬が限られることの辛さに、より思いを馳せることができる。掃除が家族との会話の役割を果たしてくれる。

そして、改めて、自分が父親になることを考えたとき、自分の子にはしっかり掃除ができる子に育ってほしいと思う。それには、自分が掃除を楽しんでやる姿を見せなければいけない。自分の様に語学や執筆などで社会的に認められることに執着せず、掃除という家族との会話を大事にできる子どもになってほしい。

10年で人口が2倍になった国での家探し

家探しは主夫にとって、とても大事な仕事である。

ジュネーブでは当初、私が単身で乗り込んだため、仕事の合間を縫って、家探しをしなければならず、それはそれは大変だった。妊娠した妻がリラックスできる家を探さなければならない。

まずは信頼できる不動産を探す。援助業界は狭く、シリア難民支援の拠点となっているヨルダンには、国連などで働く知り合いが何人かおり、紹介してもらった業者に電話をした。

流暢な英語を話すバイダルという男性が電話に出て、「それでは明日朝、ホテルまでお迎えにいき、何軒かお見せしますね」と言う。

私は、「アブドゥーン地区の2LDK。バスタブ付きで景色の良いところ」という条件を伝えると、「ミスター、ヨーコー。私たちは外交官や国連職員を何人も相手に仕事させておりますが、アンマンには良い景色の部屋なんてありませんよ。ま、とにかく、明日お話しましょう」と言う。アンマンはもともと九つの丘の上にできた都市で、急勾配な坂が多い。丘の上に立つマンションは数多くあるはずなのに、、、、。

次の朝、私が(男性だからか)働いていると勘違いしたバイダルは国連事務所へ私を迎えに行き、現地から「すいません。勘違いしておりました」とホテルに30分遅れで到着。すぐさま私を車に乗せ、できたてホヤホヤの4階建てマンションに連れて行った。「ここに入ればあなたが、最初の入居者ですよ!家具はすべて新品です!」と言う。

アンマンの西に位置するアブドゥーン地区は、大使館やショッピングセンター、ホテルがある密集するエリアだ。スージンの職場も4月からこちらに移る予定だ。2LDKで悪くないなと思いながら、「それでは次を見せてください」と言い、連れて行かれた場所は、同じ建物内の、全く同じ型の部屋。少し家具が違うだけだ。「じゃあ、次行こう」とお願いすると、隣の建物の、また、ほとんど同じ型の部屋が出てきた。おかしい、、、。なぜ、全く同じタイプの部屋を三つも連続で私に見せるのか。しかも、最後の部屋は、まだ塗装中なのか、壁に白いペンキ汁が入ったバケツが置いてあった。「私は明日にでも入居したいのだから、完璧に準備された部屋だけを見せて欲しい」とバイダルにお願いする。

あともうひとつ。どの部屋にもバスタブがなかった。これについては「アンマンはバスタブがあるアパートはほとんどありません。あったとしても10年前とかに建てられた古いアパートだけです」と言う。景色もない。バスタブもない。見せるアパートは同じ部屋ばかり、、、。

私が「庭かテラスがある部屋とかないのかな」と聞くと、バイダルはようやく、その建物から数キロはなれたところへ車で連れて行ってくれた。そこは地上階にある2LDKの部屋で、100平方メートルはある地上テラスがあった。各部屋をのぞき、バスルームを見ると、なんと、そこにはバスタブがあった!バイダルに、「バスタブあるけど?なんで、ここを先に見せてくれなかったの?」と尋ねると、少し間をおいて、「実は、この物件は来週にはアメリカ人夫妻が入居したいと言っていたのです。なので、私としてはあまり見せたくなかったのですが、ミスター、ヨーコーが特別に提供しても良いと思いまして、、、」。

俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよ。すでに入居者が決まっているアパートを別の人に見せる不動産がどこにいる。バイダルは、明らかに故意にこの物件を「出し惜しみ」していた。

私は「今日はありがとう!妻と相談してまた連絡させてもらうよ」と伝えバイダルと別れた。

次の日、別の知り合いから紹介された不動産に電話をかけた。ナシルという50代の男性は、米国在住が長いパレスチナ人で、英語は完璧。「まず、事務所に行って、物件の写真を見ながら進めていこう」と言う。データベースにある物件一つ一つを写真で見ながら、「これは駄目」「これはキープ」などと私が評価していく。

ナシルは、「写真はないんだが、君にどうしても見せたい物件があるんだ。そこのオーナーとは親しい仲で信頼できる人間だ」と言う。「そこは景色が良くて、バスタブがあるのですか?」と尋ねると、ナシルは「うん。あると思うのだが、、、」とはっきりしない。

データベースから一つ、緑色の丘の写真が写った物件を見つけ、「このアパートも見てみたい」とナシルに伝えた。そしたら「これは地区の外れで、タクシーも拾えません。職場からも遠いしやめたほうがいいです」と言う。顧客が見たいといっているのを拒絶しようとする理由がよくわからず、「とりあえず見せてもらえますか?」と再度お願いし、承諾した。

次の日、さあ、草原が見えるアパートを見に行こうとすると、ナシルは「とりあえず別の物件を2-3件見てからにしませんか?」と言う。彼は、私にどうしても、この物件を見せたくない理由があるらしい。私は「いや、とりあえず、この物件を見せてください。それから考えましょう」と伝えた。

ようやく、その物件があるところへ連れて行ってもらうと、丘の上で、地区の外れに位置しているから車通りも少ない。絶好の景色がある物件ばかりだった。あいにく、見せてもらった物件は景色はいいのだが、テラスがなく、窓が小さかった。私は「この地域で、テラスがあってもう少し窓が大きいところがないかな?」と尋ねたが、ナシルは、「この辺りは、一軒家ばかりで、ミスターヨーコーの予算では住めるところはありませんよ。それより、私のお薦めの物件に行きましょう」と言う。

確かに、辺りは豪邸ばかりで、アパートは少ない。だが、聞き込みをする価値はありそうだと、私はナシルに別れを告げ、一軒、一軒、聞き込みをすることにした。その結果、空いているアパートを3軒も見つけた。しかし、予算オーバーだったり、女性の裸の壁画かあったり、テラスがなかったりと、「これだ!」という物件がない。

なぜ、バイダルにしても、ナシルにしても、顧客優先で仕事をしないのか。彼らは明らかに、私が住みたいところよりも、彼らが住まわせたい所をアピールしてくる。

ヨルダンは過去10年で人口が500万から900万へと倍増。2013年に650万だった人口が、昨年末の調査で950万になった。それに伴う「不動産ブーム」はものすごく、町の至るところで建物の工事があり、多くのアパートには「賃貸」の看板と電話番号がある。家探しのために、国連から渡された不動産リストには20社以上の名前が連なった。

なぜ、こんなにも人口が増えているのか。5年前に始まったシリアの内戦で多くの難民がヨルダンに逃れてきたが、人口調査によれば、シリア国籍の数は120万人。つまり、シリア人は人口増加理由の一端にすぎない。

ここからは私の勝手な推理になるが、難民を大量に受け入れるということは、多くの人が必要になる。国連職員、NGO職員、大使館職員、彼らが住むアパートを作る人、警備する人、彼らが食べるレストランを経営する人。私が3年近く働いたケニアのダダーブも25年前は数百人の村だったが、ソマリアからの難民の流入で、数万のケニア人が職を求めてダダーブへ移った。

そして、紛争の多い中東でも、治安が比較的良いヨルダンはもともと、パレスチナ、イラク、リビア、エジプトから多くの人を受け入れていた。アパートの警備員のほとんどはエジプト人。家政婦はフィリピン人。政情不安で自国で投資できないイラクなどの石油富豪の人気の投資先にもなり、多くの建物が作られていった。

結果、950万人の人口の3人に1人が外国籍。シリアが120万人。エジプトが60万人。パレスチナが60万人。イラクが10万。リビア、イエメンが数万という内訳で、他の国籍も20万近くいる。

大使館や国連職員用に静かな地域が開発され、土地の価格は高騰。同じ間取りのアパートでも、東部地区と西部地区で5-10倍の価格差が生じている。富豪相手の商売に慣れているからなのか、賃貸でも1年分の前払いが条件で、一度に200万以上払わなければならない。さらに不動産には仲介料として、1年分前払い分の5パーセントを払う。前払いが200万なら、仲介料が10万。もし、私がバイダルが最初に見せた物件に決めていたら、バイダルは1時間で10万近くを稼ぐことになるのだ。大卒の平均月収が4万円の国で、1時間に10万も稼げたら、たまらない!

これにより、不動産業者が乱立。西洋で教育を受けた英語ぺらぺらなヨルダン人たちが祖国にもどり、私たち外国人をカモに荒稼ぎしているのだ。

それでは、なぜ、バイダルもナシルも「出し惜しみ」をするのか?最初にベストの物件を見せれば、より確実に仲介料を取れるはずだ。これは、私たち外国人の異国へ移り住むときの「心理」を利用しているのではないか。私はアゼルバイジャンに移り住んだ時、「全くイメージつかない国だから、もしかしたら変なところに住まなければいけないのかな」という心構えで行き、実際、アパートを見せられたら、「結構広いし、職場からも近い」という理由だけで決めた。所用時間たったの2時間。ヨルダンに来る他の外国人も「中東だし、とりあえず安全で快適に住めればいい」と、知り合いに紹介された業者なら大丈夫だろうと思い、すぐ決めてしまう傾向があるのではないか。もし、私みたいに時間をかけて家探しできる「主夫・婦」がいなかったら、なおさら早く家を決めたいだろう。

不動産業者はその心理をうまく利用し、オーナーと個人的関係にある物件、または人が入りにくい物件を優先的に見せることにより、オーナーからもより多くの仲介料をもらおうとしているのではないか。

どうすれば出し惜しみされている物件を、業者に出してもらえるのか?20社ある業者を競争にかけるしかない。国連からもらったリストにある業者一軒一軒に電話し、探している物件の条件を言った後、こう付け加えた。「もうヨルダンに来て3週間(本当は3日)、色々な業者を通して周ったけど、なかなかいい物件がない。それに業者が条件と一致しない物件を見せてくることもあった。私の条件に合う物件があるのなら、それだけを見せて欲しい。でなければ、わざわざ、あなたの貴重な時間を無駄にしたくない」と。

各業者は「それでは少し精査しご連絡します」と言った。

それから1時間後、EDRAJという業者から電話があり、「ミスターヨーコーの条件と一致する物件をお見せします」と言う。それで連れて行ってもらった場所は、まさに、私がナシルに「住みたい」と言った地域!一軒目はテラスがなく、二軒目は予算オーバー。私は「条件と一致しないものを見せられても、あなたの時間の無駄になるだけだよ」と釘を刺し、他の業者と電話でやり取りをし「じゃあ、今日の午後3時にお会いしましょう」と約束を取り付ける。これによって、「この顧客を他の業者に渡してたまるか!」というプレッシャーを与える。

それで、三軒目に連れて行ってもらったのは4階建てマンションの最上階。70平方メートルのテラスから辺り一面が見渡せる。2LDKで、室内も100平方メートルはあり、大きな窓が各部屋にある。家具のセンスも悪くない。賃貸価格は、何と、ナシルが最初に見せてきたテラスなしで窓が小さい物件より4万円も安い!唯一バスタブがないのが欠点だが、水資源が乏しいヨルダンではバスタブがあっても、タンクが小さくて機能しなかったりするらしいので、ここは妥協して「ここで決まり!」と伝えた。

ここなら、スージンと夜にお茶を飲みながら夜景を楽しめる。リラックスできるから、子どもにもいいだろう。

その後、バイダルから何度か不在着信があった。「アンマンには景色の良いアパートなんてない」か。主夫をなめるなよ。

妊娠時は夫婦仲が良くなる時間

昔の人気ドラマ「101回目のプロポーズ」でヒロインが妊娠したと勘違いした男性主人公が出産費用を稼ぐために、ヒロインに内緒で昼夜働き続けたシーンを見てかっこいいと思った。他にも、男性が仕事中に妻の出産報告を受けて泣くシーンを何度か映画やドラマで見て、妻が子どもを授かった時こそ、男性は一生懸命働くことがかっこいいと思っていた。
   
でも、今は違う。妊娠中の妻と時間を過ごすことは、夫婦関係をさらに強固にする絶好の機会だと思う。

今日はヨルダンで初めての検診。もちろん、私も付き添う。ヨルダン人の女性産婦人科医に会い、16週目に入った赤ちゃんをエコーで見た。赤ちゃんが腕を動かすのを見て、私は胸が熱くなり、自然とスージンの左肩をさすっていた。流暢な英語を話す50代の医師は「とても活発な子ですよ!」と言い、もう私は嬉しくて嬉しくて、この子を24時間身ごもってくれるスージンに感謝の気持ちで一杯になった。

その後、二人で病院近くで昼ごはんを食べ、スージンは事務所に戻り、私は、スーパーに立ち寄って、先日買い忘れた石鹸、次の日の夕食用に魚、スージンのためのオレンジ・りんごなどを買った。家に着くと、鶏肉のミンチを醤油・ミリン・砂糖で漬け、晩御飯のビビンバの下ごしらえ。それから近くのジムで汗を流し、午後5時半ごろ帰宅すると、ユーチューブでプロ野球のハイライトを見ながら、眠気に襲われた。

次の瞬間、「ブーブー」と玄関のブザーの音で目覚めた。玄関に行き「スージン!」と確認しようとするが、返事がない。仕方なくドアを開けると、そこには、鋭い目線を私に向けるスージンが突っ立っていた。

「何をしていたの?私、ここで30分も待っていたのよ。ブザー200回くらい押したのよ!近所の人まで出てきてくれたりして」

私は事態が飲み込めなかった。スージンのリュックサックが開いたまま床に置かれているのを見ると、確かに、そこに長い間座っていたことが想像できた。

私は「え?鍵はどうしたの?」とたずねても、スージンは「あなたが何をやっていたのか聞いているの?」と怒りの絶頂に達している。

「ユーチューブ見ていただけだけど、、」と私は返事をするのがやっと。「家の鍵はどうしたの?」と私が再び尋ねるとスージンは「今日、いつもと違う鞄で出勤したから、、、」とだけ言い、そのままそくそくと寝室に入っていった。

要するに、スージンは鍵を忘れたまま出勤し、帰ってきたとき、たまたま私が昼寝をし、ユーチューブの音で玄関ブザーがかき消されてしまったということか、、。うーーん。確かに、30分家に入れなかったのは辛かっただろうけど、私が謝る話ではないような気もする。私が買い物とかジムとかに出かけている可能性はあるわけで、たまたま私が家にいたことが不幸中の幸いでもわるわけだ。

私は自分の携帯電話を確認したが、不在着信はなし。とりあえず、ビビンバの準備に取りかかった。

料理を終え、寝室のドアを開け、「スージン、ご飯食べないの?」と話しかけると、布団にくるまったまま「うん」と小さな返事。台所へやって来たスージンに「電話はかけられなかったの?」と尋ねると、「充電切れ」と言う。

鍵を忘れたのもスージンなら、携帯の充電をしなかったのもスージン。私が責められる理由は全く見当たらない。

しかし、ここで自分の正当性を主張したら、必ず喧嘩になる。喧嘩になれば、スージンは精神不安になり、それはそのままお腹の子の状態に影響するのだ。それだけは絶対に避けなければならない。何が何でも、この子の安全を確保しなければならない。

スージンは食卓に座るなり、「何、これ?」と私が焼いた目玉焼きを指した。「これあなたが食べて。私、別の作るから」とふてくされた表情で電気コンロに向かった。

あー、ムカつく!こっちが一生懸命やって準備した料理に文句つけやがって。でも、抑えろー。スージンには子どもがいる。

ご飯を食べながら、別の話題で雰囲気を変えようと思い、「今日は事務所から家までタクシーでどれくらいかかった?」と私が尋ねる。スージンは「今、あなたと話すと私が怒るだけだから、話しかけないで」と言う。私は「なぜ怒るの?」と言うと、スージンは立ち上がり、食器を持って、テーブルの端に行き、パソコンを見ながら一人で食べ始めた。

「なぜ怒るの?」と言ったらだめなんだ。それは喧嘩腰なんだ。自分にたまった怒りを沈め、優しく声かけしてあげなければいけない。

ビビンバを食べ終え、皿洗いをした後、私はオレンジを切り、スージンに持っていった。「スーーージーーーンちゃん。オレンジた・べ・る?」と甘えたっぷりの声で肩をさすりながらアプローチ。

「食べない。触らないで」と言いながらも、スージンの表情が若干緩む。

「スージンちゃん、辛かったね。一人で部屋の前で待たなければいけなくて。寒かったでしょ?」

スージンは「この子も怒っていると思うよ」

私は「私が何かいけないことしたのかなー?」

スージン「ドアを何回もノックして、何回もブザー鳴らしても、ドアを開けてもらえなかったら、誰だって怒るでしょ?」

私「でも、それは、スージンが鍵を忘れたということを知らなかったんだから仕方ないでしょ。私が謝ればスージンの気がおさまるの?」

スージン「そう言われるとわかっていたから、あなたと話したくなかったの!」

私「一生懸命、夕食の準備やったのだからさー。そんな怒らないでしょねー」と、できる限りのかわいい声で話しかけていくうち、スージンの表情は和らいでいった。

そしたら、スージンがようやく重い口を開けた。「乗ったタクシーの運転手がとても乱暴な運転をする上に、私にセクハラみたいな事言ってきて、途中で降りたの。それで余計疲れて、アパートに着いたら、ドアも開けられなくて、、、」。ヨルダンのタクシーは300円で市内どこでも行けるくらい安いため、スージンはタクシー通勤している。しかし、運転手がタバコ吸ったり、携帯通話しながら運転するなんて日常茶飯事で、その上、東南アジアからメイドとして出稼ぎにくる女性が多いためか、アジア人女性に対する偏見もある。私は心配になり、「長期レンタカーでもして、私が毎日送り迎えしようかな?スージンが交通事故にでもあって、後で後悔したくないし」と提案。スージンは「今日が運が悪かっただけだと思う、、」と言った。

そんな優しさに溢れたトークをするうち、10分後には、私がソファでスージンの腰をマッサージしてあげるほどまでに関係は修復した。

スージンが妊娠する前だったら、間違いなく、「鍵を忘れたお前が悪い!携帯を充電しなかったお前が悪い!お前に怒る権利はない!」と論理武装していたに違いない。スージンが黙るまで、私は攻撃の手を緩めなかっただろう。自分の正当性を主張することに頭が一杯だったはず。

でも、今は自分の正当性とか論理とかどうでもいい。もっと大事なものが二人の間にあるのだ。子どもはお腹の中で見えないから、余計心配になり、二人で協力しなければという雰囲気が生まれる。少しずつだが、私も相手の立場で物事を考えられるようになっていく。妊娠している時間というのは、夫婦にとって大事な時間なのだ。

どんな子を産みたいか?

心拍確認した最初の検診時は、私は日本にいたため、付き添うことができず、妻からブーブー言われ続けてきた。2月末、産婦人科で妻の2回目の検診に付き添った。担当医は白髪が混じった50代の男性医師。

医師は「経過は順調です。今回の検査で胎児がダウン症になる可能性がどれくらいかわかると思います。ただ、この検査では100パーセントの正確性は保たれないので、もし、確実に知りたいのでしたら、別の検査もありますよ。費用は15万円くらいです」と言う。

ダウン症かどうか妊娠時に知りえることさえ知らなかった私は、最初、へーーとくらいしか思っていなかった。

ただ数分経過するにつれ、その医師の忠告に違和感を覚え始めた。この医師は、私たちがダウン症を患う可能性について「知りたい」という前提で話している。そして、私たちが「知りたい」と考えうる理由は一つしかない。

医師が妻に食べてはいけないものや、次回の検診の日時について説明し、さあ、そろそろ終わりにしようかという雰囲気が漂ったとき、私は質問した。

「ダウン症の可能性が高いとわかった夫婦のどれくらいが中絶するのですか?」

医師は一呼吸を置いてから、答えた。「夫婦によって考えはまちまちです。倫理観から検査をしないという人もいます。ただ、私が診てきた夫婦の大部分は中絶します」

なるほどー。「ダウン症の可能性について知りたいですか?」と私たちに聞かなかったことは、これで説明がつく。しかし、今度は、別の、もっと深刻な違和感に襲われた。

極端な見方をすれば、大多数の胎児が、特定の「資質」を理由に生存権を奪われているということだ。人種や民族、宗教などを理由に差別されない社会を目指すとかいいながら、「違い」に向き合えない人間の本質が見え隠れする。スイス特有のことかと思ったが、日本も似た傾向にあるらしい。ある米大統領候補による「イスラムの人の入国を制限する」という差別発言が、雨上がり時に車の窓ガラスに残る水滴レベルのささいなものに感じられた。

数日後、妻は私に検査結果を伝えた。「750分の1だって。私の年齢だと特に問題はないらしいのだけど、1000分の1以上の場合、念のため、もう一度検査した方が良いと言われたの。検査をするかしないかは私たちの自由だから、しなくてもいいとは言われたのだけど、一応、来週月曜日にアポとっておいた。ダウン症かどうかとか判断したくはないけど、私も子育てできるか自信があるかと聞かれると、何とも言えないし、、」

私はこみ上げてくる感情を必死に抑えながら、妻に語りかけた。「一緒に俺たちの子の心拍の音聞いたよね。8人に1人が妊娠初期に流産するというデータもある。つまり、今の時期がこの子にとって人生で一番危険な時期だ。死と隣合わせの日々を必死に生きようとしている。俺には、どうしても、この子を私が自らの手で殺すことが想像できないんだ。もし、ここで、子に注ぐ愛情に条件をつけてしまったら、次に生まれてくる子も愛せるかどうか自信がないよ。ダウン症の子の子育てをしたことないから、ただの綺麗事を言っているだけかもしれない。想像を絶する大変さかもしれない。でも、どんなに大変でも、育児ノイローゼになったとしても、最後の最後の瞬間まで子を愛し続けたことができたのなら、私たちの人生に胸を張ることはできるんじゃないかな」

妻は黙って私の目を見ていた。数秒後、「わかった。じゃあ、検査はなしね」と言った。

ダウン症とわかって中絶した人の体験とかをネットで見ることができるが、「自信がない」「幸せになれない・できない」「苦労したくない」という理由が多い。子育ては苦労するものだし、幸せというのは、与えられるものではなく、勝ち取るものだと思う。子育てより仕事を優先して、幼少時にまともに時間をすごさず、子どもと良い関係を作れなければ、それはダウン症を悪化させる要因にもなりうる。私たちの努力でどうにもならない部分は多々あるだろうし、ダウン症の子を持つ親の方たちは気分を悪くされるかもしれないけど、私は子どもからの愛を勝ち取れるよう努力したい。
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。現在は中東ヨルダンで妊娠した妻に寄り添う専業主夫。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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