鈍感力が問われるとき

ウェムちゃん、

お父さんの寿司子屋の活動が、朝日新聞という日本で2番目に大きい新聞で取り上げられたよ。(記事を読みたい方はここをクリック)

寿司子屋教室も明日で4回目。すでに5カ国18人が太巻き作りを学んでいったよ。

寿司教室だけじゃなくて、寿司仕出しサービスも始めた。前日に注文をとって、朝家で作った寿司を、昼間に国連事務所とかに配達しているんだ。メニューは色々あって、ベジタリアン用に、アボガド、ニンジン、キュウリ巻き。スモークサーモン巻き。カニカマ。海老の天ぷらとカニカマを混ぜたのは「YOKOスペシャル」。新しいメニュー開発にも取り組んでいて、マグロとサーモンの刺身を裏まきの上に乗せる、レインボーロールとかね。

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仕出しはこれまで計7回、約60人分の寿司を配達したけど、何人かリピーターが出てきているから心強いね。

もし、寿司子屋プロジェクトがうまくいったら、難民でもいいし、ヨルダン人でもいいけど、このビジネスモデルを、誰かに引き継いで、ヨルダンを去りたいと思うね。寿司を使った職業訓練みたいな感じかな。これこそ日本にしかできない独自支援だよね。

こういう新しいこと始める時、大事なのは「鈍感力」だ。お父さんの名前は「揺光」だけど、「鈍太」(どんた)という名前も候補に挙がっていたんだ。お父さんのお母さんが、周りの雑音に対して鈍く太く、自分の信念を貫く人間になってほしいという願いで。

新しいことを始めようとするとき、必ず、家族や友人の中から「いや、それは○○だから、しないほうがいいんじゃないか」という人が出てくる。場合によっては9割以上の人が、そういうことを言ってくるかもしれない。

今回も、「食中毒になったらどうするのだ?」とか「あなたは本当の寿司職人ではないでしょ」とか「詐欺じゃないか」とか、色々言ってくる人がいる。しかも、なぜか、こういうことを言ってくるのはほとんどが日本人だ。外国人の方の多くは「面白いね!」とか「うまくいくんじゃない!」とかが多い。なぜ、国籍でこうまで違うのかわからないけど、いい意味でも悪い意味でも、日本の方たちは慎重で、おせっかいだね。

こういうときは、「いや、あなたは間違っている!」とか反論するんじゃなくて、「お気遣いいただきありがとうございます」とだけ言えばいい。向こうも悪気があって言ってきているわけじゃないからね。

もちろん、私が作る寿司でお客さんが食中毒になる可能性はゼロじゃない。それは、私が道路を横断して交通事故に絶対あわないと言えないのと同じだ。でも、これまで数年間、私が家で料理したもので、お母さんが病気になったことはない。こちらでは一般のレストランで食べてもお腹をこわすことはある。でも、それでレストランを訴えようなんて人は見たことがない。

ウェムちゃんには、自分がやりたいと思ったことは、素直にやる人間になってほしい。お父さんのお義母さん(妻の母)なんて、「仕出し業なんて、(国連とか新聞社で働いた)ヨウコウの資質に合わない」と言ったそうだ。自分が大学院で何を勉強したとか、どの会社で働いたとか関係ない。ウェムちゃんは、やりたいと思ったことをとことんやってくれ。それでもし失敗したとしても、自分で決めてやったことで失敗した後悔と、周りの空気を読んでやった失敗の後悔とじゃ、同じ後悔でも、その度合いも種類も全然違う。自分で決めてやったことなら、よりスッと自分の体の中で消化できると思うけど、後者の後悔は他人に責任転嫁したい衝動にかられるかもしれない。

「ウェム」は胎名で、まだ本当の名前を決めてないのだけど、「鈍太」っていう名前はどうかな笑。

寿司子屋を始める

ウェムへ

お父さん、「寿司小屋」っていうビジネスを始めたよ。やっぱりお母さんの給料だけじゃ不安だからね。

ヨルダンにある国連とかNGOで就職活動しようかとも考えたけど、正直、援助活動に疲れたよ。ケニアの難民キャンプでも、ジュネーブの国連でも、「本当にこの支援って、難民の役に立っているの?」っていうことが多くてね。援助不信に陥った。

なんで、そんな無駄だと思う支援ばかり実施されるのか、色々な理由があると思うのだけど、一番わかりやすいのは、お金が「寄付」でまかなわれているということじゃないかな?国連やNGOの活動資金の多くが、各国政府に義務つけられている分担金や拠出金で賄われている。よくニュースで「日本政府はアフリカで国連が実施する○○事業に○○億を拠出することを決めた」とかあるだろ?

問題は、拠出した後、そのお金がどう使われているかニュースで取り上げられることってものすごく少ない。日本国内で政府が実施する事業に関しては「これは税金の無駄ではないのか?」って議論されるけど、援助機関の事業に関して、そういう議論はほとんど出ないよね。聖域化しちゃっているよね。

だから、自分の力でお金を稼ぐシステムを作って、そのシステムを通して困っている人を助けられたらと思った。それで「寿司小屋」というアイデアが浮かんだんだ。

寿司は、今や世界共通語。お父さんがこれまで住んだ、すべての国で大人気で、ものすごく値段が高い。ヨルダンでも、イカの握り2貫で800円とかする。農家アルバイトの日給が1000円の国では、恐ろしい額だね。

これだけ値段が高くても、寿司レストランは満杯だ。それだけお金持ちの人がこの国にはいて、その人たちが寿司のためならそれだけの額を払っても構わないと思っている。寿司には、もうそれほどのブランド力がついたんだ。

これだけ人気を集める寿司だけど、なぜか、日本人が寿司の作り方を教える料理教室は、まだ見たことがない。なんでだろう?

まず、多くの日本人は、寿司を握ったり巻いたりする経験がない。家で食べるときは手巻き寿司。握りや巻きは「寿司職人」に作ってもらうものというイメージだ。

次に、日本人が抱く、「寿司職人」のイメージ。銀座の有名店だと、10年修行してやっと卵焼きをやらせてもらえるとか、相当な修行をしていないと「職人」として認めてもらえない。

だから、握りや巻きのやり方を知っていても、「いや、私は教室を開催するほどの『職人』ではありません」と多くの日本人は謙遜してしまうのではないかな?もちろん、言語の問題もあるけどね。

私はアメリカのすし屋でバイトしたことがあったから、握りや巻きがどれくらい簡単に作れるのかよくわかっている。もちろん、銀座の料亭と比べられたら困るけど、一般の外国人の方たちは、料亭レベルのものは求めてないと思う。

そういうわけで、江戸時代に子どもたちが読み書きを学び、日本の高い識字率の源となった「寺子屋」からとって、「寿司子屋」
と命名。読み書きの能力が日本全体に広まったように、寿司の作り方が世界全体に広まることを願って。

早速、フェースブックで、ヨルダン在住者のネットワークに寿司教室開催を伝えたら、14人定員が、2日で満杯になった。受講時間が平日昼間で、さらに受講料が1人5000円と割高にも関わらず、キャンセル待ちまで出た。あと、平日昼間働いている人たちからは「夕方か週末にやってくれないか?」という問い合わせが3件きた。

5月4日、第1回教室では、ヨルダン人4人、ペルー人1人、ボリビア人1人が、我が家に来て、寿司飯と太巻きの作り方を学んだ。受講後、ボリビア人の受講者からは、夫が太巻きを堪能している様子を写真で送ってくれた。「本当にありがとう!今度は天ぷら巻きを学びたいわ!」とご満悦の様子だったよ。

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寄付で成り立つ援助は、助けを必要としない人にサービスがいく可能性が大いにある。たとえば、この寿司教室が寄付で賄われ、受講料がゼロだったら、ただ寿司を食べたいとか、日当がほしい人まで受講することになるだろう。(援助機関が実施する研修は、基本、受講者に「日当」が支払われる。アフリカのウガンダだと、高級ホテル泊、朝食、昼飯、プラス7000円)受講料を取れば、本当に学びたい人だけが来る。サービスを本当に必要としている人に、そのサービスが提供できるという、当たり前のことに喜びを感じるほど、お父さんは援助疲れしていたんだ。

ウェム、お父さんがんばるよ!

自粛ムードに屈しない子どもになってほしいー熊本地震と自粛ムード

ウェムへ

熊本地震で日本全体にイベントやテレビ番組中止の自粛ムードが広がっているよ。自粛すべきかしないべきか、ネットで交わされる熱い議論を見て、ウェムには自粛ムードに屈しない子どもになってほしいと強く願う。

そもそも、議論は自粛すべきか否かではないと思う。問われるべきはどんな「自粛」が適当か。ほとんどの人が、被災者の葬式でポップソングを歌わない「自粛」は適当だと思うけど、熊本地震をうけて、プロ野球の試合をすべて中止にしろという「自粛」はいきすぎだと思うはずだ。

じゃあ、どんな自粛が適当なのか。お父さんは、あくまで当事者の視点に立つべきだと思う。葬式でポップソングを歌ってはいけないのは、参列者の気分を害さないためで、100メートル離れたカラオケボックスならいいと思う。CM、イベント、テレビ番組中止は、いきすぎた自粛だと思う。確かに、被災者の方たちが見たら気分を害す可能性は否定できないけど、少なくとも、被災者にはイベントに出ない、テレビをつけない、CMがない番組を選ぶという「選択」がある。でも、葬式で歌われたら、参列者にそれを聞かないという選択はないよね。

お父さんとかお母さんが働く難民支援の現場では、常にこの「自粛」という言葉と格闘になる。例えば、ソマリアというアフリカの国で干ばつという災害があって何千人、何万人が亡くなった。お父さんが働いていた難民キャンプには毎日1000人の人が助けを求めてやってきていた。そのうちの多くが栄養失調で亡くなり、キャンプの墓場は大きくなるばかりだった。

そんな大災害が起きている中、支援者であるお父さんは、国連やNGO職員が暮らすキャンプ内にあるテニスコートで、毎日1時間テニスをしていた。その光景をある国のメディアが映像に取ろうとした。「大飢饉の最中、支援者テニスに没頭」という大見出しで報じたかったのだろう。

お父さんがいたダダーブというところは、治安が悪くて、家族同伴は許されない。塀に囲まれたキャンプ内で日中の大半を過ごさねばならなかった。気温40度。毎日仕事に追われ、精神的に疲れてダダーブを去る支援者も何人かいた。そんな過酷な状況で、何かしら運動をしないと、お父さん自身も精神的にやられてしまう恐れがあった。そしたら、難民に支援もできなくなる。結果、お父さんがテニスを自粛することで、お父さんも難民も苦しむことになる。

そんな難民キャンプに日本の有名音楽グループがイベントをしに来たことがあったけど、その時、自粛なんて言葉は一切なかったな。熊本の被災者の方たちと同様の苦しみを味わっている人は世界にたくさんいる。日本国内を含めてね。日本では、1日平均して、熊本地震で亡くなった人よりも多くの人が自ら命を絶っているんだ。だからね、テレビのバラエティー番組を見て「うちがこんな不幸なときに騒ぎやがって」と、視聴者の気分を害すリスクは常にあるんだ。

この行き過ぎで、非論理的ともいえる自粛ムードは、長期的にみたら、私たち自身の首を絞めることになりかねない。人道支援に何年か携わって感じたことは、災害時に人を助けるシステムって、まだまだ発展途上で、色々な分野の人がアイデアを出し合って、より良いものを構築していかなくてはならないと思う。でも、売名行為と言われるのが怖くて「熊本地震のためにこんなことやりたい!」って言えない人がいるのだとしたら、システム構築の機会を失うことにもなりかねず、それは日本全体にとってマイナスだよね。

だから、被災者の気分を害さないような自粛は必要だけど、過度な自粛ムードに対しては屈しない、芯の強い人間になってほしいね。

ウェムの目から見える世界

 ウェムちゃん、昨日は5ヶ月検診で、お母さんと一緒に病院に行って、ウェムの様子を聞いてきたぞ。首の太さ、背骨、おしっこのたまるぼうこう、すべて順調だそうだ!良かった、良かった。ウェムの写真も見せてもらったけど、お父さんに似て鼻が大きいな。お母さんは唇もお父さんに似ているって言っている。お父さん似になるのかな。そしたら、一緒に広島カープ応援しなくちゃいけないな!先生に「何か質問はありますか?」って最後に聞かれて、「ウェムは肉が好きなのか、魚が好きなのか」って聞いたけど、「それは生まれてから本人に聞いてくれ」って言われちゃったよ笑。

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ウェムにこうやって語りかけるようにしたのは、父子の関係構築もそうだけど、もう一つ理由があるんだ。私たちが住んでいる世界って、ものすごーーく大人の都合で周っていて、ウェムみたいな胎児のニーズなんて完全に後回しになっているように思えてね。ウェムに語りかけることで、胎児の目から見た世界を語れる大人になりたいと思ってね。

だってさ、ウェムの同級生の多くは、体を構成する細胞の一部に染色体というものがあるのだけど、それに少し異常が認められただけで、殺されてしまうんだぜ。理由は、そこに異常があると「ダウン症」という病気を患う可能性が高くなるから。そんな病気を持った家族なら不要なんだって。単純な計算しかできないけど、今、世界では1年間に1億3000万人の子が生まれている。お母さんの年齢が高ければ高いほど、染色体異常の可能性は高くなる。仮にお母さんが25歳なら、可能性は476分の1と言われている。
つまり、1年間で約27万人の胎児がダウン症を患う可能性が高いと判断され、判断された場合、9割以上の確率で、親は「中絶」することを選ぶのだって。だから、私たちが暮らす世界というのは、約23万人ものウェムの同級生が生まれてくることさえ許されないんだ。もちろん、世界の多くの地域では染色体異常を察知できるほどの医療技術がないから、実際の数はこれより低いだろうね。でも、これからその技術が広まれば、着実にこの数に近づいていくのではないかな。

親戚にダウン症の子がいる私の友人は「高齢出産がこれから増えれば、ダウン症の子の数も増え、医療費がさらにかかるようになる。そう考えたら、中絶もしかたないのではないか」と言っていた。確かにそれはそうだけど、ウェムたちからしたら、これは完全に大人側の都合でしかないよね。「子どもが不幸な人生を送るくらいなら、中絶してやったほうが胎児のため」と言う親もいるかもしれないけど、勝手に「幸せ」の定義を押し付けられても困るよな。

「中絶」っていう言葉も大人にはとても都合の良い言葉だと思わないか?ウェムからしたら「殺人」以外の何物でもないよな?中絶する親たちは、まず上のウェムの顔写真を見てからやってほしいよな。もう、顔の形も整ってきて、立派な人間以外の何物でもないよな?

後、子どもがお腹の中に宿ったことがわかっても、大抵のお母さんは、そのことを3-4ヶ月秘密にするんだ。ウェムたちからしたら、一刻も早くみんなに知らせて、「タバコは周りで吸わないで」「残業を強いないで」「お酒をすすめないで」と言ってほしいだろ?だって、それがウェムの生死に直結することだし、ウェムはそれを周りに伝える手段がないのだからね。秘密にする理由は、ウェムたち胎児がお腹の中で亡くなったとき(流産というのだけど)、周りに余計な心配をかけないようにしたいのだって。ウェムからしたら、「私たちが死んだ後の心配よりも、どうやったら死なせないのか考えて!」と思うだろ。

いや、実はな。お父さんとお母さんもウェムがお腹の中に誕生したこと、すぐには皆に公開しなかったんだ。自分の兄や姉も秘密にしていたし、勝手に「そういうものだ」って思っていた。でも、ウェムと一緒にいることで、色々考えさせられて、「ああ、もっと早く公開していればなー」って後悔している。実際、お母さんの周りでタバコを吸う人とかいたし、お酒を勧めてくる人もいた。妊娠初期って、つわりがひどくて一番しんどい時期なんだけど、それを周りに秘密にしてなければいけない精神的ストレスもお母さんにはあったと思う。そして、そのストレスがウェムにも負担になっていたと思う。ごめんな。

お母さん、血液検査したら、鉄分が足りないみたいだから、一昨日は無農薬のほうれん草買ってきて、おひたしとベーコンのソテーを作ったよ。今日は、鉄分がたくさんある豆腐のハンバーグだ。ウェムも美味しく食べてくれよ。

あと4ヶ月くらいで対面できるな。楽しみにしているよ。

ウェムへ


これまで「この子」とか「赤ちゃん」とか言ってきたけど、これからは「ウェム」と命名させてもらうね。もう、ウェムは19週目で、これからどんどん五感が発達し、私たちの声も届くようになる。名前があったほうが、話しかけやすいから、生まれる前から名前をつけることにしたよ。

それで、なんで、「ウェム」なのか?これには、深い意味があるんだ。

お父さんが先月まで働いていた国連難民高等弁務官事務所では、年に3-4回、「Workshop on Emergency Management」(緊急援助ワークショップ)という研修が開催される。これは選抜された職員対象の特別研修で、紛争などで大量の難民を瞬時に助けなければいけなくなったとき、緊急に2-3ヶ月派遣できる職員を養成するものなんだ。

お父さんはこの研修に昨年6月に参加した。今でも、中東からヨーロッパに押し寄せる多くの難民が世界のニュースで取り上げられているけど、お父さんはそういう緊急援助の最前線に行ってみたかった。本部のデスクワークだけでは物足りなかったんだね。それに、緊急援助の現場での経験は、国連でのキャリア構築に重要で、派遣場所で活躍が認められれば、次のキャリアステップになる可能性もあるんだ。

研修後は、お父さんは毎日、派遣要請がくるのを待ちわびていた。そしたら11月初め、「クロアチアに行ってもらいたい」というメールが来た。クロアチアは東ヨーロッパにある国で、シリアやアフガニスタンから多くの難民が来ていた。私は飛び上がって「わかりました!」というメールを打ち、すぐさま出発準備にとりかかった。2-3ヶ月間、お母さんと離れ離れになるのは寂しいという気持ちもあったけど、お母さんも「よかったね!」と喜んでくれた。

そしたら次の日、突然、「すみません。派遣は必要なくなりました。クロアチアの事務所の現地職員の配置換えで対応するとのことです」というメールが来たんだ。要するに、お父さんはクロアチアに派遣されなくなった。そのときは凄い落ち込んだな。

その二ヵ月後、私が日本で別の研修を受けているときに、スイスにいるお母さんから電話があった。「妊娠しているみたい」。最初は信じられなかったよ。お父さんとお母さんは3年近く、子どもを授かることを願い続けてきた。病院に検査に行ったりもしたけど、なかなか授かることができなかった。

それで、計算してみたんだ。いつ、私たちはウェムを授かったのだろうってね。そしたら12月初旬だろうということになった。つまり、もし、私が11月にクロアチアに派遣されていたら、1月か2月までお母さんに出会うことはなかっただろうから、ウェムを授かることもできなかった。派遣されることがなくて落ち込んでいたのに、今度は、派遣されなくて心から良かったと思った。神様の導きだったのだろうと。

それで、なんで「ウェム」という名前なのか、まだ説明できていなかったね。お父さんが参加したこの緊急援助研修「Workshop on Emergency Management」は、頭文字をとって「WEM(ウェム)」と呼ばれているんだ。つまり、お父さんがウェムに派遣されなかったおかげで、ウェムが誕生したわけだね。

ウェムが誕生してくれたおかげで、お父さん、180度人生観が変わったよ。それまでは自分の主張を通すことが第一で、相手の感情なんて第二かそれ以下だった。だから、職場でも人間関係に苦労することは多々あった。ウェムに派遣されていたら、今でも国連で働いて、目立とうと必死になっていたかもしれない。でも、今は、組織にも属さず、ウェムが無事に生まれてくるためにはどうすればよいか、お母さんの精神的安定のためにどうすればいいか最優先に考えるようになったね。お母さんができるだけくつろいで生活できるよう、掃除したり料理したり買い物したり、お母さんが好きな食材の入手先を調べたり。お父さんの履歴書に書けることなんて一つもしてないけど、でも、今はそれで十分幸せだよ。

ゆっくりと、お母さんのこと、ウェムのことを考えられるこの時間がとても居心地がいい。自分の人生を振り返ると、オランダの大学院出て、毎日新聞の記者やって、ジュネーブの国連で働いて、本も二冊出して、自分の社会的地位を築こうと必死だったなって思う。でも、ウェムが誕生して、妊娠初期、8人に1人の割合でウェムみたいな胎児が亡くなることを知ったら、社会的地位なんてどうでもよくなったな。

それもこれもウェムが誕生してくれたおかげ。ウェムが頑張って、一番危険な妊娠初期を生き延びてくれたおかげだよ。ありがとう。今は安定期に入ったけど、流産する可能性はまだあるから、お互い頑張ろうな。ウェムの声が聞こえないから、ウェムが何が欲しいのか、こちらが想像するしかないけど、ネット情報によると、できるだけ鉄分の入った料理を準備したり、部屋の清潔感を保ったり、お母さんに優しく話しかけたり、一緒に散歩したりするようにするのがいいらしい。

これからこのブログはすべてウェムへのメッセージにすることにするね。ウェムに話しかけている時間だけ、自分がもっと優しい人間になっていっている気がする。お互いが成長し合える関係にしていこうな。
プロフィール

seventh star 7

Author:seventh star 7
黒岩揺光  
1981年、新潟生まれ。7人兄弟の末っ子。15歳で米国留学して以来、住んだ国は計8カ国に。海外生活計17年。日本では毎日新聞記者、アフリカでは難民キャンプの工場長、アゼルバイジャンで主夫、ジュネーブで国連職員などを歴任。ヨルダンで長男出産後に前妻が死亡。日本に帰国後、再婚し、新潟で暮らす。
 著書に「僕は七輪でみんなをハッピーにしたい」(ユーキャン)「国境に宿る魂」(世織書房)。
メール連絡先 yokuroi×hotmail.com (「×」を「@」にしてください) ツイッター:@YokoKuroiwa

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